2011年4月

平成23年4月26日(火)
第406号「ホイールチェアビークルと電気自動車」

4月13日(水)、選挙が終わってすぐに、一台の車が県庁前でお披露目された。
その名もホイールチェアビークル。なんとなく、おわかりかもしれないが、ホイールチェア(車いす)のまま乗ることができるビークル(乗り物)のことだ。どういうものかはこの写真をみてほしい。

これについては、去年嬉野で開かれたUD全国大会のときこのコラムで紹介したのだが、要するに車いすごと乗ることができる自動車なのだ。
そのときに書いたコラムを引用すると以下のとおり。

「その名のとおり車いすのまま乗り降りすることができる軽自動車みたいなもの。これを開発した人は東京モーターショーでコンセプトカーを作ったりしているのだが、あるとき「こういうの、作ってみようか」と思い立って作ってみたらしい。わりと簡単に出来上がったので、そのとき考えたのは「きっと誰かがすでにやっているに違いない。権利関係でバッティングしているところはないか。」ということだったという。結論からいえばバッティングは杞憂で誰もやってなかったらしい。逆にいえばそれだけいろんな機器開発がまだまだだということでもある。この車は来年の4月に発売される。」

そう、その4月がやってきて発売がスタート。その第一号が県内に導入される。
初夏には佐賀嬉野バリアフリーツアーセンターを通して貸し出される予定だ。
このクルマ。とにかくかっこいい。車椅子ごと乗れる(一人乗り 屋根はない)のだが、もともと作っている会社がデザイン会社だけあって、車いすに乗っていない僕でも乗りたくなる。実際、試乗会をしたら、みんなが乗りたがった。そして、それぞれが(まだ公道を走ることができないため)、県庁の敷地内を走り回って乗り心地を確かめていたが、「これはほしい!」と言っていた。
燃料は電池。だから電気で充電して走ることになる。ある意味、電気自動車の一種ともいえる。

その一週間後の4月20日(水)、もうひとつの電気自動車の導入式が行われた。
日産「リーフ」を佐賀県として7台導入し、併せて県内7か所のファミリーマートに急速充電スタンドを設置することについて、日産自動車、ファミリーマートと佐賀県との三者連携締結式が行われた。
電気自動車は、いまの節電の世の中にもったいないのでは、と思われるかもしれない。ところが実際に被災地に持ち込まれた電気自動車は大活躍だった。というのも、被災地では昼間は電気が不足しているのだが、夜間は余力がある。
電気自動車はその夜間の電力を使って充電し、それで昼間走ることができた。
現地は極端なガソリン不足。そんななか、ガソリンを使わず、夜間の余剰電力で充電して走る電気自動車はとても重宝がられたという。

この「リーフ」、便利な機能がいろいろある。たとえば、時間を決めて充電をスタートさせる機能だ。
「午後10時から充電をスタートさせよ」という指令をiPhoneのアプリを使って指示することができたりする。なぜ時間指定を?午後10時から夜間電力料金で安くなるからだ。
このアプリを使えば時間を指定してエアコンを始動させることもできる。いまの時代、いささかもったいない気もするが、たとえば今から車に乗るぞというとき、家の中からエアコンを始動することを指示しておけば乗るときには適温になっているということなのだ。これによってできるだけ家庭内電源を使うことでバッテリーの持ちを長くしたい、ということからなのだが、こうした車の未来がこの電気自動車には詰まっている。

佐賀県は家庭用太陽光発電では日本一の普及率。これからは工場用太陽光発電やメガソーラーについても取り組みを進めていきたいと思うが、電気自動車についても高いレベルで普及させ、それによって家庭が小さな発電所になるような、そういう社会をめざしていきたいと思う。


ふるかわ 拝

平成23年4月19日(火)
第405号「震災後初東京」

4月18日(月)。3月9日以来40日ぶりに東京にでかけた。震災後はじめての東京ということになる。
東京発の情報というのは多くの場合、東京の人が作っている。東京の街で何が起きているのか、は東京の人は知っている。だから、あまり東京の状況を報道・放送しようということになっていないのではないかと思う。僕はいまの東京がいったいどういうことになっているのか、皆目見当がつかなかった。

