2009年12月

平成21年12月29日(火)
第339号「有明海再生に向けて」

12月24日、長崎市で僕と金子長崎県知事との有明海再生に向けての話し合いが行われた。有明海再生という目標は共通なのだが、そこからが両県の意見が分かれているところだ。佐賀県としては「近年の有明海異変の原因は複合的なものだと考えるが、その複合的な要素のどれがどれだけ影響しているのかを突き止める必要がある。つまり、どの要因がどれくらい“悪さ”をしているのか、を把握する必要がある。というのもそうでないと、どういう対策をとることが効果的なのかわからないからだ。だからあらゆる研究や調査を行っていく必要がある。複合的な要因のひとつとして諫早湾が潮受堤防で締め切られたことが考えられる(とくに海に生きる漁業者が潮受堤防ができてから海が変わったということを証言しておられる)。であるとするならば、その水門をある程度の期間開門したうえでの調査(中・長期開門調査)をすることによって、潮受堤防がなかったころの潮流や海域環境に近いものを再現することができる。そこで得られる知見を有明海再生に活かしていきたい。」という考え方をもっている。

一方、長崎県と国は、「開門調査をすると調整池のヘドロが排出されて水産資源に悪影響を及ぼす。」という主張をはじめ、どうしても開門して調査をすることには反対だという立場を取っている。
こういう状況の中、「意見の違う佐賀・長崎両県知事同士が話をして解決の糸口を探ってほしい」という赤松農林水産大臣の依頼でそれを受けて実現したのが今回の会談だった。
もちろん、両県知事が会ったからと言って直ちに問題が解決することになるとは思わなかったが、これまでこのことについて率直な意見交換をしたことがなかったからそれだけでも意味はあると思った。当日のスーツを選ぶときも海と空のイメージで紺色のスーツにブルーのおろしたてのシャツ、ネクタイも有明海の深い海の色をイメージしたパープルの入ったレジメンタルにした。
会談そのものは非公開で行われたが率直かつ冷静な話をすることができた。いちばん印象的だったのは金子知事が「佐賀県のみなさんは開門すれば有明海異変の原因が何だったのかわかるのではないか、と期待されているのだと思う。
ただ、長崎県側の人たちは開門すれば即被害が生じると思っています。」と言われたことだ。
僕らも長崎県の方たちの心配されることはわかる。だから会談では、その心配を払拭するためのさまざまな提案をした。(プレゼンテーション資料はここをクリック
たとえば、「開門調査を行うと調整池に海水が入り込むため農業用水が使えなくなる」という問題がある。これに対しては、「ため池を作ってはどうか」という提案をした。中海干拓でもこのようなため池が作られていることを踏まえたものだ。
ところがそういう具体的な提案をいくつかしたにもかかわらず今回の会談の中ではそれに対する個別の回答は得られなかった。残念だったが限られた時間ではそういうやりとりもできない。だから僕は実務的なやりとりをする場を作って議論しようと提案している。
「開門調査を前提とした議論はできない」と長崎県側の方からは言われるけれど、僕は「開門調査を前提にしなくてもいい、開門調査のどこが問題なのかを議論する場でもいい、とにかく素直に冷静に議論する場を作りませんか。」と呼びかけている。

残念ながらこの問題は本年中に解決することができなかった。今年は、たまたまタイラギが採れて有明海の漁業者の方たちの顔が明るい。この明るい顔が毎年見られるようにするために来年はさらに努力を重ねていきたいと思う。
年が明けたらさっそく赤松農林水産大臣に今回の会談の結果の報告に行きたい。そして、実務的に話をする必要性を訴えてきたいと思う。


ふるかわ 拝


平成21年12月22日(火)
第338号「アイドルも政権交代?」(未定稿)

今週はどうでもいい話。なんせ子ども手当の問題やら交付税の確保やらでばたばたしていてなかなか原稿がかけずにごめんなさい。お役人の言葉に「未定稿」という言葉がある。要するにまだできてないけどとりあえず出してみました、ということ。だからこれおかしいんじゃない?と言われても「未定稿ですから」と逃げることができる。便利な霞ヶ関用語なのだ。

