2007年10月

平成19年10月30日(火)
第227号「美ら海水族館で学んだこと」

こないだ、沖縄に行く機会があったので、美ら海(ちゅらうみ)水族館に足を延ばしてみた。聞きしにまさるすてきな水族館だった。
大きな水槽に気持ちよさげに泳ぐジンベイザメ。テレビでやっていたと思うのだが、このジンベイザメを運び込むのに苦労があったらしい。
というのも港まではなんとか運べるものの、そこから先の陸送をどうやっていいかわからず、困っていたところ、窓の外をあるトラックが走っていて、「このトラックだっ!」と担当者が走って追っかけていってそれでそのトラックを借りて運んだのだという。

その甲斐あってすばらしい水槽になっていた。もちろん、ジンベイザメやマンタのような巨大な魚ばかりではない。小さい魚たちも群れになって右に左に行き来している。飽きずにじいっと眺めていたら隣りでグループ旅行と思われる人たちがいて、大学で魚類の生態を学んだらしき人がそこに混じっていたらしくこんな話をしていた。
「こうして魚が群れになってるでしょ。きれいに泳いでいますよね。でも、実際の海底では、敵がいたり、岩と岩の間を抜けられると思ったのに袋小路だったりとかいろんなことが起きるわけです。そうなったらどう対応するのか。いろんなパターンがあるんですよ。」
「というと?」
「過去の経験に基づいて判断をするという魚の群れがいます。似たような岩や流れの場合どうだったかという経験に従って判断する、ということですね。ところがそれが間違っていた場合、大混乱になります。どうしていいのか、まるでわからない。」
「そのほかは?」
「まったく逆にリーダー魚とでも言うべき一匹の魚が群れを率いている場合もあります。このリーダー魚が間違って袋小路に入り込んだらどうなるか?これもけっこう混乱します。一匹の魚ではなかなかハンドリングできない。」
「じゃ、どういうケースがいちばんスムーズに対応できるのですか?」
「リーダーが複数いる場合です。一匹でもだめ、でもただの集団でもだめ。リーダーが複数いる場合が、予期せぬ事態が発生したときにいちばんスムーズに袋小路から脱出できるのです。」

うーむ。人間の会社や組織の場合は?

海底のことだけあって深い話だった。


ふるかわ 拝

平成19年10月23日(火)
第226号   「韓国での吉野ヶ里展スタート!」

先週の月曜日、韓国・ソウルに出張してソウルにある国立中央博物館での特別展「吉野ケ里 日本の中の古代韓国」の開会式に出席してきた。
その前日は東京で仕事だったのでソウルへは東京からだった。それも羽田発。
しかも、仁川(インチョン)空港ではなく金浦(キンポ)空港。羽田も金浦もいまは国内線がメインだが、最近、それぞれ国際線にも使われ始め、羽田ー金浦や羽田ー虹橋(上海にある国内線用の空港)への便が増えてきているのだ。利点は便利さ。成田より羽田のほうが都心からのアクセスが便利なように、ソウルの場合も、仁川より金浦のほうが、上海の場合も、浦東よりも虹橋のほうが、都心から近く、便利なのだ。
だからはじめてとなる羽田空港からの金浦行きに期待をしていたのだが、まず羽田の国際線ロビーはとてつもない混雑ぶりでびっくりした。それは二つの行列に現れていた。
まずは男性用のトイレの行列。女性用のトイレの行列はよく見かけるが男性用でのそれは珍しい。むかし、イルクーツクで見たことがあったがそれ以来だと思う。
もうひとつが空港ラウンジの行列。最近、マイレージの上級者を対象にしたラウンジを航空会社が設置するようになっている。この羽田空港の国際線のラウンジは航空会社共通だったが、なんせ混んでいてそのラウンジに入るのに行列ができているのだ。リッチなのかそうでないのかよくわからない。
要するに羽田空港の国際線強化に施設が追いついていないのだ。
金浦空港に着いてみたら、ここはかつて国際線ターミナルだったところをまるまるひとつ使っているため、とても広々としている。うーむ、である。

