2009年9月

平成21年9月29日(火)
第326号「映画『西便制』を観て(ネタばれあり)」

シルバーウィーク中に行われた古湯映画祭。例年とちがって今年は日韓海峡圏映画祭と共催だった。はじめての試みだった。もともと海峡をはさむ日韓8つの自治体が連合して毎年日韓知事会議を開催しているのだが、その会議の中でこの地域とゆかりのある作品を集めた映画祭をやろうということになり、その第一回が古湯で行われたのだった。スペシャルゲストとして韓国映画界の巨匠イム・グォンテク監督にも来ていただいた。この監督は韓国映画界の超大物で、今回の映画祭でも3本作品を上映することになっていた。
僕も終日、監督の作品を楽しませていただいた。中でも、韓国映画として日本ではじめて大きな評価を得たと言ってもいい「風の丘を越えて/西便制(ソビョンセ)」を久々に観て、あらためてこの映画の持つ重みとすばらしさに感激した。

この映画はパンソリという韓国伝統の唄と太鼓がテーマ。あるパンソリの名手の男がわけあってその一座を離れ、独立して旅芸人になる。町から町へ旅をしながらパンソリの仕事をしていくことになったというものだ。もともとは実力のある唄い手だった彼は、孤児を二人引き取り、その二人(義理の「姉」と「弟」)をそれぞれ唄と太鼓で一人前に育てようと厳しく鍛えながら旅芸人の仕事を続ける。その厳しさに耐えかねて「弟」はある日父の元から飛び出してしまう。父はそれでも残った「姉」を厳しく鍛え続ける。パンソリに絶対的に必要とされる「恨」(ハン)。これが足りないからと父が薬を飲ませて「姉」の目をみえなくさせてしまう。
そして月日は経った。飛び出した「弟」の方は、その後、薬関係の仕事に就き、父や姉の居どころを探し始める。とはいえ旅芸人だけあって転々と居どころが変わるため、簡単にはわからない。が、どうやら父は亡くなり、そして姉は盲いていまもどこかで唄っていることを知り、さらに尋ねあるき続ける。ある日、とある漁村の宿に唄い手がいると聞いて弟が赴く。宿の主人に紹介された唄い手はまさに姉だった。久々の再会だが、お互いに名乗らない。ただ、ひたすらに姉はパンソリを唄い、弟は久々に太鼓をたたいた。
その翌日、結局名乗り合わないまま、二人は別れる。「姉」は、宿屋の主人とこう話す。「あれがお前が長い間待っていた弟だったのか?」「はい」「なぜ名乗らないんだ」「いいんです。・・・・・・私は旅芸人。本来長くいてはいけないのですがここは居心地がよくて長くいすぎました。そろそろお暇しなければいけません」
「姉」は宿を出てまた旅に出る。長い人生の中、どこかで誰かとの間に設けた10歳くらいの女の子に導かれ歩いていく。

と、こういう映画だ。ちなみに「西便制(ソビョンセ)」はパンソリの流派のひとつ。

この映画の上映後、イム・グォンテク監督にシンポジウムに参加していただいた。質問の時間になったのでおそるおそる手を挙げてこんなことを尋ねてみた。
「ラストについてですがなぜあの二人を再会後、名乗り合わせずに別れさせたのですか?この作品には原作となった小説がありますがその小説ではどうなっていたのでしょうか?」

