2007年8月

平成19年8月21日(火)
第218号「台湾キャンペーン」

先週末は台湾にいた。ハウスみかんのキャンペーンのためだ。佐賀県は全国一のハウスみかんの産地。全国の生産量の約25%を占めている。2位の愛知県が15%だから、堂々たる1位ということができるだろう。このハウスみかんを台湾でナンバーワンブランドにするというのがこのハウスみかんプロジェクトの目標だ。

佐賀県にはハウスみかんだけではなく、いちご、梨などなどいろんなものがある。
今回、ハウスみかんにしたのは、品質はもとより、日本で生産量がナンバーワンだからだ。日本でナンバーワンのものをお持ちしました、というほうが、日本で2番目ですけど味はいちばんです、というよりはるかに説明がしやすいし、お客様から見てもインパクトがある。

台湾市場にしたのは検疫条件をクリアすれば輸出が可能になっているから(中国本土はまだだめになっている)ということや日本のもの=高品質というプラスイメージとして捉えられていること、そして台湾は国民一人当たりGDPが15,000ドルを超え(日本は34,000ドルくらい)、1パック250台湾ドル(約1,000円)のハウスみかんでも買っていただける層がある程度存在すると判断したことによる。

台湾向けに輸出するハウスみかんのブランド名を「佐賀みかん J−PON」と定めた。眞木準さんにお願いして作っていただいたが、JAPANのものだということもわかり、J−POPとの連想も出てくる、すごく素敵な名前だと思う。いまも台湾で佐賀県産のハウスみかんが売られているのだが、ほとんどの人は佐賀県産ということを意識せず、ただの「日本産温室蜜柑」として買っておられる。そこに佐賀県という名前をインプットしたいのだ。幸い、いまは佐賀という名前は台湾の人に有名だ。それは「佐賀のがばいばあちゃん」が台湾で大ヒットしたからだ。この佐賀という名前とハウスみかんを結びつけて佐賀のハウスみかんJ−PONを覚えてもらう。そして4年間かけて台湾でのナンバーワンブランドにすることに成功したら、今度は、そのノウハウを生かして、台湾で佐賀のいちごを売り込むとか、視点を変えて、このJ−PONを香港で売るとか、そういう多方面の展開が可能になるだろうと思う。

そういうさまざまな思いをこめてスタートさせたこのハウスみかんプロジェクト、そのピークイベントが今回の台湾でのキャンペーンだったのだ。ところが台風とぶつかりイベント当日は台湾全土が暴風雨圏内に入るほど。普通なら11:00に開くはずのイベント会場の百貨店も14:00に開店を変更。ほぼ開店と同時にこのイベントをスタートさせることになったのだが、果たして台風のさなかに人が来るのかどうか、というか、まあこないでしょう、というあきらめの境地だった。
ところが、実際には意外にも人が来てくれた。天気のいい週末だったならばもっと人が集まっただろう、という思いは否めないが、県HPを見ていただくとわかるように、イメージキャラクターのアリエル・リンさんの絶妙の笑顔と演技がJ−PONにうまくマッチしていてイメージとしてはぴったりだった。彼女の魅力とJ−PONのおいしさがうまくオーバーラップしてくれるのではないか、と強く感じた。

前の日の夜、ご一緒に会食した台湾の経済界を代表する方はJ−PONだけでなく佐賀県が誇るいちご「さがほのか」にも関心を持っていただいた。いまでもその方がおもちのレストランチェーンでは日本産いちごをつかって春先にキャンペーンをやっているのだという。もっといいいちごがないか。そういうアンテナを張っておられるのだった。

海外への県産品の売り込みはやればやるほどもっとやれることがある、という手ごたえを感じる。これまで未開拓だったのだ。経済や社会が変化している中、従来のイメージでは通用しない部分が出てきている。あらためて新しい市場の存在を実感した。

ふるかわ 拝

平成19年8月7日(火)
第217号   「『生ましめんかな』と『夕凪の街 桜の国』」

毎年この時期になると戦争関連の作品や記事がいろいろ出てくるが、今年の8月6日の新聞のコラムでは二つのものが取り上げられていた。
ひとつが読売新聞の「編集手帳」。栗原貞子さんの「生ましめんかな」という詩をテーマにしたものだ。原爆投下によりある古いビルの地下室にけが人や瀕死の重傷者がひしめきあっていた8月7日の夜、若い女性が産気づく。「私が産婆です。生ませましょう」と一人の重傷者が名乗り出て、子どもが生まれ、そしてその産婆は息を引き取る。その光景を描いたこの詩は栗原貞子さんの代表作となり、去年は国会でも取り上げられ、今回、英訳もされたという。
はずかしながら僕は、この詩ことをつい先日のNHKの「視点・論点」ではじめて知った。詩人アーサー・ビナードがこの詩のことを取り上げていたのだ。
ビナードは、「「生ましめんかな」を英訳するのはとても難しい、なぜなら文語体の「生ましめんかな」にはもっと深く根づいた、くそ度胸にも似た抵抗の意志が込められているから」と言っている。
僕は「くそ度胸」というよりも、新しい命を誕生させる、ということの呪術的な色彩を「生ましめん哉」という言葉の響きに感じる。古事記に出てくるように、イザナミが「一日に千人殺してみせよう」と言ったのに対してイザナギが「だったら一日に千五百人の産屋を建ててやろう」と応じた、あのやりとりを彷彿させる。
ビナードの解説と栗原貞子さんの詩「生ましめんかな」は、こちらのサイトで読むことができる。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/4193.html#more

