2003年12月

平成15年12月30日(火)
第032号  「年末番組オンエアを終えて」

年末番組が終わった。23日には「ズームインスーパー」で2003年笑顔大賞「棚ぼた部門」を受賞したし、28日は「旅ダチ」で、原口あきまささんとはなわさんに僕が吉野ヶ里で佐賀牛を二人にごちそうする、という企画で登場した。とくに、この「旅ダチ」は、これまで出たことのある番組の中ではいちばんバラエティ色の強いものだったし、しかもずいぶん前に収録していたので、実際にオンエアされるまでの間に、何か起きたら困るなあ、とずっと思っていた。佐賀銀行のデマメール事件のときは、そのこともあって、ひやっとした(根も葉もないことだというのがわかってほっとしたけど)。明るい系の収録モノに出るというのは相当勇気がいるなということを今回改めて実感。

ちなみに、その「旅ダチ」のとき、はなわさんが僕におみやげといって持ってきてくれたのが、ショコラ・ド・アッシュのチョコ。そう、こないだこのコラムで紹介したチョコレートショップのものだ。スタッフもこれ読んでてくれてんだなとうれしくなった。ただ、そのチョコ、油断していたら、いつの間にか消えてた。食べたのが秘書課なのか、どこかに回ったのか、今となっては知るよしもないが、どっかの中間管理職が、もぐもぐ食べながら「おいは、やっぱ甘かとは好かん」とお茶をすすりながらつぶやくという感じじゃなくて、できれば、ちゃんとわかっている人が「おお、これが」とか、「えーっ これってすんごくおいしんだよねえ、」とか言って食べてほしかったが、どうだっただろう。

「ズームインスーパー」のときは、そもそも番組に現職知事が生出演するのはズームイン始まって以来ということでテレビ局もこっちも気合が入っていたように思う。
7時半くらいのオンエアなのに中継車が来たのは朝5時。歌を歌ってくれ、とわざわざはなわさんのマスクをしたベースマンを連れてきてくれてたし。

はなわさんと親交を表すものがありませんかと聞かれたので、いただいた本やCDをもってきたら、それを並べましょうということになり、オンエアの画面にもそれが映っていた。でも、テレビで見せたかったのは本当はそれではなかった。

はなわさんの本やCDなんかを入れていた「東京ばな奈」のハコを見せたかったのだ。このハコは、はなわさんのお義母さん(佐賀県内在住)が、はなわさんの引越しの手伝いに行った帰り、県庁にごあいさつに寄ってくれたときのおみやげのひとつだ。「佐賀県」のビデオと「東京ばな奈」がおみやげとは、なにかお義母さんのお人柄を表している感じでとてもうれしく、それ以来僕はずっとそのハコをはなわさん関連のグッズ入れにしていたのだ。

できればそれを見せたいのですが、とおそるおそる提案したが、「ああ、そういう、「話すと長い」ってのはちょっとねえ」と即ボツ。まあ、ただの白いハコだしなあ。


ということで予定されていたものはおしまい。トンデモないことが起きない限りは年内にテレビでお会いすることはないでしょう。

大晦日の紅白に出るのではないか、とか、NHKホールに行くのではないか、とか、いろんな人から聞かれるのだけれど、「まだ、話は来ていない」状態が続いています(笑)。

何があってもいいようにとスケジュールを空けてきましたが、もうやめました。自由に大晦日を過ごします。

お正月は元旦に郵便局での年賀状配達式に参加するところからスタートして、1日と2日のそれぞれ午後1時から「おかえり!かたろうかい」をやります。
(1日 県庁4階 正庁ホール 2日 唐津神社横 唐津市民会館)
帰省者をはじめとしていろんな方々に今年の佐賀を語っていきたいと思います。お友達、お子さん、お孫さんにもお声をかけていただいてぜひぜひお越しください。