監督の話は明快だった。
「まず小説はどうだったのかというと、やはり二人は名乗り合わずに別れるということになってました。私もここをどうしようか考えましたが、結局小説と同じにしました。なぜそうしたのかというと韓国的な事情がからんできます。」監督は一息おいた。
「あの「姉」「弟」は、いわば離散家族です。韓国には戦争や体制の違いのために実際にたくさんの離散家族がいます。テレビの番組にも離散家族を題材にしたものがあります。離散家族の誰かが番組に出てきて、そこで家族を探すというものです。この番組を通じて長い間はなればなれになっていた家族が再会した、また一緒に暮らせるようになった、そういう話もたくさんあります。ところが、私はこうして再会した元・離散家族たちにインタビューしたことがありますが、再会したことやふたたび一緒に暮らし始めたことが必ずしも幸せと結びついていないということを感じました。それが現実なのだということを韓国の人たちは知っています。
映画の中であの二人が再び一緒に暮らし始めるということになっても、『よかったよかった』というハッピィエンディングとしてとらえられるのではなく、『これからうまくいくだろうか』という不安をよぎらせてしまう、というのがいまの韓国社会の現実なのです。だから、結果としてこのエンディングは、あの二人が名乗り合わなかったことで物語が続いていくことを予感させ、幸せを次に持ち越した感じが生まれたのではないかと思います」

聞いてよかったと思った。まさに現代の韓国社会を象徴していた。

多くの人たちに支えられて盛況のうちに古湯映画祭・日韓海峡圏映画祭は終了した。
日韓海峡圏映画祭は毎年持ち回り。来年はチェジュで開かれることになっている。
古湯映画祭はスタッフの方たちの献身的な努力で26回開催されてきた。来年はまた本来の古湯映画祭としての魅力ある企画を心から期待している。


ふるかわ 拝

平成21年9月22日(火)
第325号「台湾とブラジル」

先日、映画「台湾人生」を観た。戦前に台湾で生まれ育った人たち、つまり当時「日本人」だった台湾の人たちの戦後の人生を撮ったドキュメンタリーフィルムだった。中国系の人もおられたし、ずっと以前から台湾に住んでおられた(ご本人の言葉でいえば「原住民」の)人たちもおられた。
「日本人」として教育されたこうした人たちの中には、日本政府からの求めに応じて志願兵として日本本土に行き、訓練を受け、日本軍兵士になった人たちもいる。中国を相手に戦った人たちもいる。そして戦争が終わって台湾に戻ってみたら、そこはかつて「敵国」だった中華民国が支配していたという。
加えて、1952(昭和27)年に日本と台湾との間で日華平和条約が締結されたことによって、台湾の人たちは日本国籍からの離脱を余儀なくされた。つまり本人の意思に関係なく、この条約によって日本国籍を喪失したのだった。
その人たちに共通しているのは「日本に捨てられた」という思いだった。ある人はこう言っていた。「日本政府はぜひ自分たちのこと(旧日本国民だった人たち)に対して、ひとこと言葉をかけてほしい」。

こうした「日本に捨てられた」という思いを持っている人はほかにもいた。しかもこちらはつい最近のことだ。
去年の秋以降、日本で働いていたブラジル人が大量に仕事を失った。もちろん、大不況の中、仕事を失ったのはブラジル人だけはなかったが。
その時点では32万人、日本にブラジル人が住んでいた。佐賀県の労働力人口(約45万人)の約7割に当たるくらいの数の人たちが日本に住んでいたということだ。
その人たちが一挙に失業の危機に見舞われることになった。僕のところにも駐日ブラジル大使から手紙が届いた。「なんとかブラジル人たちを失業の危機から救ってほしい」という内容だった。そのとき佐賀県でも数名のブラジル人が働いていた。数ヶ月の間、その手紙は僕の机の上にあった。
それに対し、日本国政府は、ある政策を打ち出すことになった。そう聞いて、僕はほっとした。しばらくは景気が悪いかもしれないが、そこを乗り切ればまたブラジル人たちが必要とされることもあるだろう。そのつなぎが何かできれば、と思っていたし、そういう政策を国が実行してくれるのだと思い、内容を見てみた。
びっくりした。政策の内容とは、「職を失った日系ブラジル人がブラジルに帰国するときには帰国のための飛行機代を30万円助成する」というものだった。その名も「日系人離職者に対する帰国支援事業」。うーん。たしかに「支援」策かもしれないが・・・。
しかもそれには条件がついていた。「この支援を受けてブラジルに帰国したブラジル人は、「当分の間」日本に働きに来ることはできない」というものだった。今年の春のことだ。
政府の判断としては、「もう日本ではブラジルの人たちが働く場を見つけることが難しいだろう。だからブラジルで帰国するのであれば支援するけれども、もう日本で働くということを考えないでほしい」ということなのだろう。それはそれでまったくわからないわけではない。
でも、もともとは人が足りないということで、日本との関係のある日系人ならと受け入れてきた我が国が、景気が悪くなったらさっさと引き揚げてくれませんか、という政策を取るというのはなんとも申し訳ない。しかも、「当分の間」だ。官庁用語の「当分の間」は、どれくらい長いのか見当がつかない。たとえば、県が借金をするのに「当分の間」国の許可が必要という条項(当時の地方自治法第250条)は50年以上適用され続けたくらいだ。

