2007年12月

平成19年12月25日(火)
第235号  「『観たい映画』が『観れる映画』に!」

映画ファンである、そしてとりわけ「映画館」のファンである僕にとって、今年個人的にいちばんうれしかったのは佐賀市のまちなかに映画館が復活したことだ。その名も「CIEMA」。スペイン語で「空気」という意味を持つこの映画館(兼カフェ兼イベントスペース)は、去年9月まで営業していた映画館の一部を借りてこの12月にリニューアルというか、別空間に育て上げてオープンさせたものだ。

ビルそのものは決して流行の先端を行っているわけではないがそのビルの3階に着くと、そこには子ども用の絵本があり、ソファも置いてあるなごみの空間になっていて、右側にはカウンター。そこでチケットの整理をするだけでなく、飲み物や食べ物を注文して飲食することができる。ここは映画館というだけではないシネマ+(プラス)とでもいうべき機能を備えているのだ。

最近、アート系の映画館って、ちょっと高級になってしまっていて、映画館の中で飲食することがだめとなっているケースが多い。
その点、「シエマ」はむしろ飲食でも稼ごうといういい意味での積極性を感じる。だって、映画が大人一人1300円とするとカクテル2杯にちょっとしたつまみでそれくらいにはなるのだ。
いい二次会の会場になるかもしれないとも思う。

佐賀市内と近郊にはシネコンが3つある。30万人人口としては、多いほうだと思う。それはそれでありがたいのだが、どうしても動員の見込めるものが中心になるから「ハリーポッター」はどこででもやっているのだが、いわゆるアート系の作品をやるところはなかった。たとえば、「善き人のためのソナタ」はやるところがなかったのだ。(シエマでは来年1月に上映が決定!)

これでやっと「観たい映画」が「観れる映画」になる。

オープニングのラインナップはまずペドロ・アルモドバル監督の「帰郷」。これだけでうれしい。もともとは今年の夏前くらいに東京で公開されていたけれど、「オール・アバウト・マイ・マザー」以来ずっとこの監督の作品を観ていた者として、この「帰郷」を見逃したのを残念に思っていたのだ。ここで会えるとは!

この劇場の責任者は若い女性。お目にかかってびっくりした。彼女は、岡山県立大学出身だった。そして、僕が立ち上げのお手伝いをさせたいただいた「シネマ・クレール」という映画館のファンだったのだ。
「ああいう映画館が佐賀にできないかと思いまして」と彼女は言う。
喜んでお手伝いしたい。
あの「シネマ・クレール」もいまでこそ「シネマ・クレール2」もできたし、岡山の映画環境が飛躍的に良くなった(つまり映画雑誌で取り上げられる映画のかなりの割合が岡山で観ることができるようになった)のだが、最初は本当に大変だった。

僕は当時毎月シネマ・クレールのラインナップができるとそれをもらってきて、(本当はだめだったのかもしれないが)県庁各課の文書のボックスに入れていた。文書のボックスのところに取りに来るのは若いアルバイトの人が多い。そこをねらっていたのだ。

また、いい映画、上映したい映画と観客動員できる映画は違う。ただ、映画館を続けなければいけない以上、ときどきは観客動員を狙う必要もある。 シネマ・クレールの場合は、フランスの聴覚障害者を描いた作品「音のない世界で」でそれに挑戦した。県と関係のあるいろんな福祉団体にお願いに行った。県庁の福祉担当の課長がまた一所懸命手伝ってくれた。彼もまた映画好きだった。ラッキーだった。

この映画が大当たりした。毎回満席になった。これでずいぶん当時のシネマ・クレールは助かったのではないか。やはり、こうしてどこかと組んでみんなに観に来てもらえる映画をやることも時には必要だと思う。

