2008年2月

平成20年2月26日(火)
第244号 「江島万年筆店」

江島万年筆店の店主 江島 満さんが亡くなられた、という知らせは、「旬菓房ふり
あん」の店主秀島良三さんからもたらされた。
(このURLに秀島さんが江島さんのことを書いている。慟哭したくなるような文章である。http://friand.mo-blog.jp/blog/2008/01/post_c16a.html#comment-7468834

まさか、と思った。でも本当だった。

江島万年筆店は、佐賀県庁近くのお堀端に面した小さな万年筆屋さんだ。
この週刊yasushiでもときどき万年筆のことを話題にするが僕は万年筆ファンでいまでも数本を使い分けしている。

万年筆は使っていればときどき調子が悪くなることがある。自分で洗ったりもするがうまく行かないこともある。江島万年筆店という看板を掲げたお店が県庁近くにあるのは知っていたので、あるとき、秘書に江島万年筆店に僕の万年筆をもっていってもらいインク漏れの調整をしてもらった。

店から戻ってきた秘書に「どうだった?」と尋ねたら意外な答えが返ってきた。
「直してはもらったんですが、本当は本人を連れてきてほしいとおっしゃるんです。本人が来ないとどういう書き方でどれくらいの筆圧で書いているかわからない。だからきちんと調整できない、とおっしゃるんですよ」。

なるほど。それはそのとおりだ。いきなり感心した。そこまで調整をきちんとされているのか。次は行かねば、と思った。でも、近いところほど却ってなかなか行けない。そうこうするうちに今度は不注意から万年筆を床に落としてしまった。すぐに見てほしいと思ってついついまた秘書をやった。「今度こそ本人を連れてきてください、といわれました」という返事。

その後しばらくして長い間使ってきた万年筆の調子がおかしくなったので今度は自分が行ってみようと思い立って店に足を運んだ。

やっと来たね という感じで店主は迎えてくれた。店主と話をしている人がほかに一人あった。こういう専門店を必要としているお客様がある、ということだけでもなんだかうれしかった。

「じゃ書いてみてください」と店主は言った。そして僕の書く姿をじいっと眺めている。
「はい、けっこうです」と僕の万年筆を取り、眺めながらこう切り出した。
「まず、この万年筆についてですが、キャップと本体との間の隙間については、ある程度あきらめてもらうしかないですね。どうしてもここのメーカーのものはこうなりがちです。かなり使いこんでありますから、この万年筆としては、よく使ってくれたということではないでしょうか。
もちろん、どうしても直せといわれたら直せないことはありませんが、応急的なものになってしまいます。もう一本の万年筆についてですが・・・」
店主は一本一本の万年筆が違うこと。そして手入れと修理によって生命を吹き込むことができること、などなど語ってくれた。

人と「出会う」のに回数や時間がいらないことがある。
わずか10分間くらいの会話で、僕は店主の魅力に引き込まれていた。

「わかりました。じゃ、これはあきらめます。ただ、記念にもらったものなので、大事に取っておこうと思います、洗っていただけませんか?また、その代わりといってはなんですが、お勧めの万年筆を一本買っていきたいと思いますので選んでください」。僕はそう言った。

「わかりました。では」と言って店主がとりだしたのが「パイロットカスタム845」という製品だった。店内そのものは広くはないが、国の内外を問わずさまざまなメーカーのものが置いてある。そのなかで日本国産のパイロットの製品がピックアップされたというのはうれしくはあったが、意外な感もあった。
その心をみてとってか「有名なものというのはほかにもあります。でも使い心地、書き心地という点ではこれがいま最高だと思います。また、万年筆は買うだけでなくてあとのフォローも必要です。そのフォローがちゃんとできるかどうか、というのも私が選ぶ際のひとつの視点です」。
そしてインクはほかのと比べながらやや悩んだ後、「うん、やっぱりこっちだな」と言って「ペリカン4001」のブルーブラックの壜を選んでくれた。

結局、それが僕と江島満さんとのはじめてのそして最後の出会いとなった。
秀島さんからの報せを受けて、すぐにお堀端のお店に行ってみた。「忌中」の2文字がいたいたしかった。

お店が再開されるということを耳にして、先日、江島さんの奥様に電話をした。「私もなんだかまだ実感がわかないくらい急なことだったんです。でも3月には再開しようと思っています。」

