2012年5月

平成24年5月29日(火)
第462号「サガン鳥栖好調!夢のつづきを」

サッカーJ1サガン鳥栖が好調だ。
リーグ戦のだいたい3分の1に当たる13節終了時点で、18チーム中8位。シーズンスタート時点では「どうか1年で降格しないでくれ」的な控えめな応援が多かったが、現時点では8位で勝ち点20と、堂々たる成績だ。トップからの勝ち点差は7。3位との勝ち点差は4。一方、降格圏となる16位との勝ち点差は11。この調子でいけば、賞金の出る7位以内というのも夢ではない。
資金力があるわけでもなく特に年棒の高い選手がいるわけでもないサガン鳥栖の活躍は、サッカーがお金だけで決まるものではない、ということを示してくれるようで心地よい。

サガン鳥栖は、おそらくJリーグ史上最少の予算でJ1に昇格した。今年度も、J1平均予算の半分にも満たず、最大予算である浦和レッズの4分の1にも及ばないのではなかろうか。
その分、何で補っているのか。
僕の見るところ、ひとつは、選手を見つけてくることのうまさ、だと思う。サガン鳥栖で活躍した選手は多いが、サガン鳥栖から移籍するとそれほど活躍していないケースも少なくない。移籍先でも活躍しているのは日本代表のハーフナーマイクくらいではないか。今季も、横浜F・マリノスで出場機会に恵まれなかった水沼選手を獲得したところ、大活躍し、いまやU-23の日本代表候補としてフランス・トゥーロンに遠征している。福岡大学在学中の清武選手の使い方もそうだ。うまく、若い選手を使っている。
もうひとつが、ユン・ジョンファン監督の采配と、彼を見出し、監督にした井川会長、竹原社長たちの眼力と腕力が大きいと思う。やはりサッカークラブは経営者の器によるところが大きいことをあらためて感じる。
さらにいえば、サガン鳥栖がナンバーワンであるもののひとつに「練習量」がある。これだけは負けない、とみんなが口をそろえる。

つまり、資金力や知名度はそんなになくとも、ほかの社で活躍の機会のない社員をつれてくる、見込みのありそうな若い人間に学生時代から目をつけて、使う。
こうした努力に加えて、社長、会長が、きちんと現場を仕切ることができる良いマネージャーを連れてくる。
そのマネージャーは社員に「練習量だけは負けるな」とはっぱをかけ、社員一同、業界の中でももっともひたむきに努力をしている。
ビジネスにたとえれば、そういうことではないか。

さらに、本拠地のベストアメニティスタジアムはサッカー専用で、しかも鳥栖駅から歩いて数分という好立地。グルメも充実、アウェイサポーターにもやさしいとあって、Jリーグ公認ファンサイトであるJ's GOALのスタジアムガイドのレーティングによれば全国ナンバーワンの評価。

僕の家の近くに住む人が「サガン鳥栖が勝つと、それだけで1週間がんばることができる」と言っていた。僕もまったくそう思う。

これからリーグ戦は3週間の中断に入る。この期間にゆっくり体を休めて、けがを治して、中断期間明けに備えてほしい、と思う。夢のつづきをみたいから。

もちろん、ナビスコカップ戦もあるけど。


ふるかわ 拝

平成24年5月22日(火)
第461号「いまどきカラオケ事情」

先日、カラオケボックスでバイトしているという人と話をした。
最近、僕自身はカラオケボックスに行くことがほとんどなくなっているので興味があっていろんな話を聞いてみた。

