2010年11月

平成22年11月30日(火)
第387号「参加、不参加どちらも悩ましいTPP」

TPPとは環太平洋経済連携協定の略。要するに太平洋の周りの国々の中で、この協定に参加する国々同士は、関税を撤廃し、サービスも人の移動も自由化していこうというもの。
つまり、協定加盟国同士ではあたかもひとつのマーケットのような状態になり、貿易や人、サービスの移動が簡単になるし、関税も撤廃される一方で、それに入ってない国が、協定加盟国と貿易しようとすると関税をかけられるなどの不利をこうむる可能性も出てくることになる。
たとえば、自動車についていえば、日本は韓国の自動車と米国で競争しているが、かりに韓国がこのTPPに参加し、日本が参加しなかった場合、韓国から米国に輸出される自動車は関税ゼロで、日本から米国に輸出される自動車は関税が5%、10%とかけられることになる。
つまり、その分、日本は韓国に比べて価格競争力が低下することになるということだ。

であれば、参加したほうがいいように思うが、そうなると米国などから日本に安い農産物がどっと入ってくることになる。そうなれば日本の農業は大きな影響を受けることになる。

こうして見ていてもわかるように、このTPPに参加するかしないかは、いろんなプラスマイナスがあって簡単に判断できるものではない。

ただ、「TPPに参加することにした場合、しなかった場合」の佐賀県への影響について、議会をはじめさまざまなところから計算したものを公表してほしいという指摘があったため、佐賀県なりにいろんな前提条件を付したうえで試算したものを26日にお示しした。試算のベースになっているのは、農業については農林水産省の試算方法、基幹産業については経済産業省の試算方法だ。

その結果、翌27日の朝刊には、「TPPの県内影響額 農業生産500億円減」(佐賀新聞)などという見出しの記事が掲載されたが、この見出しだけ読むとちょっと誤解してしまう。
つまり、「TPPに参加すると佐賀県農業に500億円分、マイナスの影響が出てくることになるのか!?」という印象をもたれてしまうのではないか、ということだが、佐賀県としてはそういうつもりで試算結果を出していない。
「TPPの参加、不参加の場合に本県にどのような影響があるかを試算することは現時点ではきわめて困難」というのが佐賀県としての主張である。
そのうえで、「参考」として、「各省の試算を使い、本県にあてはめた場合の計算例」を示していて、その中で「TPPに参加した結果どうなるか」ではなく、県内で生産されている農産品について、「全世界を対象に直ちに関税を撤廃し、何らの対策も講じない場合」の農業の生産減少額を試算してみたところ、500億円程度という数字が出た、ということなのだ。

ただ、この数字をTPPに参加した場合の佐賀県農業への影響額とするわけにはいかない。というのもこの数字は過大、と、過少、の両面があるからだ。
そもそも、この試算は、TPPという環太平洋地域の枠組みに参加した場合の計算をすべきなのに、農水省方式はそうではなく、全世界を対象に直ちに関税を撤廃した場合どうなるか、という計算をしている。その意味で、過大な影響額が試算される可能性がある。
一方で、農業の影響は生産額だけで測れるものではない。輸入が増えれば食料自給率が減少するし、農業の多面的機能が失われることにもなる。こうしたことが予想されるのに、それは「生産減少額500億円」には含まれていない。
つまり、過少に試算されてしまっている。

そもそもTPPに参加することにより農業に大きな影響が出てくることは予測できるものの、では参加しなければいいのかといえばそうでもなく、不参加によって自動車や電機電子、機械産業などの輸出で不利をこうむることになれば、それはそれで問題だ。
経済産業省は、これまた一定の前提条件(日本がTPP、日EUEPA、日中EPAのいずれも参加せず、韓国が米韓FTA、中韓FTA、EU韓FTAを締結した場合)の下で、我が国がTPPに参加しなかった場合の影響を計算していて、その額に製造品出荷額や商品別輸出額の全国に占める本県の割合などをかけて機械的に計算すれば、佐賀県には500億円から600億円程度のマイナスの影響が出てくることになる。

