2006年12月

平成18年12月26日(火)
第187号   「メリークリスマスがいえなくて」

時代遅れのドラマのタイトルのようだが、最近、「メリークリスマス」といわなくなっているという。
たしかに、知り合いのある米国人に聞いてみたところ、「友達や家族、そのほかよく知っている人だったら、Merry Christmas というけど、それ以外だったらHappy Holidays ですね」とのこと。「公立学校では?」とたずねたら「ゼッタイに「Happy Holidays!」です。」という。
「だって、キリスト教じゃない人に対して「Merry Christmas」といわないほうが適切だと思いますから 」。

これは本当のようだ。たとえば僕がよく使うグーグル。ここのHPはいまクリスマスバージョンになっているのだがグーグルという文字の真ん中のイラストのところにカーソルを持っていくと、そこに「Happy Holidays from Google」という文字が現れる。「Merry Christmas」ではないのだ。

もちろん、逆にこういう動きを苦々しく思っている人々はもちろんいる。
去年のことだったが、ボストンでは市当局が設置しているクリスマス・ツリーを「ホリデイ・ツリー」と名称変更をしようとしてキリスト教保守派から猛攻撃を受けたといいうニュースもあった。

ただ、CNNの2005年の調査では、アメリカ人の69%は「Merry Christmas」のほうがすきだと思っているという。
この調査では「Happy Holidays」派は29%らしい。

ということでどうもいろいろゆれているらしい。

ただ、この季節に僕の手元に届くカードはもっと違ったものが増えてきている。ただ「Season's Greetings」 と書いてあるのだ。
日本語にすれば「季節のご挨拶です」というだけのこと。なんかなあ。

ふるかわ 拝

平成18年12月19日(火)
第186号   「北極の氷がなくなると海水面は上昇するか」

今週はいま高校の同級生のメーリングリストで盛り上がっている話題から。

産経新聞12月13日付けの1面トップは「2040年夏 北極の氷ほぼ消滅」という記事だった。
「地球温暖化の原因となる二酸化炭素などの温室効果ガスの増加をこのまま放置すれば、北極の氷はこれまでの4倍のスピードで減少、2040年夏にはほぼ消滅するという試算結果が12日、米国地球物理学連合の学会誌「地球物理学研究レター」で発表された。」という内容そのものはなるほどと思わせるものだったが、さらにその記事には解説が加えられていた。
そして、そこに「氷の消滅は海水面の上昇をもたらす。海抜の低い地域の水没といった直接被害のほか、農業、漁業への影響が地球規模の食糧難を招く恐れもある。」と書かれていた。

さあ、読者のみなさんにお尋ねします。

「北極の氷が融けたら海水面は上昇するでしょうか?」

氷が融けて水になり、それが海に流れ込めばその分海水面が高くなるような気がする。だが、こうきかれているということはそうじゃないのだな。
勘のいい読者の方ならお気づきになるだろう。

そのとおり。「北極の氷が融けても海水面は上昇しない」が答えなのだ。

じゃ、なぜそうなるのだろうか。

ヒントをいくつか。

ヒント1 北極と南極。何がどう違いますか?

これでピンと来なければ次。

ヒント2 北極の氷の状態を家庭で再現してみてください。何と何を使えばいいですか?

もう、ここまでくればわかるだろう。
北極は海だ。大陸はない。ということは北極の氷は海に浮かんでいる氷だということになる。
それを家で再現するならばグラスに水を入れ、そこに氷を浮かべればいい。

これが現在の地球の状態だとしよう。

これからだんだんと氷が融けていく。そのとき、グラスの中の水の水位は上がっていくだろうか。答えはノーだ。

(答えはノーだ。と言い切ったけど、その根拠は正直自信がなかった。それを同級生が証明に挑戦してくれている。われと思わんかたはぜひココを見ていただきたい。もし、この内容について気付いたことがあれば教えていただきたい)

飲み屋でウィスキイの水割りがサービスされたときのことをイメージしてみよ う。ついつい話に夢中になって、そのグラスに手をつけずにそのままになるこ とがよくある。そのとき、たしかにグラスの表面に水滴はつくことはあるけど 、氷が融けてグラスからあふれることはない。

それと同じなのだ。

だから、同じ氷が融けるにしても、いままで海になかった分、たとえばヒマラ ヤの万年雪が融けて川から海へ流れ込めばそれは海水面の上昇につながるとい うことになるというわけだ。

言ってしまえばそれだけのことなのにけっこう考えさせられてしまう。

気象関係の仕事をしている同級生によれば、それでも、地球温暖化のせいで、海水面は上昇しているのだという。
でも、その主要因は雪や氷が融けるからではない。
温暖化が進んでいるために、わずかではあるが海水の温度が上がっているらしい。その海水温の上昇によって海水自体が膨張しているのだという。

「あたためれば水は膨張する」。どこで習ったかな。でも習った。

その膨張が主要因なのだという。

北極は海だとか、浮力のことだとか、膨張のことだとか、ひとつひとつの知識は小中学生のレベルかもしれないけれど、これを組み合わせたらオトナでも難しい。

忘年会や二次会のネタに使ってみてはいかが?

