2013年6月

平成25年6月25日(火)
第518号「正しい名前〜 政党篇」

先日、政党である「維新」の英語名称のことを書いた記事を目にした。「維新の英語名称がJapan Restoration Party で、restoration という単語が使われているが、この単語は王政復古を意味する言葉でもあり、維新のめざすものとは違うのではないか」というものだ。
たしかに維新のやろうとしていることからすれば「改革」なのだろうから、reform という言葉を使えばよかったようにも思う。
ただ、舛添さん率いる「新党改革」がある。これとバッティングするから避けたのかと思って調べてみたら、新党改革の英語名称は”New Renaissance Party”。なんとルネッサンス党だったのだ。
じゃあ、reform という言葉は使えたのではないか。それなのにこの言葉を使わなかった訳を勝手に想像させていただくと、二つの理由が考えられる。
一つは、英語のreform には宗教改革の意味があるということ。それとの混同を避けたかったのかもしれない。
もう一つは日本語でのリフォームという言葉の意味。やはりどうしても「ビフォーアフター」の影響が強く、住宅の改築をイメージしてしまうからか。
その辺のところはよくわからないけれど、たしかに「王政復古」ではないだろうと思う。
「維新」の英語名称は、restoration ではなく、むしろ innovation とか innovative という言葉を使ったほうがいいのではないかと思う。といっても、いまはそれどころではないかもしれないが。 

その「維新」と合流した「たちあがれ日本」という政党の英語名称もびっくりだった。”Sunrise Party of Japan” 。たちあがれ、とはどこにもない。
その後、石原慎太郎氏は「太陽の党」を立ち上げたが、その英語名は”Sunrise Party”。なんだ、同じじゃないか。

こういう話をすると「みんなの党」の英語名に触れないわけにはいかない。
“Your Party”。これが「みんなの党」の英語名称。以前この党の本部に行ってそれを発見し、びっくりして、なぜこの英語名にしたのか政策責任者に確かめたことがあった。
正確なところは忘れたが、「“Everyone Party”にすると、誰でも、という感じになるけど、みんなの党は既成政党に飽き足らない人たちのための受け皿の政党なので、そこに不満を持つあなたのための党なのですよ、という表現にしたかったのだ」というような話をされたと思う。
そのときは一瞬なるほどと思ったのだが、ネイティブスピーカーに聞いてみると、英語的には「相当ヘン」という人が多い。
「みんなの党」という名前は当時の江田幹事長のカラオケの十八番だったサザンオールスターズの曲名から来ているというのも有名な話だが、英語のほうはエルトン・ジョンの“Your Song”にひっかけたのかもしれない。
もともとの立党の精神から言うと「既成政党に飽き足らない」人たちのための党なのだから「あなたの党」というよりは各種の世論調査で「支持政党なし」とか「その他」と分類されている人たちのための党、ということではないか。かといって「その他の党」じゃヘンだしな、やはり。
と思っていたら、いい名前を海外で発見。
ということで、それはまた今度。


ふるかわ 拝

平成25年6月18日(火)
第517号「柿右衛門先生 逝く」

十四代酒井田柿右衛門先生が逝去された。
78歳。早すぎる別れだった。
県政の上では佐賀県立有田窯業大学校の校長や佐賀県陶芸協会の会長をお引き受けいただいていたほか、個人的には僕が知事に初当選した翌年から古川康後援会の会長に就任していただいていた。
後援会は事業所として労働保険関係の届け出をしているが、そこには「代表者 酒井田柿右衛門」と書いてある。それだけでも、まことに誇り高い。

この10年間、柿右衛門先生との関係で思い出す瞬間がいくつもある。

柿右衛門先生と一度だけ海外にご一緒したときのこと。
マイセンの工房で職人が絵付けをしている姿をじっと後ろからご覧になりながら、ぽつりとひとこと「かき過ぎなんだよな」とつぶやかれた瞬間。
いくら、かつては有田の模倣からスタートしたとしても、いまではマイセンは世界一流の窯。僕が驚いていると「びっくりした?」というようないたずらっぽい表情をされた。
「余白の美」をモットーとする柿右衛門先生から観ると、マイセンの器は絵をかきこみすぎているということだったのだろう。
マイセンからの帰り、ドレスデンの美術館に寄ったときのことも思い出す。
東洋陶磁担当の学芸員は柿右衛門先生と会うのは初めてらしく興奮気味だった。それもそのはず。ヨーロッパの王侯貴族を魅了した「柿右衛門様式」。その名前を持つ実在の人物と会えているのだから。