この試算もまた前提を付けすぎているし、そもそも佐賀県の産業構造は、第一次産業の県内総生産比率が全国の3倍で製造業比率は全国並み、という特徴を持っている。その特徴を無視して計算ができるのかという問題もある。

さらにいえば、人の移動や金融サービスについてはどう考えるのか、また、海外から安い農産品が入ってくると農業には打撃になるが、物価が安くなるのであれば消費者にとってはプラスになる。

などなどとてもとても難しい問題が多く、とても佐賀県だけが単独で計算できるような代物ではなく、だから、「試算は困難」という前提のもとで、一定の試算の紹介をするに留めておいたのだ。

くりかえしになるが、今回お示ししたものはあくまでもTPPについて考えていただく際の参考にしていただきたいということで提供したものにすぎない。
どうかそのつもりで見ていただければと思う。

URLはこちら。http://www.pref.saga.lg.jp/web/shigoto/_1075/ns-osirase/_50774.html


ふるかわ 拝

平成22年11月23日(火)
第386号「続報:何度でも言おう。「障碍」という書き方を認めてくれませんか?」

審判は下った。

やはりというか、障害者制度改革推進会議の結論は、「見送り」だった。
国語審議会に「碍」の字を追加するよう提言することは、見送られたということだ。
これまでの懸命な取り組みや、「障碍」の表記が認められることを待ち望んできた方々の思いを考えると、しごく残念でならない。

しかしながら、会議では「障碍」の表記を求める意見も出された。
法令上の表記は今のまま「障害」とするにしても、表現の選択の幅は広げるべきではないか、という意見や、「障碍」を自治体などで使いやすいように常用漢字表に追加すべきではないか、との発言もあったという。
特に、これまで「碍」の字に反対と思われてきた団体からも、表記の選択の幅を広げる意味で、賛成意見を発言していただいたことは大きな前進だ。

また、会議終了後、ある委員から、審議の状況をうかがった県の担当課長に、「自分としては、今後も、引き続き検討していくもの、との結論と認識している。一緒にやりましょう。」 とのお話をいただいたという。

まだまだ、希望はある。ここで早々とギブアップすることはない。

これから、障害者権利条約の締結などを視野に、法的な「碍」の字の追加についても検討が進められることになると思う。
引き続き、シンポジウムや障害者週間などいろんな場で、議論を巻き起こしていきたいと思う。

何度でも言おう。「障碍」という書き方を認めてくれませんか?


ふるかわ 拝

  平成22年11月22日(月)
臨時増刊号「もう一度言うけど「障碍」という書き方も認めてくれませんか?」


「障害福祉」という書き方が一般的にはされている「障害」という言葉について、「障碍」と書くべきではないのか、そこまでは求めないにしても、せめて「障碍」と書くことを認めてほしい。1年前に僕はこのコラムで書いた。

内容を要約するとこうだ。
「害」というのは他に危害を与えるということだが、障害者は他に危害を与えているだろうか、むしろ「碍」と書くべきではなかろうか。この「碍」という字はつまづき、さまたげという意味で、もともとはこの「碍」が日本で使われてきたことがあるにもかかわらず、常用漢字に入れられてないこともあってこの字が使われていない。だから、このタイミングで常用漢字に入れるべき、というものだった。

そして、その後、国語審議会で審議が行われたが、採択は見送られて、その場を障がい者制度改革推進本部に移し、引き続き議論が行われることとなった。
そしてその議論がいよいよ大詰めに来ている。

状況ははっきり言って不利だ。
僕自身も改革推進会議の場に出ていって、なんとかこの「碍」の字を使わせてほしい、と訴えた。僕らは「碍」の字に統一してほしいなどとは言っていない。「障害」と表記することには抵抗がある、ということを訴えていて、だから、僕たちが「障碍」と書いてもいい、と認めてくれさえすればいい、と言っているのだ。

