2010年3月

平成22年3月30日(火)
第352号「育児保険構想と子ども手当」

子ども手当がいよいよこの春スタートする。

中学生以下のこどもを持つ家庭に対して、こども一人当たり月額13,000円が給付されるというものだ。
これはまだ前哨戦で、平成23年度からは月額26,000円になる予定だ。これを実施するために必要な財源の額は平成22年度で2兆3千億、完全実施する予定の平成23年度にはマニフェストどおりだと5兆3千億円となる。
平成22年度は国税収入見込みが37兆4千億円といわれているから、子ども手当の事業規模はその6.1%に相当するくらいの大きなものになる。
平成22年度に佐賀県民に給付されることになる子ども手当の総額はだいたい176億円程度になるだろうが、これはたとえば県内の学校給食費の約6倍、私立保育園運営費に対する県と市町の負担総額の約4倍に相当する。
だから、首長の中には「親に現金給付をするより保育所の整備などに使ったほうがいい」という意見の人も出てくる。
規模の大きさを知るとその首長の気持ちもわかると思う。

その子ども手当については、賛成・反対いろいろ意見があるが、僕自身は、こどもは社会の共通の宝、という考え方から、基本的には賛成だ。もともと佐賀県は、平成17年に「育児保険構想」を発表していて、この中で、20歳以上の国民に月々2,100円の負担をお願いして、育児に必要な給付を行っていこうという考え方を示している。育児保険構想の規模は5.2兆円と、今回の子ども手当の完成版とほぼ同規模。その考え方からすれば、子ども手当は育児保険構想の一部を先取りした形になっているものと考えられなくもない。

ただ、子ども手当とちがって育児保険構想では、たとえば、育休中の従業員の給与補償を今は50%のところを80%まであげていくことや、こども医療費についても、現行は3歳までのこどもの通院・入院の費用の無料化になっているものを、就学前まで引き上げることなど、現金給付だけではない要素も含んでいる。

そこで、思うのだが、平成22年度の先の平成23年度の子ども手当のありかたについて、つまり、平成22年度は月々13,000円だが平成23年度にはさらに13,000円プラスされることになるわけだが、このプラスの部分については、「こどものいる家庭に現金給付する」と政府が決めてしまわずに、市町村が使い道を決めるようにしたらどうだろうか。

もちろんその市町村に配分される総額は、子ども手当の支給対象人数でカウントする。これを全額配ってもいいし、たとえば半額を配って、あとの半分は子育て支援に使うというのでもよい。
これを市町村に選んでもらうのだ。
全額を配りたいというところもあれば、保育所の整備に一部を充てたいというところもあるだろう。学校給食費を無料にしたい、というところもあれば、こどもの医療費負担を軽くしたい、というところもあるだろう。育休中の休業補償を充実させたいというところもあるかもしれない。

中央政府が一律に決めるのではなく、地域の判断で使い道を決める。しかも、それは子育て支援のために必ず使われる。

子ども手当の費用負担や、子育て支援を含めた国と地方の役割分担は、地域主権戦略会議で議論されることになっている。地域主権時代にふさわしいプランだと思うのだが、地域主権戦略会議議長の鳩山総理、いかがですか?


ふるかわ 拝

平成22年3月23日(火)
第351号「早稲田佐賀開校」

早稲田大学系属佐賀中学校・高等学校がさる17日に開校した。九州ではじめて早稲田のような大学の系属校ができたということだけでも意味は大きいと思うが僕にとってはそれ以上の意味もいくつかあった。

