2012年1月

平成24年1月31日(火)
第445号「『地域に飛び出す公務員を応援する首長連合サミット in 愛媛』に行って、松山で感じたこと」

先週末は松山にいた。「地域に飛び出す公務員を応援する首長連合サミット in 愛媛」のためだった。そのことについてはまた書く。今回はその舞台となった松山のことだ。

松山には数年前、日本地方財政学会で訪れたことがあった。
そのときの印象が「若い人が多い!」ということだった。
当時聞いた話では、松山市には大学や専門学校が多く、しかもわりと郊外でなく、街に近いところに立地していて、それで週末などに街に繰り出す若い人たちも多いのだという。
「大街道」という中心街にあるアーケードのあたりにもたくさんの若い人たちがいて、いまやアーケードというとさびれた商店街のイメージアイテムになっているのだがそれとは違う雰囲気。
市電が走っているし、なんとなく長崎や佐世保に似ている感じがした。

それ以来となる。
いまや松山は「坂の上の雲」の舞台として知らないものはない。
3年間にわたり、第1部、第2部、第3部と、NHKで年末にかけて何度も何度も放送していたテレビドラマ。「大河」でもない、ただの「連続テレビドラマ」でもない、「スペシャルドラマ」。当初は「21世紀スペシャル大河ドラマ」と言うネーミングで制作発表された。

だれが名付けたかは知らないがいいネーミングじゃないですか。あれだけコストをかけてやるのであれば一度しか放送しないのはまことにもったいない。でもだからといって集中的になんども再放送をするのはみっともない。
2年目、3年目は、まず秋口からこれまでの「坂の上の雲」を再放送して、新たな視聴者と以前から視ていた視聴者を引き付け、そして年末に新作を放送する。
このやりかたは斬新だった。あれだけ時間をかけてドラマを作ったことであの「坂の上の雲」という文学作品は日露戦争を扱ったのではなく、明治という時代を描いたものだったことに気づいた人が多かったのではないか。惜しいことにあの脚本をお書きになった野沢 尚氏はこのドラマの完成を見ることなくこの世を去られたが、この世に残された脚本に、制作中のドラマのキャスティングについて走り書きが残されていたという。「子規は香川照之。彼以外には考えられない。」

その期待に十分こたえる演技を香川照之は示したと思う。
病魔に冒されていた子規の最期の場面など、かなり表情も身体もこけていた。僕はあれをCG処理でやっているのではないかと思っていたが、聞いたところによると、実際にかなりの減量に取り組んでいて、ほんとうにやせこけてしまっていたのだという。あの撮影の後、香川照之は病院に運ばれたという。
子規を最期まで看続けた妹を演じる菅野美穂が、子規を病床から抱き起そうとして背中に手をまわしたところ、子規が(ということが香川照之が)さわってわかるくらいに背骨が浮き出ていて、「役者というのはここまで徹底しないといけないのか」と菅野は台本にはなかったのに思わず泣いてしまったという。それがそのままドラマの一シーンとして撮られている。そういういろんなエピソードを生んだ名作ドラマだった。

松山市内のお土産屋を見ていても、老舗のお菓子屋が坂の上の雲にちなんだお菓子を作って(新製品)などと書いてある。かなりなじんできているようだ。
「前から「坂の上の雲」って松山人の心のよりどころだったんですか?」
愛媛県人に尋ねてみたが、「まったくそうではなかったね。ほとんどの人は知らなかったと思う。」という答え。でも、いいと思う。こうして多くの人が知ることとなったというのは。

世の中の人はしばらくしたらこのドラマのことは忘れてしまうかもしれない。でも、地元の人は相当長くこのドラマのことを、そしてこの小説のことを語り続けると思う。そういう財産をどれだけ持っているか、というのが「地域愛」につながっていくのではないか。