しかし、なかなかそう簡単にはコトが運ばれていないのだ。
反対の理由にはいくつかあって、一つには、「障碍」という言葉も平安時代から江戸時代にかけて、「怨霊」や「たたり」などの悪い意味で使用されたことがあり、今批判されている「障害」と同じ問題が起きてくるのではないか、という懸念である。
これについては国語学者の意見を聞くと、そのような用例があったのは間違いないようだ。一つの見識とは思う。

しかし、ぎりぎり言葉のもつ意味を追求すると、どんな言葉でも悪い意味があるもので、例えば、「愛」という言葉にも、「貪り喰らう」という意味がある。
言葉の意味は重要だが、どこまで求めるかの問題だと思う。

また、現代の我々からすると、「害」に比べて、「碍」の方が抵抗がないことも事実だ。
そしてなによりも、僕らが主張しているのは表記の自由であり、そのことを説明するとほとんどの方は、反対する理由がない、と納得される。

では、なぜ、うまくいかないのか。
それは、障がい者制度改革推進会議が、「法律上の表記として決まらなければ、文化審議会に提案できない」と、自ら高いハードルを課しているせいだ。

障がい者制度改革推進会議が行なったアンケート調査では、「障害」を支持する意見と、「障碍」を支持する意見は、ほぼ同数であったと聞く。であれば、常用漢字表に「碍」を追加して、同じように使える環境にすべきだと思う。法律上の表記でなければ提案できないというのは、常用漢字の趣旨からしても相容れない。

また、常用漢字は漢字を使うさいの目安を示すもので、漢字の使用を制限しているものではないという意見もある。使いたければ勝手に使えばいいではないか、ということだ。
しかし、僕はやはりそれではいけないと思う。自治体の文章は常用漢字を用いて表記することが基本とされている。いくら自分の主義主張があってもそういう一種のルールを破ってまで実行すべきではないと思うからだ。

色々述べてきたが、いよいよ議論は大詰めに来ている。
ここにきて、学者の意見を聞いてみたり、関係者の方々に訴えたりしてきているが、理解は示していただけるものの、これで大丈夫というところまでは行きついていない。

審判の日は、今日。


ふるかわ 拝
 
平成22年11月16日(火)
第385号「農家民宿で『はっと!』したこと」

グリーンツーリズムという言葉はもちろん昔から知っていたが、実はこれまで経験したことがなかった。新しもの好きの自分としては珍しいと我ながら驚くが、実際そうだったのだから仕方がない。
先週の金曜日、僕が県内のあちこちの現場を訪問する「きっと、もっと、はっと!」という事業で、佐賀市三瀬村にある農家民宿「具座(ぐざ)」にでかけた。佐賀市とはいえ、もともとは三瀬村だったところ。山あいの、いかにも山村らしい地域のなかに具座はあった。白い犬がしっぽを振りながら歓迎してくれている。グリーンツーリズムについて前々から思っていることを、そこに集まった県内各地域でグリーンツーリズムを実践されている方々に聞いてみた。

たとえばこういうことだ。
「お客さんに出しているものは本当に地元のものですか?」

たいへん失礼な質問だったと思うが、それに対して具座のおかみさんはこう答えられた。

「家のものです。どんな料理を出すのか悩みましたが、家庭料理を出そうと思いました。“家庭”というのはよく見ると、“家の庭”と書きます。この目の前の家の庭で採れたもので作るのが家庭料理だ。そう思って出しています。」

佐賀市久保泉地区で農業体験を実施している農家の人はこう言った。

「どんなものを出すかということだけが問題でなく、どういうプロセスをお客さんとともにするかということがとても大事です。たとえば餅つきをした後に食べるお餅は、買ってきたものを食べるのとは味が違いますし、飯ごうで炊いたご飯やそれと一緒に作ったカレーのおいしさはまた格別です。実は食べるということは経験なのです。そこを含めて私たちは提供していると考えています。」