ふるかわ 拝

平成18年12月12日(火)
第185号   「いま、これからを考える」

宮崎県知事も逮捕された。毎日こういうニュースと特集だ。

僕はいま、全国知事会の「公共調達改革プロジェクトチーム」のメンバーの一員として、こうしたことが二度と起こらないようにするために、システムとして何が準備できるかを議論している。先日7日には有識者5人からヒアリングを行った。

国土交通省の審議官、マスメディアの部長、このあたりはよくあることだと思うが、それに加えて全国市民オンブズマン会議のメンバーである弁護士の方、さらには、かつて談合をやっていてそれをやめたという長野県のコンサルタント会社の社長、最後が談合問題をずっと捜査してきた元検事でいま大学教授の方。

それぞれの方から談合をなくすためには何が必要か訴えていただいた。

どの話も印象深いものがあったが、個人的にもっとも強烈なインパクトがあったのは、最後に話をされた元検事の郷原信郎氏のお話だった。

お話はたとえばこういうことだった。
「アメリカにおける談合は、いわば「ムシ」。個人的な利益を得ることが目的でだいたい単発。だから、対処方法としては個人に厳しいペナルティを課す(殺虫剤をまく)ことが効果的。ところが、日本における談合はいわば「カビ」。継続的・恒常的で背景に構造的要因がある。だから、対処方法としては構造的要因(汚れ、湿気)を除去しないとだめで、日本型談合に殺虫剤をまいてもだめ。」

「カビに殺虫剤をまいてもだめ」。
 
いきなり納得した。

郷原氏は、なぜこういう構造になっているのかを歴史的な経緯を踏まえて、ひもとかれる。もともと、いわば堂々と「談合」していたところ、米国の圧力により独占禁止法の運用が強化され、その結果、談合が地下にもぐりファジーな形で続いていたものが、小泉改革の中で独禁法がさらに強化され、超大手ゼネコンの談合決別宣言などにより談合システムが崩壊する兆しを見せていたところに、社会的に「談合を許さない」という風潮が高まり、その要請に捜査機関も応えているのだという。

「時代は変わったんです。いつまでもこんなことを続けていたら終わりですよ」。郷原氏は警告する。

郷原氏は、だからといって知事側が「談合決別宣言」をしたからというだけでは、談合問題は終わりにならないと言う。「業界そのものも談合から決別しなければ。その中で、発注制度を見直す、業界の整理・再編を行う、そしてこうしたことにより職を失う人が出てこないようにしっかりと雇用対策を行うことが大事」と説く。

佐賀県はすでに入札改革に取り組み、条件付き一般競争入札制度を原則とする制度をスタートさせている。ただ、これで十分というところまでは、まだ行かないだろう。

談合は「必要悪」から「絶対悪」へ。

地方自治に信頼を取り戻すためにしっかりと取り組んでいきたい。

ふるかわ 拝

平成18年12月4日(月)
第184号   「2007年4月8日に向けてその一歩をいま踏み出す」

平成15年3月、私は、政治への信頼を取り戻すための試みとして、全国で初となるローカル・マニフェストを掲げて、知事選挙に立候補しました。6人もの候補者が入り乱れる史上まれな激戦の中、私が直接存じ上げない方やかつていろんな地域でご縁をいただいた方など本当に多くの方が私を支えていただいて、そのおかげで佐賀県知事に就任することができました。
それから今日まで県民の皆様をはじめさまざまな方の御支援・御協力によりこの重い「つとめ」をなんとか果たしてきました。私自身の至らなさから厳しいご批判をいただくことも多く、また、当初予期しなかったような大きな課題が現れたこともあり、自分の中では思い悩むこともありましたが、そのたびごとにこのパワフルコムをはじめとしたネット上の世界で、また、街を歩いているときをはじめとしたリアルの世界で、いろんな方々から励ましや応援をいただき、なんとか乗り越えることができました。私の今日あるは、そういうご支援のおかげだと思っています。心から御礼を申し上げます。

私は、「オープン」・「現場」・「県民協働」をキーワードに定めました。そして「佐賀県を県民の満足度が日本一の県にしたい」「県民の声が日本一届けられやすい県にしたい」そういう思いで「変革と創造の佐賀づくり」に取り組んできました。

その実現のため県庁そのものの改革も行い、「管理型」から「経営型」への組織改革や生活者視点の職員の意識改革など、21世紀型広域自治体のトップモデルをめざして「県庁改進」にも力を注いできました。

これまで取り組んだものの中には、九州新幹線西九州ルートやプルサーマル、城原川ダム、県病院の移転など世論の分かれるものや食糧費問題のような過去からの宿題もありましたが、判断を先送りにせず、正面から取り組みました。こうした課題の判断についての私の軸は「歴史の評価に耐えうるかどうか」でした。
与えられた条件の中で、という制約はありますが、私なりに将来の佐賀県民の評価に耐え得る判断を行うことができたと考えています。
また、国との関係では、地方政府として対等な立場から必要な提案を行い、物言う地方政府として三位一体改革の論議をリードしてきました。育児保険の提案など単に一地方自治体としての「県」としての立場でなく「地方政府」としての提案・提言を行ってきたという自負も持っています。

