2008年9月

平成20年9月30日(火)
第275号 「ウルトラマンはどこから来たのか」

先日、大学のボート部の後輩と会った。彼は天文学者だ。佐賀県武雄市にある宇宙科学館に講演に来るというので一緒に食事をした。すごく刺激的だった。なんせ天文学者と会うのははじめてだったのだ。
「天文学者って日常生活でほかの人と違うことってあるの?」
と聞いてみた。
「天文学者は日常生活ではホント役に立たないというか発想が違うんですよ。3×3って普通は9ですよね。天文学者としては、3×3=10と考えてもおかしくないんです」
「なぜ?」
「だってあんまり変わらないじゃないですか。9も10も」

どうやら、天文学の秘訣のひとつはそこにあるらしい。とてつもなく大きなことを考えていれば小さいことの違いがあまり気にならなくなるようだ。

「天文学的数字」と言う。たとえば天文学では地球と太陽との間の平均距離約1億5000万キロメートルが‘1天文単位’だ。それだけでも相当デカイが、光が1年間で進むとされている‘1光年’というのは約63241天文単位になるらしい。しかも、「ある星雲の直径は120000光年」となればもう勝手にしてくれ、という感じ。

地下鉄に乗っていても「あと2つ先の駅で大江戸線に乗り換えないと」と考えながら同時に「あと数億年経つと海王星の衛星トリトンが海王星にぶつかってしまう」ということを考えているというわけだ。

もっとわかりやすい話を聞いてみよう。
「ウルトラマンの故郷ってM78星雲ということになっているよね。あれってホントにあるの?」
「あれ、実は間違いなんです」
「間違いって何がどんなふうに?」
「ウルトラマンが来た星雲は、M78じゃなくてM87なんです」
「それってどういうこと?」
「どうも制作段階で誰かが間違えてしまったみたいで」(注:脚本の印刷ミスらしい。)
「作者はM87星雲と書こうとしたけど、まちがってM78星雲となったと。こういうことだね。」
「まあ、そういうことですね」
「でもなぜM87じゃないとだめなの?M78でもいいじゃん」
「そうでもないんですね。M87は中心部がとても明るいんです。発見者は『非常に明るく、かなり大きく丸い。中心部は急に明るくなりそこに核がある』と記しているくらいです。おわかりでしょう。ウルトラマンは『光の国』からやってきたんです。M87星雲だからこそ、この表現が成立しうるんです」

頭がいいんだかなんだかよくわからない。

話題を学術的な方面に転換してみた。
「ところで冥王星が惑星じゃなくなったよね」
「もともと惑星について明確な定義はなかったんです。ところが望遠鏡の発達で新しい発見が出てきました。たとえば『冥王星が実は意外に小さい』ということやこれまで『小惑星とされてきたもののなかにある程度大きなものがある』ということです。冥王星という『惑星』の大きさに近い『小惑星』というのがどんどん発見されはじめたんです。となるといつの日か『惑星より大きい小惑星』というのが発見される可能性がある。だから定義をし直そうということになりまして10年前くらいから議論がスタートしたんです」

「ずいぶん前から議論してたんだ」

「懸念は当たりました。2005年に冥王星よりも大きいエリスという外縁天体が見つかったのです。それまでも惑星の定義について議論はしていたのですがメールだけでやっていたのです。メールだけでやっていると議論がまとまらない、というので『惑星定義委員会』を作って議論することになり、去年のプラハの会議で惑星の定義が承認され、結果的に冥王星が惑星の定義からははずされました。私もはずすほうに一票いれました。そのかわり準惑星というジャンルを作りました。そこには冥王星もエリスも入っています」