それを感じた松山での1泊2日だった。


ふるかわ 拝

平成24年1月25日(水)
臨時増刊号「春秋エピソード」

今回、春秋航空就航にあたってのいくつかのエピソード。忘れないうちにメモしておきたい。

1 中国語でのあいさつ

第一便で到着された中国からのお客様方に、一言でもいいから中国語であいさつをしたかった。
そのために、中国語のテキストを買って、中国語の勉強を始めた。
そんなに長い文章ではない。文としては5つくらい。普通に読めば30秒くらいになる挨拶の案を作ってもらって、毎日懸命に練習した。中国語はとくに発音の抑揚が難しい。食事の前後、移動中、寝る前、いろんなところで練習を続けた。
路線バスの中でしたこともあった。バスの中でも小さな声で中国語を読んで練習をしていた、ということだ。目的地に着き、降りようとしたら、僕の後ろの席のほうから「知事さん、知事さん。」と小さな声がする。振り返ればそこに高齢の男性がにこにこしておられる。そして、「中国語の発音はもっとゆっくりやわらかーく発音したほうがいいです」と言ってくれたのだ。びっくりしたら「私は元県職員でしてね。中国語も少しやってたんです」と笑いながら教えてくれた。

2 レセプションで売れたもの 売れなかったもの

第一便で来られたみなさんをレセプションにご案内した。こちらとしては気合いを入れて準備をした。一般的なレセプション料理だけでなく、中国の方に喜んでいただけるように、とたとえば中華スープ、天ぷら盛合せ、などのメニューを増やした。しかも料理の前に必ず中国語でメニューを表記した。そうしたいろんな工夫の甲斐あって料理はおいしい、と言ってもらった。かなりのものがほとんどなくなるくらいにきれいにはけていった。

ただ、あまり減らなかったのが二つあった。
ひとつがシシリアンライス。
もうひとつがむつごろう。

共通しているのは何かというと、説明不足だ。普通の料理は見れば、または中国語を読めばどんな料理かわかる。ところがこの二つは見ただけでは、また中国語を読んだだけではどんな料理なのか見当がつかなかった。というところが共通だったのだ。

シシリアンライスは、佐賀市のB級グルメ。焼肉とサラダがごはんの上に乗っている丼ものの一種、といえばいいか。ただ、一見すると、肉が載っているサラダにしか見えない。
なのに、中国語ではただ、「シシリアンライス」を中国語の音で表記しただけ。これでは何のことかわからないのもむりはない。
むつごろうも同じ。中国の方からみたらなんかよくわからない黒い蒲焼、という認識だったみたいだ。

こういうものは丁寧に解説をつけるか、またはスタッフがおすすめするかしないとなかなか手に取りにくいのだ、ということを改めて感じた。

3 意外に人気のスポットとは

ずばり祐徳稲荷神社だ。鹿島市にある日本三大稲荷のひとつ。初詣にはたくさんの人でにぎわうのだが、この神社、先日、王会長が下見に来られたときに観ていただいたところ、たいそうお気に召して、今回の観光コースに入れてみた。中国人観光客の方の評判もよかった。
何がいいかといって、山に張り付くようなところに建っている神社でしかも朱色という縁起のいい色。
もう、こういうものは中国にはない、ということらしい。
さらにはおみくじも人気。なんとこのおみくじ、多言語化されている。実はこの多言語化、春秋航空のお客様が来られるということで始めたもの。

こうしたところにも春秋航空のお客様をお迎えする準備が生きている。


ふるかわ拝

平成24年1月24日(火)
第444号「春秋航空が来た日」

先週の水曜日、有明佐賀空港に春秋航空の第一便が到着し、また、その機材にほぼ満員の乗客が乗り込んで上海に旅立っていった。
有明佐賀空港が新たな時代を迎えることになった。

