2007年7月

平成19年7月31日(火)
第215号「小泉マニフェスト実現!」

参議院議員選挙は、史上初の民主党第一党という結果で幕を閉じた。小泉改革以来、市場原理主義が政策の柱になり、その結果、市場の小さい「地方」が置き去りにされてきた。景気回復の流れに取り残された人たちや未来になかなかポジティブな気持ちをもてない人たちがたくさん発生したのも事実で、そういう人たちがこのままではだめだと現在の政策にノーをつきつけたのではないかと思う。
僕は今回の選挙「地方の反乱」選挙だったと位置づけたい。
ある建設関係の人はこう言った。「これまでは自民党が自分たちを守ってくれていた。でもどんどん事業量は減っていく。というか得意げに減らした減らしたと宣言する。談合事件など公共事業に対して厳しい目が向けられている中でも、その大事さをわかってくれるのが自民党だと思っていたのだが」。
ある商工業関係の人はこう言った。「大型店の進出も当たり前になってしまって、それを止めてほしいと思っても「抵抗勢力」とレッテルを貼られる。景気回復はよその国の話じゃないか」。
ある農業関係者はこう言った。「政治はこれまで農業を大事にする、大事にする、と言ってきて、でも、値段は下がるし、外国製品は入ってくるし、大変な状況が続き、そしていよいよ本格的な「農家淘汰」の時代。農産物は輸入自由化されようとしているし、安いなら外国から買えばいいではないかという思想があるのではないか。とにかく政府がお金を出すことをやめることが最優先になっている」。
今回の選挙結果は、「風」のせいではないと思わなければならない。
これまで政府・与党が進めてきた改革の結果、その負の部分が耐え切れないくらい大きくなって吹きだしたということだ。
一人区での結果は、政治が都会のほうばかり向いてしまって、地方離れしていることに対して地方がノーをつきつけたということだと思う。小泉さんは「自民党をぶっこわす!」と宣言して総裁になった。たしかにそのとおりになったことをあらためて感じた。


ふるかわ 拝

平成19年7月24日(火)
第214号「九州旅物語委員会に出席しました」

23日(月)、福岡市で九州運輸局主催の「九州旅物語委員会」に出席するため佐賀駅で特急を待っていたら、見たことある人がホームにいた。島田洋七さんだった。「スマステ」の収録で佐賀に帰ってきてまた大阪に戻るところだった。「がばい・・・」すごいですねえ、という話から始まり、いよいよテレビドラマの続編の話が具体化してきているということや、もし続編が実現するとなると今回は自分自身も前回以上にからんでいきたいとおっしゃっていた。東国原知事ともときどき会うことがあるというが、宮崎県が元気になったことでその効果は宮崎県だけではなくて、九州全体に及んでいるのではないか、というのが洋七さんの見方だった。せっかく九州に来たのだから、宮崎だけじゃなくてほかのところも回ろうという人が増えているように感じる、というのだ。
たしかにそういうところもあるのかもしれない。
宮崎県に新しい施設ができたわけではないし、宮崎県に行ったからといって東国原知事に会えるわけでもない。でも、多くの人が宮崎県を訪れているのはそこになんからの物語性を見出しているからではないのかと思う。
「がばいばあちゃん」の話もそう。何かの施設があるわけではなく、この物語が先にあって、「あのがばいばあちゃんのふるさと佐賀県」ということで旅行や出張で来たいろんな人から「がばいばあちゃんが住んでおられたところはどこですか」などと聞かれることがけっこうある。物語が先にあるのだ。
「九州旅委員会」は、最近の旅の傾向として、テーマ性を持った旅行が増えていることに目をつけ、物語で旅をする、そんな九州をめざすために何をすればいいのかということを考え、提案し、実行していこうというもの。23日がその第一回だったのだが、僕はがばいばあちゃんの話を例に取りながら、ハードが先ではなく、物語というソフトに光をあててお客様を引っ張ってこようという取り組みについて述べた。