次にお目にかかるときは新年ですね。

ふるかわ 拝

平成15年12月23日(火)
第031号「フセイン『大統領』もしくは『元大統領』についてのささやかなるレポート」

先週のこのコラムで、フセイン「大統領」が正しいのか、フセイン「元大統領」が正しいのか、ということを書いた。

メディアでの表記を調べてみたらこれがけっこういろいろだった。

まず新聞。現時点ではだいたい「元」のようだが、いつから「元」にしたのかは少しずれている。

佐賀新聞、朝日新聞、毎日新聞はブッシュ大統領が戦闘終結宣言した5月2日(日本時間)以降、「元」と表記するようにしているが、読売新聞は6月29日まで「大統領」と表記していた。共和国防衛隊の元参謀がフセイン氏のコメントとして、「もう終わりだ」と告げた情報がもたらされた6月30日に表記を「元」に変えたとのこと。

ところが、テレビは事情が違う。
道浦俊彦さんという人が8月に調べたところでは、日本テレビとテレビ朝日は、「大統領」、NHK、TBS、フジ、テレビ東京は、「元大統領」だったという。

それにはそれぞれ理由があって、たとえば「大統領」と呼んでいるテレビ朝日は、「次の体制がしっかりしていない段階なので元とはいえない」という考え方。一方で、「元」派のフジテレビでは、「現役の大統領ではないことは確かなので「大統領」にはしない。次の政権ができていれば「前大統領」とすべきだろうが、それもできていないので政権が途切れたと考え、「元」としている。」とのことらしく、なるほど、みんな悩んでいるのである。

そこで現時点の状況を独自に調べてみた。すべてのテレビ局で「元」に変わっていた。「いつ変えたのですか」とたずねたのだが、どうも、もやもやしていて答えがはっきりしない。だいたい、こういう名前の呼び方について、どこが責任をもって決めているのかもあいまいでである。

では、外務省はどうか。イラク担当の中東第二課に確認したところ、主要な戦闘が終了した5月1日ぐらいから、「元」にしたとのこと。

まあ、そういうことなんだろうな。

なんかこれって、4月13日に投票があって、14日に選挙結果が確定して、当選人となったものの、任期は4月23日からなので、それまでの間は肩書きがないのに、取材にはこられるし、まさか「次期佐賀県知事」というわけにもいかず、かといって候補者でもなく、あえていえば「当選人」なのだろうが、なんかそういうわけにもいかず、名乗るのに困っていたときと少し似ているような気がするがどうか。

似てないか。

ふるかわ 拝

平成15年12月16日(火)
第030号  「国の不思議・地図の不可思議」


サッダーム・フセインが捕らえられた。彼は、米軍兵士に対し、「私はサッダーム・フセイン。イラクの大統領だ。」と言ったという。

いま、日本の報道では、フセイン「元」大統領と言っているが、本人は退任したというわけではないし、いつ「元」になったのだろう。
ブッシュ大統領が戦闘終結宣言したのが5月1日だからそれを境に「元」が入ったのだろうか。4月9日にバグダッドが制圧された後も、しばらくは「フセイン大統領」と言ってたからなあ。ずっと調べていたがわからなかった。

そもそも、いまあそこにはなんという国があるのだろう。外務省のホームページには、いまなお、これまでと同じイラク共和国の国旗が掲げてある。ということは、国としては、続いているということなのだろうか。

国というものの不思議さは前にも書いたが、中東には、イスラエルとパレスティナという問題もある。
イスラエルで地図を買うと、パレスティナという国はないが、ヨルダンやシリアで買ったものにはしっかりパレスティナが国家として載っている。また、トルコで買った地図には、キプロスの北半分が「北キプロス・自治共和国」と表示されている。アフリカのアンゴラで南アフリカ共和国の人間と話をしたとき、アンゴラ以外どこの外国に行ったことがあるかと聞いたところ、彼の答えは、「シスカイとトランシスカイ。」だった。両方とも日本が承認していない国だ。ああ、ほんとにそういう国家を前提にしている人間がいるんだ、と白人のドクターである彼の顔をもういちどまじまじと見つめたものだった。

7年前にはバルカン半島で戦争があった。そのころ、事情に詳しい人の話を聞くことがあったが、彼いわく、「クロアチアはカトリックだが、セルビアはギリシャ正教。この境界線は西ローマ帝国とビザンティン帝国との境とだいたい同じで、そのとき以来の争いなのだ。」
それって、ローマ帝国・テオドシウス大帝時代のことだよね。4世紀末のころだったはず。それがいまでも尾をひいているのか。

ここ最近ずっと、いまのイラクとある意味似たような状況の中で、僕が暮らしていた10年前のカンボジアのことを思い出していた。何が同じで何が違うのか。これもいつか書いてみたい。

