2011年10月

平成23年10月25日(火)
第432号「戸田奈津子さん おひさしぶり」

少し前、久しぶりに新作の映画を観た。作品は「猿の惑星:創世記」。「猿の惑星」シリーズに興味があった、というよりは、この新作について、9月に佐賀に来ていただいた映画字幕翻訳家の戸田奈津子さんからお話を聞いていたからだ。
映画の中の猿は実は人間がやっている、というのだ。(古川 注 すべての猿ではなく、一部のようですが)。
「実際には人間が動いて演技をしてるんだけど、猿ほど手が長くないので、演じている人間は、手に棒のようなものをもってそれで猿と同じくらいの手の長さを実現して、それをもとに映像を作り上げてあの映画になっている」というお話を伺い、それでは映画では実際にどうなっているのかを確かめたかった。

当たり前だが、裏でそういうことが行われたことをまったく感じさせないつくりになっていた。(どうでもいいことだが、「猿の惑星」が公開された1968年、「2001年宇宙の旅」も公開されている。もちろん、その年は「猿の惑星」のほうが配給収入は多かったのだが、数年たつうちに「2001年宇宙の旅」のほうが大きくなった。)
さて、戸田さんに来ていただいたのは、「午前十時の映画祭」のイベントだった。戸田さんが字幕を担当された映画の上映に合わせて佐賀に来ていただき、僕とトークショーをやろうということでお越しになったのだった。
戸田さんとは7年ぶり。2004年の伊万里・黒澤映画祭のとき以来だった。あのとき、「当たる映画ってあるんですか?」と尋ねたら、「インディアナ・ジョーンズなんかはもうやる前から当たるってわかるでしょ」って答えられた。ふつう、「インディ」ジョーンズなのに。さらりと「インディアナ・ジョーンズ」と原題を口にされたのがかっこよかったのが印象的だったが、今回もとても素敵なお話しをたくさんいただいた。

ただ、前回と比べて、映画のこれから、に対する危機感というものをもっておられるように感じた。
たとえば、「午前十時」で上映している映画はニュープリントのフィルムで上映されているわけだが、最近はデジタルの映画館が増え、そういう映画館では、フィルムが回っているわけではなく、電波が飛んでいるだけ。もう「ニューシネマパラダイス」のような時代ではない、という。
あと、字幕そのものに対する好みの変化も。
字幕がこれだけ丁寧にせりふとぴったり合う形になっているのは日本だけだが、それはもともと日本人が字幕好きということがあったから、と戸田さんは言う。
この日本人の字幕好きの性格が変わってきつつあるという。最近、字幕よりも吹き替えを好む人が増えてきているらしいのだ。
それには、DVDの普及が大きいのではないか、と戸田さんは分析している。DVDは字幕も吹き替えも選ぶことができる。いま、映画館に足を運んで映画を観る人よりもテレビやDVDで観るという人が大多数ということを考えれば、「映画館で字幕で観るのが当たり前」という時代ではなくなっているようだ。

この日トークショーの前に上映された作品は「ある日どこかで」というアメリカ映画だったが、戸田さんは「私も観るから」と最初から最後まで観ておられた。
どうでしたか?と尋ねたら「なあんにもおぼえてなかったわ」とけろりとおっしゃる。
こちらはなんとなく言葉に困っていたら、「たくさんやってるから、覚えてないのもあるのよ。でもこれだけ最初から最後まで覚えていない映画も珍しいと思うわ」
と言われた。まあ、そういうのもあるだろうなあ。その辺が飾り気がなく、まことに気持ち良い。

「午前十時の映画祭」は昔の名画を一週間交代で1年間かけて上映し続けるという前代未聞の上映方式。佐賀市内のまちなかにある「シエマ」で連続上映している。
僕は20年くらい前から「人類共有の財産ともいえる名画を次の世代の人たちが観ることができるしかけが必要」ということを訴えていた。「シネマ・クラシックス100」という構想を考えていたこともある。まさに、それが実現したのがこの「午前十時の映画祭」だった。これが佐賀市の映画館で楽しむことができるというのはほんとに夢のようだと思う。