当日、言い忘れたことがあった。僕にとって「物語性のある旅」とは、たとえば、司馬遼太郎さんや沢木耕太郎さんが書いたものを辿る旅だ。国内にせよ国外にせよ、旅に出ようするとき、僕はまず「街道をゆく」の中に今回の目的地がないかどうかを探す。いま朝日文庫で読むことができるが、僕はあの朝日文庫に別冊として、地名の索引を集めたものを出していただけないかと思う。あの本を持って旅をする。司馬さんが訪れたところを再訪するだけでなんか自分が歴史家になったような気さえする。この「街道をゆく」はかつて番組にもなっていたがそれだけの価値があるものだと思う。
一方沢木耕太郎さんのは「深夜特急」。友人と「デリーからロンドンまで乗り合いバスで行くことができるか」議論し、それを実行するために旅に出た紀行文だ。アジアの各地を旅するとき、僕はこの本(三巻ある)をぱらぱらとめくる。自分の行き先のことが書いてあるページを読むだけでなく、なんか旅の心構えを教えてほしいように思うのだ。

これと系譜が違うけれど、山口文憲さんの「香港旅の雑学ノート」も読んで旅に出たくなった一冊だ。旅行者の眼ではなく、生活者の感覚で書かれたこの本を読んで僕は幾度となく香港に足を運び、書いてあるとおりに香港上海銀行に口座も作った。
香港といえばいよいよ佐賀牛が本格的に販売され始めた。香港の一流ホテルの中のレストランで取り扱いが始まっているのだ。時代はまちがいなく大きく変化している。


ふるかわ 拝

平成19年7月17日(火)
第213号「全国知事会熊本会議」

熊本で全国知事会議が開かれた。盛りだくさんの内容で、2泊3日ぎっしり。2日目の夜は22時過ぎまでの議論になった。最近、地方開催の知事会議はこういう感じで深夜まで議論が及ぶことが多い。もちろん、知事同士の交流もできる。知事という仕事にとっていちばん参考になるのはほかの知事さんたちの仕事ぶりだ。ほかの業界は知らないが、この知事職の業界では、みんな自分のしていることを滔々と話してくれる。またはアドバイスをくれる。政策的にも、知事という仕事の仕方にしても、とても参考と勉強になる会議なのだ。東京での知事会議は、会議をして終りだが、年に一度の地方開催の知事会議は泊まりなので、食事時間を含めいろんな意見交換ができる。また、一日目の夜は、会議終了後部屋に戻ろうとしたら、太田大阪府知事から声がかかってお部屋にお邪魔し、ほかの何人かの知事さんたちとご一緒に歓談させていただいた。途中、東国原知事も参加された。東国原さんは何となく緊張気味だったが、さすがに一言ひとことにムダがない感じ。みんなとかるーく話をされていた。
 
東国原知事「そのまんま日記」にもその様子が出ていた。感心したのは、東国原知事が太田知事の部屋を出られるとき「このこと、ブログに書いていいですか?」と確認をされたこと。現在のルール、エチケットでは正しくはどうなっているのだろうか?

さて、その翌日、最近旗揚げした「5県知事会」(宮城の村井知事、山形の齋藤知事、鳥取の平井知事、徳島の飯泉知事、そして僕)でいろいろ納税についての意見交換をした。

そして、この5県知事共同の提案ということでふるさと納税についての提言をまとめた。つまり「ふるさと納税賛成」ということだ。ふるさと納税について話が起きてから、実務のやり方を含めてまとめたものはこれがはじめてだ。いい、わるい、はこの提言を見てから議論をしてほしいと思う。

さらに、すでにふるさと納税反対を唱えておられる石原東京都知事はじめ4都府県の知事に対して公開討論会を申し込んだ。申し入れをしてもらった知事さんの話によると「ほかの知事さんたちは少し慎重だったが、石原都知事は「おもしろいじゃないか」と言っていただいた」とのこと。ぜひ実現させたい。また、官邸にも申し入れの機会を作っていただきたいというお願いをした。できれば総理に、そうでなくても官房長官に会っていただいて「ふるさと納税賛成」という知事の意見にも耳を傾けていただきたいと思う。

