2012年12月

平成24年12月25日(火)
第492号「今年書き残したこと 『ハードルを越えて おめでとう 吉松育美さん』」

佐賀県出身の吉松育美さんがミス・インターナショナル2012でグランプリを受賞された。
このミス・インターナショナルはミス・ユニバース、ミス・ワールドと並ぶ世界三大ミスコンテスト。今回が第52回で半世紀以上の歴史があるが、これまで日本代表が優勝したことがなく、吉松育美さんが日本人初グランプリということになる。

育美さんは鳥栖市の出身。教員であるご両親の間に生まれ、鳥栖市内の小学校、中学校、高校を出て東京の大学に進学された。小さいころから鳥栖スタジアムに足を運んでサガン鳥栖のゲームを観ていた、という堂々たる鳥栖っ子。
ちなみに育美さんのお父さんは日本陸上競技選手権大会の400メートルハードルで優勝されたアスリート。日本が不参加だったモスクワオリンピックの幻の日本代表候補だった。いまは佐賀県スポーツ課の職員として、また佐賀県体育協会の専門委員会委員として、佐賀県のスポーツの発展に汗をかいていただいている。育美さん自身も佐賀県高校総体女子100メートルハードルで優勝という経歴を持つ。

育美さんにはじめてお目にかかったのは去年の12月。サガン鳥栖のシーズン最終戦の日のベストアメニティスタジアムだった。ミス・インターナショナル2012日本代表に選ばれたことをみなさんにお知らせしたいと声をおかけしたところ、喜んで来てくれた。試合前に、ひとこと観客に向かって挨拶をされたが、12月の寒さのなか、薄いドレス姿でのご挨拶だった。せっかくみんなの前に姿を見せるのであればできるだけいい形で見せたい、という彼女のプロフェッショナルな意識を感じた。
挨拶のあと、別室でお話する機会があったが、本選でどういう衣装を身にまとい、どういう振り付けにするのか、などいろんなことを考え、悩んでおられた。彼女は身長が170センチメートルあるが、それでも並み居る他国の代表に比べると高いほうではないらしい。それをどう乗り越えるのか、という話なども印象的だった。また、スピーチを英語で行う必要があるが、そもそも日本人は日本語でさえ自分をアピールするのは得手ではない。ましてや母国語として身に付けたものとは違う言語で自分をアピールする、というのは難しい。そのスピーチの内容を創り上げていくのも大変なことだ、と言われていた。
そういうさまざまなハードルを乗り越えての今回の優勝だった。

その育美さんに、先日、県民のみなさんへの優勝報告のため県庁に来ていただいた。にわか仕立てのレッドカーペットが出現した県民ホールに、600人を超える人がお祝いに集まられた。
たくさんの質問が会場から寄せられたが、「体重はどのようにして管理しておられるのですか?」という質問にはこのように答えておられた。「体重はグラム単位で把握しています。1日に最低でも5、6回体重計に乗ります。旅行に行くときも持ち運び用の体重計を持って行っています。増えたな、と思ったらランニングでカバーしますし、増え過ぎ、と思ったらサウナスーツを着てランニングしたりします。とにかくこまめに体重をチェックすることが一番だと思います。」
1日にそれだけの回数体重をチェックすること、そしてその体重を維持していくことは、容易ではないだろう。絶え間なく続くこの小さなハードルを一つひとつクリアして、彼女はグランプリを手にしたのだと思う。


ハードルで思い出すことがある。
佐賀県は10月からハローワーク特区を始めた。それがきっかけとなって、若い人向けの就職相談ができる「ジョブカフェ」と仕事の紹介が受けられる「ヤングハローワーク」、そして若者が働くことと自立をお手伝いする「さが若者サポートステーション」の三つの連携を強めることにした。この三つが入っている施設の愛称を公募して、最終的には佐賀市出身のイラストレーター326(ミツル)さんに決めていただいた。その名は「ユメタネ」。みんなの夢の種を探す場所にしよう、ということだ。
さらに326さんから、「夢へのパスポート」というはがきの大きさのカードを作ってもらった。
そこに書いてある326さんからのメッセージがこれだ。


「ハードルは倒しても失格にも減点にもならない。失敗はしていい。」
いい言葉でしょ?
いろんなハードルを乗り越えようとしているみなさんに、この言葉を贈りたい。

それにしても吉松育美さんのグランプリ受賞。これは、日本一や世界一を目指している、後に続く人たちに勇気ときっかけを与えてくれた。
いろんなハードルを乗り越えてグランプリの栄冠に輝いた彼女に、あらためて心から拍手を送る。


ふるかわ 拝

平成24年12月18日(火)
第491号「投票日の翌朝 見えてきたもの」

総選挙、自民・公明合計で325議席という結果となった。第一党の自民党の議席は294、第二党の民主党は57で、その差237議席。戦後の憲政史上、第一党と第二党の議席数の差という点では今回がいちばん大きい。