しかし、慣れ親しんだものを変えることに反対があるのは世の中の常らしい。
冥王星の発見者トンボーが長く住んだアメリカ・ニューメキシコ州議会はこの決定に反発、2007年3月「冥王星がここの夜空を通るときはそれが惑星であることを宣言する」と決議した。お隣のカリフォルニア州議会には「冥王星を降格させようという企てはほかの政治的重要課題から目をそらせようという陰謀」であり、「しかも、カリフォルニア州が生んだもっとも有名な犬の名前(注:ディズニーに出てくるプルートのこと。英語で冥王星=Pluto なので)の価値を損ねることにもなる」として「カリフォルニアにおいて冥王星は惑星とする」という法案が提出されたがこれは期限切れで廃案になった。

惑星という名前は、もともと妙な動きをして人を惑わせるところから来たようだ。

少なくともこの点において、冥王星は「惑星」と呼ばれる資格があるように思う。

ふるかわ 拝


平成20年9月23日(火)
第274号 「スターバックス メモリー」

先週末、東京で開かれた日本計画行政学会に出席した。そこで聞いた法政大学の黒川和美教授のお話がおもしろかった。「この原稿(スライド)はけさ、中目黒のスターバックスで作りあげたのですが、土曜日の朝の中目黒のスターバックス、お客さんが多いんです。しかもそのほとんどが私よりも年上の年配者。おどろきました。お年寄りはこんなところにいたんですね。」会場がほお、という軽いおどろきにつつまれた。
黒川教授はこう続けた。「この話を知りあいにしたんです。そしたら彼曰く、『ドトールはもっとすごいよ』」。会場がどっと沸いた。

学会の帰り、東大の構内を歩いていたらそこにもスターバックスができていた。土曜日の夕方だったが、そこそこ人が入っていた。大学構内なのに年齢層は幅広かった。黒川教授のお話と符合するものがあった。

スターバックスコーヒー。アメリカ・シアトル生まれのコーヒー会社。エスプレッソをメインにしたコーヒーショップのチェーンということで知られ、世界の43の国と地域に出店している。中国・北京の故宮の敷地内にも一時期出店していたが、さすがにこれには批判が強く去年の夏に撤退した。
日本では青森県、山形県、島根県、鳥取県、徳島県以外の42都道府県に出店していて佐賀県内にも3店ある。ちなみに東京はもちろん一番多くて港区だけで42店もあるが、江戸川区と荒川区には1店舗もない。

僕が知事に就任した2003年当時はまだ佐賀県にはスターバックスがなかった。
一方、県庁を訪れる人たちから「気軽に休めるコーヒーショップを作って欲しい」という要望も受けていた。
そこで思い出したのがその2003年の6月に長野駅前にオープンしたスターバックスのことだった。なんと5千人の市民の署名を持ってスターバックスの日本法人社長のところに持ち込みオープンにこぎつけたといういわくつきの店だった。
しかもその店は、オープン当日1日で約300万円を売り上げ、開店初日の売り上げ世界記録を樹立したのだ。

そのことが頭にあったので「佐賀県に(ということは佐賀県庁に) スターバックスを!」という署名運動をしてはどうか、という話を周囲にしてみた。水回りの確保がいちばん問題になるのでその計算もざっとやってもらったし実際にスターバックスの会社にも当たってもらった。
結論からいえばだめだった。平日はともかく土日が休みになる施設にオープンしても仕方がないというのだ。たしかにそうかと思ってあきらめた。(今回あらためてスターバックスのことを調べてみたら土日が休みになるにもかかわらずスターバックスがあるのを発見した。霞ヶ関の経済産業省店と市谷の防衛省店だ。元は米国資本のこの店がこの両省内にあるのがなんとなく気になるところだ。)

ところで佐賀県庁はただでは起きない。そのときの「土日にクローズになるところではなかなかビジネスにならない」というスターバックスからの声をヒントにして、今年、県庁新館の屋上の展望レストランの経営者を募集することにしたとき、「夜は22時まで開けてもらってOK、土日も使ってもらってOK」という条件にしたのだ。
その結果、予想を超える応募があった。そして4月1日からオープンして、土日を含めてお客様に来ていただいている。やはりこうしておいてよかった。

