2007年9月

平成19年9月25日(火)
第222号   「新内閣に注目!」

自由民主党の新総裁が福田康夫さんに決定した。総裁選の2人の候補には選挙期間中2度お目にかかった。僕は全国知事会の政権公約評価委員会の委員長なので、総裁候補のお二方に地方分権改革についてどういうお考えなのか公開質問状を手渡し、また回答をいただいたのだ。
公開質問状を渡すため福田さんにお時間を取っていただいたときにはイメージどおり飄々としながら丁寧にこちらの話を聞いていただき、「要するに地方を大事にしてほしいということですよね」とまとめられた。
麻生さんは前から知っている人なので、お目にかかったときには「あれっ これあなたがやってるの?」とニコニコしながら話をしてくれた。総務大臣もしている人なのでこちらが何を聞きたいかもよく知っておられた。

地方に光を当てる政策を実施していこうとするとネックになるのが中期的な歳入・歳出一体改革と呼ばれるもので2011年までに財政の収支をバランスさせようというものなのだが、この中には社会保障関係経費や地方交付税などを削減していくことが織り込まれている。
これが決定されたのが「骨太方針2006」なのだが、この見直しなしには交付税や高齢者医療費・障害者自立支援法における本人負担の見直しなどはできないのではないかと思う。ただ、この点については、福田さんは総裁選の中では「骨太方針2006は見直さない」と言明しておられ、退路を断っているような気がしている。

公共事業については、トータルを増やすことができないのなら配分を変えることができないのか、と思う。
公共事業というのは社会資本を整備するという側面と地域における経済を底支えするという側面の二つがあると思う。これまで長い間、どちらかといえば地域における経済を底支えするという機能に注目して、公共投資が行われてきたのが、小泉・安倍政権のときには社会資本整備という観点から費用対効果の大きいものを優先するということで都市部における公共投資にやや比重が移った配分がなされてきたと思う。
いまや都市部の建設関係は民需が旺盛ということもあってそれなりに忙しくなっているようだ。ビルがどんどんできているのはわかるとしても、地下鉄の工事も僕が知らないところで(という言い方もヘンだが)どんどん進められていっている。
こうした地域においては、少なくとも地方部ほどには地域経済の底支えという機能は公共投資には期待されていないように思う。
トータルでの投資額はなかなか増やすことはできないにせよ、配分におけるバランスは変えることができるのではないか。

それと、僕は福田内閣がホントに「地方に光を当てる」内閣となるかどうかは、「医者」と「イノシシ」にどれだけまじめに取り組むかだと思う。

医者不足は佐賀県でも大変だ。産科・小児科・麻酔科だけでなく、外科も最近不足しているところもあると聞く。しかも、このことはほとんどの地方の県において共通だ。かつてと比べて女性医師が増え、出産・育児などで現場に出ることのできる医師の数が減っているからということなどが理由としてあげられているが、だったら医師の養成数を増やすとか国として医者の養成のあり方を変えることが必要な時期に来ている。

イノシシもそう。かつては笑い話のように聞いていたイノシシによる被害はいまや中山間地域に人が暮らしていくことが難しくなるくらいに広がってきている。
国もこれまでそこそこにはやってきてくれていたし、県でも地元とチカラを合わせてイノシシ退治をやってきた。でも限界も感じている。
ぜひ国として新規立法を考えてみてはどうか。
要するに東京の都心に住んでいたのではわからない、こうした地方の事柄を正面から取り上げるという姿勢を示すだけでもずいぶん期待感が増すのではないか。

それにしても今回の総裁選、負けがいない戦いだったなと思う。
麻生さんの地元飯塚市では麻生太郎さんのキャラクター商品「たろちゃん饅頭」の販売をこれからも続けると言う。
福田さんのは「晋ちゃん饅頭」に代わってもうすぐ発売になるのだろうが、「康ちゃん饅頭」になったらなんとなく僕の饅頭みたいでうれしいなとも思う。
でも万が一何にもやってくれない内閣だとわかったときには「いかがなもなか」っていうのに変えてもらわないとな。