それはさておき、吉野ヶ里展のスタート、まことにうれしい。
開会式には韓国内の研究者や博物館の関係者のほか僕ら日本からの関係者とあわせて在韓各国の大使も招かれていた。びっくりしたのは在韓米国大使夫妻も参加されていたことだ。この展覧会の持つ意外ともいえる国際性を表していた。

吉野ヶ里展そのものはとてもかっこよかった。なんせ展示がスタイリッシュなのだ。金紅男館長が「どう?」と僕に訊ねてきたので「とてもおしゃれだ」と答えたらうれしそうな、得意げな表情をされた。聞けば、このレイアウトを最終的に確定できたのは、オープンの数日前だったそうで、展示組はそれから徹夜で開会に間に合わせたのだという。

その甲斐あって展示そのものもかっこいいものに仕上がっているし、僕がいつも感心しているように、ここはミュージアムグッズもいい。今回の特別展のためにもいくつものアイテムが開発されていた。メモ帳もおしゃれだったし、思わず笑いがこぼれるような吉野ヶ里っぽいグッズもあった。どんなものがあったかはナイショね。ぜひソウルか佐賀で見てほしい。

展示の苦労は、時間がなかったことだけではなかったらしい。
「なんせ似てまして」とある学芸員の方が言う。「同時代において韓半島で出土したものと吉野ヶ里で出土したものを比べるというのがこの特別展のひとつのテーマなのですが、展示のための準備をしているとどっちのものかまったくわからなくなるんです。それもそのはずで、当時いろんなものが行ったり来たりしていて、モノそのものに違いがあるわけじゃなく、たまたまどっちで出土したか、ということだけなんですよ」。

いい時代だったのかもしれない。

それから二千年以上経って、やっといまそのころに少しだけ近くなっているような気がする。

ソウルでの特別展は12月2日まで。佐賀での里帰り展は来年元日から2月11日まで。

ぜひきてみてほしい。

ふるかわ 拝

平成19年10月16日(火)
第225号   「うどんとポテトサラダと優木まおみさんと」

日曜日、東京の代々木公園で九州観光のイベントがあり、そこで佐賀市出身のタレント 優木まおみさんと一緒にトークショーと賞品のプレゼンターを務めた。
優木まおみさんはNHK佐賀放送局の番組に出てたりしておられるし、僕が昭和の時代からずっと読み続けている漫画雑誌「ビッグコミックスピリッツ」のグラビアを飾ったりしていたこともあるので、前から名前は知っていたけどご一緒したのははじめて。
ちょっとどきどきだった。
会場入りして打ち合わせした。ご実家は佐賀市にある光楽園という中華料理屋さんで、皿うどんがおいしい店としても有名。トークショーでは食べ物の話をしましょうということを決めて、本番に臨んだ。

佐賀県でのおいしい食べ物という話をするとき、普通は佐賀牛とかざる豆腐とかお米とかみかんとかの話のことが多いのだが、今回はそういう超おいしいアイテムではないところでネタを準備しておいた。

テーマをうどんにしたのだった。

たとえば、うどんといえば何うどん?
僕は佐賀県ではごぼう天うどんだと思う。丸天でもいいが、この手のうどんは、佐賀県、というか北部九州を主な生息地としているのだ。このごぼう天うどんにかしわのにぎり。うどんにおにぎりということ自体はほかの地域でもあるかもしれないが、ここはかしわにぎりでなければならないのだ。少なくとも讃岐にはないな。
岡山にいたときもよくうどんは食べたが、多かったのは肉うどんだったと思う。このように地域によって好みは違うのだ。

このごぼう天うどんにかしわにぎり、というのは名物とか意識せずに普通にみんなが食べてきたもの。そこがいいよね。ちなみに僕はソウルフードはと聞かれたら、かしわごはんと即答えます。

次に、皿うどんといえば?