先方からいろんな相談が先生に寄せられていた。こんなやり取りもあった。
「かつて有田から輸出された蓋付きの壺が、現在では蓋しかなくなってしまっているのだが、壺の全体を復元したい。有田でできるだろうか」という質問に対して、「ああ、できると思いますよ」とさらりと答えられた後、ひとこと付け加えられたのだ。「有田では、大抵のことはできますから。」
同行させていただいて、 まことに誇らしかった瞬間だった。
感心している僕に先生が言われた。「産地の強みというのは、こういうことなんですよ。」

3年前、上海で初めて佐賀県物産展を開催したとき、佐賀県から焼き物を持って行ったが、そのとき一番高値で売れたのが柿右衛門窯の花瓶だった。
売れ筋の日常食器だけでなく、日本最高の技術を持つ有田の代表格である柿右衛門窯の作品を見ていただきたい。売るというよりは紹介するという気持ちで飾っていたのだが、香港の方がその花瓶を見つけて「ぜひほしい」と言われた。高価な作品が売れるかどうか不安だったので、陣頭に立って売っていた僕も本当に嬉しかった。
その方は柿右衛門の名前で買われたのではない。ふらりとデパートに来てみたら日本の佐賀県の物産展をやっていてそこで実物をごらんになり、ほかの物もいろいろ観たうえで、やはりこれがいいと言われたのだ。いいものはきちんと伝わることを実感した瞬間だった。

先生にそのことをお伝えしたら、とても喜ばれた。「いつか香港や上海でも個展をお願いします。今度、県事務所の体制も整えますから。」
「そうだね。やりたいね。」

不純物があってこそ美しいものができる。味のあるものができる。そう、言い続けられた先生。
作家よりも職人が大事。そう訴え続け、いかに次の世代の人材を育てるかいつも話しておられた先生。

理想に近づけるため窯業大学校は4年制にした。内容の充実はこれからだ。3年後の有田焼400年を契機に人材育成をさらに強化しようと、いまプランを練っているところでもある。
先生にはいろんなものをもっともっと観ていていただきたかった。

流しのギター弾きを大切にされ、ふんどしを愛用され、着物の着こなしもすてきだった十四代柿右衛門先生。
暮らしの中でも伝統のものを大切にされ、使っておられた。

刻みたばこを煙管に詰めて吸う姿の似合う人がひとりこの世を去った。


ふるかわ 拝

平成25年6月11日(火)
第516号「正しい名前〜 ローマ法王篇」

先日、ローマ法王のことがニュースになっていたことがあった。そのとき僕は韓国にいて、韓国の新聞でニュースを知った。韓国語は、漢字語については日本語と共通のものが多いので、新聞などカタイ内容のものであれば見当をつけて読むことができる。
ローマ法王の写真が出てたのでキリスト教関係の記事だな、と推測して記事を読んだ。
そこでちょっと発見したのは、韓国語ではローマ法王と言わないことだった。

では何と言うかというと、漢字で書けば「教皇」。これを韓国語風に発音する、ということだ。つまり、「ローマ法王」ではなく「ローマ教皇」なのだった。ひょっとしてと思って中国語を調べてみたら、これもやはり「教皇」。東アジアの言語の中で「法王」と呼ぶのは日本だけのようだ。
なぜだろうと思って調べていたら、日本のカトリックの中核的な組織であるカトリック中央協議会のサイトに、こんなお願いが載っていた。
「皆様には、「教皇」を使っていただくよう、お願いする次第です。」

カトリック中央協議会 (「ローマ法王」と「ローマ教皇」、どちらが正しい?

どうやら、こういうことらしい。日本とバチカンが外交関係を樹立した当時の定訳は「法王」だったため、ローマ教皇庁がその名称で日本政府に申請した。だからバチカン市国の日本国における大使館の名称も「ローマ法王庁大使館」となっている。一方で「教皇」という表現も非公式ながら存在していて、いわばごちゃごちゃになっていた。1981年にヨハネ・パウロ2世が来日されたとき呼び名を統一しようという動きがカトリック教会側からなされたが、日本の外務省は「呼称を変更するのはクーデターや革命などで国名が変わるなどした場合だけ」という見解を示したため、変更できず、今日に至っているのだという。

法王と教皇では、たしかに教皇のほうが宗教的な権威を表すものとしてはふさわしいように思う。「王」というのは武力で戦い取ってもなれるものであるのに対し、「教皇」というのはそれとは異なる威厳を感じる。