今年は、元日から佐賀で仕事があるので、年末も年始もずっと県内にいることになりそうだ。
空いた時間でこの映画館とその空間を愉しみたい。

ふるかわ 拝

平成19年12月19日(水)
第234号  「新幹線着工へ!」

長い間、進まなかった九州新幹線西九州ルート(長崎ルート)がようやく着工に向けて踏み出した。

佐賀県、長崎県、JR九州の三者で早期着工に向け調整を進めるよう、12月14日(金曜日)の政府・与党整備新幹線検討委員会で決定され、それ以来、昼夜を分かたず調整を進め、ようやく基本合意ができたのが12月16日(日曜日)の深夜だった。しかし、基本合意が実現され、新幹線着工となるためにはこの案を国土交通省で認めてもらうことがまず必要になる。

翌12月17日(月曜日)に佐賀県、長崎県、JR九州三者で国交省に行き、この基本合意を説明することとした。果たして大口局長はじめ鉄道局幹部に今回の基本合意を認めていただけるのか。もし、OKなら直ちに関係者への連絡と記者会見の準備をスタートさせなければならない。そのときに備えて僕のポケットにメモを準備しておいた。鉄道局で了解が得られたと判断したときに僕の秘書に渡し、秘書から佐賀県庁で知らせを待っている担当者に連絡をしてもらうことにしたのだ。
午前10時30分。鉄道局長室に入り今回の基本合意を説明し始めた。こちらの説明にじっと耳を傾けていただいた。 とくに異論はなかった。「19時に会見ということであれば、こちらもその後にコメントすることにしましょう」と言われた。

会見のOKが出た! 秘書にメモを渡し、秘書は佐賀県庁の担当者に電話した。
「知事からのメモを読み上げます。「かもめ、飛んだ」 以上です。」

今回の基本合意は、これまで地域鉄道会社(第三セクター)を作って運行していきますと言っていた区間(肥前鹿島ー諫早間)についてもJRが経営分離せずに引き続きに運行していくこととしたのが主な内容だ。これまでの案に対しては、「地域鉄道会社(第三セクター)による経営という部分に不安がある」、「将来廃線になるのではないか」、などという地域住民からの声があった。それが今回の基本合意によって全線にわたってJRが運行することになった。不安の声にお応えすることができたと思う。

それ以上にうれしかったのが、桑原鹿島市長、橋爪鹿島市議会議長そして田中江北町長というこれまでご理解を得られていなかった方たちと18日(火曜日)に面談できたことだった。席上、市長から「これまでいろいろあったけど、もう反対しても意味がない。その代わり、どうか鹿島や江北のことも考えていただいて何かやっていただければ」と表明していただいた。経営分離ではなくなるので鹿島市の同意や理解が論理的に必要 ということではないものの、これまでの数年、ぎくしゃくとした関係が続いてきたことは事実。他の市長さんに比べてお目にかかる回数も少なかったし、道路関係の要望などでメンバーに入っておられるときは「今日はお越しになるのかな?」と多少どきどきしたりもしていた。
でも、18日(火曜日)、こうして「終焉宣言」をしていただいたことで僕も「鹿島や江北の発展につながることを力を合わせてやっていきたい。」とお答えすることができた。会談の時間10分以内。だけど、とても長く感じた時間だった。

まだ国交省による数字のチェックや与党手続きなどが残っているが、着工に向けて大きく前進したことは間違いない。

「難産の子はよく育つ」という。いい形に育てあげて行きたい。

ふるかわ 拝

平成19年12月11日(火)
第233号  「安永健太君に誓う」

安永健太君という佐賀県に住む25歳の男性が9月25日亡くなった。死亡の状況について、新聞はこう伝えている。

「25日午後6時5分ごろ、佐賀市南佐賀1丁目の歩道で、授産施設に通う同市内の男性が警察官の追跡を受けて路上に取り押さえられた直後に意識を失った。男性は病院に搬送されたが、約1時間後に死亡が確認された。死因を調べている。佐賀署によると、巡回中のパトカーが自転車で車道を蛇行運転している男性を発見。停止を求めても男性は応じず、前方で信号待ちしていたミニバイクに追突し、転倒したという。その後、パトカーの警察官二人が男性を保護。歩道へ移動させる際に男性が暴れるなどしたため、応援の警察官とともに5人で路上に取り押さえたところ、しばらくして男性は意識を失ったという。病院からの報告では、男性に骨折や目立った外傷はなく、脳や心臓に異常は確認できないという。」(9月26日付け 佐賀新聞)