今回まとめたふるさと納税の案はいろんな意味で画期的。これについては、当番である鳥取県からきちんとファイルをいただいて、僕なりの説明をつけてアップしたいと思う。

ふるかわ 拝

平成19年7月10日(火)
第212号「商工共済破綻に誓う」

佐賀商工共済協同組合の破綻に関し、先日県職員全員におくったメールを基にして整理してみました。
何が問題だったか事実の経緯については、佐賀商工共済協同組合が破産するまでの経過を見ていただければと思います。
以下本文です。

商工共済の破綻に関して、監督行政庁である佐賀県(以下「県」といいます。)に責任があるとの判断が佐賀地裁の判決で示されました。県としては「司法の判断を待ちたい」と繰り返し言ってきた以上、この判決を受け容れなければならないと判断し、判決に従うこととし、必要な予算を6月議会で承認していただきました。また、裁判は起こされていないけれども破綻によって被害に遭われた方々に対しても、今回の判決において県の過失によって被害者の方が被害を被られたということの判断がなされた以上何らかの救済をする必要があるとの考えを明らかにしました。

今回の件を2つの局面から考えてみます。

ひとつは、破綻しかねない、粉飾決算の事実を知った平成8年7月時点でのことです。
当時、県は、「内々に調査してほしい」という要請に応えて組合の経理状況を調査し、そこで粉飾の事実をつかみました。当時は、
1 内々の調査によるものだから(事実を監督行政庁として知ったことにはならないのではないか)
2 改善の可能性があるから(見守っておけば足りるのではないか)
3 いま公表されると組合員に被害が及ぶことになるから(取り付け騒ぎが起きて破綻の可能性が高くなり、預けたお金が一部戻ってこなくなるのではないか)
という考え方で「様子を見よう」ということにしたのですが、そのことについては今回の判決において「知ってしまった以上、権限を行使しないことは許されない」という判断が示されました。

もし、これと同じことがいまあなたが所管している分野で起きたらどういう判断をしますか?

コンプライアンス、情報公開、県民(=組合員)の利益保護、という現在の価値判断基準に照らすと、「オープンにしていく」と判断する人がほとんどでしょう。
それが正解だと私も思います。そうすることによって、何より組合員(=県民)が結果的に救われます。次にあなた自身が「違法や不当な行為をした」という指摘を受けずにすみます。そして、県庁も「正しいこと、そして必要なことをした」という評価を受けることになります。

もうひとつは、商工共済が破綻した後の県の対応についてです。
破綻した後、県では、緊急相談窓口の設置や被害者救済のための資金の貸し付け、配当を少しでも増やすための商工共済ビルの買い取りなどを行いました。
これについては一定の評価は得られていると思います。また、破綻に至る事実関係をまとめ、そのうえで県の責任について判断していくため、公認会計士や弁護士を交えての調査を実施し、報告書をとりまとめました。

この中で、反省すべき点は認めながらも、中小企業等協同組合法における監督行政庁の責任はたとえば金融分野などに比べて関与の度合いが少ないなどという理由で「県には法的責任があるとまではいえない」という結論を出しました。

ただ、今回、この判断が裁判所で認められるところとはなりませんでした。
県では、この調査報告書を作るに当たり、関係者から事情を聴きました。当時の理事長はじめ関係者の方々は、「再建をめざし、再建可能だと思ってやってきた。ただ、結果的にできなかった。」という発言をされました。県では、その発言を基にしながら、県に責任はなしと結論づけたのでした。(引継が途絶えたことについてはここではおいておきます。)

その調査報告書が出た後、今回の破綻が「詐欺」であるということで刑事事件になり、有罪という結果になりました。その捜査の過程で、当時の経営者が「破綻したも同然だと思っていた」とか県の担当課長も「破産同然の危機的状況にあることを認識した」という証言をし、それがそのまま今回の民事訴訟証拠として使われることになりました。

もともと、理事長が「再建できる」と判断したということを前提に作成された県の調査報告書はここに来て、その前提を欠くものとなってしまいました。

もともと任意の「調査」と検察や警察が行う「捜査」とは目的も性質も違います。県の任意の調査の場合は、相手が話してくれる内容を基本的には信じるしかありません。証拠を集めたり、強制的に調査に協力してもらうことができないからです。残念ながら、任意の調査は一定の限界があると認めざるを得ません。今回の場合、それが現れたということだと思います。