長崎の皿うどんはぱりぱり麺にあんかけというのが普通。ただ、麺がちゃんぽん麺を使うものもあって、それは太麺と呼ばれているのだが、佐賀の皿うどんはちがう。まおみさんの実家のもそうだが、佐賀県で皿うどんといえばちゃんぽん麺をしょうゆ味で野菜と一緒に炒めるというもので、もちろんのことだが汁気はない。でもおもしろいのはそういう皿うどんが一般的なのに「うちのはちょっと変わっていて」と説明する店が多いことだ。佐賀風皿うどんはこれなんですよ、と説明するようにしたら、これまたおもしろいと思うのだが。
そして、これにウスターソース。皿うどんにもそうだし、ちゃんぽんにもウスターソースをかける、というのは佐賀県じゃ当たり前で、大阪とは違うカタチで僕らもウスターソース文化圏なのだった。てんぷらにもソースかけるしな。ここにいうてんぷらとは・・・。ええい、面倒。

っていうくらい、この手のネタはつきない。

僕は前からポテトサラダにりんごを入れるというのがどれくらいメジャーなのかというのを調べたいと思っている。すくなくとも僕の家ではそうだった。でも東京に行ったときいろんな友達に聞いてみたが「ありえない」ときっぱり否定され、そういういうものかと思った。佐賀県でも一般的かどうかよくわからないところがあるしな。

てなことを考えながら優木まおみさんと楽しくトークさせていただきました。
彼女、ホント素敵でしかも知的でした。さらに、やや混乱しかけた現場を仕切ってくれていました。

ということでいつかまた。


ふるかわ 拝

平成19年10月9日(火)
第224号   「『坊ちゃん』に見る上から目線」

先日、地方自治経営学会に招かれてあるシンポジウムに出席した。そこで同じくパネリストを務めた柳井市の河内山市長がおもしろいことを発言されていた。
「自分が市長に初当選した1993年にはまだ「地方分権」という言葉が一般的ではなかった。「ちほうぶんけん」という日本語を変換しても「地方」「文献」としか出てこなかった。ちなみにこのころ話題になっていた「せいじかいかく」という言葉についても変換すると「政治家」「威嚇」となっていた。それがようやく両方とも普通の言葉になってきた。時代の変化を感じる。」
なるほど。
それ以来、いろんな波がありながらも少しずつ地方分権は進んできていると思う。でも、まだまだ抵抗が大きいのも事実だ。
現在、地方分権推進委員会で各省庁とのヒアリングを行ってきていただいているが各省庁の回答を見るとためいきのでるようなものがまだある。

たとえば、「4ヘクタール以上の農地を農地以外に使うことにしたいという場合、いまは農水大臣の許可が必要とされているものを自治体に任せたらどうか」という話。
「食料自給率の観点から国が判断することが必要」と農水省は主張している。
でも、もしそうだとしたら、これまでなぜ1970年には60%あった食料自給率が2002年には40%に低下してきているのだろうか?

もっとおもしろいのは「保育所の設置基準などを地域の実情に即して自治体が決められるようにすべきだ」という意見に対する厚生労働省の反論。
「乳幼児は、利用する保育所の施設・設備や処遇の善し悪しを自ら判断できず、また自らの意志を伝えられないことから、どの保育所についても保育サービスに係る一定の質が担保されることが必要であると考えている。」
原文のままである。たしかに赤ちゃんは自分の意志であっちがいい、こっちはいやだとは言えないだろう。おっしゃる通りである。だから前半については文句ない。不思議な主張ではあるけれど。しかも、後半の「一定の質が担保されることが必要」というところも異議はない。でもだからといってそれを国がしなければならないということになるのかなあ、うーむ。舛添さん、こういう回答ご存じでしょうか?