ある意味スターバックスのおかげ、「苦い中にも甘みのある思い出」といえるのかもしれない。


ふるかわ 拝

平成20年9月16日(火)
第273号 「古湯・熊の川 天然成分100%」

こないだ古湯・熊の川温泉郷に出かけてきた。「きっと、もっと、はっと!」という佐賀県の広聴事業の一環としてのもので、その様子は佐賀県庁HPの「こちら知事室」にアップされている。http://www.saga-chiji.jp/csohoumon/20/9-11/index.html
そこにも描かれているが、この古湯・熊の川温泉郷、いまお客さんが増えてきている注目の温泉だ。平成12年には年間35万7千人あった観光客数が年々低下し、平成17年にはついに22万人にまでなってしまったことに危機感を持って、平成18年に地元の人たちが中心になって温泉地活性化運営委員会を作り、その活動が功を奏して観光客数が増え始めているのだ。

地元だけでなく黒川温泉の宿「新明館」の経営者、観光カリスマである後藤哲也さんが専門アドバイザーで入っていただいていて、その指導で古湯・熊の川の景観デザインのプランが作られ、いくつもの旅館がそれにしたがって旅館の外観や内装、設備を変えてきている。
それに魅力を感じたお客様が増えてきている。
「後藤さんからしたら、自分のライバルを作るようなことなのになぜ応援してくれているんでしょうか?」とたずねたところ、温泉地活性化運営委員会の人からこんな答えが返ってきた。

「市役所の人のおかげです。市役所の人でものすごくこの活性化に熱心な方がおられて、後藤さんも、『こういう役人らしくない職員がいるところはぜひとも応援したい』と言われて、それでいろんなノウハウを提供してくれてるんです。」

人が人を動かす。それによってすこしずつ街が変わっていく。変わればそれによって効果が生まれてくる。効果が出てくるとおもしろくなってまたやる。
かつては宣伝なんかしなくても、と言っていたのが旅行雑誌「じゃらん」を使って広告するところも増えてきている。
「じゃらんに載せはじめたらやはりお客が増えまして」。ある旅館の主が言う。
「それも熊本、大分といった温泉天国みたいなところのお客様も増えてるんです。これまでより遠くからお越しいただいています。また、うちは内装も変えて特徴のある風呂や焼酎バーを作りました。そしたら、予約のお客様の3割くらいがその風呂や焼酎バーを予約されるんです。改装した甲斐があったと思います」。
古湯・熊の川はいまそういういい回転ができてきているようだ。

古湯・熊の川は温泉の温度が低いぬる湯である。
これまではこのぬる湯というのがややもすれば弱点のように思われていた。
でも今ではそういう説明ではなくぬる湯の効能とその入り方の説明をする、という。
「知事さんは、ぬる湯の入り方ご存知ですか?」
「いいえ」
「だったら、地元の皆さんが使われる温泉センターに午後8時半くらいに来られてみてください」
「なぜその時間がいいのですか?」
「そのころが地元の方でいちばんにぎわう時間だからです」
「なるほど。ところでそのぬる湯の入り方を教えてください」
「まずぬる湯は夜入るほうがいいです。そして長い時間、できれば30分くらい入ってください。熱いお湯とちがってきつくありませんから。身体の負担なく入っていられます。そして、そうすると本当に体が温まって冷えることがありません」
「なぜ夜がいいのですか」
「ぬる湯は副交感神経を刺激してリラックスさせるからです。それには夜のほうがいいということです。そもそも源泉であまりにも熱いお湯が出ると水で薄めないと使えません。でもそうするとせっかくの温泉成分が薄まってしまいます。私たちの古湯・熊の川は天然成分100%です。加温しても成分は薄くなりませんからね」
堂々たる答えだ。かつてとはちがっていまや「ぬる湯」はひとつの強みとさえいえるようだ。