僕が中学生のとき、美術の時間に、リバイバル上映されていた「モダン・タイムス」(チャップリン主演)を観に行くように、という指示が美術の先生から出され、それを観に行き、その感想を絵にしてその次の時間に書いたことがあった。なんと素敵な美術の授業だったのか、と思う。
どんな形でもいい。学校や地域で次の世代を担うこどもたちに、スクリーンで、しかもフィルムで名画を楽しむという経験をさせてもらえればと願う。


ふるかわ 拝

  平成23年10月18日(火)
第431号「新鳥栖駅のもうひとつの自慢」

新鳥栖駅のもうひとつの自慢があの建物=駅舎だ。今年、「ブルネル賞」という、鉄道分野で唯一の国際デザインコンペの大賞を取った。
この賞は、世 界約20か国の鉄道関連の建築家、デザイナーらで作るワトフォード・グループが設けているもので、だいたい3年に1度開催している。今回も世界15か国か ら150点の応募があった。その中で新鳥栖駅の駅舎が大賞を受賞したものだ。九州新幹線のほかの駅の駅舎も応募したのにこの大賞は取れておらず、それだけ でも誇らしいではないか(ちなみに新玉名駅は奨励賞を受賞している)。先週の金曜日、10月14日にワシントンD.Cで授賞式が行われた。

実は、この駅舎はとても難しい条件の下に建設された。
こ の新鳥栖駅はもとから設置が予定されていた駅ではなかった。東西に走る長崎本線の上に九州新幹線が南北にクロスして走るだけのことで、そこに駅を作る計画 はなかったのだ。鹿児島本線の南福岡駅と笹原駅の間に西鉄大牟田線とクロスするところがあるが、あんな感じだったのだ。その後、西九州ルート(長崎ルー ト)を建設することになれば分岐駅としての機能も果たせる駅が必要ということになり、新鳥栖駅が設置されることになった。

もともと駅を 作る予定のなかったところに作ることにしたので、いろんなことが間に合わなかったがそのひとつが「高さ」だった。もともと乗り換え駅を予定していれば、新 幹線をもう少し高くして、長崎本線との乗り換えをする空間を十分確保し、UD対応ができるような駅にできたかもしれない。だが、駅を作ることを決めたとき にはそれは無理だった。
だから、若干乗り換えがしにくい部分があるのは否めない。そういう条件の下では、徹底的にUDにこだわった駅にはしたつもりだが。
たとえば、新鳥栖駅を出たところに屋根のついた誘導用ブロックが続いている通路がある。屋根は最低限、車の乗降場所まで伸ばして、運転手以外は雨にぬれずに車に乗ることができるようにした。
ほかにも、長崎本線南側の駐車場を利用される方のために、線路をまたぐ自由通路には、エレベーターに加え上りのエスカレーターを設置した。
少しUDからはずれるがトイレにもこだわった。団体客でも利用しやすいように便器や個室の数を多めにしたり、女子トイレには化粧直しができるようにパウダーコーナーも追加した。

ともかく、そういう苦労してできた駅だけにこうして世界的な賞を受賞できたのは心から嬉しい。

ところで、この2011年のブルネル賞、駅舎で大賞を受賞したのは世界で8つ。日本からは2つだった。もうひとつは、北海道・岩見沢駅の複合駅舎だ。
この駅舎を設計したのは佐賀市出身の西村浩さん。いわば佐賀県関連でダブル受賞という感じだ。この岩見沢駅の駅舎は日本建築学会賞やグッドデザイン大賞も受賞していていわば西村さんの代表作ともいえるものになっている。

その西村さんは、いま、佐賀市のまちなか再生に全力で取り組んでいただいている。
生まれ育った佐賀市のためにいろんな提案をしてこられ、その一部はたとえばまちなかのコンテナプロジェクトなどとして実現してきつつある。
これからまちなか再生の動きが本格化していくなか、どういうかたちが見えてくるのか、その動きも楽しみだ。


