2005年5月

平成17年5月31日(火)
第106号 「愛・地球博」

中京佐賀県人会に併せて愛・地球博に行ってみた。

タクシーの運転手さんに「何を見たらいいですか」と訊ねてみたら「マンモスとトヨタ、日立、このへんでしょうかねえ」ということだったのでまずはマンモス、それをスムーズにこなすことができればトヨタにチャレンジしてみようということにした。ただし、県人会が始まるまでの時間しかないので2時間しかない。そこで会場には朝8時に着いた。開場は9時だがたくさん並んでいると早めに開くということだった。8時に着いたらもう何千人も待っていた。

開場は8:45くらいだったのではないだろか。
ためらわずにマンモスに向かった。
マンモスというのはグローバル・ハウスにある。グローバル・ハウスはマンモス ラボ、オレンジ ホール、ブルー ホールの3館で構成されているのだが、マンモスだけみたい人のためには「マンモス ラボ」単独観覧コースというのがあり、それを選ぶと動く歩道に乗ってとそのまま見ることになる。僕はそれを選んだ。混雑していると聞いていたが、朝早かったせいかあっという間にいきなりマンモスが登場。牙の色や残されている毛までみることができた。並び始めてから終わりまで15分くらいだっただろうか。ストレスなく楽しむことができた。

注目していたのは食べ物の値段だった。というのはこの会場にはもともと弁当の持込みが禁じられていたのを小泉首相が「お弁当の持込みを認めていいではないか」という発言をしてそのためにてづくり弁当はOKとなったからだ。会場内にある食べ物の値段は相当高いに違いないと思っていた。

結論はこうだ。

焼きそば・たこ焼き500円、とんこつラーメン700円。
会場内のファミリーマートのおにぎり二個セット210円。飲み物 定価。
自動販売機の飲み物 定価。

とんこつラーメン700円というのは高い。焼きそば500円も安くない。ただ、覚悟していたせいか、びっくりするほどではなかった。もちろん、ある高級中華料理店のランチメニューでは「愛定食 2800円」というのもあったが。

また、コンビニにおいてあるものの値段はすべて会場外の店と値段は同じらしいがおひるどきになると混雑して入れないのだという。たしかにあるコンビニ(サークルK)では10:30過ぎにすでに入場制限をしていた。

ということでマンモスの後は時間があまったので外国館に足を延ばしてみた。一般的には「踊るサチュロス」のあるイタリア館などがおすすめなのだろう(実際行ってみたらなかなかだった)が、ここではあえてイエメン館をおすすめしておきたい。

何がすごいか。まず館の名前の「イエメン館」というのが手書きなのだ。これだけでも興味をそそるではないか。そして中に入るとまるでバザールのようにお土産品がずらり。産業とか歴史の紹介はほんとうに申し訳程度。これではイエメン人の生活に触れることはできない。いかんなあと思いつつ2階に上がってみた。食堂があった。もちろんイエメンの料理や飲み物がメイン。なかでもこれはなんだろうというものもある。その名は「へンナ」。さらにはその食堂で働くスタッフ(イエメンの人だと思う)が食堂の奥でご飯を食べていた。少しだけ生活のにおいがした。極め付きは休憩室。イエメン風に飾りつけられた小部屋があり、そこで休憩できるらしい。中をのぞいてみたら、床に敷いてある毛布の先から人の足らしきものが見える。「こうしてイエメン人は休むのです」ということをわかったもらうための人形かと思ってよく見てみたが妙にリアルなのだ。しかも足だけでほかの部分は毛布にくるまれていて見えない。

もういちど休憩室の入り口に書いてある張り紙を読んでみた。それにはこうあった。

「靴を脱いで、疲れた足を休めてください。イエメン人が寝ていることもありますが、どうぞ気にせずお入りください。ここは皆さんのくつろぎスペースです。」

会場内でもっとも生活感のあるパビリオンなのだった。

ふるかわ 拝

愛・地球博公式サイトhttp://www.expo2005.or.jp/
マンモスがやってきた!http://www.expo2005.or.jp/jp/E0/topics_0325_003.html
イエメン館http://www.expo2005.or.jp/jp/C0/C3/C3.10/C3.10.3/index.html

平成17年5月24日(火)
第105号 「サガンをよろしく」

サガン鳥栖が好調でうれしい。

昨日、福岡に行ったら車を降りたところでたまたま30歳がらみの男性が数人いた。
知っている人ではなかったが僕の顔を見てどうやら正体に気づいたらしかった。「サガン2位おめでとうございます。」と挨拶してくれた。2位ってことはこのままもし行けば入れ替え戦なしにそのままJ1にいけるってことになる。一方でアビスパ福岡は4位。このままじゃJ1にはいけない。
僕は笑いながら答えた。「ありがとう。このまま行くとお先にJ1で待ってますからってことにもなるかもね。」
そしたらこんな返事が返ってきた。「いやいや、そんなこといわずに一緒に上がりましょうよ。」
考えたらこの時期にサガンが2位にいるってことはクラブ始まって以来なのだった。
これだけの思いをさせてもらえるってなかなかない。