F: 最近、どんな人くる?
M: 昼間はお年寄りですね。昼間だと3時間で680円とかですから。
F: 安いんだ。でもカラオケボックスに行くお年寄りってどんな歌歌ってんだろうか?
M: 演歌ですね。
F: でも最近のカラオケボックスって本じゃなくてリモコンじゃない。操作できるのかな。
M: お年寄りは歌いたい歌が決まってるんですよ。それで、その歌の番号を紙に書いておいてその紙を持ってきて、自分で番号を入れるんです。リモコンを操作して歌を探すって感じじゃないですね。
F: 決まった歌を歌うために来てる。
M: そうですね。でもときどき、曲が入らないんだけど、って連絡来るんです。で、行ってみると入らない理由はだいたい決まってます。
F: それは?
M: 番号を間違えて入力されてるんですよ。
F: 気づきそうなもんじゃない。
M: でもその人たちは自分たちが間違えているわけがない、機械がおかしいにちがいない、と思うみたいなんですよね。でも元気ですよ。そして昼間の時間に来ていただけるからありがたいです。
F: 昼間はほかにどんな人が?
M: あとは女性中心のランチですね。いわゆるおばさまがたというか。
F: ランチ?カラオケボックスでランチやってるの?
M: やってます。ハンバーグとか、ほとんど冷凍ですけど。カラオケボックスであんまりハンバーグの味がどうこうとか言う人はいないですから。
F: そういう女性方ってなにか特徴あるの?
M: あまり歌われないことがけっこうあります。お話のほうに花が咲いて。
F: それ、わかるな。
M: トイレから出てこられてスタッフに声をかけられることとかもあります。
F: それ、何か問題?
M: 「私の部屋、どこかしら?」って言われるんです。大きなカラオケボックスの場合、ほとんど部屋のカタチ、一緒ですからね。でも「私の部屋どこ?」って言われてもわかりませんよね。これが困ります。
F: どうやって探すの?
M: 受付で代表者の名前と住所を書いてもらってるんでそれを見てもらいますね。そうすれば自分の知り合いがどこにいるのかがわかりますから。
F: ほかにお客様対応で何かある?
M: 店によって違うんですが、あんまり歌わないお客さんがおられる場合には一応お声かけをしたりします。
F: 話ばっかりじゃいけない、と。
M: そうですね。カラオケボックスなので、少しは歌ってもらわないと。各部屋に防犯カメラが付いているので部屋の様子はわかりますから。それ見ながら、時には「歌ってください」ってお願いに行くこともあります。
F: そうか。密室ってわけじゃない、ということだね。ほかにいまどきの使い方ってある?
M: 楽器の練習をされる方というのは、ときどきいます。トランペットとか。防音がいいですからね。どんなに音出しても怒られないです。これはいい使い方です。
F: ほかは?
M: ヒトカラですね。
F: ごめん、どういう意味?
M: 知らないですか?「一人でカラオケ」の略です。けっこういますよ。本番用の練習というのもあるし、すっきりしたい、みたいな感じで来られる方もいますし。ヒトカラ専門店が東京にはできてるって聞いてます。
F: 風呂場で大声で歌うって感じ?
M: とも、いえるかもしれません。

カラオケボックスも進化したなあ。
そもそもカラオケボックスは、以前僕が勤務していた岡山県が発祥の地。いろいろ調べて文章にしたこともあった。いつかまた紹介したい。
というか、最新カラオケボックス、一度行ってみたいな。


ふるかわ 拝

平成24年5月15日(火)
第460号「カチガラス 保護の記」

5月5日(土・祝)のことだ。その日秀島敏行佐賀市長は、朝の散歩から戻り公務の用意をしようとされていたところ、近所の方からある相談を受けた。
「市長さん、巣から落ちたカチガラス(カササギ)のおるさ。どうしようか」。
近所の方が、カチガラスの幼鳥が巣から落ちて地面にいるのを発見したのだという。

秀島市長とて鳥類保護の専門家ではないが、近所の方がどうしようもなく困っておられる様子だったため、「わかった。それならとにかく自分が預かろうたい」と引き継がれた。
幼鳥は、電柱の上にあった巣から落ちたようだった。
であれば電柱にある巣にその幼鳥を戻すのが一番だろうと、市長は九電に連絡を取られた。九電の人が様子を見に来て幼鳥を巣に戻そうとしたが、その巣のところには高圧線が。これでは危険と巣に戻すのをあきらめざるを得なくなった。

九電の人のアドバイスを受けて、市長は県庁代表番号に電話された。「巣から落ちたカチガラスの幼鳥を保護しているけど、どうしたらいいでしょうか。」
春というのはカチガラスのヒナが孵り、巣で育つ季節。この日は休日だったが、この季節佐賀県庁にはこうした相談が時々寄せられるので守衛の対応も落ち着いていた。「そういうことであれば担当課と連絡を取ります」と告げ、守衛室から担当課の職員に連絡が入った。担当課の職員は連休中も毎日当番を決め、こうした連絡に対応できるようにしているのだ。「佐賀市の本庄地区のひでしまとしゆきさんという人のお宅に行ってください。」