春秋航空の王会長は、ご挨拶の中で何度も「ほかの地域の空港との激しい競争に打ち勝って、有明佐賀空港が就航地に決定された。佐賀県庁のみなさんの努力のおかげだ」とおっしゃった。
前にも書いたことがあるが、有明佐賀空港の滑走路は2000メートル。春秋航空は当初、就航のためには滑走路が2500メートル必要と言っていたのだ。ただ、春秋航空が使っているのと同じタイプ(A320)の機材は、日本の国内線では2000メートルの滑走路で余裕を持って離着陸している。また、中国の国内でも2000メートルの滑走路で春秋航空が就航しているという事実もある。
こうしたことを調べ、信頼できるパイロットの方のご意見を伝えたりもした。そのうえで春秋航空のフライトの責任者の方に佐賀に来てもらい、有明佐賀空港を観て太鼓判を押してもらい、そのことが就航へのゴーサインにつながった、というのも確か。総力戦で勝ち取った就航だと言えると思う。

まずは週2便でのスタートとなったが、できるだけ早く3便にしたい。3便にすればますます使いやすくなる。

王会長はご挨拶の中で「百万人をめざそう。」と言っていただいた。「春秋航空が就航した地域は必ず経済的に発展している。多くの観光客があふれるようになっている。中国の石家庄がいい例だ。有明佐賀空港も、これから週3便にし、それに満足せずにもっと便数を増やし、乗降客を百万人にしていきましょう。」と力強く宣言されたのだった。(有明佐賀空港の年間乗降客数はだいたい30万人。王会長はそのことをご存じだ。)
また、こうも言われた。「私がこうして目標を語っても最初はみんな信じてくれない。でも春秋航空はそれを実績で示してきた。この佐賀でもそれを実現する。百万人は夢ではない。十分に達成できる目標だ。」
さらに付け加えられた。「その目標を古川知事の任期のうちに達成しようではありませんか!」。

まことにうれしい限り。利用されることによってさらに発展する、といういい循環を達成していきたい。

ちなみにその「百万人を目指そう」という言葉はメディアの前での発言だったが、翌日、そのことを記事にした新聞はなかった。

メディアといえば、福岡との競合についてはどうか、という質問があった。
僕は、アウトバウンド(日本から中国へ)についていえば、福岡との競合というより、選択肢が増えることによって中国に行く人のパイが広がると思っているし、インバウンド(中国から日本へ)についていえば、今回来た中国人の方たちも大宰府天満宮にいかれたり、別府の温泉にいかれたりしている。これらのお客様は佐賀便がなかったら高松や茨城に行っていた方たちなのだ。
この方たちを九州に引っ張ってきている、という意味で、競合ではなく、九州観光全体の発展に寄与することになると思う。


ふるかわ拝

平成24年1月17日(火)
第443号「上海から香港まで 春秋航空の旅」

先週は上海と香港出張だった。
福岡から上海、そして上海から香港まで飛んだ。
上海から香港までは春秋航空の初体験だった。
2時間半というフライト、まことに快適だった。

春秋航空は運賃が安いのが特徴だが、その代わり、ひとつの機材(A320)に乗る乗客数がほかの航空会社に比べて多い。だから座席の前後の幅が10センチ、ほかの会社のものと比べて狭い。そういうのが自分に気になるのかどうか体験してみたかった。
また、運賃が安いのは機材が古いのではないか、という不安の声も聞いていた(実際には機材は新しいものが多く、日本路線は優先的に新しい機材が使われることになっている。)のでそれも確かめたかった。

結果からいえば、座席の前後幅はあまり気にならなかった。というか、乗った直後から爆睡モードに入ってしまったため、まったくそういうことを気にする必要がなかったのだ。起きていたとしても、そんなに気になるようなものではなかったと思う。また、機材も僕の見る限り、新しい機材だった。

春秋航空は古い機材を使うことでコストを下げているわけではなく、徹底した効率化と有償化で黒字経営を行っている会社だ。
どんなところにコストを下げているのかといえば、たとえば搭乗券(ボーディングパス)の紙がとても薄い。こういう小さなことでも積み上げればかなりのものになるのだと思う。