ただ、それほど自民党・公明党に対する支持が高まったのか、といえばそれは違うのかもしれないと思う。

というのは、比例代表の議席を見てみると、自民は前回が55議席だったのに対し今回は57議席、と2議席しか増えていないのだ。公明は前回が21議席で今回が22議席、と1議席増。比例で「自民」「公明」と書いた人の数はそんなに変わっていないのだ。
一方、民主党の比例代表の議席数は前回が87議席だったのが今回が30議席、と57議席減。
その分が維新の会(今回40議席、前回は維新と書いた人はゼロなので、40議席増)とみんなの党(前回3議席で今回14議席、と11議席増)に移った、といえるのではないか。

そこは自民党の幹部の方たちも重々承知しておられるようで、選挙結果が明らかになった後の発言をみていても郵政選挙の大勝後のような高揚感は感じられなかった。選挙が終わった、というよりは来年の夏には参議院選挙があって、今回の選挙はその参議院選挙も含めた一連のキャンペーンだと考えておられるのかもしれない。

僕がいま新しい政権に望むのは、物事を前に進めてほしい、ということだ。
この数年間、いろいろ言われながらも与野党協議で進めてきた事柄もたくさんある。社会保障と税の一体改革もそうだし、原子力規制のあり方などもそうだ。
共産党以外のほとんどの政党が与党を経験したことがある、という中での政権運営なのだから、ただ、否定する、足を引っ張る、だけでなく、これまで積み上げてきたことも生かしながら現実的に前に進めていく、ということをぜひお願いしたいと思う。

一つだけ改善してほしいことがある。
民主党政権時代3年間、僕らが民主党関係者や政府の府省の政務三役などに面談をお願いするときには、二つのルールがあった。一つは民主党の地元県連を通すこと(ただし、これは後にフレキシブルになった)、もう一つは政府に要望・陳情する際には必ず事前に民主党本部の要望・陳情対応本部を通してそこにお願いすること、だった。もちろん、それぞれ意味のないことではなかったが、手続き的には煩瑣だった。
それ以上に困っていたことは、「アポが前日にしか取れない」こと、だった。
政権交代直後は、たしかに超のつく忙しさ、だったと思う。そういうルールにせざるを得なかったと思うが、3年間ずっとそれが続いた。だから、どういうことが起きるかというと、日程があまり詰め込めないのだ。せっかく東京に行くからにはできるだけたくさんの仕事をしたいのだが、何時に誰と会えるか、ということが東京に行ってみないとわからない、というようなこともあって、日程を組むのに苦労をした。
このアポ入れの部分だけは改善してほしい。以前の自民党政権のときには、1か月前くらいに連絡してもアポを入れてもらえていたのだから。

なお、僕が昨日の月曜日、記者からの囲み取材に答えた詳細はココ ↓ 。
http://www.saga-chiji.jp/hatsugen/comment/12-12-17.html


ふるかわ 拝

平成24年12月11日(火)
第490号「サガン鳥栖 この1年」

J1初昇格チームとして過去の歴史を塗り替えたサガン鳥栖。この1年を僕なりに振り返ってみたい。

今シーズンいちばんドキドキした試合は、開幕第1節(3月10日)のセレッソ大阪戦だった。果たして本当にJ1で戦っていけるのか、不安な中でスタートしたが開始直後からサガン鳥栖は猛攻をしかけ、幾度となくセレッソゴールをおびやかした。この開始10分くらいの攻めで、いけるのでは、と思った。結果は0-0のスコアレスドローだったが「開幕10分で十分な手ごたえ」だった。
また、今シーズンでいちばん嬉しかった試合は、第30節(10月27日)の新潟戦だった。これはアウェイの試合だったが後半40分に木谷選手が出てきたことをメールで知ったとき、よかった!と思った。木谷選手は今季、長い間、けがで出場することができずにいた。J1昇格に貢献のあった木谷選手にJ1の試合を経験させたい。これは多くのサポーターの共通の思いだったと思う。それだけにこの知らせは嬉しかった。これで落し物はなくなった、と思った。

サガン鳥栖が、なぜこれだけの活躍をすることができたのか。さまざまな人がいろんなことを語っているが、僕は自分がマネジメントをやっているせいかどうしても裏方に目が行ってしまうのだが、ユン・ジョンファン監督の存在を挙げたいと思う。
「実はユン・ジョンファン監督がいちばんうまい」とよく選手たちが語っている。サガン鳥栖の練習を観に行ったことがあるが、そのときなにげなく監督がボールを扱っている姿をみた。猫がボールとじゃれているような、と言っては失礼だが、ボールと身体とがくっついて離れないような、そういう玉扱いの絶妙さ、を見せていた。それだけうまい人が、こうしたらどうか、と提案するわけだから選手たちも聞かざるを得ないのではないか。
サガン鳥栖のハードワークは有名だ。「なぜそれをプロの選手たちがこなしているのか」が語られることはあまりないが、僕は「ユン・ジョンファン監督がそうするように言うから」なのだと思う。
監督は来季の残留が決まった。これでサガン鳥栖の誇りがひとつ来季もキープされることになった。