具座の主はこうもおっしゃった。
「ある時、『ごちそうがなくてすみません』と言ったことがあるんです。それに対してお客さんはこう答えられました。『いやいやそんなことはないよ。だってあなた、ごちそうという字を知っていますか?ごちそうの馳(ち)は“馳せ参ずる”、走(そう)は“走ってまわる”。つまり駆け回って食事の準備をすることを“ご馳走”と言うんです。見ていればあなたは一日中ほんとうに駆けずりまわって私たちのためにいろいろな準備をしてくれている。その姿をみただけでこの料理のおいしさというものがわかる。ご馳走というものはそういうもんだと思うよ。』お客様からこんなふうに言われてとてもうれしかったです。」

質問2
グリーンツーリズムといっても夏の間や週末に利用が集中して、オフシーズンにはお客さんがほとんどこないんではないでしょうか?

それに対して、鹿島市七浦地区でグリーン&ブルーツーリズムを実践されている方の言葉。
「たしかに平準化していったほうがいいですね。鹿島地区はちょっと行けば海、ちょっと行けば山という恵まれた環境にあります。そのことを考えればいろんな季節にいろんな体験をしてもらうことができるのではないかと考えています。それはこれからの課題ですね。」

具座の主のことば。
「たしかに忙しいときとそうでないときがあります。ただ冬場などは寒くて逆にお客さんに泊っていただくのが申し訳ないぐらいのときもあるんです(笑)。一年中忙しいのは私たちも大変なので、かえって季節的に違いがあったほうがよいのではないかという気もします。」

具座のおかみさんのことば。
「私もたしかに収益のことを考えればコンスタントにお客さんに来ていただいたほうがいいんだと思いますが、一年中忙しいのは私もどうかと思います。忙しいという字は“心が亡びる”と書きます。年中忙しいというのはあまりよくないんではないでしょうか。」

一同がどっと笑った。

残念なことに、佐賀県は九州の中でグリーンツーリズムの取り組みが早かったほうとは言えない。大分県の安心院(あじむ)のように全国の先駆けになったところが近くにあることを思えば意外な気もするが、逆に言えばグリーンツーリズムというものに頼らずに本業の農業でやっていこうとした姿勢の表れだったのかもしれない。九州の中でグリーンツーリズムに最も熱心に取り組んでこなかった県が佐賀と福岡だと言われているそうだし。
ただ、ひと山越えれば福岡市という絶好なロケーションを持つ佐賀県としては、もっともっとグリーンツーリズムの可能性について考えていってよいのではないかという気がする。

質問3 お客さんはどうやって集めておられるのですか?

佐賀市大和町の「そよかぜ館」の代表の方はこう答えた。
「観光協会が多いですね。」

具座の主。
「私も観光協会ですね。特に遠くから連絡をしてくる人は、まず観光協会にかけてそこで紹介してもらっておられるようです。やはり公的な機関ということで安心感があるのだと思います。」

あとこう答えた方もいらっしゃった。
「団体の受け入れの話についても観光協会が強いですね。せっかくある組織だから使ったほうがいいと思います。」

再び「そよかぜ館」の方。
「グリーンツーリズムは観光のひとつなのですから、やはり窓口として観光協会を使うということをもっと意識してよいのではないかと思います。」

会話がどんどんはずむ。
途中で出された黒米で作った味噌あんのおはぎも、餃子の皮で作ったあげ菓子もいずれも素朴というだけでなく力強いおいしさがあった。

最後に、また別のグループの方からひとつだけ要望がでた。
旅館業法上の取り扱いの話だ。農家民宿は旅館業法上は簡易宿所に分類される。人からお金をとって泊めるにはこの許可がなければならないが、年に1、2度しか泊めることがない施設についても、お金をとれば年中営業している施設と同じ基準が適用されるらしい。