また、航空券の予約は旅行代理店ではなく基本的にネットだけ。ついでにいえば、春秋航空の本社は上海虹橋空港の近くにあるが、売りに出たホテルを買い取ってそこを本社にしている。ピカピカではなく、あまり手もいれずにかつてのホテルの部屋を使っている。そういうことにはコストをかけない会社だ。
その代わり、機内食はもちろん有料。預かり手荷物も、ほかの航空会社の国際線は23kg/個までのものを一人2個まで無料で預けることができるが、春秋航空の場合は機内持ち込み手荷物とあわせて無料は15kgまで。あとは有料となる。
こういう有料の範囲を広げることで収益を増やす、というのが春秋航空の経営戦略になっている。
(なお、3月24日までは、佐賀路線の就航記念として20kgまで無料で預けることができるようになっている。)

みなさんもどうか安心して使っていただきたい。

今月の18日から春秋航空が有明佐賀空港に就航することになる。さすがに18日の便はほぼ満席だが、それ以降、3000円ではなくもう少し高い価格の席はまだ若干空席があるし、2月に入ればまだ余裕のある便もある。話題の春秋航空にできるだけ早いうちに乗ってみていただきたい。

有明佐賀空港は駐車場が無料。国内線であろうと国際線であろうと同じだ。だから数日間海外に行っていて、おみやげでぱんぱんになったバッグを抱えて、駐車場のところまで行きさえすれば、トランクに荷物をほおりこんで、あとは自宅に帰るだけ。この間無料。また、24時間、巡回で警備をしているので安心して車を止めておける。

これも使い勝手の良さではないかと思う。

いよいよ明日一便の到着、そして出発。基本的には中国人の旅行の多くは最初か最後の一泊は佐賀県内にお泊まりいただくことになっている。街で中国の人を見かけたら何か困ったことがないか、ほんのちょっとだけでいいので気をつかってみてほしい。

旅行者の方々に「佐賀県は印象に残った」と言っていただける場所にしたいと思う。


ふるかわ 拝

平成24年1月10日(火)
第442号「年頭雑感 今日より明日を。」

今年の年末年始。年末は主に家事。元日はいつものように皇居。あとは唐津の実家に行ったり年賀状の整理をしたりして過ごした。
年賀状といえばこの年末に気づいたことがある。年賀状の枚数のことだ。個人的にいただく年賀状がここ数年少し減っているなと思っていた。一方で12月にいただく喪中はがきが増えているなと感じていた。今回、喪中はがきと年賀状の枚数を合計してみたら、トータルでは例年ほとんど変わりはなかったことがわかった。妙なところで帳尻は合っているのだった。
そういう状況にもかかわらず、今年は去年とくらべいただいた年賀状の枚数が増えた。返信用の年賀はがきが足りなくなってあわてて郵便局で買い足した。昨年はいろんな問題があったので励ましてやろうという方が多かったのだと思う。数年ぶりにいただいた方もずいぶんあった。
今年は明るい年に、と多くの年賀状に書いてあった。

個人的なことを言えば、去年は新作映画をあまり観なかった。「午前十時の映画祭」で上映された往年の名画は47本観たが、新作は数本だけ。美術展にもあまり行かなかったし本を読むのも少なかった。それどころではなかった一年だったということでもあるが今年こそは充実した年にしたい。
ところで、昨日の新聞には、首都圏の千葉県でも昨年の人口が統計開始以来初めて減少していたことが確実になった、とあった。東京都もあと10年しないうちに人口が減少し始めていくという。

昨日から仕事で上海にきている。今日はこれから香港。春秋航空に初めて搭乗する予定だ。春節(旧正月)前の上海は歳末の日本の雰囲気にも似て高揚した感じがあった。来年は今年よりよくなる、とみんなが思っている。いわば、「明日を信じることができる力」を感じた。
その力をなんとか取り込んで佐賀県も僕自身も成長をめざす、そういう年にしたいと思う。


ふるかわ 拝