先週末、この古湯で古湯映画祭が開かれた。もう25回を迎える老舗といっていい映画祭だ。ごろんと横になりながら映画を観る気楽さとゲストと自由に話ができる贅沢さが魅力のこの映画祭、僕は毎年顔を出しているのだが、今年は日程がたて込んでいて最終的に僕のスケジュールが確定したのが映画祭の数日前だった。パーティに出てその日は古湯に泊まり、翌朝映画を一本観るということになった。そのとき「事件」が起きた。
古湯に泊まることが決まったその時点で宿泊の予約の電話を秘書が入れ始めたのだが宿がけっこう満室でなかなか取れないというのだ。
これまで古湯映画祭の期間中とはいえ宿が取れない苦労はなかった。
古湯が元気になってきていることを実感した瞬間だった。

この古湯映画祭、来年は日韓海峡圏映画祭と共催で行われる。また、新しい幕が開く。


ふるかわ 拝

平成20年9月9日(火)
第272号 「橋下知事との面談」

青い生地に白い襟のクレリックのシャツ。今週の日曜日朝8時にはじめて橋下大阪府知事と会った。用件は、全国知事会としての現在の活動についての意見交換だった。

言うまでもなく、橋下知事は目下大阪府の財政健全化に向けて粉骨砕身の努力中だが、府議会の日程と重なったりして就任以来、全国知事会議に出席することができない状況だ。もともと情報発信力のある知事さんだけにこれから総選挙も近くなる中で、全国知事会がどういう活動をしていて、どういうことを訴えているのか、お伝えしたうえで意見交換し、橋下流の表現ぶりで世間に対して思うところをアピールしていただければというのがこちらの考えだった。

その意図はおおむね達成できたと思う。
はじめての面談だったが、橋下知事もそして僕も率直に意見を交わした。その中でとても印象的だったのが次の内容の言葉だった。
「僕がメディアに出ていて思ってきたことは、他人に何かを伝えるときには、繰り返し、繰り返し同じことを訴え続けなければならないということで す。そうでないと伝わっていきません。しかも、その内容がとてもわかりやすくないといけません。全国知事会で議論されている内容はどれも意味のあることなのだと思います。でも、いったい何をしたいのか、訴えてくるものが見えてきません。道路や河川の権限移譲のことにしても、市民から見たらあまり関心のあることとは思えません。私は、いまの地方の財政状況を示すいちばんわかりやすい表現は「国は国家公務員の給与をカットしていないのに地方はカットしている」ことに尽きると思います。このことをもっと主張して理解してもらうべきです。」
メディアの申し子橋下知事ならではの言葉だった。

一般職員の給与カットは佐賀県、大阪府を含む34道府県で実施されている。
そして国は行っていない。ただ、制度論としていえば、「公務員の給与は人事委員会という第三者機関が勧告し、それに沿ったかたちで決定するのが原則であって、そこからさらに給与をカットするのはあくまでも例外的なこと」なのだと、公務員の給与制度を学んできた僕としてはついつい思ってしまう。これまであまり給与カットのことを前面に出して地方の財政の窮乏ぶりを訴えることはしてこなかったのはそのせいなのかもしれない。橋下知事の指摘は説得力のあるものだった。

こうした議論とは別に佐賀県の組織改革が話題になった。元来、県庁という言葉は「県の仕事をする建物」のことを意味している。国の出先機関が集まっている合同庁舎というものがあちこちにあるが、県庁というのは、かつては国の省庁の出先機関の集合体で、合同庁舎と似たようなものだった。その管理人が中央(内務省)から派遣された県知事だったと言ってもよい。

戦後、県という組織は自治体として位置づけられたが、いまだにかつての各部がばらばらになりがちな危険性をつねにはらんでいる。知事が住民によって選挙されて決まるようになった戦後は、ほんとうは、知事の下、一元的な組織経営がなされてしかるべきなのだが、なかなかそうはなっていないのが現実だ。