「もっとこれから学校の生徒などに農業体験をさせたいと思っているのですが、この旅館業法の規定がネックになってなかなか農家民宿を実行できずにいるんです。調べてみるとグリーンツーリズムの盛んな県ではこの旅館業法について比較的弾力的な運用をしているようです。ぜひともグリーンツーリズムをひろげていくためにも、また子供たちに農業体験を広げていく意味でも、これについての柔軟な運用をお願いしたいと思います。」

いい宿題をいただいた。
何ができるのか、さっそく調べてみたいと思う。

外に出た。家の庭の横では来た時と同じように、具座の白い犬がしっぽを振って見送りをしてくれた。


ふるかわ 拝

平成22年11月9日(火)
第384号「カメにも負けず」

週末は韓国・プサンだった。19回目、ということは19年目を迎える日韓海峡沿岸県市道交流知事会議がプサンで開かれたのだ。この会議には具体的には日本側が山口、福岡、佐賀、長崎の4県。韓国側がプサン市、慶尚南道、全羅南道、済州特別自治道の4自治体、合計8人のトップが参加することになっている。
僕は毎年出席しているので8回目になる。福岡県の麻生知事も就任以来毎回欠かさずということで、麻生知事のほうが就任期間が長い分出席回数は多いが、ともかくも二人とも皆勤賞にはまちがいない。
これまでは平日に2泊3日で行われていたが、そうなるとどうしても代理出席が多くなる。昨年山口県で開催した会議では、日本側の知事は4人全員出席であったが韓国側は本人出席は1人だけという状況で、このままでははたしてこの会議を継続する意味があるのか、ということも議論された。
その危機感あってか今回は8人のメンバー全員がそろう会議になり、議論の内容も充実したものとなった。そしてこの会議を引き続き実施していくことが確認され、限りなく全員参加をめざして1泊2日、平日だけでなく土日も含めて日程調整を図ることとなった。

とにかくこの日韓知事会議の参加地域は、近さが特徴だ。
今回僕が使った福岡ープサンの飛行機での所要時間は約50分。高速船「ビートル」だと2時間55分だ。
山口県の二井知事はプサンからフェリーで下関まで帰られたが、これだと所要時間12時間。ただ、これは実際には早朝には下関沖まで着いていて通関手続きが始まるのを待っているからで、本当はこんなにはかからない。たしか6時間程度だったと思う。 
長崎県の対馬からだとプサンまで小型プロペラ機で30分。高速船で厳原港からは2時間30分、比田勝港からは1時間30分程度。 
プサンの花火が対馬から見える、というくらい近いのだ。距離は49・5キロとマラソンコース並み。
第二次世界大戦前までは米の取れない対馬の人は釜山に米を買いに行ってたというし、映画を観に行くのも釜山だったと聞く。どちらかといえば対馬の人が釜山に行くのがメインだったようだ。それがいまはむしろ対馬にどっとたくさんの韓国の人たちが訪れている。
対馬に限らず、そもそも佐賀県も長崎県も外国人観光客の半数は韓国からなのだ。

今年の8月20日、韓国の中央日報にこんな新聞記事が載った。
「アオウミガメ1匹が韓国を離れてから約10カ月ぶりに戻ってきた。
国立水産科学院は人工衛星追跡装置を付着して放されたアオウミガメ一匹が、昨年10月5日にプサン・海雲台を離れた後、済州道や日本を経て、7月にまた韓国に戻ったと19日、明らかにした。
(省略)
このアオウミガメは(プサン・海雲台から)5日後に巨済島(慶尚南道)に移動、しばらく留まった後、10月22日には済州島東側の牛島付近に到着し、その後、日本南西側の福岡沖(注:玄界灘のこと )で過ごした後、7月初め韓国高興半島(全羅南道)に戻ったことが確認された。」

このアオウミガメは、いわば今回の知事会議の地域を10か月かけて移動したことになる。
これまでは日本のカメが韓国に来ることは知られていたが、今回、その逆も証明されたということだ。

カメに国境はない。あるのは海峡のみ。
ヒトもカメに負けないよう、がんばらんば!