ということで今回の原稿は未定稿。もっといろいろ書きたかったのだけど、またゆっくりしたときに。

以下未定稿スタート。


今年の漢字は「新」だった。僕としては二文字だけど「交代」かなと思ってた。もちろん政権交代したということがあったし、ゴルフの賞金王も交代、ガソリン自動車からハイブリッドや電気自動車に交代、季節性のインフルエンザから新型インフルエンザに交代、とか、だ。
実はそれ以外にもSMAPから嵐へのアイドルキング交代の年でもあったのではないか、と思う。

きっかけはビートルズだった。今年、ビートルズはボックスセットのアルバムを2セット発売した。それを買いにCDショップに行ったときに発見したのが嵐のCDがいかに売れているかだった。今年デビュー10周年を迎えた嵐は、「All the BEST! 1999-2009」をリリース、これが百万枚を超えるセールスとなった。今年百万枚を超えたのはこれだけだ。

CDショップの人が言っていた。「嵐はファン層が広がってきていると思います。いまの若い人たちはCDを買うよりは好きな曲を着うたやPCでダウンロードすることが増えていますからわざわざCDを買うというのはCDならではの特典があるとか、よほどのきっかけが必要になってるんですよ。だから大人に評価されないとなかなかアルバムは売れないんです。もちろん、AKB48みたいに握手券付きCDとかを出せば別ですが。その点、嵐はそういう変化球を投げている感じではなくて、堂々と勝負しているという気がしますね。30代のシングル女性みたいなタイプの人たちが買っていかれることも多いです。人生の応援歌になっているという部分もありますしね」

なるほど。そう思ってみるとあちこちで嵐を見かける。テレビでもいつの間にか「VS嵐」がゴールデンタイムに昇格。スマスマの視聴率が下がったのとは対照的だ。
知り合いに聞いても、嵐いいよね、みたいな発言がけっこう多い。ドラマも今年の相場雅紀主演の「マイガール」は泣かせる傑作だったしな。

ちなみに今年のシングルCD売上ランキング、ベスト5に嵐の曲が3曲入っている。シングル、アルバム、それにDVDのすべてでナンバーワンを記録している。

だから紅白初登場というのもうなずける。逆に初登場だったのか、というのがびっくりだけど。

来年あたりは紅白の司会者もSMAPから嵐にチェンジするかもしれない。


ふるかわ 拝

平成21年12月14日(火)
第337号「ある日曜日の仕事」(下方にMAPあり)

12月13日、日曜日。この日はいつになく忙しい日となった。
朝9:20に公舎を出て、60キロ離れた唐津市に向かった。用務は新しく就役することになった巡視艇「まつかぜ」の就役披露式への参加だった。10:40くらいに現地に着き、20分くらい船内を見学したあと式に臨んだ。

式を早々に退席し、次に向かったのは唐津市から25キロほどある山あいの集落のお祭りだった。11:50到着。佐賀市富士町下無津呂というところにある乳母神社という地域が守ってきた神社のいわば五穀豊穣のお祝いを、毎年12月の第二日曜日に行っているという。ずいぶん山あいに入った集落の祭りなのに、その直会(なおらい)には鯖(さば)を入れた炊き込みご飯や肴が出されるという。鯖は生き腐れというくらい足の速い魚で、かつてはなかなか山の人たちの口に入るものではなかったのではないかと思うが、到着して伺ってみても「ずっと前から鯖でした」とこともなげに言われる。直会の後はその年の祭事のいわば責任者のお宅で宴会が始まる。その際にも、しきたりがあって、まずは続きの間のうちの控えの間にすわり、お茶をすすり、奈良漬をお茶受けにしていただいたあと、一年間のお役目に対する慰労の口上が述べられる。それに対して、その責任者からこの座のおとりもちと接遇役の紹介があってやっと奥の間に通される。そこには尻尾を切った形でほぼ一尾炊いてある鯖をメインにした肴が並べられた御膳があり、酒をなみなみと注がれ、それを飲み干すのだ。酒を入れる器は塗りのものだが、ふつうの味噌汁椀くらい大きく、しかも、それを2杯飲まないといけないのだという。観光客などもちろんひとりもいない、淡々とした運びの中、逆に地域のしきたりや伝統の重みを感じた。
もっといたかったのだが、せかされるようにして12:30過ぎにその場を出た。