「ひでしまさん」がどういう人かもわからず担当職員がお宅に向かった。
担当職員がその自宅とおぼしき場所で目にしたのは、秀島敏行佐賀市長さんご本人がそこで幼鳥にえさを与えておられる光景だった。
えさはドッグフードだった。「カチガラスのえさ」をインターネットで調べたところ、カチガラスはドッグフードも食べる、と記載されていたので、ドッグフードを砕いて、えさをつくっておられたという。(ただ、なかなか食べてはくれなかったようだが。たしかに、幼鳥は警戒心もあって、えさを置いておくだけでは口にしない。ふつうは親から口移しにえさをもらうから、だ。保護した幼鳥の場合は、無理して口をあけさせて食べさせないといけないという。)

担当職員は、市長から幼鳥を預かり、保護施設に連れていった。
こうして、幼鳥は無事、適正な飼養環境で保護されることとなった。この幼鳥、「ヒデシマくん」と名付けられ、大切に飼養されている。
毎年、この季節には40羽前後カチガラスが保護される。今年は5月14日時点で14羽。
担当セクションは教育委員会文化財課。天然記念物なので文化財保護の担当職員がカチガラスも守っている。

さらに、この話には続きがある。幼鳥が保護された5日後の5月10日(木)、その巣が「巣ごと落下した」という連絡が県庁に入ったのだ。
担当職員が現場に急行、3羽の幼鳥を保護した。親鳥は子をさらわれると思い(そのとおりだが)、後ろかも前からも上からもカチカチカチとかなり威嚇したという。
翌11日(金)には、保護施設着。先に保護された幼鳥と合流した。4羽とも元気とのこと。
カチガラスが巣立つまでは約1か月かかる。ぜひヒデシマ4兄弟に元気に飛び立ってほしい。

読者の皆様にもこの季節、巣から落ちたカチガラスの幼鳥を見つけたら、市町の教育委員会(文化財保護担当)か県庁代表番号( 0952-24-2111 )までご連絡をいただければありがたい。

そのカチガラスが佐賀平野では減っているという声がある。このカチガラスの生態の実態調査をいよいよ始めることにしている。秀島市長のお力もお借りしてやっていきたいと思う。


ふるかわ 拝

平成24年5月8日(火)
第459号「池坊550年祭 挨拶はかくあるべし」

4月23日月曜日、佐賀県庁の県民ホールでは華道池坊佐賀県連合花展のオープニングセレモニーが行われた。

今年は、池坊専慶がお花をいけたという記録が残されてから550年の節目の年。それを記念して、47都道府県知事を訪問し、その県の県花を使って花をいけるという活動が各支部で行われている。
そのときの様子は、池坊のウェブサイトに掲載されている。
http://www.ikenobo.jp/ikenobo550/hana47/report/saga.html

佐賀県の「こちら知事室」のウェブサイトにも佐賀県サイドの記録として掲載されている。
http://www.saga-chiji.jp/genba/2012/12-4/12-4-23/index.html

それぞれうまくまとめてあるのだが、実際に開場式でどういう挨拶をしたのか、までは細かく書いてない。実際にはこんな風だった。

冒頭に華道池坊の550年への祝意と敬意。また、お家元から池坊雅史事務総長が来られていることに対する謝意を述べた後、このように御挨拶した。

「今から550年前の1462年(寛正3年)に『池坊専慶(せんけい)』が"花の名手"として歴史上の文献『碧山日録(へきざんにちろく)』に登場したことは、華道の関係者にはよく知られています。今回、私は実際、この『碧山日録』を図書館で探して読んでみました。すべて原文は漢文ですが、たしかにその中に池坊専慶が登場していました。たとえば寛正3年10月2日のところに『専慶来り、菊を折り瓶に挿す。皆其の妙に嘆ず』という記述がみられます。そのあとに、菊の花の色が紫色で見たことのないようなものだった、ということで皆が喜んだ、と書いてあります。
(参考) 
『碧山日録(寛正3年10月2日)
春公王大父霄岸の為に、施食会を設け、諸僧と相会す。専慶来り、菊を折り瓶に挿す、皆其の妙に嘆ず也、等持首座、名種者、菊を公に寄す、其の色紫色也、此の方未だ此の種あらず、共に之を初めて見るを喜ぶ也。』
春公〔佐佐木高秀〕は、王大父霄岸〔佐佐木道誉〕の為に、施食会を行い、諸僧と会った。専慶〔池坊〕が来て、菊を折り瓶に挿す、皆其の妙に感嘆した。
等持〔等持院ヵ〕の首座〔禅宗の寺で修行僧のうち第一の位の者〕、名種は菊を公〔春公・佐佐木高秀〕に寄附する(贈る)、その色は紫色である。
こちらではまだ此の種はなく(見たことがなく)共に之を初めて見るを喜んだ。