こういうものの言い方はいまふうに言えば「上から目線」、つまり「上から下にものを見る言い方」だと思うのだがどうもこれは今に始まったことではなさそうだ。

先日、夏目漱石の「坊ちゃん」を読んでいて、こんな文章を発見した。
「すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖に、引っ込めと、怒鳴っている。」
「何だ地方税の癖に、引っ込め。」とは穏やかではないが、これは松山中学と松山師範学校の学生が喧嘩をする場面だ。
この新潮文庫「坊ちゃん」の三好行雄氏による注解によれば「師範学校は戦前の旧制度で小学校教員養成のために設けられた公立学校。府県ごとに設置され、運営経費に地方税からの補助を受けていたため、「地方税」と軽蔑して呼ばれた。」とある。
義務教育費国庫負担金問題の淵源たる「上から目線」は実に此処に存していたのであった。


ふるかわ 拝

平成19年10月2日(火)
第223号   「荒木経惟さんに写真を撮ってもらいました」


今週の日曜日、写真家の荒木経惟(あらき のぶよし)さんに写真を撮ってもらった。
荒木さんは、いま、各都道府県ごとにその地域の人の顔を500組分撮影するというプロジェクトをスタートさせておられる。日本全国47都道府県に暮らす人々の肖像を網羅的に記憶しようという、この誰もやったことのない企てそのものが荒木さんらしいが、いよいよ今回は佐賀県を舞台にして行われることになったのだ。佐賀県は6番目になる。佐賀県では1203人(組)からの応募があった。絶対数では一番ではないけれど、人口千人当たりの応募者数では、佐賀県が1.39人とこれまでやった中ではいちばん多くなっている。県の担当課が相当気合を入れて募集をしてくれていたその甲斐があった。そしてまた、数だけでなく、いろんなバラエティに富んだ方が被写体になられたというのも佐賀県が一番ではないかと思う。
やきものの世界からはたとえば酒井田柿右衛門、井上萬二、今泉今右衛門先生など。これだけも豪華だが、柿右衛門窯、今右衛門窯で代々働いてきた職人の方の顔も撮っていただくことになっている。そしてその500組の端くれに僕も選んでいただき今回の撮影となったのだった。

撮影会場は佐賀新聞社の大きな会議室。僕が行ってみたらもうすでに数十人の人が来ている。写真スタジオのような閉じた空間をイメージしていたが、ぜんぜん違っていて、その大会議室のスペースの一部を使って撮影が行われている。待ちながら雑談している人、荒木さんが撮影しておられる現場をのぞいている人、みな勝手に時間をつぶしている感じ。口頭試問会場の控え室みたいな雰囲気はぜんぜんない。
僕も荒木さんが撮影されているところに近づいてみた。
「いいよ〜」「もっと笑ってみよっかあ」「歯科の仕事してんでしょ、よおし、じゃあもっと歯を見せてみよう、そうそう」みたいな感じで話をしながら、何枚も何枚も撮っていかれている。そういうことを繰り返しているうちに、撮ってもらっている人たちの表情がわずか1、2分の間に劇的に変化していく。
黄土色の硬い卵殻が取れ、薄い皮がめくれ、そのときにはじめて卵の白身がむき出しになっていき、その瞬間が写真として固定されていくような感じだった。
格好もさまざまだ。「撮影当日の着衣は自由ですが、ご自分の職業を表現する服装も歓迎いたします。」という応募の際の条件が「自分自身をもっとも表現できる姿でお越しください」という意味になっていて、みな自由ないでたちと思い出の小品を持って撮影に臨んでいる。
僕の番になった。僕もとても楽しませていただいた。

僕のカッコウ?「自分自身をもっとも表現できる姿」というよりも「自分がいちばん好きな姿」で撮りました。どういうカッコウだったか、乞うご期待!

この「佐賀の顔」写真展、佐賀県立美術館で来年の2月15日から3月2日まで開催される。その後3月6日から3月16日までは唐津市近代図書館で500枚全部とはいかないものの300枚ぐらいを選んで写真展を開催することにもなっている。

ぜひぜひ足を運んでみてほしい。

荒木経惟さんのことについては、週刊yasushi第142号(平成18年2月14日)にも書いている。合わせて読んでいただけるとうれしい。


ふるかわ 拝