これに関して、警察が「保護」の際、安永君に暴行を加えたのかどうかについて、新聞ではこう報道されている。

「授産施設に通う知的障害者の安永健太さんが、警察官5人に取り押さえられ急死した問題で、警察官が安永さんを押さえる際に殴っていたのを目撃したという女子高校生二人が、佐賀地検の事情聴取に応じていたことが6日、分かった。この女子高生二人は発生当時、現場そばで一部始終を目撃。その後、一人が安永さんの遺族に会い、「警察官が安永さんの胸や背中を数回殴っていた」
と伝えていた。二人は遺族の求めに応じ地検に出向いたという。一方、現場で女子高生に聞き込みをして「暴行証言」を聴いたにもかかわらず、調書に記載していなかった県警の生活安全企画課次席は同日、報道陣に対し、「女子高生が応じてくれるなら、再度事情を聴きたい」と話した。県警はこれまで、遺族には一貫して「殴った事実はない」と説明。次席は「現場の目撃者で『殴っていない』と証言する人も複数いる」としている。この問題をめぐっては、地検が警察官、目撃者への聞き取りや、司法解剖などで死因の特定を進めている。」(11月7日付け 佐賀新聞)

このことについて、先日、知事としてどう考えているのか、という質問を県議会で受けた。
自分に対する質問というのはいつもどきどきするものだが、この質問に関しては心待ちにしていた。僕自身もいつかどこかでこのことについての自分の意見を申し上げたいと思っていたのだ。
以下が僕の答弁だ。語尾などは適宜修正してあるがまず読んでいただきたい。

○ 古川知事 登壇=

今回の件で亡くなられました安永健太さんに心から御冥福をお祈り申し上げます。
今回の件については、私は障害福祉にかかわっておられる方々と警察の双方から事実関係についてのお話や、それに関する御意見を伺っております。

どういう事実関係が正しいのか、また亡くなられた原因は何なのかについては、真相究明に万全を期していただきたいと思っておりますが、理由のいかんにかかわらず、こうしたことが二度と起こらないようにと強く願っております。

施設から地域へという流れのもとに、障害を持つ方や高齢の方など、これまでどちらかといえば施設にたくさんいらっしゃった方が、地域で暮らせる社会の実現をするというのが今の大きな流れであり、課題となってきております。
障害にはさまざまな種類があり、またその特性もさまざまでございます。その障害の特性すべてについて知り尽くすことは難しいにせよ、こうした方々が普通に地域で暮らしておられるということを県民すべてが認識をして、支え合いながら地域で生活ができる社会にしなければいけないということを改めて強く感じております。こうした方々に対する深い理解に基づいた行動が求められていると考えております。

警察本部においては、今回の件を契機に、これまで以上に障害を持つ人たちに対する理解を深める取り組みをされると伺っておりますが、ぜひともしっかりとやっていただきたい、こう思います。

ただ、私は、課題は警察組織だけではないと思っております。一人でも多くの県民の方々が障害をお持ちの方々の行動の特性について理解をしていただくことが必要だと、そのための取り組みをしていかなければならないと考えておりまして、そうしたことをしっかりやっていくことがこの安永さんの亡くなられたという重い事実に報いることではないかと考えております。

具体的には、今回の当事者でいらっしゃいます佐賀県授産施設協議会や佐賀県知的障害者福祉協会、また、発達障害の団体、こうした方々と一緒になって、どうしたら進められるのかということについて話し合いをしてまいります。
すでにいくつか御提案もいただいております。そうしたことをぜひ県民運動としてやっていきたいと考えております。
教育委員会にお願いすることもあると思います。また、私ども、警察だけではなく、そもそも県職員になった人たちに対してどのようにして体験をし、理解を深めていくかということも必要だと思います。そうしたこともしっかりやっていきたいと考えております。