さすがにこの「支援策」は評判が悪かったとみえ、「当分の間」は、あくまでも今後の経済雇用情勢をみながら見直すことになってはいるものの「原則として3年(2012年3月)をめどとして」と説明されている。

少しほっとしたけれど、台湾とブラジル。両方に共通して見えてくるのは、私たちはこの人たちを仲間だと思うのかそうではないのかということだ。
これだけ国を越えた行き来が活発になってきていても政策の根底にあるものはそんなに変わっていないようにもみえて仕方ない。


ふるかわ 拝


平成21年9月10日(木)
第324号「呉福万博に来てみて!」

佐賀市の中心商店街にあった一本のアーケードがなくなった。アーケードだけでなく、床に敷き詰めてあったタイルもなくなった。目線を下に落とせば土が、上に向ければ空が見えるようになった。あらためて、土と空の間に商店街があったのだということを感じた。
アーケードがなくなったのは、所有者である商店街振興組合の資金的な事情によるものだったが、なくなってかえってすっきりしたようにも見える。
アーケードがあったときにはなんとなく商店街を閉塞感が覆っていた。アーケード自体が一種の重荷になっていたのかもしれないし、心理的な圧迫もあったのかもしれない。もちろん日焼けや雨を気にせず買い物ができるというメリットは大きかったが、逆に車を入れないということでのデメリットもあった。
いずれにしてもアーケードと床のタイルがなくなった。ぽかんとあいた大きな空間。まるで「焼け跡」だった。

そのアーケードのなくなった佐賀市呉服町商店街で、いま、「呉福万博」というイベントが開かれている。
9月22日までだ。やってることは大きく三つ。
ひとつがart。空き店舗となったお店や営業中のお店のスペースを借りて、佐賀大学の学生のほか県内外で活躍中のアーチストによる展覧会が、この商店街の16カ所で開かれている。
そのほとんどがかつてはお店だったところだが、その店の奥のスペースや2階(居宅になっていたところ)も使っている。お店の部分とは相当違っていて、びっくりするくらい興味深い。映画のロケができるのではないか、と思える場所もあった。この万博のインフォメーションセンターとなっているところ(旧オギハラ)にはミュージアムショップもあって、なかなかすてきな雑貨も販売している。
二つ目がventure。この商店街のシンボルだった「窓乃梅」というスーパーが閉店して5年。今回、11日(金)、12日(土)の2日間限定で、再びシャッターが開く。佐賀県ベンチャー交流ネットワークが協力して、商品を展示販売することになっているのだ。
そして三つ目がevent。映画についていえばまず11日(金)の夜に656広場で「ファントム・プラネット」の野外上映会を、さらにお隣の柳町の佐賀市歴史民俗館では12日(土)午後に「風と共に去りぬ」、13日(日)午後に「ローマの休日」を上映する。このほか、12日(土)夜は656広場でドラムセットを使って映像をコントロールする「ドラびでお」というパフォーマーのライブもある。

