2005年12月

平成17年12月27日(火)
第136号  「それでも街に病院があるってわるくないと思う」

くどいようだが、僕は、病院も公共施設もこれからはまちなかにできるだけ作るべきだと思っている。なぜこれを言うかといえば、12月25日付け佐賀新聞の記者・デスク座談会の中で県病院の移転先として当初県が予定していた「どんどんどんの森」という市街地近くの場所がだめになったことについて、「論議の中で、市街地活性化に役立つものじゃないという結論は出たような気がする。」とあったからだ。

僕は、そう思っていない。たしかに「どんどんどんの森」については、地権者である佐賀市から最終的にノーを突きつけられた。だから、できなくなった。しかし、だからといって、僕は今後の人口減少社会において人々が行き交う街をつくっていくためには、病院や公共施設など多くの人々が使うものはできるだけ市街地に立地させることが必要だという考えを捨てたわけではないし、決してそのことが否定されたとも思っていない。

今回の病院の場合は、病院適地が市街地になかなか見つからない以上市街地立地というのは難しいかもしれないが、これからも公共施設や大型施設の立地については、できるだけ市街地に立地ということを訴えつづけていきたいと思う。

先日、佐賀のケーブルテレビ(ぶんぶんテレビ)で日本政策投資銀行の藻谷浩介氏の中心市街地活性化の講演の模様が流れていた。僕のきわめて尊敬する銀行マンだ。いま中心市街地のことを語らせたらこの方ほどココロとアタマに残る話をする人はいないと断言する。

日本でいちばん実質的に所得の高い愛知県刈谷市のまちの衰退ぶりや地域の主要産業が疲弊しながらも商店街が元気な長崎県佐世保市と対比させながら、佐賀市が取り組むべき問題を鋭く提起されていた。この方は、どこに行かれたときもそうなのだと思うが、地元のことをよく調べてある。今回も、佐賀の歴史や市内の商業施設の様子をしっかりふまえたうえで分析し、そのうえで全国的に通用する話をされるのでまことに心地よくかつ身近だ。藻谷氏も、市街地の活性化のためには、病院の立地は必要と述べておられた。また、地権者が協力するかどうかが活性化の鍵ということもおっしゃっていて、定期借地権や定期借家権を使ってでも空いているところを使うしかけを考えることが必要という指摘はなるほどというものがあった。

この番組は再放送がある。今週の金曜日までは毎日13時から、年明けは1月2日深夜2時、6日、7日、8日は深夜1時から。3時間と長いけど年賀状を書きながらちょうどいいと思う。

ふるかわ 拝

平成17年12月20日(火)
第135号  「犬の十戒」

今年もあとわずか。来年は戌年なので、あと2週間後には、犬にまつわるさまざまなネタが世間を騒がせると思う。
今年「電車男」や「生協の白石さん」がはやった傾向から予測するに、来年話題になりそうなのが「犬の十戒」。犬を飼う人間に対する犬からの戒め、だ。
もともとは英文で作者不詳。原文の英語の著作権が不明なのでと、多くの人が引用している。なので、ここでも原文を紹介しながら僕の仮訳をつけてご紹介したい。

さて原文はこういう文章だ。

1.
My life is likely to last ten to fifteen years. Any separation from you willbe painful for me. Remember that before you buy me.

私の一生はわずか10年ちょっとなので、ひとときたりともあなたと離れるのはつらいものです。およそ犬を飼おうとする前にまずそれを心してください。

2.
Give me time to understand what you want of me.

あなたが私に何をしてほしいのかわかるようになるまで少しでいいですから時間をください。

3.
Place your trust in me-it's crucial to mywell-being.

私に信頼をおいてください。それが私の幸せにとって何よりなのです。

4.
Don't be angry at me for long and don't lock me up as punishment. You have your work, your entertainment and your friends. I have only you.
私にいつまでもつらく当たったり、罰として閉じ込めないでください。あなたにはほかに仕事も愉しみも友だちもいるかもしれません。でも私にはあなたしかいないのですから。

こういうものがあと6つある。

興味をもたれた方は、全文を日本語にしたものもいろいろ存在するので見ていただければうれしい。
たとえば、
http://www5.ocn.ne.jp/~select/Ten-Commandments.html
(上記サイトは開くと音楽が流れます)
もそうだ。

ちなみに僕も戌年。年男なのでありました。

ふるかわ 拝

平成17年12月13日(火)
第134号  「パーティトークの中から」

先日東京に行ったとき、ちょうど僕がメンバーになっている経営者向けのセミナーの納会があって、それに参加した。
こうしたパーティのときに耳にした話はネット上などで公開しないのが基本だろうと思う。でも、これなら大丈夫だろうと思う話をふたつ紹介したい。