このような取り組みを通じ、今回の件を契機にして、佐賀県が障害を持つ人や高齢者の方など、いわゆる社会的には弱者と呼ばれているような人たちに対しても、日本で一番優しいまなざしと理解のある県だと言われるように、しっかりと取り組みをしていかなければならないと感じているところでございます。(以上答弁)


コンビニのレジで代金を出すのがゆっくりめの人がいたり、バスの乗り降りに時間のかかる人がいたり、靴箱の番号にとてもこだわりを持った人がいたりする。そういう人を見かけたとき、「なんで遅いんだよ」と思っていないだろうか。その人はひょっとしてなんらかの事情や病気や障碍を持っている人かもしれないのだ。
これを読んでいるあなたの周りにも障碍を持った人たちがいる。地域で暮らしている人たちもたくさんいる。
そういう人が普通に地域で暮らしていける社会を作る。
安永健太君の死を前にあらためて強く誓う。

ふるかわ拝

平成19年12月4日(火)
第232号   「まちなかで昼食を」

この11月1日から佐賀県庁の勤務時間が変わった。昼休みが60分間になったのだ。ほかの県庁はだいたい45分間で12時15分まで仕事して13時までが休みというパターン。
ところが佐賀県庁はお昼休みを15分延ばして12時ちょうどから13時までの60分にした。もちろんその分終業時刻が15分遅くなっていて17時30分までとなっているが。

なぜこんなことを始めたのか。それは県庁職員にお昼時はまちなかに出ていって食事をしてもらうためだ。
まちなかが寂しいと言われて久しい。しかも、多くの職員はまちなかに出かけることが減ってきている。とくに車で通勤している場合、まちなかがいまどうなっているのか知りようがない職員も多い。せめてお昼くらいは外に出よう。街の空気や景色を見よう。そしていろんなことを感じてほしい。そう思って始めたのだった。

これをはじめて一月経った。もちろん僕自身も出かけていくようにしているし、けっこう職員の姿を見かけるようにもなってきた。
とはいえ、行列ができたりすることはない。待つにしても店の中で待てばいい。これが佐賀県スタイルだ。

実は今回のこのコラムのテーマはここから始まる。

ある職員からこんな話を聞いた。

「佐賀県庁じゃこういう取り組みを始めたんですよ」と私が東京在住の方に話したら、その方が「佐賀のほうじゃお昼は並ばなくても食べられるらしいですね」とうらやましそうにコメントされたんですよ。「感心するのはそこかい!」とツッコミたくなりましたけど、でも、当たり前のように思ってますが、「並ばなくてすむ」っていうのは恵まれてるんですね。

なるほど。たしかにおもしろい。(ちょっと「ガリレオ」が入っている。)
そこで考えた。なぜ東京では並ぶのに佐賀だと並ばないのか。
もちろん、「東京の人は並ぶものだと思っているから」「佐賀の人は並ぶくらいなら別のところに行くから」ということはあるのだが、そのほかの理由がないのか。

佐賀ではたしかに「行列」はみかけない。でもその代わり、けっこう店の中で待たせる。
そのためかどうか、店内に新聞や雑誌を置いてある確率は佐賀の方が高いようにも思う。

だとするとだ。
「東京は地価が高くて店が狭いから外でお客を待たせるが、佐賀は地価が安くて店が広いから、内でお客を待たせる」
ということなのではないだろうか。

仮説というには、あまりにも根拠がなさすぎて気もひけるが、これは先日鳥栖市のラーメン店で店の中に置いてある椅子に座って順番待ちをしながら、「これは行列に入るのかどうか」ということをけっこう真剣に考えていてこのことを思いついてみたのだった。

ふるかわ 拝