ふるかわ 拝
 
平成23年10月11日(火)
第430号「新鳥栖駅の使い方」

新鳥栖駅ができて半年となった。「予想どおりの数字」ではまだないようだが、それはつばめやさくらの停車本数、内容がこちらの希望通りにいってない状態の中なので、仕方ないとも思う。利用増のためには何よりダイヤの改善と停車本数の増が必要ということで開通以来運動してきたが、来年3月のダイヤ改正に向けてもう少し頑張らなければならない。

実は、この新鳥栖駅はいろんな使い方があると思っている。九州を回る観光バスの発着拠点に、というのもそのひとつだが、それ以外に、マイカーが普及している九州ならでは、というのもある。
というのも新鳥栖駅は駐車場が広くてしかも24時間100円と安い。つまり新幹線を使ってどこかに行くとき新鳥栖駅まで車で行ってそこに置き、帰りも新鳥栖駅から車で帰る、というのがおすすめできるのだ。

もちろん、新鳥栖駅に近いところに住む人はそうさ、と思われるかもしれない。でもそればかりでもない。
たとえば、佐賀から新大阪まで乗るときのことを考えてみたい。正規運賃料金だと往復33,060円。佐賀ー新大阪「往復割引きっぷ」だと26,400円。(いずれも博多まで在来線利用。いずれも指定席)

これがかりに新鳥栖駅まで車で行って、そこに車を置き、新鳥栖駅から新幹線で新大阪まで行くとすると、直通のさくらで行っても、博多でひかりに乗り換えても特急料金は同じで、新鳥栖から新大阪間往復31,380円。(のぞみだと往復31,980円)
(ちなみに鳥栖駅から新大阪駅までは正規運賃料金だと32,520円だが、佐賀ー新大阪の「往復割引きっぷ」を買ったほうが安い(26,400円)。)

まとめるとこうなる。「往復割引きっぷ」が使える場合には、という条件付きだが、佐賀・新鳥栖・鳥栖と新大阪との往復については、往復割引切符で博多まで在来線を使った場合と、新鳥栖ー博多間で新幹線を使った場合とでは、往復で4,980円(31,380−26,400=4,980)、片道あたりに直せば2,490円の差となる。
ただ、所要時間は新鳥栖から新幹線を使った場合、新鳥栖ー新大阪間がだいたい2時間55分程度で3時間を切る。新鳥栖ー博多間に在来線を使った場合は、3時間15分ぐらいかかる。つまり20分ほど違いが出てくる。これを2,490円の価値と見るかどうか。
また、新鳥栖駅から新幹線にのれば、博多駅で乗り換えるとしても在来線と新幹線の乗換改札口を越える手間がいらない。うまくすれば博多駅で向かい側のホームの新幹線に乗り継ぐこともできる。家から駅まで車で行って、そこから即・新幹線。乗換なしまたは楽な乗換で行ける、というのが可能になる、ということになる。

さらに、途中下車するなど「往復割引きっぷ」の要件を満たさない場合はもっと差が縮まる。通常の正規運賃料金で計算すると、佐賀ー新大阪は33,060円。新鳥栖ー新大阪が32,520円(博多まで在来線を使用時)となり、新鳥栖ー博多間で新幹線を使って新大阪を往復した場合の31,980円(いずれも博多でのぞみに乗換)とほどんど変わりない。

今回、いろいろ計算してみて僕としてひとつの発見だったのは、新鳥栖から新幹線に乗って博多駅で乗り換える場合、新大阪直通のさくらに乗る場合と比べて特急料金が高くなってしまうのではないかと思っていたが、そうではなく、新大阪直通のさくらに乗る場合も、博多駅で乗り換える場合も、新大阪までの特急料金は同じ、ということだ。
このように見ていくと、新鳥栖から新幹線というのも悪くない選択肢ではないかと思う。