今年サガンは選手が半分くらい入れ替わった。しかもそのうちの相当多くは松本育夫監督が自分のいわばコネと眼力で素質はあるが出場機会に恵まれてない選手を探し出して連れてきたものだ。

その結果、Jの中で最年長の松本監督の下に平均年齢最年少の選手のチームが出来上がった。しかも、シーズンスタートのわずか数週間前になって。

およそサッカーのチームは作り上げるのに数ヶ月はかかる。普通のチームは去年の秋から新チームを作ってトレーニングしているし、戦術も練り上げている。それがサガンの場合はシーズン開始の直前に選手が揃うという状況だった。だから、前半はそれほど活躍は期待できないかなと思っていたのだった。

それがこういうことになっている。

先月、札幌での試合に僕が出かけて応援した。その後、在北海道佐賀県人会のみなさんとサガンの松本監督、井川社長を含めて懇親会をやった。井川社長はこんな挨拶をされた。「サガンをぜひJ1にと思っています。できれば3年後くらいに」。
まことに順当な内容だったといえよう。ところがその後にされた松本監督の挨拶はこうだった。「いま社長は3年後にJ1と言っていましたがとんでもありません。」

謙遜かな、と思ったら違ってた。続けて松本監督はこうおっしゃった。
「3年もかけていると、せっかく取ってきたいい選手がみんな他のチームに抜かれてしまいます。J1に上がるんなら今年です」。

みんな笑った。大いに笑った、そのときは。でもそれが決して夢ではないところにいまいる。

これからもどうかサガンをよろしく。

ふるかわ 拝

平成17年5月17日(火)
第104号 「ガイドブックに思う」

週末を利用してベトナムに行ってきた。そのことはいずれ話すとして今回は別のことを考えてみたい。

いまのベトナムブームに火をつけたある雑誌がある。僕は数年前にこの雑誌が出している※1ムックのベトナム本を買った。いつかベトナムに行くときにゆっくり読もうと楽しみにしていた。

今回いよいよその本に目を通してみた。おいしい※2フォーの店だのしゃれた雑貨の店だの有益な情報がとても多く重宝したのだがその中にちょっと気になる表現がいくつかあったのだった。

たとえば、ホーチミン市について書いたくだりでは、(ホーチミン市は)、「フランス統治時代に培われたシックを愛するセンスも最高に輝き、」とある。

また、あるホテルについて書かれたところでは、(そのホテルは)、「気品と浪漫に満ちた仏領インドシナ時代を彷彿とさせる。」という表現もある。

さらには、これもまた別のあるホテルについて書かれたところでは、(そのホテルは)、「かつてアメリカ将校の兵舎だった建物の枠組みを利用しているので、部屋は防音に優れ、広くて快適だ。」とある。

もう言いたいことはおわかりになるだろう。こういう文章を読むと、どう控えめにみてもこの文章の書き手はベトナムがフランスの支配を受けていたことをプラスに評価しているということのように思えてならない。さらにはベトナム戦争時におけるアメリカの軍事介入についても同じような視線が感じられてしまうのだ。このムックに限らず、東南アジアをはじめとしてベトナムと同じように他国の支配を受けていた国や地域のガイドブックには一般的によくこういう表現が使われている。しかしたとえばこれと同じような思想を韓国についてのガイドブックに持ち込んだらどうなるだろうか。

「わが国がかつてアジアの国々に与えた苦しみに思いを致し・・・」というような意味の表現がマスメディアや政治の場でよく語られている。その一方で、殖民地支配を受けた国のガイドブックにおいてこのような表現がなされていてしかもそこに違和感が唱えられることがないというのはいったいどういうことなのか、と思う。

皆さんはいかがお感じになるだろうか。

ふるかわ 拝

※1 ムック 【mook】
〔magazine と book の合成語〕
造本・編集・発行の様式が,視覚的な雑誌と文字中心の書籍の中間であるような本。

※2 フォー 【(ベトナム) pho】
ベトナムの麺(めん)料理。牛骨スープをニョク-マムで味付けし米粉からつくる麺を入れ,肉や香草などの具を加えて食べる。具やスープに牛肉を使うフォー-ボーや,鶏肉を使うフォー-ガーなど。
(三省堂提供「デイリー 新語辞典」より)