ひとつは、この学校の立地場所だ。ここにはもともと県立唐津東高校という伝統校があった。それが郊外に移転することになった。その結果、お城の隣りという好立地の、しかも市街地にある校舎と建物が空いてしまうことになった。その場所に早稲田の立地が実現したということだ。おかげで中心市街地の空洞化に歯止めをかけることができた。しかも、もともと土地も建物も佐賀県のものだったのだが、今回早稲田の誘致にあたっては、唐津市がこの土地と建物を佐賀県から買い取ることになったため、佐賀県としては臨時的な収入増にもつながった。
ふたつめは、早稲田佐賀の実現は、僕が知事になってから取り組んだはじめての大型プロジェクトだったということだ。佐賀城本丸歴史館や九州シンクロトロン光研究センターなど僕が知事になってからオープンしたものはいくつかあるが、それらは前知事の時代からこつこつと取り組まれていたもので、それぞれ価値は大きなものがあるが、僕が発案したというわけではなかった。
その点、この早稲田の話は、僕になってからの話だった。早稲田大学の同窓会「稲門会」の佐賀支部の会合に白井早稲田総長がお越しになることがあり、僕がごあいさつに行ったことがあった。知事就任直後の平成15年の夏のことだったと思う。
そのとき、総長から「佐賀は大隈候ゆかりの土地。系属校のようなものがあってもよいと思う」というお話があった。これがすべてのスタートだった。条件としては、土地と建物を地元自治体が準備をすること。学校法人を設立するのに必要な資金の調達をすること、のふたつだった。挑戦してみたい。僕は了解した。

さっそく大学側にも担当者を決めてもらい、学校開設準備を進めるため、有識者にもメンバーに入ってもらって開設準備委員会が発足した。

県庁内にもチームを作った。県庁には私学を所管している課があるが、私学の監督や認可を行う課だから、そこが担当するわけにはいかない。別の部署に担当を設け、早稲田佐賀の実現に向けて動き出した。

もちろん、最初は大隈侯の生誕地である佐賀市における立地を目指した。ところがなかなかいい場所がない。しかも、建物と土地を市が買ってそれを学校法人に貸すという手法をとることになるがそれには多額の資金が必要になる。佐賀市の場合、それをクリアする財源調達手段もネックとなった。

佐賀市では立地できそうにない状況の中、大学側としては佐賀市だけではなく、広く佐賀県であれば問題ない、という考えが示され、そうであればということで県内で何か所か見てもらうことになり、その結果、唐津をいちばん気に入っていただいた。ただ、僕らとしては、本当に佐賀市でなくていいのか、という思いもあり、佐賀市から再度候補地を提案してもらったが、結果的にそれを上回る内容の提案が唐津市からあったということだった。

こうして早稲田佐賀は唐津に立地することになった。早稲田大学を大隈侯とともに設立したのは唐津藩の天野為之氏だったし、理工学部を創設したのは唐津鉄工所の生みの親の竹内明太郎氏だった。びっくりするくらい唐津と早稲田との関連が出てきた。坂井市長のご決断もあって九州経済界や地元の唐津市内外の会社・市民のみなさんからの大きなご寄付をいただき、今回の開校に至ったのだった。

ところで、手話で佐賀県をどう表現するか、ご存じだろうか?ちょっとこのサイトをみてほしい。
http://homepage2.nifty.com/cyacyamaruHP/syuwa/todoufuken.htm#

このサイトは都道府県を手話でどう表現するか、を教えてくれる。
ここで「佐賀」をクリックしてほしい。「佐賀県」を手話で表現すると「帽子の房」になる。それは大隈重信侯が創設した早稲田大学の角帽についている「房」から来ているのだ。
(このサイトの答えの中の「大隈」の字が間違っているのがご愛嬌だけど。)
つまり、手話の世界では佐賀県のシンボルは大隈重信侯ということになっている。

その大隈侯創設の早稲田の関連学校がようやく佐賀県に誕生した。早稲田大学がそうであるように早稲田佐賀からも次世代のリーダーたちを大いに輩出していただくことを心から期待したい。


ふるかわ 拝

平成22年3月16日(火)
第350号「普天間問題」

普天間問題なう

といってもツイッターじゃない。


3月10日、僕は、普天間基地の機能の一部を有明佐賀空港に移設するという案に反対することを議会に伝え、公表した。
(そのときの記者とのやりとりは、ココ↓
http://www.saga-chiji.jp/hatsugen/comment/10-3-10-2.html)