ふるかわ 拝

平成15年12月9日(火)
第029号  「KHV in 全国知事会議 」

先週の月曜日は全国知事会議だった。全国知事会議は年間何回も開かれているが、そのほとんどは全国知事会が主催。今回のものは政府が主催するもので、全国の知事だけではなく、小泉総理はじめ閣僚が出席をする年に一度のものだ。
かつては、ここで発言する場合は、前もって、どういう発言をしたいかを登録しておかねばならず、当日も、その順番とあらかじめ登録した内容のとおり、発言をすることが求められるいわばデキレース的な会議だった。

たしかに、僕が上杉自治大臣の秘書官をしていた平成9年9月の政府主催全国知事会議のときは相当細かなところまで進行要領が決まっていた。それでも、秘書官になってわずか1週間くらいしか経ってない中での開催だったし、当日、細かく決めておいても実際には登録していない知事が発言を求めたりして、けっこうたいへんだったのだが。

それから、7年経って、今度は政府側ではなく自治体側として出席したのだがずいぶん変わっていた。時代の流れなのか、小泉流なのかはよくわからなかったが、あまり細かな事前チェックがなく、ずいぶん自由な意見交換ができた。

僕は、治安にしても、有事における対応についても、どんどん警察や自衛官などの公務員を増やすわけには行かないのだから、もっと消防団を活用したらいいのではないか、ということを申し上げた。また、佐賀県の十八番になっている育児保険の話もした。総理とは、実はその前に一度画面越しに話をしたことがあった。11月26日の原子力防災訓練のときだ。あのときは官邸と佐賀県庁をオンラインで結んで、テレビ会議で状況を連絡しあったのだが、ウェブカメラの性能があまりよくなかったのか、アフリカから内乱のニュースを送ってきている特派員の映像を見ているようだった。
それで話した気もしなかったが、今回はやっとそういう感じになった。

全国の知事はさまざまな地域的な問題もぶつける。栃木の福田知事は、足利銀行の破綻処理について、「こういう地銀の破綻に際しては、事前に県と協議を義務づけていただきたい」などと相当厳しく注文をつけておられた。

異彩を放ったのは、新潟県の平山知事だった。平山知事は、KHVのことを話された。KHVとはコイヘルペスのことだ。

KHV=「Koi Herpes Virus」。Carp ではなく、Koi 。食べる鯉のことは英語でcarpだが、錦鯉のことは日本が本場なので、そのまま世界的にはkoiと呼ばれていて、それがそのまま病名になったとのこと。1997年にイスラエルで発見された病気というから発見されてからまだ日が浅い。

みなさんはごぞんじだと思うけれど、これは鯉にしか移らない病気なので人間には絶対感染しないから、いくら食べても大丈夫なのだが、平山知事によれば、問題は治療法がないということらしい。

彼いわく、「コイの病(やまい)だけに、直す薬がないのであります」。

うーむ、そう来たか。


鯉については、佐賀県では問題がないだろうと思っていた。担当課からは佐賀県に入ってきているルートをすべてチェックし、病気になっているコイが入ってきていないことを確認していたし、そもそもこのKHVは人に移るものではないのだ。

ところが実際には小城町清水を筆頭に県下各地のコイ料理関係地域の状況はひどいものだった。

さっそく、そのことを教えてくれた県会議員の人たちと打ち合わせをした。来週は鯉供養。それに併せて僕が清水に行く。そこで状況を聞くのと併せてもちろん鯉の洗いを食べる。清水のお客様の6割は福岡から。だからぜひ福岡の局にもそのことを知らせよう。そういうことを申し合わせた。

ふと気がついた。12月26日、今年の仕事納めの日に予定している秘書課の忘年会。これも清水の鯉料理でやろうではないか。

JRがやっているなんとかきっぷというのがある。呼子イカきっぷもあるくらいだ。
ぜひ清水コイきっぷというのはどうだろうか。
とにもかくにも考えられるいろんなことをやらなければ。まったくいわれのない被害を受けているのだから。