まずは「江原啓之(えはらひろゆき)は本物か」。
僕は残念ながら江原氏の名前もよく知らなかったのだが、彼に会ったことがあって、仕事も一緒にしたことがある、というA氏が「彼は間違いなく本物だ」と言う。スピリチュアル・カウンセラーという肩書きでだいたい想像はつくけれど。僕はミスターマリックがまだ出はじめのころ、ホテルオークラのレストランでショーをするというので見に行ったことがある。そのとき、目の前でそこにあるフォークや僕の部屋の鍵を曲げられたことがあった。たしかに僕の目の前で驚くべきことが起きていた。が、まったくしかけはわからなかった。そういう人間なので、この手のものを見破ることが苦手なのだと思う。だからあまり「これは間違いなく本物だ!」と胸を張って言えないのだが、年末年始の特別番組なんかに江原氏はたくさん出ると思うのでこの際注目してみてほしい。「ホントに本物なの?」と僕がA氏に尋ねたところ、かつて江原さんと一緒に仕事をしたとき、とあるスタッフが「引越しをしようと思ってるんだけど、この部屋は場所的に問題がないかどうか、ということになり、引っ越し先の部屋の間取りを江原氏に見せたところ、江原氏はその部屋の図面を見るだけで「いいんじゃない。コンビニがまん前にあるし」と、その引越し先の周りの様子を当てたという。
さあ、どうでしょう。

次に「いま大学ではやっているもの」。
一度大学を卒業して社会人になり、最近再度社会人として大学に入学して学生生活を送っているB氏曰く、「いま大学でいちばん流行っているもの、それは「mixi」です」。
mixiは、要するにネット上での閉じたネットワーク。一般的な名前としては「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」で、mixiはその最大手。毎日1万人会員が増えているという。匿名による勝手な発言はだめで紹介者がないと入れない。普通のオープンなネットソサエティだと読むのに耐えない発言が多いが、閉じたネットワークなので安心して発言ができるし、場も荒れないのだという。
B氏は言う。「学生によっては一日4〜5時間やっているのもいます。いろんな職業の人が参加していて、ちょっと何かあるとお互いが助け合うような感じのネットワークですから。ご紹介しましょうか」。
実は数ヶ月前、知り合いからmixiに入らないか、と誘われたことがあった。ただ、そのときは、web上で新しいネットワークを作りあげることにちょっとめんどくささがあって、お断りしのだった。
でも、たしかにだんだん流行って来ているようだ。おもしろそう、でも、ちょっと大変そう。

さあ、どうしよう。

ふるかわ 拝

平成17年12月6日(火)
第133号  「クリスマス・キャロルズ&ソングス」

この季節になると思い出すことがいくつかある。その一つの思い出を去年日経の「交遊抄」に書いた。

今回はもうひとつの思い出を書きたい。

この時期、街や店では、そしてラヂオからも毎日いろんなクリスマスキャロルやクリスマスソングが流れる。
僕はけっこう歌える。「赤鼻のトナカイ」や「サンタが街にやってくる」のようなポピュラーなものから、「ザ・ファースト・ノエル」「ひいらぎ飾ろう」のような宗教的な、というか本来的な歌まで。

というのは、僕の通っていた高校がラ・サールというカトリック系の学校だったからだ。高校1年のとき、英語は二つの授業があって、一つは日本人、一つは外国人によるものだった。その外国人教師はブラザーグレゴリーというカナダ人だった。なぜカナダ人かというと当時ラ・サール会のアジア・太平洋本部がカナダにあったからだと思う。

そのグレゴリーの授業はリスニングが主だったが、12月に入るとクリスマス・キャロルズというプリントが渡されて、いろんなクリスマスに関する歌を聴きながら、その意味が解説される、夢のような授業に変わった。希望者はその音楽の入ったテープを録音することが許され、チャペルで録音したように思う。そして期末試験には、それらの歌の意味や歌詞の穴埋め問題が出された。
つまり、クリスマスキャロルやクリスマスソングを覚えるのは試験勉強だったのだ。

勉強熱心だった(!)僕はクリスマスキャロルズ&ソングスも熱心に覚えた。けっこう試験でもいい点数を取ったように思う。こうしたものが大学受験に役に立つわけでもないが、進学校といわれるラ・サールでこういう授業が成り立っていたのはうれしいものがある。

いまでも、街でクリスマスソングが流れるとそれに合わせて口ずさむことができるのはそのときの努力のおかげだ。高校時代の勉強の中で学んだものはいろいろあるけど数十年経った今も役に立っている貴重な財産だ。彼に感謝しなければ。

ブラザーグレゴリーはその後亡くなった。カナダから帰国するために乗っていた大韓航空機がオホーツク海上空付近で爆破されたのだった。

ふるかわ 拝