平成17年5月10日(火)
第103号 「代用品がいらなくなった時代」

「昔食べてたものでもう一度食べられるとしたら何をいちばん食べたいか」という話で盛り上がったことがある。
僕よりも10歳くらい年上の団塊の世代のある方の答えはこうだった。「サッカリン入りのアイスキャンデー」。
なるほど。僕は「チクロ入りの棒ジュース」だ。
小学生のころ、チューブに入ったジュースをよく飲んでいた。一本5円だったと思う。
ところがある日のこと、そのジュースにはチクロという人口甘味料(つまりは砂糖の代用品)が入っていて体にとても悪いということを知らされた。どうやらアメリカで発ガン性や催奇形性の疑いがあるということが言われはじめたらしい。ところがその当時、日本の食品業界で甘味といえばチクロだった。急にだめといわれても困る。しかし悪いものは悪い。そういう議論がされていた覚えがある。
その結果、チクロ入りの棒ジュースはその後もたしか在庫がある限りは売っていい、というようなことになったのではないかと思うがとにかく売られつづけ、一方でチクロを砂糖に変えた「全糖」の棒ジュースがたしか一本8円という新価格で登場した。
正直に言えば、全糖のジュースはおいしくなかった。口が慣れていたからなのかもしれないが、砂糖の入ったジュースはチクロ入りのほど甘くなかったような気がするのだ。
とまれ、砂糖の代用品としてのチクロはその後見ることがなくなった。

ところで話はぜんぜん変わるが出身地を言うときにどう表現するか。
僕の場合は「佐賀県」または「佐賀県唐津市」になる。生まれたのがそこだからまあ間違いはないだろう。ところが僕の知り合いに岩手県滝沢村の出身の人がいる。(実は日本一人口の多い村なのだけど)その村がどこにあるか知っている人は少ない。となると、面倒くささもあって彼は滝沢村の隣にある盛岡市の名前を代用して「盛岡です」と言ってしまうという。彼曰く、「出身高校は盛岡市内ですしね。「盛岡市」といわず「盛岡」で止めておくというのがポイントなんです」。

そういう話をしていたところ、相知町や肥前町の出身の方から「自分も県外に出たときには「唐津です」と言っていましたよ」という発言があった。「俺も浜玉町だけど「唐津」って言ってたな」と応じる人もあって、「東松浦うそつきトリオ」だったと大笑いになった。

市町村合併が進んで相知町も肥前町もそして浜玉町も唐津市になった。

こういう「出身地の代用品」もなくなってきている。

ふるかわ 拝

平成17年5月3日(火)
第102号 「葦(よし)の髄から天井をのぞく」

講談社の「本」という雑誌の3月号に、平岩正樹氏の「「文系人間・理系人間」を考える医者」というエッセイが載っていた。その中に「平岩式文系理系判別法」と命名されたクイズがあった。

2 □ 6 8 10

この□に数字をうめよ。

というのが問題。

平岩氏は、答は 4 だと即答するのは文系だという。

確かにこの数字の並びが2づつ増えていくということについては何の保証もない。印象で4じゃないかと答えているにすぎないというわけだ。これだけの情報と前提しかないのであれば答えは特定できないというのが理系的な態度だという。

これを読んでいて思ったことがある。

内戦直後のアンゴラにいて選挙監視の手伝いをしたことがあった。僕は、選挙の仕事を終え、帰国したが日本の商社マンたちはそのままアンゴラに残った。その後、内戦が再発した。僕は日本でその情勢を伝える新聞記事を読んだ。それによればアンゴラ在住の日本人は一箇所に集まって暮らしているとあった。相当厳しい状況になっているなと思った。その後、在留邦人の方々が帰国することができて、日本で会うことができた。僕は言った。「心配してましたよ。みんなで一緒に暮らしているって新聞記事で見たものですから。」
その元・在留邦人の方はからからと笑った。「ああ、あれね、たしかに電話で取材があったとき、みなさんどうしてますか、と聞かれたんで「みんなうちに来てますよ」と答えたんですが、実はマージャンしに来てたんですよ」。

か細い情報源の中から大きな何かを判断しようとするとこういうことになりかねない。

僕ら文系人間はとくに用心しないといけないらしい。

この平岩式、僕も作ってみた。僕の答えと合えばあなたも文系人間かも。


(問1)
1 2 3 4 5 □ 

これに続く数字は何か。

(答1)
僕の答えは 7。祝日のある月。


これくらいはわかるかもしれないが次のはどうか。

(問2)
2 6 □ 11
 
ここに入る数字は何か。

(答2)
僕の答えは 9。定例県議会の開会日の月(平成16年実績)。


ちょっとマニアックだったかな。

ふるかわ 拝