こうしたこともあってか、裁判も最終段階になった昨年9月の補充尋問における裁判長の姿勢は厳しさを窺わせるものがありました。当時の担当課長に対し、裁判長は「本当に再建できると思っていたのか」という厳しい尋問をされたのでした。

では、最初から県が責任を認めておけばよかったのではないか、という疑問も残ります。たとえば警察官が活動中に誤って車両をぶつけた、というようなケースは県に責任があることは明らかです。

そういうことではなく、今回のケースのように、権限を行使しないことが違法なのかどうか、という判例もない難しい判断について、県が、裁判所の判決を待たずに自分で判断することは実際上は難しかったと思います。たしかに裁判には、時間もコストも必要でした。ただ、今回、裁判所から判断が示されたことで、県民、すなわち納税者に対して、税金を使って賠償を行っていく根拠ができました。

破綻後の県の対応として課題があったとすれば、県の調査報告書が中立的ではなく、県寄りだという批判を受けたことです。今回の判決の中でも調査報告書の作成に関わった公認会計士からは「責任回避のための文書であると感じさせる」などという厳しい指摘があったことが示されています。こうした疑いをもたれるような調査報告書だったことは反省しなければならないと思います。この調査報告書が出された後に作られた食糧費の調査委員会は全員外部委員にして、全審議公開というやり方で行いました。この反省が活かされた例だと思います。

もし、同じことが起きたら、今度はどうするか?
外部委員のみによる調査委員会を立ち上げることにすると思います。

まとめをします。

まず、平成8年7月当時、県が事実を知った時点で何らかの積極的対応をすべきでした。現在、あなたが担当している仕事で似たような状況のものがあれば直ちに積極的に対応してください。これが第一の教訓です。

次に、平成15年8月の破綻以後の県の対応についてですが、私は、最終的には司法の判断に委ねるほかなかったと思います。裁判で争い、主張を尽くした上で、判決に従うというのは正しかったと思います。

ただ、調査報告書のありかたについては、判決の中で指摘されているように、客観的に見たときに「責任回避のための文書であると感じさせる」というのは反省点だと思います。これからこの類の調査を行っていくことがあるとすれば「県寄りではないか」と思われないような客観性・透明性の高いやり方、より具体的には外部委員のみによる調査委員会の設置をしていかなければならないと思います。これが第二の教訓です。

これから賠償や救済をしていきますが、その総額はかなりの額に上ります。20数億の額になるかもしれません。佐賀県はただでさえ交付税の削減や税収の伸びの鈍化によって厳しい財政状況にあります。20億円もどうやって払っていくのでしょうか。

当時、しっかり対応しておけば、という悔いを残しつつ、判決を受け容れました。
二度とこういう思いをしなくていいように、みなさんひとりひとりが今回の結果から2つの教訓を学び取ってほしいと思います。

学び取ってもなお、この額、正直、大きいです。

ふるかわ 拝

平成19年7月2日(月)
第211号「"安倍さんと小沢さんの党首討論の現場にいました"報告」

日曜日の夜23時、NHKで党首討論がオンエアされた。これは、その日(7月1日)の午後行われた21世紀臨調主催「政権公約評価大会」の中のひとつの行事として行われたものだ。僕は、全国知事会の政権公約評価特別委員会の委員長としてその大会で発表したからその党首討論の場にもいた。(ちなみに党首討論の後、フジテレビの「とくダネ!」や毎日新聞から取材も受けた。コメントが出るかも)。なかなか迫力のある党首討論だった。

安倍さんがまず演壇に立った。もちろんクールビスで濃紺のジャケットにグレーのパンツ。シャツは薄いブルーのボタンダウン。ジャケットはステッチがあり、日曜日の夕方の雰囲気がちょっと出ていた。会場(200人くらいか)のほとんどはメディア関係者や経済界、労働界、学会の人たち。いわばプロの政策関係者と言ってもいいだろう。
その会場を見渡し、そしてやや目線をそこから先に向けた。そこにはたくさんのテレビカメラがあった。そしてやや小さめのテレビカメラもあった。