この前年(1461)年は寛正の大飢饉でした。歴史に残る大飢饉だったと言われています。つまり、寛正3年は大災害の翌年ということになります。このころ(1465年)、延暦寺の僧兵数百が京都・東山の本願寺を襲撃して、連如上人があやうく難を逃れたという『寛正の法難』が起きたり、1467年には応仁の乱が始まりました。大災害や平和紊乱の動きのある時代でした。その意味では、いまと相通ずるものがあります。そういう時代だからこそ、命に手向ける花、というものの価値が大きい、ということではないでしょうか。

ここから外をご覧いただくと、県庁の周りにはたくさんの楠の木があるのが見てとれると思います。たいへん大きい楠の木ばかりですが、これでも樹齢は300年と言われています。550年という年月の長さをあらためて感じるところです。
この楠の木がかつて、戦後すぐのころに切られようとしたことがありました。切って樟脳の原料にしようとしたのです。そのとき福田ヨシという女性が自分でその楠を買い取って守った、という歴史があります。お金がふんだんにあるわけではなかった福田ヨシさんに、資金面で当時の鍋島佐賀県知事が支援をされたという話もあります。買い取った後、楠の花が県の花になり、その後に、県の木が楠となりました。花と政治は時々きわめて近い関係になることがあるということでしょう。

佐賀県は今年の4月、九州の県としてはじめて文化・スポーツ部を創設しました。これから県民に文化を広めていきたいと思っています。佐賀県は高校野球では最近では平成19年(2007年)に佐賀北高が優勝しました。その2年後の2009年には第1回の『花の甲子園』で唐津南高校が優勝しました。華道も県民文化の大切な一つとして、こうした若い人たちを含めて、より多くの人たちが楽しんでいただけるようになればと思います。

ここにいらっしゃる方々の多くは立派な席札(せきさつ)と職位をお持ちの方だと思います。家の中に置いておくのではなく、いろんな機会に皆様に見ていただけるようにしていきましょう。これまで以上により一歩前に出る、そういうきっかけにこの『550年』がなればと心から念じています。県としてもしっかりやってまいります。」

かなり熱のこもった挨拶となった。しかも、僕の出で立ちは袴付きの着物。佐賀県としてできるだけの対応をしたい、という気持ちは伝わったのではないかと思う。
ただ、ちょっと長すぎたことは否めない。


僕の、長たらしい挨拶の後、もう一人の来賓だった佐賀新聞社の中尾社長は、こう御挨拶を始められた。
「私は、本日、この花展が始まる前に早めに現場に着きました。皆様がお花をいけておられる姿を拝見させていただきました。」 
文化に造詣の深い中尾社長の御挨拶だけに、このあとにどういう言葉が続くのか。
僕も含め誰もが興味を持って待ったところ、つむぎだされた言葉は、簡潔ながらとても印象的なものだった。
「職業柄、皆さん方がお花をどの古新聞紙に包んでおられるのか、確かめたかったのです。」

挨拶はかくあるべし、だ。


ふるかわ 拝

平成24年5月1日(火)
第458号「アウェイ初見参 柏レイソル戦 観戦記」

先週末、プライベイトで東京にいた。ちょうどその日は、サガン鳥栖対柏レイソルの試合が予定されていた。J1でのアウェイの戦い。よし、これは応援に行かねば、と思い立った。
投宿先の新橋のホテルを出るときからサガン鳥栖のユニフォームを着て、山手線に乗り込み、上野駅で常磐線を待った。それだけでもけっこう目だつようで、チラ見する人がいるし、「知事さんですよね、僕も応援に行くところです」と声をかけてくれる人たちもいる。常磐線の中でも負けてなかった。

柏駅に着いた。ここにはさらにサガン鳥栖のサポーターが増えていた。いろんな人が声をかけてくれたり、写真を一緒に撮りましょうと言ってくれたりして、気持ちが高まってくる。
待ち合わせした人たちと一緒になって、いざ出陣。柏駅から約20分、日立柏サッカー場まで歩いた。