たとえば、僕は以下のようなことがわからなかった。
東京の鉄道は元通りになっているのか?
道はそれまでより混んでいるのか空いているのか?
タクシーやバスはこれまで通りなのか?
百貨店は通常営業なのか?
レストランはどれくらい混んでいるのか?もう通常レベルに戻っているのか?
たとえば、「行列のできる店」や、「数か月先まで予約が埋まっているレストラン」の状況は?
深夜テレビはやっているのか?
計画停電はなくなったと聞くが節電はどれくらいのレベルで続いているのか?
節電について、一人の旅行者として気をつけるべきことは何なのか?
たとえば、水の利用について、買い物について、鉄道の使い方について、新しくルールになりかけていることやお約束というものがないのか?
コンビニをはじめとしてお店の店頭に物はあるのか?
野菜や魚はどうなっているのか?
映画館は上映しているのか?ライブハウスでの公演はどうなっているのか?
歌舞伎町などはどうなっているのか?
銭湯は営業しているのか?
東京の人がふつうに身に着けるようになったものが何かあるのか?いまだに電池を持っていけば喜ばれるのか?
久々に会った方とは何か特別な挨拶をすることが一般的に行われているのか?
夜は早く家に帰る、とか新たなライフスタイルが生まれつつあるのか?

東京に暮らしている人であれば「それはね」とすらすらと答えられると思うけれど、住んでない人間にはわからないものなのだ。
とはいえ、一日東京でばたばたしているだけでは、わかったことはほとんどなかった。ただ、エレベータの動いている台数は少ないし、(その分混んでいるし)、訪問したICT企業の本社ビルも暗くて夕方みたいだったし、節電についてはかなり実感。なんか不安の薄いベールに東京の街が覆われているようだった。

さて、今回の出張、まず訪問したのが大田市場だった。
佐賀県産の農産物をもっとも多く扱っていただいているのがこの市場。なによりその動向が気になった。
いろんなものがさまざな打撃を被った今回の震災だが、たとえば、キクの値段が半分になったりもした。キクをはじめ花の値段が下がったのは、産地から西日本に出荷が集中したところに自粛が追い打ちをかけて消費が大規模に減ったため、だ。イチゴの値段も下がった。イチゴのように洗って食べないといけない果物は、水が貴重品になった瞬間、がくっと消費量が落ちたという。
そういうものの動きがどうなっているのか、これからどうなるのか、知りたかった。もちろん、僕らが被災地や被災者にしなければならないことは何かということを、こういう機会を通しても知りたかった。

朝8時半なのに全体として薄暗い大田市場の事務棟の一角にある会議室で、東京青果の川田社長やサン・フルーツの長谷川専務をはじめとする関係者の方とお話しできた。
基本的には市場全体の動きはほぼ震災前に戻ってきたということだった。まずほっとした。
ただ、「とはいいながらもこれからが大変になるかもしれません。」ともおっしゃる。
「これまでは冬場でしたので野菜にしても果実にしても西日本のものが中心でした。これが暖かくなってくると本来は東北地方のものがどんどん出てくるようになるんです。それが今年はちょっと違うかもしません。というのも、東北の農家の人たちは、種播きの季節を迎えながらも、本当に播種して大丈夫なのか、売れなかったときのリスクをだれがとってくれるのか、いまだに不安な思いが強いんです。何かあったときにはちゃんと補償するからとにかく種を播いてくれ。そして育ててくれ、と言ってくれるとやりやすいのでしょうが。」
たしかにいまとられている政策は、出荷の段階にあるものに対する補償だ。これから植えていいのか、播種していいのか、たしかに不安だろう。

「あと、まだ戻っていないといえば外国人ですかね。銀座を含めて、高級フルーツの一定割合は外国の方が買っておられましたが、震災以降、ぱたりと途絶えました。都内で外国人の利用割合の高かったあるホテルがひと月営業を休止していたこともありました。外国の人の消費が戻ってくるということは旅行(訪日)やパーティも回復するということにもなりますから、社会全体として元気が戻ってくるということにもつながっていくと思います。」