次に向かったのは70キロ離れたところにある有明海に面した太良町の中でもいちばん長崎県に近い大浦という集落にある漁港だった。13年ぶりに今年は有明海の冬の味覚タイラギが豊漁で、その初セリが行われるのだ。タイラギは二枚貝の一種。貝柱がとくに美味で高級珍味だが、10年以上にわたって不漁が続いていて、ここ数年間はみんなで山に植林したり海底耕運したりしてなんとかタイラギの復活のためにがんばってきたのだった。何が理由なのかわからないが、今年突然豊漁になった。本当に久方ぶりだけにぜひとも初セリには顔を出したかった。神社のあった下無津呂からは車で約2時間。現地到着は約束した時間の5分前の14:15だった。
そこで初セリの前にお祝いを述べ、セリが終わった後、試食や取材対応などをして、15:00に現地を出発し、唐津に向かった。

唐津?また?
そう、その日の夕方は「2009東京シェフズin唐津」という唐津の食材を使ったレストランイベントが開かれることになっていてそこにも出席することになっていたのだった。
唐津到着は17:00。長らく病院にいて最近自宅に戻ったばかりの父親に顔を見せに行き、その後18:00には虹の松原にあるレストランに到着した。
唐津の食材を生かした料理を唐津市出身のフレンチの伝道者吉野好宏氏、鳥栖市出身のイタリアンの奇才寺崎秀之氏、原宿にある四川料理「龍の子」の料理人安川哲二氏の三人が腕を振るうイベントだった。

およそ3時間半にわたるイベントが終わり、唐津市を出たのが21:40。公舎にたどり着いたのは23:00だった。
この日の走行距離は400キロ。佐賀から広島県尾道市まで行ったことになる。
そしてその翌日の月曜日は朝04:15に公舎を出て、やはりタイラギの初セリが行われる福岡県柳川市の筑後中央市場に行ったのだった。

なぜこんなに忙しい一日になったのか。それはそれぞれに「行きます」と約束したから、だった。いちど約束したものを反故にするとなかなか再度アレンジというのがしにくいものだ。
もともと唐津の日程が入っていた後に大浦のタイラギの日程が入ってきた。やはりタイラギは13年ぶりだしぜひ顔を出したい。それなら唐津の日程をキャンセルすればよかったのだが、出席します、と返事して期待値を高めてしまったものを「ムリになりました」と連絡するのはつらい。「まつかぜ」の就役については唐津海上保安部の川上部長からご丁寧に出席の依頼が行われていた。乳母神社については、数週間前に地元の方から「一度地域の本当の集まりを見に来て」といわれ、「はい」と返事していて、先方でも受け入れの準備が進められていた。唐津のレストランイベントにしても、吉野シェフが直筆の参加要請状を届けておられた。
簡単に「やめます」と言うわけにはいかないと思ったのだった。

逆にそれくらい僕らの仕事というのはいったん口にしてしまうことの重みがある、ということなのだろう。

知事でもなお然り。とすればましてや国家を預かる人の言たるやいかがか、と思う。


ふるかわ 拝





平成21年12月8日(火)
第336号「保育所費用 地方で負担 ジョートーです」

いま、来年度予算の向けて大詰めの関係閣僚の折衝が行われている。
来年度、未曾有の税収不足に陥ることがはっきりしている中、地方側としても単に国に「よこせよこせ」の運動だけではだめで、地域主権の確立を目指すということを現政権が宣言している以上、こちらも、国と地方をどうやって折り合いをつけていくのか、という現実的な対応もまた求められると思う。

そんな中、12月5日付けの新聞(おそらくは共同通信の配信)に、「保育所費用 地方で負担 総務相提案児童手当分を充当」という記事が載った。

普通は閣僚が折衝中の事柄が表に出ることはめったにないのだが、記事によると原口総務大臣と長妻厚生労働大臣とが国会内で会談し、会談後、長妻大臣が内容を明らかにした、という。

まず、ポイントを整理しておくと、来年度こども手当がスタートする。こども手当は中学卒業までのこども一人につき、毎月26,000円(制度開始の平成22年度は13,000円)その保護者にお渡しします、というもので、この実施には来年度だけで2.3兆円かかる。
その代わり、児童手当が廃止になる。児童手当というのはこども手当と似ているけど、小学校修了前までのこどもを養っている世帯(世帯主)に対して、世帯の所得や子供の数に応じて手当が支給される、というもので、これには国の負担のほか地方負担と事業主負担がある。