ふるかわ 拝

平成19年9月18日(火)
第221号   「佐賀県財政の今後」

佐賀県『3年後破産』〜再建団体に転落の恐れ〜
9月7日の西日本新聞に、こういうショッキングな見出しが踊った。
記事の内容をよく読めば客観的な指摘なのだが、見出しが見出しだっただけに、その後僕が顔を出した会合などで「あれは本当?」と聞かれたし、県庁にも一日何本か電話が来ていた。

9月7日の西日本新聞の記事を改めて読んでほしい。

「このままの財政状況が続くと」「歳出と歳入が現在のまま推移すれば」「手をこまねいていれば」などとどの文章にも一定の条件が書かれてあり、最後の僕の発言では「阻止すべく県民全体で議論を深めていく」としめている。
この記事自体は冷静だと思う。

佐賀県の財政状況が厳しいことは言うまでもない。この記事にもあるように、歳出カットはだいたい計画どおり進んでいっているのだが、歳入、とくに地方交付税が予想を大幅に上回ってカットされ、これが響いているのだ。これまでやってきた歳出カット策だけでは間に合わないため、見直しが必要ということについてはすでに6月議会で答弁してある。いわばその延長上に今回の資料もあるのだが、反響はその答弁のときよりはるかに大きかった。

佐賀県では、この歳入増加を県全体で取り組むため、9月1日に「歳入戦略チーム」をスタートさせた。歳入というのはどうしても公務員的な感覚だと遠い存在になりがちだ。そこで県の歳入全体に責任を持つ組織を立ち上げてやっていくことにしたのだ。

そこで議論をして「県の各機関の建物を売ってその一部を借りることにしたほうが安くあがるのではないか」「土日に県の土地を駐車場として貸したらどうか」などとブレーンストーミングが始まっている。また、議会に対しては、健全化のために考えられることについて、30数項目にわたって、「こういうことが考えられる」という論点整理をした資料を届けてあるので、県議会でも県財政の健全化についてさまざまなご議論やご提案をいただくことになると思う。議会内外での議論を聞いて、11月の次の議会までに健全化策をとりまとめたいと思っている。

もちろん個々の自治体が努力しなければならないことは当然だが、これと併せて政府としても地方自治体の財政健全化や地域経済の浮揚についてこの秋には新しい政策が展開される予定だったはずだ。内閣が変わるからといって、そのことを忘れずにいてもらわなければならない。

僕は全国知事会政権公約評価特別委員会の委員長を務めている。事実上、次の総理大臣を選出することになる今回の自由民主党総裁選挙において、麻生・福田両氏にお目にかかり、地方分権の推進と都市・地方の格差是正について地方側の趣旨に沿ったものを政権構想に盛り込んでいただくように申し入れを行った。

麻生氏は出馬表明の記者会見直後、福田氏は出馬の意向を固めた直後と、それぞれたいへんなスケジューリングの中、全国知事会としての思いを受け止めたいただいたことに感謝したい。

全国知事会としては両陣営から回答が得られた後、これを公表することにしている。どちらのほうがより日本列島全体のことを見渡したうえで、地方に光を当てた政策を実施しようとされているのか、見極める材料にしたい。


ふるかわ 拝

平成19年9月11日(火)
第220号   「いつの日かわが館でお迎えしたい」

海外出張の最後は韓国。自治体国際化協会ソウル事務所からの招きで忠清北道清州市で韓国の公務員の人たちを対象にしたセミナーの講師を務めた。求められたテーマは企業誘致や産業振興による地域活性化について。「佐賀を元気に」と題して佐賀県の先進的な政策を紹介した。韓国でも農地を転用するのは簡単ではないらしい。