途中の通りは、住宅地とも商店街ともつかぬ不思議な魅力を持ったところだった。
韓国食品の店があったり、K-POP関係のグッズのある店があったり、と韓国系の香りもする。「韓国伝統料理 たんぽぽ」とか、そそられるではないか。
そして、びっくりしたのはカラオケ店の多さだ。といってもカラオケ館みたいなのがあるわけでなく、「居酒屋&カラオケ」など、他業態とセットになったカラオケ屋が多いということだ。気づいただけでも、このほか「喫茶&カラオケ」「パブ&カラオケ」「スナック&カラオケ」など、とにかく店に来たら歌おう、みたいなノリが感じられてくる。正確ではないが、カラオケ教室もあったのではないか。熱い通りのようでもある。ある喫茶店に至っては(ここはカラオケはなく、正統派の喫茶店)、店の名前が「朝焼」。その名の通り深夜早朝まで営業するのか、と思って営業時間のところを見てみたら11:00〜70:00 と書いてある。うーむ。何時までやろうとしているのか。朝焼どころか3日間くらいぶっ通しで開いていることになる。とにかく驚いた。

アウェイから来たサポーターたちが驚くようなディープな通りを過ぎると、やっとサッカー場が見えてきた。4月末は1年のうちでもいちばん紫外線の強い季節。その時期に屋根のない中を20分歩かないと着かない、というのは大変なことだ。あらためて「鳥栖駅直結」のベアスタのありがたさを思った。

ようやく到着。さあ、入ろうと思ったら、ホームのサポーター専用入口で入れない。その次には関係者入口で、もちろん入れない。さらにはまたホーム用の入口で、そこにははっきり「ビジターのユニフォームを着用している人は入れません」と書いてある。そして、サッカー場を半周したところに小さく、ビジター用入口があった。とにかく狭い、小さい。肩身まで狭くなるみたいだ。
ベアスタは、こうはなっていない。ビジターの入口もこれよりは大きい。
入場して、まずは食事を、と思ってさらに驚いた。ビジター用の飲食売店は一か所。ホットドッグやカレーを売っているところがあるだけ。しかも、早々とカレーは売り切れてホットドッグだけになっていた。そこに長蛇の列。しかも、食べ物と飲み物はラインが違うので並び直すことが必要、とビジターの人たちに対するホスピタリティが足りないのでは、と言わざるを得ない。
その点、ベアスタはホームかアウェイかに関係なく、いろんなものが買えるし、食べられる。アウェイのサポーターには、佐賀県に来てくれたお礼の気持ちを込めて「さがほのか」や「さがびより」を配っている。遠くから来てくれている人たちを大切にする、という意味では、ベアスタというかサガン鳥栖のほうがビジターにやさしいクラブだ、と率直に感じた。
そして、いよいよ試合開始となった。

僕はこの日、東大ボート部と一橋との定期戦、東商戦に行かなければならなかったため、途中で会場を後にした。タクシーで移動中、「ラジオでやってませんか」と聞いてみたが「やってませんね」という答え。試合の様子がわからず、時々入るツイッターやメールを見ながらのはらはらどきどき、となった。
サガン鳥栖の場合は、NBCラジオ佐賀がホームの試合をすべて実況中継してくれている。これもありがたいことなのだ、とあらためて感じた。
試合は、1-1の同点だった。今季アウェイでの初勝ち点となった。

アウェイ初見参の戦いは、ここに終わった。
実際に行ってみるのはいい。いろいろ感じるところがある。アウェイの街の楽しさも味わえるし、また、あらためてサガン鳥栖の良さを思った。

次の試合は、5月3日。首位のベガルタ仙台戦。
今シーズン無敗を誇る仙台には申し訳ないが、今度は勝たせてもらうしかない。
僕は、その日は博多どんたくのパレードにサガハイマット(重粒子線がんセンター)隊のメンバーとして参加することになっていて、ベアスタに行けないのが残念。
とにもかくにもベアスタをサガン鳥栖のサポーターで埋め尽くして、全力でプレーしている選手たちにエールを送ってほしい。

今回の観戦で、柏に唯一負けている、と思ったのがスタジアムを埋め尽くすサポーターの数だったから。


ふるかわ 拝