また、この万博の開催に合わせ、呉服町周辺のお店でも万博限定の嬉しい特典が用意されている。まず、インフォメーションセンターに置かれている「おすすめ店舗情報」のチラシをゲットする。そしてそのチラシにのってるお店で食事や買い物をするとき「呉福万博を見ました!」と言ってそのチラシを見せると、いろんなサービスが受けられる。

このイベントを企画、実行している佐賀大学の森君は、去年もこのエリアでイベントを仕掛けたロマンとスキルに溢れた好青年だ。残念なことに彼やその仲間たちは来年卒業し、県外に行くことになっているようだ。その意味で今回の「呉福万博」は佐賀での活動の集大成となるものだ。アーケードが撤去された後のはじめての大型イベントとなる今回の呉福万博がうまく成功すれば、志を継いでいこうとする人たちも出てきてくれるかもしれない。

「この瓦礫の街をいく私たちは、いつも強く何度でも立ち向かっていける開拓者です。」これはartに参加してくれている浦田琴恵さんの言葉だ。さっき僕は「焼け跡のようだ」と書いたが、彼女も僕と共通する印象を持ったようだ。焼け跡とは、そこから新しいものを生み出すエネルギーの宝庫だ。日本の元気ももともとそこからスタートしたはずではなかったか。

僕も万博会場に足を運んでみた。昔のことを思い出しながら、そして今と未来を生きる若い人たちの息吹きを感じながら、楽しむことができた。

ぜひぜひ一度足を運んでみてほしい。
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ふるかわ 拝

平成21年9月8日(火)
第323号「『植物図鑑』と『サマーウォーズ』」

「草食系男子」という言葉がある。乱暴に言ってしまえば「あっさりした男子」のことだといえる。家事も仕事もそこそこできて、恋愛もキライじゃないけどガツガツしていていない男子。さらにいえば、「男子」という言葉はこれまでは一般的には高校生までしか使われなかったけど、最近は年代に関係なく使われている。(かといって、50代男子とは言わないように思う。30代くらいまでか。ちなみに国体は前から成年男子、成年女子と言っている。これは何歳でも「男子」だ。)
スイーツが好きとか、コスメに目がない、とか、ファッションに興味がある(ただ、ブランドものよりもっと実質的なもの)とか、そういうことが草食系男子のイメージになっている。
一方、その逆は「肉食系女子」。僕の頭の中では「SEX and the CITY」に出てくるサラ・ジェシカ・パーカーをはじめとする女性たちの雰囲気。これも乱暴に言ってしまえば「待ってるだけじゃ幸せにはなれない」ってこと。

こないだ読んだ有川浩(ありかわ ひろ)の最新作「植物図鑑」は、その草食系男子と、肉食系とまではいわないけれど肉食傾向系女子との恋愛を描いた小説で、僕的に言えばこの夏イチバンの佳作だった。ややこしくないし、すうっと入っていけて、しかも心に残る。さらにちょこっと教養にもなる。とどめにくらしの実際にも役に立つ。これだけの本はなかなかないではないか。
この「植物図鑑」、もともとが角川書店が運営している携帯小説サイト「小説屋sari-sari」に連載されていたもの。
ちなみに、この「小説屋sari-sari」のキャッチコピーは「本読み女子におくる 旅と冒険のケイタイ小説誌!創刊」。
ここも「女子」だ。こうした携帯サイトで配信された小説(ケータイ小説)は、その後、単行本化されることが多いが、その場合、携帯に配信されていたときと同じ文字の組み方、つまり、横書きのまま単行本化されることが多い。日本語で書かれた文学作品が横書きで印刷されるというのはちょっとびっくりするが、逆にいまの中高生の中には「縦書きの日本語は教科書だけ」という人たちもたくさんいる。本を薦めても「アタシ、縦書きムリ」と言われることもしばしばあると、ある学校関係者が語っている。
学校で「10分間読書」の取り組みを進めてもらっている。佐賀県はこの取り組みにかけては全国的に高い水準にあるのだが、実際に読まれている本は、ケータイ小説が単行本になったのを横書きの日本語で読んでいる、という場合が多いのも事実。それでも読まないよりいいか、と思うけどね。
ちなみにこの「植物図鑑」は縦書き。いい装丁で、この表紙を読後にじっと見るとまた味わいが出てくる。
ということで、いささか遅くなったけれども今年の夏のおすすめ本。