ということで、これからはローマ教皇と呼ばせていただきます。


ふるかわ 拝

平成25年6月4日(火)
第515号「米日カウンシル ガヴァナーズ ミーティング」

5月27日夕方、東京の米国大使公邸で開かれたパーティに出席した。
米日カウンシル訪日団歓迎レセプションだ。

米日カウンシルとは、米国で活躍する日系人が日本との懸け橋になろうと2009年に組織された団体。代表は、昨年12月に逝去されたダニエル・イノウエ上院議員の夫人であるアイリーン・ヒラノ・イノウエ氏。
ノーマン・ミネタ氏をはじめ錚々たるメンバーが名を連ねている。
先週は東京でイベントが集中的に開催されるジャパンウィークで、そのオープニングのパーティが開かれたというわけだ。
前にも紹介したが、この米日カウンシルの一つの仕事として、政府レベルではなく地方レベルで米国との交流を進めていくプログラムがあり、そのメニューとして有志の知事による会議を米国と日本で開催している。そこでは日本の地方の中小企業の製品や技術を米国の企業に紹介するなどの交流事業を行っている。今回もレセプションの翌朝、米日カウンシルのメンバーと知事会議メンバー有志とのミーティングが行われることになっていた。

レセプション会場はそれほど広くはないが、日本側のメンバーは福田元総理や現職の小野寺防衛大臣など。経済界からも米倉日本経団連会長などが来ておられ、と米日カウンシルの存在感を感じさせるものだった。
僕は米国大使館公邸は初めてだったのできょろきょろしていたら、ある人が僕に「いま、あなたのいる部屋、ここであの有名な昭和天皇とマッカーサーの会見が行われたのですよ」と教えてくれた。
もちろん、あの写真のことは知っているが、てっきり場所はお濠端(第一生命ビルにあったGHQの本部)だと思っていたので、びっくりした。今回あらためて調べてみたら、確かにこの会見は、アメリカ大使公邸で行われたことがわかった。
そういう歴史的な場所でのレセプションだったが、多くの方と知り合い、また、米日カウンシルの方とは昨年のホノルル以来の再会となり、有意義な時間を過ごすことができた。

そして翌朝の知事会議。
いま、佐賀県を含む日本の多くの自治体はアジアに目を向けている。それはそれで必要なことだと思う。しかし、それだけでは十分ではないとも思う。
日米関係も政府間だけでなく、つまり、東京・ワシントンの関係にとどめておくのではなく、日本の地方とアメリカの地方とが直接結びつく、新しい関係を築き上げていく必要があると思う。
たとえば、佐賀県の中小企業が持っている技術を米国の企業に紹介することは相互に意味があることだろう。サガハイマットは、昨年ホノルルで開かれたこの知事会議がきっかけになって、ハワイ大学のがんセンターと協力関係ができ、今年の3月に協定を交わしたりしている。
動けばそれなりの成果が出てきている。
来年はシリコンバレーで知事会議が開かれることになっている。そのときにどういう企業や製品の紹介をしようと思っているのかについて、それぞれの県からプレゼンテーションをした。
佐賀県からも四つの企業や研究所からの提案を紹介し、いずれも米日カウンシルの人たちから積極的な反応をいただいた。
(シンクロトロン研究センターからの提案を英語で紹介するのは大変だったが。)

さて、こうして進んできている米国との関係だが、今回、あるプログラムの紹介がなされた。日米関係の強化に貢献する次世代の日本人・米国人を育成しよう、というものだ。
題して「2013年トモダチ・三井物産リーダーシップ・プログラム」。
日米両国の優秀な若手リーダーたちが相互の国を訪問し、相手国のリーダーとの交流を通して視野を広げるとともに、各分野での活動やイニシアチブをさらに強化する機会が提供される。
両国それぞれ10名ずつ選出されるが、日本側は佐賀県を含む5県(福島、沖縄、静岡、広島、佐賀)に居住している方が優先されることになっている。
政府機関系(県や市町など)と産業界(貿易、エネルギー、インフラ、テクノロジー等)の若手リーダーから選抜するというイメージのようだ。
米国への訪問は、9月8日から16日まで。まず、シアトルで、日本にも関連のある世界的企業を訪問し、視察、意見交換などを行う。そして、ワシントンD.C.で政府系機関を訪問し、意見交換等を行う。
年齢イメージは35歳以下。
もちろん英語が堪能であることが要件だが、それだけでなく生涯にわたる友好関係を構築しようという熱意や夢がある方がいい。場合によっては、選考のために本人に電話し、英語のコミュニケーション能力を確認することがあるという。

費用は主催者負担で、個人負担は基本的にはない。

6月21日までに、エントリーする必要がある。
ぜひとも、応募されてはいかがだろう。また、若い人たちに参加を勧めていただきたい。
TOMODACHIイニシアチブ

佐賀県の問合せ先:佐賀県国際交流課 kokusaikouryuu@pref.saga.lg.jp


ふるかわ 拝