サン・フルーツでは、日本橋三越の売り場に福島県産のイチゴを置くようにしたという。
「置いてますよ、とメディアに宣伝すつもりはありません。おいしいし、安全なものだから店頭に並べる。ということです。だからふつうに置きます。お客様に選んでもらえばいいと思っています。もちろん、何か聞かれればきちんと説明しますが。」
いかにふつうを取り戻すか、が問われている今、まさになるほどという考え方だった。
ところで夏場に向けて25%節電、どう取り組みますか?
「減らすとなると冷蔵庫しかないんです。照明だ、エレベータだといっても限度がありますし。でも冷蔵庫を動かさないと夏場は鮮度を保てない。それなら、ということでひとつの可能性として、もう休みを増やすしかないんじゃないか、ということまで議論しています。東京の市場、全部で休んじゃえば、出荷するほうも休めます。選果場だって休めるじゃないですか。」
休みを増やす、とかんたんにいうが、その分、電力は節減になっても、売上も落ちてしまう。それでも、それくらいのことをしないと25%節減は達成できないのでは、と社長はおっしゃる。
でも、すでに年間の休日をいつにするかってのは役所で決められていて、簡単に「はいそうですか」と休みを増やすことはできないらしい。

「とにかく、佐賀県をはじめとする産地には、元気をひっぱっていってほしいですね。東北が思うように作れない分、期待が高まるわけですから、いいものをしっかり作って出荷してほしい、と思います。いいものを作ってもらえれば私たちが必ず売ってみせますから。」

佐賀県応援団を自認していただいている長谷川専務から最後に力強い言葉をいただいた。


ふるかわ 拝

平成23年4月12日(火)
第404号「知事の辞令を出すのはだれ?」

選挙が終わった。
今回の選挙は大変だった。理由は大きく三つ。
 
1
震災対策のため毎日2〜3時間、公務に時間を取られたこと
2
震災に伴う「自粛」の一環として、街演(マイクを使って有権者に訴えること)を毎日2時間カットしたこと
3
現職知事として推進してきた原子力発電の問題が争点となったこと

このトリプルパンチに加え、

1
前回と比べて有権者の数そのものが4,232人減ったこと
2
震災の影響もあり、前回と比べて投票率が下がることが予測されたこと

ということもあり、とにかく前回よりも厳しい選挙になるのは確実と思われた。

結論から言えば、はずれた。
得票は、337,269票(前回は332,785票)。有権者数が減ったうえに投票率が約4ポイント下がったため、投票した人の数は前回と比べて29,333人減ったにも関わらず、前回の票を4,484票超えた。その結果、得票率は85.4%と前回(79.2%)を6.2ポイント上回ることができた。
ちなみに今回の佐賀県知事選挙の投票率は59.41%。決して高いとはいえないが、今回行われた12の知事選挙の中では最高の数字だ。

なぜこれだけ多くの人に支持していただけたのか、自分でもうまく説明できないでいるが、ひょっとすると原子力発電についての論戦から逃げなかったことが良かったのではないだろうか。
僕は出陣式の時の挨拶でも、おそらく3分の1近くを費やして原子力発電について訴えた。その後の街演や個人演説会でもこの問題を取り上げた。結果として、正面からこの問題を取り上げてきたことを県民の皆様に評価していただけたのではないかと現時点では思っている。

知事という仕事には辞令を出す人がいない。当選証書は渡されるが辞令ではない。「あなたを知事に命ずる」といえるのは有権者しかいない。知事選挙では候補者の名前を自分で書いて投票することになっている。有権者のひとりひとりが知事の辞令を手書きしているといえるのではないか。候補者から見れば有権者からいただく票そのものが辞令なのではないか。
今回いただいた辞令の数は前回を越えた。それだけ責任が重くなったといえるのだと思う。

その期待にしっかりと応えていきたい。これから4年間、どうかよろしく。


ふるかわ 拝