間違いなかった。奥様は僕に尋ねられた。
「どのようなご用向きでしょうか?」
「ペリカンのインクが切れかかったところでして。」
「それならご準備できます。」

長らく閉まっていた江島万年筆店、3月3日(月曜日)に再びシャッターが開く。

ふるかわ 拝

平成20年2月19日(火)
第243号 「ICT成長力懇談会」

総務大臣の諮問機関である「ICT成長力懇談会」のメンバーに就任した。
ICTというのは「IT」という言葉にさらにコミュニケーション(C)を加えたもので、「ITを駆使したコミュニケーション技術を活用して日本をもっと成長させるためには何をしたらいいのか委員会」とでも言うべきものだ。座長は野村総合研究所の村上輝康・理事長。このほか、わが国を代表する人たちがメンバーなのでこちらも気合が入る。懇談会の検討内容は政府の政策に反映されていくということなのでそれが楽しみで、就任の要請を受けることにした。

そして、その第一回の会合が、2月12日午後5時から東京・霞ヶ関の総務省会議室で開かれることとなった。

ところが僕はその日の16:時50分、ということは会議の始まる10分前にドバイから中部国際空港に到着することになっていた。どう考えても午後5時からの東京の会議には間に合わない。ところが増田総務大臣から「ぜひ地方代表として声を出してほしい」とお願いされていた。せめて大臣も出席される第一回だけでもなんとか参加したかった。そこでこんなことを総務省に申し出てみた。「テレビ会議で参加できませんか?」。
「だって、ICTの会議なんでしょ?」という気持ちもヒソカにあった。

意外にもすんなりOKが出た。テレビ会議の技術に関しては、佐賀県内のIT企業である木村情報技術という会社が安くて高い技術(言い方ヘンですがわかりますよね)を持っているのでそこともタイアップして実施することにした。

ドバイからの飛行機到着もオンタイムで、通関もスムーズに行き、17時05分くらいには空港内に準備していただいた会議スペースに到着することができた。

それぞれの構成員のご発言はさすがというものばかりだった。やはり参加してよかった。が、僕も負けてはいられない。だいたいこんなことを申し上げた。

◎今日、ドバイ空港でチェックインするとき、クイックチェックインを初体験した。国内線によくあるような自動チェックイン機のようなものを使って行うのだ。eチケットの番号をいれ、手続きを進め、本人確認のため、最後にパスポートをスキャンして承認が取れると搭乗券が出てくる。荷物がなければこれでそのまま出国できる。びっくりだった。

◎また、去年の秋、韓国に行ったとき、CATVインターネットに接続した普通のテレビで住民票を取れることを体験した。住民票自動交付機ではなく、テレビにつながった普通のプリンタから住民票が印刷されて出てくる。
ちゃんと赤いハンコもあるし、ちゃんと透かしが入っていて原本だということが確認できる。これをコピーすると透かしが消えてしまって写しだということがわかる。これもびっくりだった。しかもこの電子的な透かし(電子透かし)の技術を開発したのは日本の会社なのだ。

ところが日本ではこの電子透かしが認められず、韓国に持っていったところ、それが採用されたのだという。ちょっともったいない。

◎この二つの事例で感じることは、ひとつにはいま政府が目指している「世界最先端の電子政府」というのはどういうことかというと「世界中どこに行ってもびっくりしない」という「ノーサプライズ」を実現することなのではないか、ということだ。
それともうひとつは、「技術は進んでいっているのに制度が追いついていないというのはまことにもったいない」ということだ。

◎ 社会が十分にIT化に対応できていない例としては、たとえば今皆さんが頭を悩ませている確定申告がある。僕も、原稿料や講演料の収入があるので自分で確定申告をしている。去年、カードリーダライタを買って、去年からe−TAXをやっている。(去年はまったく使いづらかったけど今年はずいぶん改善されている。)
この原稿料などの源泉徴収票についても、おそらく多くの支払い元では、僕への支払いそのものがデータ化されていると思うし、僕もそれを銀行振り込みで受け取っている。ところが確定申告の時期になるとその徴収票がわざわざ郵送で送られてきている。僕はその源泉徴収票に記載されている事柄を一字一句間違わないように注意しながら自分の確定申告用の調書に打ち込んでいるのだ。
これがもし支払い元の会社から直接データで僕のところに送っていただくことができれば郵送料も減るし、書き写す手間も省けるし、書き間違うリスクもなくなる。
こういうことができないのだろうか?