さらにこの夏の終わりにもう一つ、おすすめなのが、アニメ映画「サマーウォーズ」。
ここに出てくるのは高校生なのだが、まさに草食系男子と肉食系女子。主人公である草食系男子(声は神木隆之介)のほか、家に巣ごもりして外にあまり出ない、ずっとひとところにいて動かないという「植物系男子」も登場する。その草食系男子が、あこがれの先輩女子に頼まれて、長野県上田市にあるその先輩の曾祖母の家にフィアンセとして顔を出す、というところから物語はスタートする。一方、映画で描かれるバーチャルワールドでは、「セカンドライフ」のような仮想社会が発達し、個人がその仮想社会の中でアカウントを持ってほぼリアルワールドと同じように行動することができるようになっている。映画でこの部分を観ているとき、どこまでが映画の設定で、どこまでがいま既に現実の世界で行われていることなのか、区別がつかなくなった。そのバーチャルワールドで大きなトラブルが発生し、それがリアルワールドにも影響をもたらしてくる。それに対し、植物系・草食系男子とその親戚一同が力を合わせてトラブル解決に当たろうとするが果たして・・・という内容。

楽しくて元気が出て、という気持ちのいい作品。スタジオジブリの作品は、リアルとファンタジーの間を行き来しているけど、このサマーウォーズは、リアルとバーチャルの間を行き来しつつも、人間同士のヨコ連携みたいなところを描こうとして作品ができあがっている。評判がいいらしく、後半に入りがよくなってきていると言う。

宣伝費をかけないのに後半入りが良くなった、ということで思い出すのが、20年近く前になるが「羊たちの沈黙」だ。当時、チケットぴあで働いていた友人が、「公開が終わっても、『どこかでやっていませんか?』という問い合わせがすごく多かった」と言っていた。

この「サマーウォーズ」、佐賀県内では佐賀市の109シネマズで11日(金)までやっている。
http://109cinemas.net/saga/schedule/timeSchedule.shtml

ところで、来週の週刊yasushi、お知らせしたいイベントがあって、その関係で火曜日(15日)ではなく、前倒しして今週の木曜日(9月10日)にアップします。
お知らせしたいものとは、その名も「呉福万博」。佐賀大学の学生たちがまちを盛り上げようとやっているすてきなイベントだ。メイン行事が11日(金)、12日(土)なので、その前にお知らせしておきたい。ということでしばしお待ちを。

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ふるかわ 拝

平成21年9月1日(火)
第322号「あれは風なんかじゃない」

今回の選挙結果を見て、16年前のことを思い出した。平成5年の夏のことだ。僕はカンボジアの選挙監視から帰ってきたばかり。自治省税務局固定資産税課の課長補佐だった。
当時は自民党の宮沢内閣だったが、政治改革が重要な課題だった。しかしながら自民党内はそれに賛成する動きと反対する動きの対立が激化、その状況の中で提出された宮沢内閣不信任案が可決、総選挙となり、ついに党の分裂という形になった。選挙後、自民党は分裂の影響で223議席となり過半数には届かず、一方で羽田孜氏や小沢一郎氏らが自民党から離党して結成された新生党は55議席を獲得、細川護熙氏率いる日本新党は初めての衆議院議員選挙で35議席を得るなど大きな変動が起きた。
その結果を受け、最大議席を得た自民党以外の主だった政党が集まり、「非自民・非共産」の旗印の下、過半数を確保して政権をとったのだった。連立のテーマは「政治改革」。選挙制度や政治資金などの改革を実現することだけを目的にして、細川内閣はスタートした。それが平成5年8月9日。39年ぶりの政権交代が実現したときだった。