P.S 
また、鳥栖市近郊の方にとってのグッドニュースとして、10月1日から新鳥栖ー博多の新幹線利用2枚きっぷが1枚あたり1,100円で発売開始された。鳥栖ー博多の在来線特急利用の2枚きっぷがこれまで800円だったのと比べるとたしかに在来線より高いが、在来線の場合は博多までの所要時間がだいたい23,4分かかることが多いのに対し、新幹線だと13,4分で約10分程度早い。さらに車で駅まで行くことを考えると、鳥栖駅の近くにはなかなか車を止めるところがなく、橋を渡って駅の向こう側に行く必要があるし、駐車料金も一日当たり300円くらいのところが多い。それを考えると、駅前に一日100円で止めることができる、というのは無視しがたい価値ではないだろうか。これからはこうした新鳥栖ー博多間の利用も増えていくに違いないと僕は思っている。

P.P.S
そうそう、新鳥栖駅にはもうひとつ自慢すべきことがあった。それはまた次回。


ふるかわ 拝

平成23年10月4日(火)
第429号「最終報告を受けて」

9月30日、九州電力の第三者委員会の最終報告が出た。
http://www.kyuden.co.jp/

今回の一連の問題については、退任あいさつのために九電幹部と私が面談した際に、当時の再起動をめぐる情勢について話をしたことが問題であると指摘されているのは事実で、心から反省しているところである。これからはより慎重に事に当たっていきたいと考えている。
県民の皆様、県議会の皆様にご迷惑をおかけしていることに対し、心からお詫び申し上げたい。

第三者委員会は、九電のメール事件を受け、再発防止と組織風土の改善のために設置された委員会で、短い時間ながら、精力的に調査を進められ、今回の最終報告に至ったもので、郷原委員長はじめ関係者の方々のご労苦に対して、まず敬意を表したい。佐賀県としては、最終報告に記載されたいくつかの事柄については見解を異にする部分もあるが、そうであっても全体として再発防止のための分析と提言がこと細やかに行われていると認識しているところである。
今回の最終報告においては、佐賀県との関係でいえば、これまでの中間報告に記載されていたことが多く、それに加えて2005年のプルサーマル公開討論会に関して、当時、佐賀県当局に対し、九電がシナリオを渡していたのではないか、ということなどいくつかのことが新しく記載されている。

メール問題に関していえば、これまでも申し上げてきているように、私が6月21日の九電幹部との面談の際に、九電に対しやらせメールを要請した、ということはない。当時作成されたメモについても、私の発言とまったく違うことが書かれてある、とは言わないが、項目は合っているにせよ、発言の内容やニュアンスはかなり違うところもある。どこがどう違うのかについては、議会で答弁申し上げてきているが、代表的なことで申し上げれば、九電に対し、「意見だし」をお願いしたわけではない。経済界などに再稼働に賛成するという声があるのであればそれを出すことも必要、という、いわば私の持論を申し述べたということであって、それをもって私がやらせメールを要請した、ということにはならないと考えている。

このほか、5月17日の原子力安全・保安院の佐賀県に対する説明の際、事前に、あるいは当日の説明の最中に、佐賀県側から「賛成投稿が少ないので九電に出してほしい」と頼んだとされているが、これについても事実関係は最終報告とは異なっている。

これら、メール問題や保安院説明時問題については、事実関係について、第三者委員会と当方の認識について違いがあるところは否めない。

ただ、最終報告書に新たに記載された2005年12月のプルサーマル公開討論会に関しては、中間報告書が出された後に新聞で、九電の動きを佐賀県が事前に知っていたのではないか、というようなことが報道されたことを受けて、これまでも当時の担当職員に事実関係の確認をしてきた。今回、関連資料が公にされたことでもあり、このことについては引き続き、調査を続けていきたいと考えている。

この問題に関しては、この週刊yasushiでもいつか説明しなければ、と思っていたが、議会での説明との整合性の確認(議事録ができてくるのを待っていました)や最終報告を見てみたかったこともあり、このタイミングになってしまったこともお詫び申し上げたい。

まだ、引き続き、2005年の問題については調査を続けていくことになるが、こうしたことで長い間、いろんな意味でご心配、ご迷惑をおかけしていることをあらためてお詫びしたい。


ふるかわ 拝