さて、そのポイントをアタマにいれておいていただいて、こども手当の財源問題だ。

こども手当の支給は民主党のマニフェストに沿って実施されるもので、どの地域に住もうが一律に支給されることになっている。地方側はかねてから「こうした全国一律の現金支給は全額国の責任で実施すべきで、逆に保育所の運営や学童保育のようなサービス給付については地方が責任を持ってやる」ということを主張してきていている。
その考えからすると、究極の現金支給であるこども手当については、全額国が負担すべきで地方負担を入れるべきではない、ということになる。
ところが、一方で、児童手当は廃止になる。ということはそれまで地方が負担していた分がいわば浮いてくることになる。それがだいたい0.57兆円くらいだ。

この0.57兆円を長妻大臣は「こども手当の財源に充てられないか」と主張、原口大臣は「現金支給は全額国がやるべきで地方が負担することはできない」と拒否し、その代わり、たしかに児童手当の地方負担分が浮いてくることになるのは事実であることを認め、そのうえで私立保育所の整備費や運営費など、いま国が地方に対して補助や負担をしている保育関係経費がだいたい0.57兆円に見合う程度存在している、としてその国の負担を廃止し、全額地方が負担することにする、という提案をされたようだ。

なかなかわかりにくい議論かもしれないが、僕はこの原口大臣の提案を支持したい。とともに、できることなら、と条件をつけたい。

国が現金給付すると決めた場合、地方は工夫のしようがない。拒否もできないし追加もできない。たとえば、定額給付金もそうだったし、地域振興券もそうだった。
このような事業はこれまでも経費については全額国が負担してきてやってきた。
こうしたものについては、国が全額負担すべきだと思う。しかし、現実には生活保護費にも1/4の地方負担があり、児童手当にいたっては、平成17年の秋に三位一体改革の中で、地方への3兆円の税源移譲の根拠とするために、地方負担が2/3(都道府県1/3、市町村1/3)と、地方トータルでみると国の負担率1/3を上回るという逆転現象が生じてしまっているが、これについては、本来は国が全額負担すべき性質のもの、とことあるごとに主張してきた。

また一方で、保育所についての設置基準や人員配置基準などについては、サービス給付に関する事柄であって、これは待機児童が多い東京と、過疎に悩む地方では住民が求めるものも異なることから、逆に地方にお任せをいただきたい、とも主張してきた。
今回の原口大臣のご提案は、その大きな流れを踏まえたもので、納得できるラインにある。

ただ、条件つきで、と申し上げているのは、この新聞記事だけだと「地方にお任せ」していただけるのかどうか、がはっきりしないからだ。
つまり、「条件」とは「保育所の設置・運営を全額地方負担で行うことにするのであれば、設置基準や人員配置の基準などは地方が決められるものにすべきであり、保育所に関する基準については、これまで厚生労働省が自分で決めていたが、それを自治体が決められるようにしていただきたい」ということだ。

地方に任せると整備が遅れるとか劣悪なものができるのではないか、と厚生労働省は心配するかもしれないが、どうかご心配なく、と申し上げたい。

たとえば、0歳児と1歳児について、一人当たりのほふく室の必要面積は現在の基準では3.3uとなっているが、東京都が独自に認証している認定保育所では2.5uとなっている。その結果、国の基準と異なる都独自の基準のもとでも、事故が飛躍的に増加したということはないことが、地方分権改革推進委員会でも紹介された。
さらに、厚生労働省は、保育所設置基準に関する条例委任が現実の課題となるや、平成20年度に独自の調査研究を行い、「2歳未満児には、4.11uの面積が必要」という報告をまとめ、「今の最低基準よりも2〜3割増しの平米数がどうしてもいる」とことを、地方分権改革推進委員会の場で報告した。ある意味、これは、金科玉条のこどく60年にわたり墨守してきた最低基準を、厚生労働省自らが否定し、国こそ「劣悪な環境」を押し付けたことを認めたともいえる。このエピソードは、「基準」についての絶対的な水準は存在しないことを如実に表している。

もちろん、地方に任せることになっても、何も首長が決めるのではなく、住民の代表である議会の場で議論し、条例で定めることになるということも、この問題を考えるポイントだと思う。
それに、厚生労働省に一切口を出すなと申し上げるつもりはない。ある程度の標準や目安を示し、それを理解したうえで自治体が判断して定めるということはありえると思う。

その標準や目安をベースに交付税の算定も行われることになるし、かりにそれをまったく無視して劣悪な環境で保育所を運営するようなところが出てくれば(現実にはありえないと思うけれど)、そこは各大臣が、地方自治法第245条の5の規定により是正要求や、地方交付税法第22条の規定により勧告することが、地域主権国家における国と地方のあり方として健全だと思う。