また、首都圏への集積度合いが日本の比ではないくらい進んでいるため、政府としても相当 腰をすえて「全土均衡政策」を取っているものの成果はなかなか上がらないということで悩みを共有したものになった。

それが終わったあとソウルに移動して金紅男韓国国立中央博物館館長にお目にかかった。今年の10月16日(開場式は15日)からこのソウルの国立中央博物館で「吉野ヶ里展」が特別展として開催され、来年の1月1日からは今度は佐賀県立博物館で開催されることになっている。それを前にして進捗の具合や特別展のイメージを把握しておきたかったのだ。館長はこの展覧会の件で前に佐賀県に来られていて、そのときに僕と会っていただいている。「おひさしぶりです」で始まり、会話はとても弾んだ。

館長: 古代から交流はあったことをぜひみなさんに伝えたい。飛行機はなかったが私たちが思っている以上に交流はあった。日本にしかないはずの高野槇で作られた木棺(武寧王の木棺)が韓国にあり、韓国でしか当時できなかった青銅器が日本にあるとしても何の不思議もない。
古川: そう思う。古代は陸路がいまほど発達しておらず、船で行くとなると、わざわざ近畿や東国に行くよりも、大陸に行ったほうがいろんなものがあったはず。
館長: 昔の人は季節風をよく知っていた。だからそういう行き来もあったと思う。ところで、吉野ヶ里展をやるとき、韓国フードフェステイバルも合わせてやれないか。ただの展覧会にするのではなく、交流を実感できるようなものにするといいと思うのだが。
古川: おもしろい。たしかに単なる展覧会では物足りない。たとえば日本と韓国のそれぞれの古代の食べ物と今の食べ物を両方楽しめるようにするといいのではないだろうか。吉野ケ里公園の中にも食堂はあるし、博物館の周りで企画する手もある。そういう工夫を検討してみてみたい。
館長: また、吉野ヶ里展に合わせてそれぞれの国民の人に交流してほしい。韓国には日本人が来て、展覧会を見た後観光してもらえればよいし、佐賀でやるときには韓国の人が行けばいい。
古川: それについては、すでに検討を始めている。ぜひなんらかの形で実現したい。
崔研究員: 佐賀県といえば鏡神社の楊柳観音像の仏画。あれはすばらしいものだ。
古川: 私も見た。すばらしいものだと聞いている。高麗時代の傑作で韓半島にはああいう大きいものは残っていないと聞いた。本当だろうか。
崔研究員: 本当だ。あの仏画をぜひいつの日かここでお迎えしたい。

仕事柄、美術館や博物館を訪ねる機会は多い。でも、「鏡神社の楊柳観音像をいつの日かわが博物館にお迎えしたい」。こんなふうに言われたことははじめてだった。

県民の中でもこの楊柳観音像はそんなに知られていない。僕は県立博物館に飾ってあったのを見たが圧倒される迫力だった。高麗時代に描かれたと思われる仏画だが、その大きさといい質といい、韓国の方の垂涎の的ですよ、とそのときに説明を受けたのだが、本当だった。

かつてフランスのポンピドー大統領が来日したとき、(ミロのビーナスが来た時に合わせたのではなかったか)、「いつの日か百済観音をフランスにお迎えしたい」とコメントしたということがあったと思う。

フランスのリーダーが百済観音を知っていたことにびっくりした。リーダーというのはこういうことにもしっかり知識を得ておかなければならないのだと思った。アジアも古くからリーダーはそういう教養を磨くように教育をされてきた。現代を除けば。

さて、10月15日の「吉野ヶ里展」のソウルでのオープニングにはまた僕が出向くことになっている。そのときにはぜひ「いつの日か佐賀県に武寧王(むりょんわん)の冠装飾をお迎えしたい」と言ってみたい。


ふるかわ 拝

平成19年9月9日(日)
臨時増刊号   「"生ましめんかな"を翻訳してみてくれました」

僕の同級生でNY在住の古川千佐子さんが先日紹介した「生ましめんかな」の詩を翻訳してくれた。翻訳する衝動に駆られてしまうほど原詩の持つチカラがあるということだと思う。ちょっと遅くなってしまったが紹介したい。