「職員みんなにも呼びかけたらどうですか?」

悩んでいた僕のところに、ある県職員からメールが来た。なるほどという思いと、こうして提案してくれることへのうれしさ、その二つのおかげで少しだけ幸せな気分になった。

ふるかわ 拝

平成15年12月2日(火)
第028号  「"レット・イット・ビー・ネイキッド"を買いました」

週末、空いた時間でひさびさにCDを買った。前に買ったのがこの夏だったから半年ぶりだ。

この時期はCDを買うのにふさわしい。理由はいくつかある。

まずはこの時期は、年間チャートをやっていて、けっこうそこでいい曲やアーティストを発掘するから、というのがひとつ。
もうひとつは買ったものを聞く時間があるから。これから年末にかけては年賀状を書いたり、大掃除をしたり、と「ながら仕事」が増える。
そのおともが必要なのだ。

さらに、ひとつ。クリスマスCDが出るから。僕はクリスマスCDをずっと集めてきていて、レコードも含めれば数十枚になる。毎年、それを買い足すのが楽しみなのだ。

いかにも今年っぽいと思って、買ったのは中国語のクリスマスアルバム。
なんか女子十二楽坊っぽい。それとステイシー・オリコのクリスマス。
いかにもって感じでしょ。
そのほか nobodyknows という日本のヒップホップグループのCD。「ススミダス」という曲をFM佐賀がいまがんがんかけてて、それが頭をついて離れずついに買ってしまった。

そして、そして、もちろんビートルズの「レット・イット・ビー・ネイキッド」。もともとはこれを買うためにCDショップに寄ったのだった。

なぜ、ビートルズを聴きはじめたのか、自分でもよく覚えていない。

かつてNHKの「若いこだま」という音楽番組があって、それをよく聞いていたので、それかもしれない。この番組で渋谷陽一がビートルズ特集をやって、それを聴いて興味を持ったような気がするのだが、思い込みかもしれないなあ。ただ、とにかく、小学校高学年からビートルズにはまりだしたのは事実で、当時400円だったドーナツ盤のシングルはもちろん、コンパクト盤という4曲入りのミニLPのようなものまでとにかく佐賀市の中心部の高柳楽器店でせっせと買い続けた。LPは当時2000円。なかなか買えるものではなかった。中学2年の時、模擬テストでいい点を取ったからということで、ご褒美で「ザ・サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を買ってもらったのが、はじめてだったと思う。

僕が洋楽を聴き始めたのは、1969年くらい。だから、実は、ビートルズはほとんど活動してはいなかったものの現役だったはずだが印象としては解散してた感じで、たとえば「オール・ジャパン・ポップ20」という洋楽チャートのラジオ番組(みのもんたが司会だった)で、元ビートルズの4人の出したシングルがすべてトップ10入りしたのを洋楽を聴き始めた初期のころのこととして覚えている。

ジョンは「マザー」、リンゴは「明日への願い」、ジョージは「マイ・スイート・ロード」、ポールは「アナザーデイ」だったように思うのだが。

それはともかくビートルズのファンとして、いつか再結成をしてくれないかと思ったり、録音されながらもまだ世に出ていない曲が発表されることを願ったり、(「ゼロ・イズ・ジャスト・アン・イーブン・ナンバー」みたいな感じの名前の当時の未発表曲はもう発表されたのだろうか)ビートルズは僕とともにあった。

附属中学校の卒業式の後の謝恩会で空閑くんや陣内くんといっしょに歌ったのもビートルズの「イン・マイ・ライフ」だった。


わくわくしながら、「レット・イット・ビー・ネイキッド」をかけた。印象としては、ブートレグ(海賊盤)って感じだ。ビートルズに限らないと思うのだが、オリジナルのアルバム以外の正規の盤ではないものがいろいろ存在する。
スタジオで収録している様子を収めたものとか、アルバムをレコーディングしていて採用されなかったテイクとか。そういう感じだった。ああ、もともとはこれだったのねって感じ。

たとえば、佐賀牛のトルネード風という料理を食べたときに、ソースのかかったこの料理もおいしいけど、いちど肉だけを生で食べてみたい、と思うようなもの。料理としてもおいしいけど、この肉を肉として食べてみたら、それはそれでおいしかった、という感じだ。

僕の好み?

肉だけというよりは、フィル・スペクターという料理人が料理した、前の「レット・イット・ビー」のほうがおいしいかな。食べなれているし。

ふるかわ 拝