これまでの3年8ヶ月を振り返ってみると、
福祉・保健分野では、
障害者を雇用するための特例子会社の誘致や福祉工場の整備などによってチャレンジドの働く場を増やすことに力を注いできましたし、宅老所や高齢者・障害者をはじめとして、サポートの必要な方に対して理由を問わず支援を行う佐賀県独自の「ぬくもいホーム」の整備など佐賀県方式による障害者や高齢者の自立支援をみなさんとともに進めてきました。
今年の夏からは身体障害者用の駐車スペースを確保するための試み「パーキング・パーミット」を提唱し、着実に成果を挙げてきています。
また、教育分野では、
4年前には大きな問題となっていた小学校低学年への少人数学級の導入を実現しましたし、佐賀県に育つこどもたちにしっかり佐賀県そのものを理解してもらうためのプログラム「オンリーワンのさが体験活動事業」をスタートさせました。
経済分野では、
全国初の試みとなるトライアル発注の導入により、いまや佐賀県は県内企業の育成支援のモデルとなっていますし、コールセンター、自動車・半導体関係企業、世界的な不動産関連企業の立地など企業誘致についても予想以上の成果が出ていると思っています。

その一方で、例えば、県内経済の底上げやユニバーサルデザインのまちづくり、「作る農業」から「売れる農業」への転換など、歩みは感じるものの、まだまだ成果を出すには至っていない道半ばのものがあるのも事実です。
その意味で私が目指している佐賀県としての姿は実現できていないといわざるを得ないと思います。

今、地域社会のあり方は、初めて経験する人口減少社会の到来により大きな転換の時期を迎えています。また、競争社会が拡大・加速する中で、個人あるいは地域間の格差が拡大しつつあります。

地方自治を巡る環境も大きく変化しています。「自立と責任」が強く求められると同時に、例えば、道州制の検討など政府そのものの新しい姿の模索や行政と民間が協働して「新しい公共」を担う試みも始まっています。佐賀県はCSO(市民社会組織)という新しい概念を創り出し、これによって協働を進めていこうとしていますが、このような考え方がいま「ソーシャル・キャピタル」という言葉になって結実しようとしています。

こうした時代の変化にきちんと対応していく佐賀県を創っていくことがこれからの責任者には求められていると考えます。佐賀県をはじめとするいわゆる地方に春の優しい日差しが降り注ぐような時代は過ぎました。吹雪吹きすさぶとも言うべき厳しいときを迎えています。しかしながら、確かな方向付けと歩みにより地域経営を行うことができれば、こういう時代であってもそこに住む県民の皆様の暮らしを安心できるものとすることが可能であると思っています。
こうした時代認識の下、私は、これから「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」をめざしたいと思います。同時に、佐賀県が将来にわたって魅力ある地域であり続けるために、いわば「未来への責任」を果たしていきたいと考えています。

社会的格差が広がりを見せる中、「くらしの豊かさ」を実感することができるためには、日々の暮らしの実相に踏み込んだ施策の展開が不可欠です。そして地域社会に「優しさ」や「温かさ」を取り戻す必要があります。そうした社会の実現に向け、佐賀県が率先して取り組んでいきたいと思います。

その「くらしの豊かさ」を支えるためには、県内に、働く場と公共サービスの原資である税収を確保することが不可欠す。そこで、新エネルギーやデジタルコンテンツ関連産業などの将来を見据えた企業誘致と県内企業の振興を通して、「足腰の強い産業育成」を進めていきたいと思います。

また、これからの人口減少下の社会において、将来にわたって佐賀県が魅力ある地域であり続けるためには、次の世代を担う若者の育成支援や教育環境の整備などと合わせて、有明海沿岸道路、西九州自動車道や九州新幹線西九州ルートなど、地域にとって、将来の発展のベースとなるような社会資本については、現代を生きる者の「未来への責任」として、今のうちに整備していきたいと考えています。

「これからの佐賀県の目指すべき方向」についての私の考え方は以上です。
みなさまのご理解とご支援が得られるのであれば、次の4年間の県政を引き続き担当し、こうした課題に全力で取り組みたいと思います。
「暮らしの豊かさを実感できる佐賀県」を目指して、「未来への責任」をきちんと果たしながら、21世紀におけるモデルとなるような地域に一歩でも近づけたいと思います。
私自身がそれほど多くのものを持っているわけではありませんが、佐賀県の未来のために全力を注ぎたいというその思い一点だけは誰にも負けないと思っています。
そのために私は来春実施される次期知事選挙において再び県民の審判を仰ぎたいと決断いたしました。
ここにこのことをご報告させていただきます。
いよいよこれからです。みなさまの、いや、あなたの、力を、知恵を、お気持ちを、お願いします。

ふるかわ 拝