司会者の説明によれば、この党首討論の様子は、ライブでヤフーのサイトで流れているという。また、夜にNHKがノーカットで放送することになっているという。安倍さんの様子は、そのことを十分意識したものだった。

安倍さんは、話し始めた。まず、年金のこと、そして、公務員制度改革、教育と移っていった。原稿なしで会場とカメラを見、身体の方向を右に左に変えながら話し続けた。なんのことはない。どうやら自民党の重点課題の順番のようだ。最後はやや駆け足で拉致問題の解決に向けての意思を示して話を終えた。残念なことに地方のことについて言及がなかった。自民党の重点課題には、教育の次は地域のことがあったのだが、どうもすっぽりと抜け落ちたようだ。三つに絞ってと司会者から指示があったからだとは思えない。おそらくはひとつ抜けたのだと思う。覚えているのをアウトプットするときは間違えないように意識が向かう。そのせいか、この10分のスピーチの間、安倍さんはやや滑舌がよくなかった。

続いて小沢さん。濃いグレーのスーツに白いレギュラーシャツ。タイは、レジメンタルでグレーとブルーのレジメンタル。ウィンザーノットできっちりとした感じだった。
小沢さんがスピーチを始めた。原稿をずっと読み上げている。平泳ぎで息継ぎをするようなタイミングでときどき顔が上がるがまた下を向いてしまう。内容はなかなかのものだった。原稿を読んでいるから内容的な落ちもないし、とくに地域が疲弊しているということを例を挙げて示したのは安倍さんになかったことだった。
ただ、いかんせん、テレビで見ていてもそうだし、会場にいればなおさらそうだったのだが、何かを訴えるときに下を向いているのは得策ではないと思う。小沢さんの周辺は、この党首討論がメディアでどれだけ取り上げられるのか、あまり重要視していなかったのではないだろうか。

その後、お互いのやりとりになった。
まず、小沢さんが久間防衛大臣の発言を問題視し、それに対する安倍さんの回答からスタートした。これは小沢さんがかなり押していて、安倍さんは防戦一方。ひたすら謝るしかなかった。その後、年金の話になったが、これは五分、というかもう少し年金問題を「発見」した側として突っ込みがあるかと思ったがそれがあまりなかった。たしかにそうかもしれないと思う。この問題が明るみに出た以上、やらなければいけないことははっきりしていて、それは政府もやると言っているわけで、「この問題に対してどう取り組んでいくのか」を政策の柱にしてしまうと、与野党あまり違いが出てこないのではないか、と感じた。年金問題の解決手法の違いとして、小沢さんは「社会保険庁と国税庁の統合」を、安倍さんは社会保険庁の解体民営化」を言っているが、違いはここぐらいではないだろうか。

次に安倍さんからの質問。
これはよく準備されていた。数字がぼんぼん出る。「小沢さんがよく使う福井県の美山町のいらない補助金の例だが、あれは海部内閣のときのもの。そのとき小沢さんは自民党幹事長だったのでは。私の内閣ではそういう無駄な補助金は交付しない」とか、「小沢さんが言うように食料自給率を100%にしようとすると、今の耕作面積を倍以上にしないといけないがそういうことができるのか」「農家に個別所得補償し、高速道路の料金を無料にし、高校の授業料を無料にし、そのうえで消費税は全額年金の財源にし、というのではどうやって財源を調達するのか」。

かなり突っ込んだ質問をしかけてくる。
小沢さんもそれぞれに答えているが、正直、パンチが足りない印象。「さすが、なるほど」とうなるような答えにならなかったのがちょっと残念だった。
国会での党首討論とちがって国会議員がその場にいない分、のびのびできているような雰囲気があった。アメリカの大統領選挙のときの党首討論に似たものを安倍さんは明らかに意識していたと思う。

今回の党首討論は、準備の周到さにおいて安倍さんにやや軍配が上がったように感じた。小沢さんは、こういうやりとりになるというイメージがなかったのではないだろうか。ただ、次にまたやれば今回とは違ったことになるかもしれない。政策中心の選挙の実現のためにも、こういう党首討論、またどこかの仕掛けを期待したい。


ふるかわ 拝