これまで僕は、議会や記者会見では、反対を表明してこなかった。それなのになぜこういうことにしたのか。

それまでは「社民党が佐賀空港を移設先の候補地のひとつとすると考えている」といううわさはあったものの、社民党本部に確認するとそのたびに否定されてきた。それが3月10日に至り、社民党から政府の検討委員会に提出された資料に佐賀空港の名前が盛り込まれている可能性が大きいことが判明したからだ。
しかも党本部はそのことを否定しなくなった。

社民党は以前から佐賀空港に関心を示してきていた。
1月19日には、社民党所属の照屋寛徳代議士が佐賀空港を視察された。その際、僕との面談も当初は希望されていた。照屋代議士は、社民党の沖縄基地問題対策プロジェクトチーム(PT)の座長だ。与党を構成する党の、そういう立場の方がお見えになるということであればお会いする必要があるかもしれないが、一般的な視察であれば、現場の責任者が対応させていただきたいと思って、その点を確認した。すると「党としての正式な視察ではなくあくまでも個人的なもの」とのことだった。連絡も党本部からではなく照屋事務所から来た。
そうであれば、ということで代議士がお見えになったときは現場が対応した。
代議士は佐賀空港のことを「ベストロケーション」と評された。
このことについて、社民党本部に確認をとったが、社民党本部としてはあくまでも国外移設を目指しているという答えだった。

3月3日にテレビニュースで、「阿部社民党政審会長が普天間基地の移設に関し、政府に提出する資料に佐賀空港など本土の空港を入れることにした」という報道が流れたときもそうだった。僕らは、地元の社民党県連に事実確認を要請した。もとより、社民党佐賀県連としてもすでに動かれていた。ニュースが流れた翌朝に常任幹事会を開催し、そこで党としての正式なコメントを出すことになった。そして翌朝、なかなか会議結果が届かないまま、僕はこの問題に関する県議会の一般質問に対する答弁に臨んだ。ちょうどそこに社民党からの回答がきたというペーパーが渡された。
そのペーパーにはこうあった。「本日、常任幹事会を開催し、以下の事項を確認した。『あくまでも5月までグアムという国外移設を主張し、全力を尽くす』」

すなわち、社民党としては佐賀空港を候補地とすることはせず、あくまでも国外移設をめざす、ということが明らかになった。
少なくとも僕はそう理解した。

ところが、そのことが数日後、一変する。

発信源は社民党オフィシャルサイト。3月8日、社民党は政府の検討委員会に資料を提出した。どういう資料が提出されたのかは公開されていないが、3月10日に、そのオフィシャルサイトからリンクが張られている党書記局職員のブログにこう書かれていることが判明した。↓
http://pub.ne.jp/syokota/?entry_id=2783150

これはどうみても社民党が政府に出した資料ではないか。
しかも、そこには国内移設案の移設先候補地について、「@これまで非公式に検討された経緯のあった、あるいはあったと報じられた場所、A既存の自衛隊基地・米軍基地、B不採算で撤退が検討されるなど受け入れ可能性があると思われる地方空港、を中心に検討した。」とある。たしかに具体的な地名はそこに書かれていないが、別に提出された資料には、候補地として佐賀空港ほかいくつかの地名が挙げられている可能性があるのではないか。その点を再度、県連を通じて社民党本部に確認していただいた。すると「内容についてはノーコメント」という回答が返ってきた。
これまでは社民党本部は佐賀空港という可能性について否定してきた。数日前まではそうだった。あくまでもグアムなど国外への移転をめざす、とされていた。それが急に「ノーコメント」になった。これは佐賀空港が含まれている可能性は「大きい」と思うべきなのではないか。

ここに至って、佐賀県としては、社民党が普天間基地の機能の一部移設先として佐賀空港を候補地の一つにしている、という認識に立つことになった。

ところが、そもそも佐賀空港は、民間機利用のための空港だ。長い時間かけて地元のご理解をいただいて建設にこぎつけた際にも、「県は佐賀空港を自衛隊と共用するような考えを持っていない」という考え方を当時の県が示している。
当時の地元との話し合いには米軍のことは出てこないが、推して知るべしだろう。