もうひとつは日本経済新聞「春秋」。映画「夕凪の街 桜の国」を取り上げていた。僕はこれを原作の漫画で読んだ。現代と戦争当時とをうまくオーバーラップさせながら時代を超えた原作の漫画は、読んだときから不思議な触感(触感としかいいようがない)が僕の中に残った。
黒木和雄監督の映画「父と暮らせば」が同時代的なある種の幻覚をテーマにしていたのに対し、この作品(映画は観ていないけれど)は時代がスライドしていくだけ、せつなさがいや優っているように思った。
この夏は、あと二つ読みたい戦争関連のものがある。
読み終えたらまたご報告したい。

ふるかわ 拝

平成19年8月1日(火)
第216号「青春・佐賀総体についての県職員へのメッセージ」

青春・佐賀総体が始まった。佐賀県を舞台に約1か月にわたって続くいわゆるインターハイ。猛暑日が続く中、連日の熱戦が続いている。
その開会式が7月28日(土曜日)に行われた。皇太子殿下のご臨席を仰ぎ、晴天の、というか炎暑の下、行われた開会式だったが、主催者である僕が言うのも変だが本当にすばらしいものだった。
このことについて県職員に宛てた僕からのメッセージを紹介したい。そのときの様子がわかっていただけると思う。

(メッセージ)

高校総体の開会式、そして公開演技。36.4度の暑さを忘れさせるような、完璧な出来でした。これに関わっていただいたすべてのみなさんに、そしてとりわけ実際に演技をした高校生諸君に心から「おめでとう!」と「ありがとう!」を言いたいと思います。

開会式もきちんとしていましたし公開演技もすばらしいものでした。とくに公開演技においては、佐賀錦をイメージした色布を組み合わせたダンスではイメージ通りの色調が紡ぎ出されていました。晴天の下、そして会場を渡る風がうまくこの公開演技の手助けをしてくれました。

バルーンもうまくふくらみました。上昇気流のおかげでした。総合運動場の地表近くにはわずかながら上昇気流があります。しかもその上昇気流は午前中にしか発生しないものだといいます。この上昇気流を使ってバルーンをふくらませようということを考えたのは佐賀女子高校の光岡先生でした。雨が降ってもだめ。風が強すぎてもだめ。開会式が午後だったらだめ。そういう条件の下ではじめて可能になったこのバルーンのダンスでしたが、まことに見事でした。

炎暑の中、皇太子殿下はこの式典の一部始終をじっとロイヤルボックスでごらんいただきました。庇があるとはいえ、ロイヤルボックスの回りは警備上、壁が作られていて風が通りません。グラウンド近くよりむしろ暑かったくらいかもしれませんが、御顔にうっすら光っていた汗をお拭きになることもなく、じっとごらんになっていただきました。控え室にお戻りになるときに随従していた私が「さぞお暑うございましたでしょう」と申し上げたところ、「いい天気に恵まれて子どもたちが練習の成果を発揮できてよかったですね」とのお答えをいただきました。 本当にありがたく思いました。

いよいよ総体本番がスタートしました。日中も夜も人出が多いなあと思います。賑わいがあると私たちまで元気になります。私たち県庁職員は率先して訪れていただいた方に佐賀県を愉しんでいただけるよう心がけましょう。困ってそうな人がいたら声をかけてみる。それだけでも十分違うと思います。


(メッセージおわり)

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臨時増刊「青春・佐賀総体開会式での歓迎のことば」

この開会式で開催地の知事として僕は歓迎のことばを述べた。たいへんうれしいことに「あれはよかった」という声をいただいている。それだけの出来だったかどうかはわからないが、短い文でもあるし、ここに紹介させていただきたい。

「歓迎のことば」

歓迎のごあいさつをさせていただく前に、 このたびの台風4号 そして 新潟県 中越沖地震で亡くなられた方々に、心からおくやみを申し上げますとともに、被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。

本日、皇太子殿下の御臨席を賜りまして 「平成19年度 全国高等学校総合体育大会」を、ここ佐賀の地で開催できますことを大変うれしく思います。

県民を代表いたしまして、すべての皆さまに対して、心から歓迎と感謝を申し上げます。

佐賀県の高校生たちは、この大会を開催するに当たりまして、 「見るより参加」、「参加するなら主役」、そんな思いのもと、「一人一役」を合言葉に準備を進めてまいりました。
 
この開会式の会場のバックスタンドに羽ばたく県の鳥「カササギ」、 私どもの言葉では「カチガラス」と申しておりますが、この絵も、 そしてまた、皇太子殿下のいらっしゃいますロイヤルボックス、 そこを飾るパネルの絵も、全県から公募した美術部員のチームが描きました。
会場の周りで風にはためくフラッグは、 文芸部員が考えたメッセージを、書道部員たちが力強く書きあげました。
今も動画を撮っていますけれども、インターネットによる全種目の動画配信、そして全試合の携帯による情報発信、こうした、高校総体では初めての試みに挑戦する、そういう情報処理部員もいます。
 
そして今、舞台はいよいよ整いました。

「日本一」という夢を追うことのできる選手の皆さんといっしょに、これまで準備に携わってきたたくさんの高校生も、 また、これから大会の運営に力を発揮する高校生も、ともに誇らしくこの舞台に上がってほしいと思います。
夢に挑戦する選手も高校生なら、それを支えるのも高校生。そんな高校総体の魅力を、選手の皆さんは からだいっぱいに感じて、自分のベストを超えた結果をつかんでください。

入場行進で見せた、君だけの笑顔を、再び三たびまた見せてください。

そこには必ず、「あなただけの金メダル」が待っています。

すべてのチームがすべての試合に勝つことはできません。でもすべての試合に全力を尽くすことはできるはずです。

この「佐賀の夏」が、参加いただいた全ての君たち、皆さん方にとって心に残るものとなりますことを心からお祈りして、歓迎のことばとさせていただきます。
         

平成19年7月28日
 佐賀県知事 古川 康