当時の新聞を今回改めてチェックしていてびっくりしたことがある。
政策議論の記事がないのだ。政治とカネの問題をはじめ、政治のありようについての記事は多いが、それぞれの政党が何を実現しようとしているのかについての記事はほとんど見当たらない。
今回、これだけマニフェストについて詳しく報道されたことを考えると、そして、民主党の圧勝のひとつの要素としてマニフェストの存在があったことは間違いないことを考えると、さらには、投票に行くときには政策で選ぶということがかなり普通になりつつあることを考えると、十数年前はどうやって有権者たちは投票先を決めていたのだろうか、と不思議にさえ思える。

細川内閣は、最大の議席を取った政党が政権を取らないというきわめていびつな形でスタートし、しかも何を実現するのか政治改革以外は明確にならず、いわばワンイシューの内閣となり、政治改革を仕上げた後は政権運営につまづくことになって結局一年足らずで瓦解した。それまで許されていなかった地ビールの製造が解禁されたのは思わぬ副産物ではあったが。
また、国民福祉税騒動というのもあった。圧倒的な人気を誇った細川総理が深夜に突然「国民福祉税構想」なるものを打ち上げたことがあったのだ。消費税率を7%にして福祉目的にする、という構想だったのだが、そんなこと、選挙の際に公約しているわけでもなく、しかも「7%」という数字の根拠を聞かれて、細川総理が「腰だめの数字です」と答えたりして、結局撤回を余儀なくされることになったのだが、今から考えたらそういうことをやっていたのかとなんだかしみじみしてくる。

今回の政権交代はその当時と比べると大きく2つの点で状況が異なっている。
ひとつは圧倒的に多くの議席を得た民主党が中心になって政権運営を行っていくということ。
そしてもうひとつは、選挙期間中に国民に対し政権を取ったらどういうことを実現していくのか、きわめて明確に示しているということ。

さらにいえば、これがいちばん大事なのだと思うが、今回の選挙結果は「風」によるものではないということだ。
今回の結果について、「民主の風に負けた」と総括している人がいるが、僕は違うと思う。

平成19年の参議院議員選挙でも民主党が勝利した。その後の衆議院議員の補欠選挙やいくつかの自治体の首長選挙を見ていても、民主党が支援する候補が勝利するケースが増えてきていた。何も今回の選挙のときだけ突風が吹いたということではないのだと思う。
ここ数年間の政治や選挙の流れを見ているとその予兆は何度となく示されていたといえるのではないか。

大手検索サイトのグーグルが今回小選挙区に立候補した候補者全員に全く同じ質問をぶつけ、その回答をグーグルの選挙サイトに動画で載せるということを選挙の期間中にやっていた。同じ質問だから、政党として政策責任者が答え、その答えを各候補者がそのまま使うという方法もあるし、それぞれの候補者が自分なりに答えてももちろんいい。
僕はかなり多くの候補者の答えを見たが、民主党の候補者の多くは党の答えではなく自分自身の言葉で有権者に語りかけていた。一方、自民党の候補者の多くは、党が準備した答えの動画をそのまま流していた。
どちらのほうが有権者にとって親しみや信頼が持てるだろうか、と僕は感じた。

また、ある民主党候補者は、これまで、月曜日は朝、市内の大きな駅前に立ち、街頭演説をし、火曜日の夕方はあるスーパーの入り口の交差点に立ち、街頭演説をする、という感じで毎日決まった場所で街頭演説を続けてきたという。「なぜスーパーのところは火曜日なのですか?」とたずねたら「その日は特売日なんですよ」という答えがかえってきた。

今回の選挙結果により、これまでの政治や選挙に対する考え方を大きく変えなければならないのではないか。
決して「風」なんかじゃない。政治と選挙の地殻変動が起きているということなのだと僕は思う。


ふるかわ 拝