ふるかわ 拝

平成22年11月2日(火)
第383号「携帯電話はいつONにできるか?」

人事のプロにして経営のプロ、柴田励司さんが毎週配信されているメルマガ「柴田励司の人事の目」は、組織で人事に関わる者にとってとても有益な内容が毎回ふくまれている。今週号は「”仕事ナンパ”のススメ」だった。毎回その内容もすばらしいが、そのメルマガに毎回附録のように小ネタがおまけとしていくつかくっついている。
今回のおまけのひとつがこれだった。

おまけー1:今週は香港に行ってきました。感心したのは「キャセイパシフィックの機内放送」。
飛行機が着陸したときのアナウンスの中で「これより携帯電話をご利用になれます。」
これは素晴らしい。乗客の気持ちを良く理解しています。

たしかにキャセイパシフィックの姿勢はすばらしい。それ以上にびっくりするのは香港では着陸後まだ動いている最中に携帯電話が使える、ということ。
キャセイパシフィック航空のwebサイトに携帯電話の利用についてのルールが載っていた。

「飛行機のドアが完全に閉まり、出発の準備ができた時点から携帯電話の電源は完全にお切りください。電源は機体が着陸し、乗務員が電源を入れることができる旨のご案内をするまで入れないでください。携帯電話はトランジットなどで地上にいるときや、飛行機のドアが開いているとき(但し乗務員の指示がある時を除く)は使用することができます。」(キャセイのwebサイトより。)

つまり、出発前は飛行機のドアが開いている限りは、そして着陸時は乗務員が案内すれば携帯電話を使うことができる、というのが基本になっている。

では、香港ではなく、日本国内ではどういう取り扱いになっているのだろうか?
日本の航空会社は、機内では携帯電話の使用は認めていない。
これは国土交通省が定めている規則によるもので、機内で使用してはならないものがリストアップされていて、その中に携帯電話が明記されているからどうしようもない。
しかも、日本の航空会社は海外でも日本と同じルールで運用している。

ちなみにiPadやiPhoneは機内モードという機能がついていて、電波を発しないように設定することができる。これは電波を発しないPCと同じ扱いになる。
ただ、この扱いも国によって違うのか、先日中国東方航空に乗ったら地上移動(タクシング)中に携帯電話をいじっているひとがいて乗務員がそれをみてても何も言わなかったのに、僕がipadを上空で使おうとしたらダメだと言われた。機内モードだと言ったのになあ。

キャセイパシフィックのように機内でも携帯電話を使える航空会社はほかにもあるようだ。
たとえばあのノースウェスト航空(今年、デルタ航空に経営統合された)。僕は使ったことがないのだがノースといえば数々の「伝説」を持つ航空会社のイメージがある。積んでいる毛布の枚数が足りないので離陸前に取っておかないといけないとか、二人乗っているパイロットのうち休憩になっている方は客室で休んでいるとか、遅れが発生したためにお詫びの印に乗客に配ったサービス券が有効期限切れだったとか。。。
そのノースウェスト航空も、キャセイと同じく「携帯電話はドアが開いているときはOK。着陸時は機内でアナウンスがあればそれ以降OK。」というルールだったという。
どうやら絶対的なルールはなく、探せばほかにもありそうだ。

携帯電話の利用は厳しいくらいでもいいのかもしれないが、そういうことひとつとってもガラパゴス化していることの象徴だとしたらちょっと怖い。
たとえば出発間際、もう機内に乗り込んでしまった後に「不具合が発生しました。出発が遅れます」というアナウンスが流れることがある。こういうときには遅れることを携帯電話で連絡したいではないか。これが香港の空港でキャセイパシフィックなら可能なのに、日本国内だと機内で携帯電話が使えないというのはちょっと厳しすぎるルールのような気がするけどなあ。


ふるかわ 拝