ということであれば、普天間基地の機能の一部を佐賀空港が担うことについては県民の理解が得られないと考え、そう公表したのだった。

そのときの知事コメントはココ→ http://www.pref.saga.lg.jp/web/_37446.html

僕は、いまでも佐賀空港が普天間基地の機能の一部を担うことができるとは考えていない。だから、社民党が政府に提出した資料の中にかりに佐賀空港の名前が出てきていたとしても現実的ではないと考えている。
その理由は以前にこのコラムに書いたとおりだ。

だから、正直にいえばこういうカタチで名前を出されて迷惑千万だと思っている。
政府には一日も早く責任ある検討結果を示していただきたい。


ふるかわ 拝

平成22年3月9日(火)
第349号「これからのグリーン車とは」

こないだ東京に行って東京メトロに乗っていて、ふときづいたことがあった。
それは高齢者などへの優先席のことだ。僕のイメージでは、あれは首都圏では「シルバーシート」と表現されているものとばかり思っていたら、「優先席(courtesy seat)」と書いてある。もう、「シルバーシート」ではないのだ。たしかに高齢者だけを対象にしているわけじゃないし、そもそもシルバーという言葉を高齢者をあらわす表現として使うのは英語的には変とか(英語ではむしろgrey)言われていたしな。
それにしても courtesy seat か。
courtesy というともともとは礼儀という意味だと思っていたので、このcourtesy seat という表現自体とても新鮮だった。関西の鉄道の多くではpriority seat と表記するとのこと。こんなところまで関東関西あるのかと思っていたが、僕の記憶だと東京でも、東京メトロではなく都営地下鉄のほうはpriority seatと 書いてあったように思う。まあ、どちらでもいいみたいだ。

僕がときどきお世話になっている佐賀市営バスにも「優先席」 がある。英語表記はpriority seat。昔は車内放送で「黄色い愛の優先席が設けてあります」と流れていたように思うのだが、いまは優先席の表示のベースの色はグリーンになっている。昔は黄色が注意を喚起する色だというので目立つようにその色にしていたのだろうが、最近では逆にそれがあまりスタイリッシュではなくなってきているのかもしれない。
黄色といえば、UDの関係で点字ブロックを整備するとき、その点字ブロックの色は原則として「黄色」にすることになっている。が、この黄色のブロックが場所によっては目立ちすぎでどうもほかの部分と調和を欠くことがある。黄色といってもいろいろで、植物のイメージでいえば、やまぶき、おみなえし、ひまわり、うこん、なのはな、と、本来はさまざまだと思うのだが、点字ブロックを作っているメーカーに聞いたところ、そうした色に近い色も準備されてはいるものの、「黄色」というと一種類しかないそうだ。
たしかに原則として「黄色」と書いてある以上はなるべくそれに従いたいが、ただ目立てばいいということではないはずだ。いろんな黄色があっていいと思う。だが残念ながら「黄色」に関していえば、ビニルとか石とか材質を選ぶことはできたものの、黄色の微妙な色合いを選択することはできなかった。点字ブロックというと福祉的な色あいが強いのだが、そういうところにもできるだけ色が選べるようにならないのか、とあらためて思った。

ところで、佐賀市営バスの優先席の表示の色はグリーンがベースになっている、とさっき書いたが、JRにグリーン車というのがある。これはどういう車両かといえば、かつての一等車だ。その存在に問題はないと思うが、グリーン車という言い方、呼び名がどうもひっかかりはじめた。
いまの世の流れからして、「グリーン席」とか「グリーン車」というのは、環境対応型でないと変なのではないか。
たとえば、車両の冷房温度を28度にするとか、飲み物サービスについてはリサイクルされたカップでコーヒーを出すとか、そのコーヒーもフェアトレードで生産された有機無農薬のものを使うとか。
さらにいえば、袋に入れて折りたたまなくとも自転車を持ち込むことができる車両こそ、「グリーン車」にふさわしいのではないか?
ただ、ゆったりしているというだけの車両の場合は、飛行機のように「プレミアム車」とでもしたほうがいいのではないだろうか。