(原詩)
生ましめんかな

こわれたビルディングの地下室の夜であった。
原子爆弾の負傷者達は
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめていっぱいだった。
生ぐさい血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
この地獄の底のような地下室で今、若い女が
産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりでどうしたらいいのだろう。
自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

詩:栗原貞子


そして以下が千佐子さんの翻訳だ。

Let there be life

It was in the night and in the broken building

It was in the dark basement, so dark, without even a candle stick

The basement was filled with people broken by the Atomic Bomb

The broken people reeked, reeked of agony, blood and death, and their moans.

Then, out came a strange voice

“A baby is coming!”

A young woman was in labor in this basement, much like the bottom of Hell

What can we do in this darkness without even a stick of matches I said

forgetting my own pain

A dying woman spoke up, “I am a midwife, and I will deliver the baby”

Thus the baby was born in this Hell

Thus the midwife was dead covered with blood before the sunrise


Let there be life

Let there be many many more lives

And let them step into the world on our dying and willing flesh


Translation by Chisako Furukawa

平成19年9月4日(火)
第219号   「北京でみた二つの意思」

日中国交回復記念35周年記念事業の一環で北京に行った。
入国のときにいきなりびっくりしたのが入国審査だった。入国審査というところは六カ国協議のときであろうが、ハッピーな観光気分のときであろうが最初に通過しなくてはならないところ。自分がその国に入国する資格があるのかどうかを審査される、会計検査院みたいなところだ。つねに自分は弱い立場にある。そう思っていた、ところが今回の北京の入国審査では別のものを見た。入国審査官を審査するボタンだった。
自分を審査した入国審査官の対応を評価するボタンがあるとはにわかに信じられなかったがそのためのボタンだった。たしかに入国審査のときに何分待たせたか、審査官の対応はどうだったかでその国の印象が7割決まるといってもいいのではないだろうか。
このボタンに目をやってじいっと見ていたらあっという間に審査が終わった。
「よい滞在を」みたいななんかの言葉を審査官にかけてもらった。
「いつでも評価してやるぞ」という適度な緊張感は、多くの場合、いい結果を生む。

北京市内に入った。「きれいになってる」というのが率直な印象だった。去年も北京に行っているのだが、去年に比べていっそう道路がきれいになっている。僕が見ている間にもけっこうごみの収集車(自動的に道路のごみを拾っていくあれです)が通ったし、機械を駆使してやれば街はきれいになる、ということを示しているようだ。「汚すもんなら汚してみろ。すぐに片付けるからな」という感じ。「お客さんがごみを落としたらその瞬間に拾う」というコンセプトだけとってみればディズニーリゾートと同じなのだが、北京の方はマッチョな国家的意思の表れというところがちがう。

でも世の中には機械でもマッチョな国家的意思でもできないこともある。
北京から天津に行くため、北京駅に向かった。駅の近くでタクシーを降り、横断歩道を渡ろうとした。北京駅の前だけあって広い道をよこぎらなければならない。もちろん信号があって待てばいいわけだが、いつが青なのか赤なのかわからないくらい車も人もしじゅう行き来している。ふと気づくと横断歩道のところに赤い旗を持った人が何かいいたげに立っていた。
どうやら当局の意を受け、信号を守るように指導する役割を持った中国版「みどりのおばさん」ならぬ」「赤いおじさん」のようだ。
しかしながら、中国人民はそういうことにひるむ姿勢は見せない。オリンピック前の当局による「近代化」の試みなのだろうがこには「信号の色が何色だろうがわたれるときにはわたる」「政府や規則に頼ってばっかりもいられない」という中国国民の強い意思を見たように思った。

国家の意思と国民の意思。この国は二つの大きな力が引っ張り合っている。


ふるかわ 拝