この問題に対して、佐賀県は、平成16年度に大きな組織改正を行い、そこで統括本部という組織を設けた。佐賀県ではここがいわばヘッドクォーターとして、県政全体を見渡している。

橋下知事も「各部ばらばらで大阪府という組織としての統一性と司令塔を欠いている」という認識があり、佐賀県が統括本部という組織によりその問題に応えようとしていることも知っておられ、とても興味を持たれた。このことについても話は弾んだ。「いつか府の職員を佐賀県に勉強に行かせますから」という話になった。

とにかく大阪府をなんとかしたいという迸(ほとばし)るような思いが感じられた面談だった。

ふるかわ 拝

平成20年9月2日(火)
第271号「大阪桐蔭高校の優勝を見て思ったこと」

オリンピックの影にすっかり隠れてしまった感のある今年の高校野球だが、大阪桐蔭高校が初優勝した。同校にとっても大阪府にとっても17年ぶりの優勝で喜びはつきないだろう。ただ、メンバー全員が大阪府出身というわけではない。大阪府をはじめとする関西圏出身者は12人(大阪府6人、奈良県5人、京都府1人)で、そのほか、福井県1人、広島県1人、徳島県1人、山口県1人、福岡県2人だ。
やっぱり、高校野球でも国内留学は進んでいる。

8月10日発行の週刊朝日増刊号「甲子園」に甲子園出場校の登録選手の出身中学校が載っている。これをみると、参加47都道府県、55校のうち、メンバー全員がその高校がある都道府県の中学出身者である高校は1道15県の16高校。佐賀県の佐賀商業高校もそのひとつだ。

逆に、山形県、山梨県、京都府、香川県、熊本県の5府県からの代表校では、地元府県の中学校出身者の数よりも他の都府県の出身者の数の方が多かった。具体的には山形県の代表校は大阪府の、山梨県の代表校は東京都の、京都府の代表校は大阪府の、香川県の代表校も大阪府の、熊本県の代表校は福岡県の、中学校出身者がメンバーのなかで最も多かったのだ。

他の都道府県に最も多く野球留学に行っているのは大阪府だ。
大阪府の中学校を卒業して他の都道府県の高校に進んだ者は、関西圏を除き、14県、44人にのぼる。それにくらべ、東京は首都圏を除き、4県で5名。
東京のほうが圧倒的に人口は多いのだから、「東京の中学出身者が地方に行っている例が少なく、大阪の中学出身者が地方に行く例は多い」と言えるだろう。

それに、今回の東京代表の関東一高や日大鶴が丘は違うが、感覚的には首都圏の高校は地方から選手を集めている気がする。僕の周りでもいま阪神にいる高浜選手は佐賀市立城南中学校から横浜高校に進んだし、帝京高校など東京の高校から声がかかったという選手の名前は何人か聞く。

東京の高校生はなぜ野球留学しないのか?そしてなぜ東京の高校は地方から選手を集めるのか?逆に大阪の高校が地方から人を集めることをあまりせず、逆に大阪の選手が地方の高校に行って甲子園を目指しているのはなぜなのか?
これってなんとなく、東京と大阪のスタンスの違いのような気がする。

僕が大学受験をした昭和52年ごろ、関西の私大は地方入試を実施していた。僕も福岡市内の会場で某関西私大の法学部を受験した。ところが、東京の私大はどこも地方入試をやらなかった。「受験したければ東京に来い」とでもいわんばかりの(というか言っているわけだな)姿勢だった。これも、東京と大阪のスタンスの違いを示す例だ。

だけど、あれから30年以上。去年の入試の様子を調べてみたら、同志社大学や関西大学などのほか、首都圏の中央大学、明治大学なども地方入試を実施しているとのこと。

全入時代ってこういうことなのだなあ、と思った。

ふるかわ 拝