自転車を持ち込むことをJRに認めてほしい、というのはいいように思いません?
佐賀県をはじめとする地方の場合、列車で通勤通学しようにも駅までと駅からの問題があるのだ。自宅から駅まで自転車で行って、それをそのまま持ち込んで下車駅で自転車も降ろしてそこからまた、というバイコロジースタイルって悪くないと思うのだがなあ。


ふるかわ 拝

平成22年3月2日(火)
第348号「バンクーバーオリンピック」

バンクーバーオリンピックが終わった。終わってみればなんだか消化不良のようだが、僕はこのオリンピックがある一点における新しい時代の幕開けだったと思う。
その一点というのは、これまで戦後長い間民族的な意味における「日本人」だけで構成されたきた「日本選手団」に、ダイバーシティの波が押し寄せたという点だ。
逆に、民族的には日本人であっても日本以外の選手団の一員としてオリンピックに出場した人たちがいるということも、このオリンピックで明らかになった。
アイスダンスのキャシー・リード、クリス・リード姉弟は、米国育ちで外見は典型的な日本人には見えないが、母親が日本人ということもあって日本代表になっている。一方、スケート・ペアの川口悠子選手はロシア代表だし、フィギュアの長洲未来は米国代表。
なんだか、駅伝や国体でのふるさと選手とだんだん似てきたような気もするが、こういう時代なのだろう。

そもそもオリンピックは国と国とが競争する場ではない。
オリンピック憲章にもこう書いてある。

第1章
6  オリンピック競技大会
1 オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。

その考え方から、同憲章において、「表彰式・メダルと賞状の授与式」の項には、「授与式はIOCプロトコール・ガイドに従って行わなければならない。」と定められていて、そして付属規則においては次のように書いてある。
(厳密にいえば、現在有効である2007年改訂版の付属規則は発見できなかったため、以下は2003年版から引用した。ただ、おそらく現在も変わってないと思われる。)

1 表彰式

メダルは、『オリンピック競技大会』の開催中に、IOC会長(もしくは会長が選んだ委員)によって、関係IFの会長(またはその代理)の立会いのもとに、できればその種目の終了直後に、競技がおこなわれた場所でつぎのように、贈呈されるものとする。
1位、2位、3位の競技者が、公式の服装もしくは競技用の服装で貴賓席に面した表彰台上のそれぞれの位置に立つ。
優勝者の台は、その右側に設けられた第2位の競技者の台および左側に設けられた第3位の競技者の台よりわずかに高い。
彼らの名前、および他の入賞者の名前が読みあげられる。優勝者の所属する派遣団の旗がセントラル・ポールに掲揚され、第2位、第3位の競技者の所属する派遣団の旗も競技場に向かってセントラル・ポールの左右に並んで立つ旗竿に掲揚される。優勝者の所属する派遣団の歌(短縮したもの)が演奏される間は、メダル受賞者たちは旗の方向を向いていなければならない。



ね、そうなんです。国旗や国歌とは書いてない。国という概念が使われるのは「開催国」ぐらいで、しかし、だからといって国がオリンピックを開催するというわけではない、ということも憲章には書いてある。

第5章 (2007年版)
33  オリンピック競技大会の開催
2 オリンピック競技大会を開催する栄誉と責任は、オリンピック競技大会の開催都市に選定された都市に対し、IOCによって委ねられる。

オリンピック開催の栄誉と責任は、「都市」に与えられている。
こうしたことを考えれば、ある人がどこの選手団から出るのか、ということにあまりムキになる必要はないのかもしれないが。

そういえば、昨年ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士はアメリカ国籍だが、日本ではわが事のように喜んだ。
一方、スケートショートトラックのオーノ選手(アメリカ代表)は日本人の父親とアメリカ人の母親との間に生まれているが、優勝しても日本ではあまり話題になっていないように思う。

本格的なボーダレス時代を迎え、私たちの暮らす日本社会はこれにどういう態度で向かいあおうとしているのか。オリンピックが残したものは、その問いかけだったように思う。


ふるかわ 拝