誇り、といえばサポーターの力も見逃せない。サッカーチームにはそのチームを応援するネット上の掲示板があるが、そのうちのひとつ「超サガン鳥栖掲示板」を見ていても、ほかのチームの掲示板に比べてとてもあたたかい。単なる愚痴をぶつける場所ではなく、応援していく仲間が作る、というコミュニティになっている。こういう掲示板を作れているのも誇りだ。

サガン鳥栖は奇跡を続けている。
J2で年間3勝しかできなかった屈辱の年も含め、J2在籍年数最長多記録を持つこのチームが昨シーズンJ1昇格を果たしたのも、ひとつの奇跡と言われた。歴代最少予算でJ1昇格した、とも言われた。そして、今年、J1初昇格チームの中で歴代最高順位、歴代最多勝ち点という新しい記録を作った。これまた、ひとつの奇跡だろう。

サガン鳥栖のこうした活躍は、ビッグクラブしかいい成績を収めることができない、というサッカー界の常識を破っている。サガン鳥栖の活躍と並んでガンバ大阪のJ2降格という二つの対照的な結果がそのことを象徴している。サガン鳥栖の活躍は地方の小さなクラブのお手本だ。後に続くクラブにとっての模範になっている。

県庁にシーズン終了報告に来てくれたサガン鳥栖。彼らを見送ったあと、ある職員がこう言っていた。
「サガン鳥栖のおかげで楽しい1年だったね。」
みんながそういう気持ちだ。ありがとう。サガン鳥栖。
そして来季。サガン鳥栖にとって更に厳しい年になる来季にもしっかり応援をしていきたい。

このサガン鳥栖の活躍の秘密を解き明かす番組が、12月15日(土曜日)午後6時から、STSサガテレビでサガン鳥栖特別番組「J1 尹サガンの1年〜“J1の奇跡”と呼ばれるサガン鳥栖の活躍をふりかえる」と題して放送される。
そしてその翌日の12月16日(日曜日)には、午後6時からNHKBS1の「スポーツドキュメンタリー」でも取り上げられる。タイトルは「J1最小、サガン鳥栖奮闘す〜あるJリーグ地方クラブの挑戦」。
どうかご覧いただきたい。


ふるかわ 拝

平成24年12月4日(火)
第489号「いよいよ総選挙」

いよいよ総選挙の公示だ。
今回、たくさんのニュー政党が誕生しているが、そもそも政党とはなんだろうか。
日本には「政党法」というものはないが、その代り「政党助成法」には政党とは何かが定められている。要は国会議員が5人以上いる政治団体、ということのようだ(まあ、国会議員が5人いない場合でも選挙の得票率によるお助けがあるが)。
その要件を満たすために国会議員を集め、あるいは立候補者を募って選挙に臨む。
そのこと自体はもちろん問題ではないのだが、こうしたニュー政党は既存の政党となんか違う気がしている。

それが何だろうと思っていて、はた、と思い当たることがあった。
「党員」だ。
たとえば歴史の比較的長い政党、共産党、社民党、自民党、公明党、民主党(意図はありません。結成順です。)は、きちんと党員がいて地方組織があってその上に党中央組織が存在し、政策実現をめざしている。今回の選挙の前に全国知事会の活動の一環として、僕もいくつかの政党の政策責任者(や担当者)のところを訪問し、意見交換してきた。
全国知事会と意見が合うかどうかは別にしても、やはり老舗政党は政策決定プロセスや内容がしっかりしている、という印象を受けた。それはやはり「党員の意見というものを汲み上げて政策が作られている」ということではないか、と感じた。

一方、ニュー政党にはそもそも「党員」がどれだけいるのだろうか。国会議員選挙たるもの、党員が核となって、支持者を増やし、選挙戦を戦うものだと思っていたが、実際にこの新しい政治勢力の人たちの応援をする人たちはどういう人たちなのだろうか、と思う。

国連においてはこれから、「オブザーバーとして」ではあるが、パレスチナが国家としての取り扱いを受けることになる、という報道が先日なされた。パレスチナは今もなおイスラエルの占領下にあるが次第に独立性を強めていて、前にもこのコラムで書いたことがあるが、すでに国際電話の世界では国番号(970)を持っている(ただし、まだ使われてはいない。予約というところ)し、インターネットの世界では「.pt」という国別コードトップレベルドメイン(日本だと「.jp」)も持っている。
このパレスチナは、長い歴史の中で「国民」と呼べる多くの人たちがいて、回復を願う国土があり、そういう中で独立を目指してきているところだ。

これに比べればいまのニュー政党は対照的だ。代表だの代表代行だのそういう役職の人は何人も存在するのに、その人たちを支えるはずの「党員」の姿が見えない。
いわば国民なしに大臣だけが存在している国家、というのにも似ている。
「民は後からついてくる」と思っておられるのかもしれないが、このニュー政党、党というよりも国会内会派なのではないか、という気がしている。

ちょっといい過ぎたかな。
とにもかくにも、いよいよ始まる総選挙。地に足のついた政策論争を期待したい。これまで以上に選挙のときの言葉の重さをかみしめてほしいと思う。


ふるかわ 拝