2003年5月

平成15年5月27日(火)
第002号「私が考えているちょっとしたことなど」

古川 康 です。今回は、ちょっとだけ私が心がけている3つのことをお話しします。

1つ目は、挨拶のときに原稿を読まないということです。
毎日、毎日何件も来賓として、また、主催者として挨拶をする機会があります。
そのとき、私は、事務方が準備してくれた原稿をそのまま読むことをほとんどしません。
卒業式や入学式などの「式辞」のときだけ、その式典の重みを考えて、そのまま読むようにしていますが、普通の「挨拶」という場合は、自分なりに考えて自分の言葉で話すようにしています。

それには自分なりの思いがあります。私自身にしてみると、挨拶は、これからも何百回、何千回とすることになるでしょう。でも、その会議や総会に来る人、参加する方にとっては、知事の挨拶を聞く、はじめてで最後の機会になるかもしれないのです。
だから、そういう方に対して、自分なりのその会議やそもそもそういう方々が行っておられる営みというものに少しでも関心を持ち、理解をしようと努めたい、そして、そのことを自分の言葉で表現することによって、できるだけ伝わるものを増やしたいと思っているのです。

事務方の挨拶はよくできていますから、もちろん大いに参考にしています。そのまま読まずにごめんなさい、という気持ちもありますが、そういうことで、続けられるうちは、この自分なりのスタイルを続けてみたいと思っています。

2つ目は、主催者のときの大きな白いリボンをつけないとうことです。以前からあれは何のためなのかよくわからずにいました。確かに目印にはなりますが、一見、主催者というものが、お客様のような特別な存在であるかのような誤解を生みかねず、なんとなく違和感をもっていました。幸い、佐賀県庁には名札があります。
あまり、大げさな会議でないときには、その名札を着用していますし、なんだか名札がそぐわないようなときには何もつけずに登壇しています。

3つ目は、名札をつける、ということです。佐賀県には名札があって、ほとんどの職員がつけています。
知事用の名札もあります。これまでのことはよく知りませんが、私は、少なくとも県庁内で仕事するときには名札をつけて仕事するようにしています。職員に着用を義務づけるならば、まず自分から。
これまでは、なんとなく、部下に命じておいて、自分は別、ということが許されて来たかもしれません。
これからは率先垂範だと思います。

県庁はISO14001シリーズの認証を取得しています。ところが、私のところに来る資料は、ISO担当の環境生活局以外の部局の場合は、残念ながら裏紙活用ではなく、裏が白いものがほとんどです。
私は、資料を使い終えたら、裏の白いものについては、知事室のプリンタにセットして使うようにしていますが、こういうことも率先垂範なのだと思っています。
「知事への資料だけは特別だから、裏は白くていい。」というのではなく、ISOを取ったからにはまず、知事が見るもの、使うものから、変えてゆこう。そういう方向にしてゆきたいと思っています。

小さいことから少しづつやってゆきます。どうかこれからも見守ってください。


ふるかわ 拝

平成15年5月21日(水)
臨時増刊号「はなわさんのCD 『佐賀県』 発売!」

古川 康 です。
今日(5月21日)、はなわ という佐賀県出身の芸人がその名も 「佐賀県」というCDを発売しました。

はなわさんがどういう人かはこのサイトをみていただければわかりますが、僕自身は、「お笑いオンエアバトル」に出演しているのを見て、こういう人がいるんだなと いうことを意識していました。

そして、知事選が終わって2日後の4月15日だったと思いますが、はなわさんが、福岡の民放の番組の関係で、佐賀県に来ることになり、局から「なんとか新しい知事さんに会えないだろうか、そしてできれば目の前で「佐賀県」という歌を歌うので聞いてもらえないか」という企画の申し出がありました。
歌詞をFAXで送ってもらって、内容を見、とにかく会ってみることにしました。
はなわさんとそのスタッフのご一行が選挙の後片付け最中の選挙事務所に来てくれ、そこで彼は歌いました。

「佐賀県」という曲は、一見なんだか佐賀県をネガティブにとらえているように見えるのですが、僕はその後ろ側に佐賀県への応援メッセージが込められていると感じました。
彼のCDには「佐賀県」のほか、「故郷」という曲も収録されています。 これも聞いてみてください。
これとのカップリングで聞いていただければ、彼が佐賀県に寄せる思いがいっそうわかっていただけると思います。