大丈夫。「保育所、地方で負担」、いいじゃないか、ジョートーです。 


ふるかわ 拝

平成21年12月1日(火)
第335号「がんばれ『はやぶさ』」

11月29日日曜日付けの新聞に二つの天文に関する記事が載った。
ひとつは偵察衛星の打ち上げ成功、そしてもうひとつが佐賀県在住のアマチュア天文家椛島(かばしま)冨士夫さんが久留米市在住の西山浩一さんと一緒に超新星を発見したという記事だった。2年前に佐賀県三養基郡みやき町に私設天文台を開設し、以来観測を続けてきた結果のたまもので大規模な天文台のない九州として初の快挙。
心からお喜びを申し上げたい。

天文学といえば、「はやぶさ」をごぞんじだろうか。
はやぶさは小惑星探査機。2003年5月9日に打ち上げられて火星の近くにある小惑星「「イトカワ」を目指し、無事到着、現在地球への帰還の途にある。
こう書くと何も問題がなかったように思うが、とにかくトラブルの連続だった。
自律制御装置は壊れたし、小惑星に離着陸した際には燃料漏れを起こした。ただ、驚くべきことに、そういうトラブルを予想し、あらかじめ準備しておいた予備機や予備回路をつかってそのたびごとに問題を解決していった。「こんなこともあろうかと」が決めぜりふになるくらい、その準備の周到さが光った。
2005年12月には通信途絶状態となり、はやぶさから何の信号も送ってこなくなった。そのときも「大丈夫。待っていれば必ず姿勢が安定して通信してきてくれるはず」とチームは見守り続け、約1か月半後に予告どおり通信が復活した。

今年の11月8日、福岡市で開かれた先端加速器科学技術推進シンポジウムにこの「はやぶさ」のプロジェクトリーダーの川口さんが来られてお話をしていただく予定だったが、そのときもはやぶさに予想外の大トラブルが発生して来れなくなられた。
それはエンジントラブルだった。4つあるエンジンのうち3つが停止してしまい、さらに残る1つもかなり劣化してしまってそのまま使うことは厳しい状況になってしまったのだ。エンジンが使えないということは地球に帰れなくなるということだ。今度ばかりはもうだめなのではないか。
シンポジウム当日、「川口さんが来られなくなった、理由はエンジントラブルだ」とお聞きして、正直今回は相当厳しいなと覚悟した。

ところが「はやぶさ」は不死鳥だった。なんと、それまでトラブルで使えなくなって停止中だった2つのエンジンから、壊れていない部品だけを組み合わせて新しいエンジン1つ分の力を引き出したのだった。「こんなこともあろうかと」あらかじめエンジン同士をつないでおいたのが功を奏したのだった。

こうして難局をチームの力で乗り切っている「はやぶさ」だが、地上では別の戦いがスタートしている。今回の危機を乗り切った後の会見でも、チームリーダーの川口さんが、さらなるトラブルが起きるとはやぶさの地球帰還が2013年と大幅に遅れる可能性もあることを示したうえで、「事業仕分けの対象にならないようにしないといけない」と警戒していた。その事業仕分けでは、はやぶさそのものについてはわからなかったが、少なくとも「はやぶさ」の後継機「はやぶさ2」について0.5億円の予算要求が対象とされていた。
結果、「はなぶさ2」を含む開発衛星は、財務省から「開発衛星の用途は、例えば、水星を探査する衛星などであるが、こうした衛星は、国民生活にどのような利益をもたらすかを検証する必要があるのではないか。」という指摘を受け、あえなく1割カットとなったようだ。
はやぶさが長い旅の末地球に向けて放出してくれたカプセルを僕たちが手にすることができる2010年6月には、「国民生活にどのような利益をもたらすか」の検証ができずに、あえなくこのプロジェクトが終わりになってしまっているかもしれない。なんか5年経って帰ってみたらその直前にキリシタン追放令が発せられてしまっていた天正遣欧少年使節団のようだ。

「はやぶさ」についてもうひとつ。長い旅をしてきたはやぶさそのものが地球に帰還するわけではない。イトカワで採取した試料を入れたカプセルを地球に落下させた後、はやぶさ本機は大気圏内で燃え尽きることになっている。なんかこれも泣けるではないか。


ふるかわ 拝