この懇談会を通じてそういうことを提案できればと思う。

第二回は2月21日。議会の開会日でもあるので、欠席の旨お知らせしておいたら、「今度もまたテレビ会議で参加されませんか?」とお誘いが来た。「こないだのご発言がなかなかおもしろかったもので。」

そういわれたらうれしいではないですか。

今回の会議は民間企業からのヒアリングが主なので僕の発言はそんなにない予定なのだけど、「議会が終わっていればテレビ会議で参加します」と回答した。

この会議の模様は、傍聴もできる。
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/vigor/080221_1.html
ご興味ある方はどうぞ。

ふるかわ 拝


平成20年2月12日(火)
第242号 「がばい どばい」

いま、ドバイにいる。「がばい すごか どばい ば みたか」 という目的の下に、友人たちと来てみたのだ。(ひそかにドバイ(というかアラブ首長国連邦)に佐賀牛を輸出したいというその事前調査も兼ねている)。

まとめていえば、こういうことだ。

ドバイはすごい。でも将来は危うい。しかし、アブダビもカタールもある。これらは今後の発展の可能性高し。したがって、いまのうちに手を打っておくべし。佐賀牛も十分勝算あり。

たしかにすさまじいほどの開発の熱気とスピードだった。中国でも熱気やスピードは感じるがそれと違うのは、中国は国の発展という大命題があってそれに沿う形で開発が行われているのに対し、ドバイは、もちろんドバイの首長のリーダーシップというものはあるものの、国家というよりはマネーが先にきているという印象であることだ。
ドバイといえば、ヨットの帆の形をした七つ星ホテルに代表されるように世界中の富が集まってきているイメージだ。それはそのとおりだ。では、ドバイの石油収入はどれくらいなのかというとこれがほとんどないのだ。
実はドバイは石油もガスもいまやほとんど出ていない。では何で食べているのかというと、いわば「開発」だ。海岸を埋め立てて、やしの木の形をした人工島をいくつも作っているし、ザ・ワールドという世界地図を再現したような形の人工島の建設も進んでいる。

だから街には活気がある。至るところで道路、地下鉄、ホテル、マンションなどの工事が行われている。そのためにたくさんの工事関係者がドバイに来る。
労働者も集まってくる。そうなると、労働者の住むところが必要になるのでそれを作る。ホテルができるとなれば家具や内装の関係者もドバイに来て泊まる、しかも、安くないところに。

一時期の日本を思わせるような熱気と活気なのだ。

だから、逆にバブルが崩壊したようにドバイバブルも崩壊するのではないかという懸念もある。

たしかにそうだろうと思う。もともとドバイは無借金で開発するというのが基本だったが、借り入れもスタートしたという。そもそも永遠に開発を続けていかないといけないという発展モデルはどこかで天井に突き当たる、そのときうまくソフトランディングできるかどうかというところが経済運営のポイントになるのだろうと思う。

ドバイはあと5年はいけると思う。ただ、その後はわからない。でもあと5年間はまことに魅力ある市場であることはまちがいないと思う。
滞在中、意識して、牛肉を食べた。ニュージーランドから来ている牛肉がドバイでの最高級の牛肉だったが、とてもとても佐賀牛にはかなわない。できれば日本からの牛肉がほしい。それは現地の日本料理店の料理長もおっしゃっていたところだ。

ただ、ドバイ政府は、いま食の安全安心の強化に取り組み始めているという。しかも、イスラムの教えに反する食べ物がないかどうかを厳しく見るようになっているという。

牛肉ももちろんそういう教えに沿ったものでなければならないし、ほかのもそうだ。

ただでさえ、アルコールに厳しいお国柄だ。たとえば、醸造用アルコールが含まれた醤油や酢がこれまでどおり日本からドバイに輸出できるかという課題も場合によっては出てくるかもしれない。

ただ、そういう点をクリアしていけば、非常に有望な市場がある、ということも痛感した。

また、ドバイだけが発展しているのではない、ということを知った。

アブダビは、ドバイも属しているアラブ首長国連邦の首都だ。ここにも足を延ばしてみたが、ドバイとはたたずまいが違った。洗練された落ち着いた雰囲気なのだ。ドバイと違って文化の集積を目指しているらしい。

ここはまだ石油やガスが出るところでその資金を活用できるというメリットがあり、ドバイよりも安定的に発展できるかもしれないと思った。

現地の金融機関の方に「ドバイの次はどこでしょう?」と尋ねてみた。

ためらわず「カタールですね」と返ってきた。日本人には「ドーハの悲劇」のイメージしかないカタールだが、天然資源は豊富で、いよいよ本格的に開発をスタートさせるという。
とりとめのない現地レポートになったが次の号ではもう少しまとまった形で報告をしたいと思う。