そういう中で、「S・A・G・A さが」というサビの部分を一緒にコーラスしてくれとか、踊ってくれという話になり、それに応じたところ、それがプロモーションビデオに使われていたというわけです。

もともとそういう風に使われるとは思ってはいなかったのですが、それはそれでよいではないかと思っています。

この曲については、いろんな受けとめ方があると思いますが、これまでだったら、「抗議しよう」という流れが出てきたかもしれません。
僕はそうではなく、「おもしろいじゃん」と笑い飛ばすだけのゆとりをもちたいと思います。

発売初日の今日、発売元のテイチクレコードによれば「予想以上の売れ行き」だったとのこと。

しばらく、この「佐賀県」にもご注目ください。


ふるかわ 拝

平成15年5月20日(火)
第001号「一ヶ月経ちました」

古川 康 です。
皆さんのおかげで知事選挙に当選させていただいて、一ヶ月経ちました。
この一ヶ月どうだったか、と聞かれたら、目がこまのようにくるくる回ってしまうほどの、忙しさだったとためらいなくお答えしています。

挨拶回りから始まって、庁内の重要事項のヒアリング、そして各種の行事への参加、そして会合への出席。そしてそれに併せて、選挙のときにお約束したマニフェストの具体化やお約束した事項の実現に向けての準備などなどなどなど。

ここでも、政治活動と同じく、「政策より挨拶」という現実があります。
私は、少しでも早く、そしてできるだけ多く、6月補正予算にマニフェストを実現するための予算を組みたい、そして、そのためには、さまざまな議論をしたいと思っています。
ところが、一方で、わずか二ヶ月の間しか、政治活動をしておらず、ある意味で政治的にはまだまだ知名度の低い古川 康 というものが厳然としてあるのは事実で、そして、新しい知事にきてもらって、ぜひ顔を見せてほしいという県民から強い声があるのもこれまた事実です。

だから、できるだけいろんな会議や会合には出るようにしています。そうすると勢い、政策を議論する時間がなかなか取れないことになってしまうのです。
だからと いって、まごまごはしていられません。
朝や夜、そして休みの日にはそういうことを考え、相談しています。

今週は23日(金)が知事就任一ヶ月になります。いろんな特集が組まれると思います。
ぜひともごらんください。そして、応援やご意見をいただければ嬉しく思います。


ふるかわ 拝

平成15年5月19日(月)  

古川 康 です。就任後、ホントに忙しい日々を送っていて、なかなかこのホームページをご覧のみなさんにもメッセージをお届けすることができず、すみませんでした。

さて、今回は週刊yasushiの創刊準備号です。

創刊準備号 「全国最年少知事を卒業」

昨日行われた徳島県知事選挙で飯泉嘉門(いいずみ かもん)君が当選しました。
旧 自治省出身で42歳。44歳の僕を抜いて、彼が全国最年少の知事ということになりました。

僕は、自治省の後輩であり、しかも、混乱している徳島県を前に進めるためには飯泉 君が勝つしかないと思って、飯泉君から頼まれて、徳島に応援に行きました。彼の個人演説会は、応援弁士が国会議員や県会議員の人たち。これらの人たちが合計で1時間 くらいお話されて、肝心の本人は最後の15分程度。
応援弁士といえば、だいたい僕の父親とか、事務所のスタッフとかが多かった僕の選挙とは大違いでした。
(もちろん、僕は僕なりに自分の選挙がいちばんよかったと思っていますけれどね。)

とにもかくにも大勢の方に支援されて、彼は新しい船出をします。
心からのお祝いの メッセージを彼には伝えました。

全国で一番若い知事じゃなくなったのが寂しいという気持ちが少しは僕の中にもあります。
でも、若さだけを売り物にすることにどっかで別れを告げなければならないとも感じていました。

今回の選挙がいいきっかけになりました。

僕は全国最年少ではなくなりましたが、「日本で一番若い知事を佐賀県の方に選んでいただいた」という事実だけは変わることがありません。

そうそう、彼の「日本一若い知事」というコピー、そして彼が作っていたリーフレッ トは、僕のものとそっくりです。

そうです。こっちのいろんなノウハウや結果を彼は自分のものにして、それで挑戦していたのでした。

みなさんにいただいたご支援、思い、そして作っていただいた時代の流れが、瀬戸内海を越えて徳島に届いた、ということなのです。

そのことを誇りに思うのと同時にこれからは「日本でいちばんがんばっている知事」 をめざしてゆきます。


ふるかわ 拝