ふるかわ 拝

平成20年2月5日(火)
第241号  「『ウェークアップ』と『TVタックル』」

こういう仕事をしているので、メディアから取材されることはままある。ただ、県内か福岡・佐賀、広くても九州エリアという場合が多く、なかなか全国をカバーするものに出るということはそうないのだが、先週末から今週にかけて立て続けに全国ネットの二つの番組で取り上げていただいた。

まずは「読売テレビ系列の「ウェークアップ!ぷらす」。
橋下徹大阪府知事が誕生したのを受けて、さまざまなタイプの知事を取材する中、僕は「官僚出身知事」ということで取材対象になったようで、その官僚出身の知事が財政健全化のためいろんな努力をしている、という流れだった。そのシンボルとして「歳入戦略グループ」が取り上げられ、その係長のコメントが流れていた。
この係長の後ろで、係長のテロップの肩書きと一緒に写っていた職員が、いい悪いは別にして(という表現もヘンだが)僕とマジで顔が似ていて、テレビを観ていた知り合いからも「テロップの肩書きが係長になってたんじゃない!?」などといろいろメールが来た。
番組の様子は http://www.ytv.co.jp/wakeup/ に掲載されているので興味ある方はどうぞ。

それと昨日(2月4日)は「ビートたけしのTVタックル」。
「地方再生会議」と銘打ったこの回、上田埼玉県知事と僕が地方代表で出た。レギュラーゲストである原口一博衆議院議員からの推薦だ。
出演を承諾したはいいが、高視聴率の番組だし、なんせこの手のバラエティ番組は久々。どきどきしながら放送局に入った。トークの収録そのものは2時間だ。(実際の番組になってみると正味20分ちょっとくらいまでにトークの部分がカットされていた)。
ちなみにこの番組、出演者が一堂に会しての打ち合わせがない。いきなり楽屋につれていかれて、「このとおりにはいきませんが」と言いつつ台本を渡されてそれで打ち合わせは終わり。たけしさんはじめほかのゲストとも事前に会うこともない。(ちなみに事後もない。終わったらそれでおしまいだった。)
「このとおりにはいきませんが」といわれても一応台本に書き込みなどをしているとそこそこ時間も経つ。ときどき様子をのぞきに来るディレクターが、僕が台本に書き込みをしているのを見て、「このとおりにはいきませんから」と念を押す。「わかっとるわい」と思いつつ収録開始を待っていたらいよいよ「時間ですのでお願いします」となった。
さあ、どういうスタジオなのかと思って入ったら、いきなり「古川知事入られまーす」と大きな声でコールされ、スタジオ内からぱちぱちぱちと拍手。スタジオには50人くらいスタジオ参観の人たちがいる。そしてゲストが入るたびに拍手。もちろん最後はたけしさん。一段と拍手が大きくなってみんなが椅子に座り、スタート、となるのだった。
普通のトーク番組だとしゃべる順番が決まっていたり、出演者同士の紳士協定みたいなものがあって、誰かがしゃべりだすとほかの人は黙るし、順番や回数なども司会者が微妙に調整したりしている。とくに4年前に出たNHKの「日曜討論」は、秒単位くらいまでに発言時間が管理されていたように思う。
ところが、この「TVタックル」はちがう。誰かがしゃべりだすとそれにかぶせて「いやいやそれはね」としゃべり始める人がいる。あまり小学校の学級会とかでは見ない光景だ。かぶせられたほうは当然負けじとしゃべる。だからしゃべってしゃべってお互いがしゃべりあい、何を言っているのかわからないような状態に近くなることもある。どちらかがあきらめるまでこの状態が続く。だれかがあきらめたら残された一人が滔々としゃべるというわけだ。
でもあきらめたほうとてそれでおとなしくなっているわけではなく、未練がましく隣の出演者に対して思いをぶつけたりしている。ということが延々と続く。
台本は、くどいようだが一応あるしけっこういいことが書いてあるのだが、司会の阿川さんはほとんど台本に目をやらないし、阿川さん自身も司会者なのに隣にいる僕に話しかけたりしてくるし、「このとおりにはいきませんが」の意味が身にしみてわかった。
僕自身としては言いたいことの半分も言えずに終わったかなあ。ただ、短い時間で何を主張するのか、その訓練としてはとてもためになった。
やはりテレビでモノを言うには「数字」「スピード」「押しの強さ」だなと思った。

ふるかわ 拝