2013年7月

平成25年7月30日(火)
第523号「北通に行ってきた!」

と、NHKの朝の連続ドラマ『あまちゃん』っぽいタイトルにしてみたが、7月14日日曜日に県立佐賀北高校通信制課程、通称「北通(きたつう)」の様子を見てきた。
きっかけは1通のメールだった。僕あてに来た、北通の生徒からのメールに「一度、ぜひ北通の様子を見に来てほしい。」とあったのだ。卒業式にも案内を受けたがほかの仕事と重なっていて行くことができなかった。
僕自身も、全日制課程とは違う高校生たちの学びの様子を見たかった。
50年近く経って古くなった管理棟を観たあと、実際に授業が行われている教室を見学。知らない人に見られることが苦手な人もいるので、邪魔にならないように、ということを最優先にした。
授業の様子を観た感想は、「カリフォルニアの高校みたい」ということだった。
そもそも私服で、髪の毛の色やカタチもいろいろ。年齢ももちろんバラエティがあり、教えている先生と年齢が近そうな人も生徒として混じっている。
この日は月に2回のスクーリングで生徒が集まってきていたのだが、ふつうは自宅学習がメイン。宿題をリポートとして提出する、というのが基本。
提出用の封筒を初めて見たが、切手代が15円。おやっと思って調べてみたら、日本郵便の料金表には「第四種」の中に「通信教育のためのもの」とあり15円となっていた。きちんと位置づけがされているのかと思うと、ちょっと嬉しくなった。

入ってくる生徒のタイプはいろいろあるが、それまで通っていた学校で不登校になって、高校に行かずに成人した後に、いろんな事情の中で、高校卒業の資格を取ろうと北通に入学した、という人も多い。
今回、意見交換することができた5人の生徒さんについても、「この学校に来ることになったきっかけを教えてくれませんか」と尋ねたところ、以下のような答えが返ってきた。

(Aさん)
きっかけは自動車学校です。
ずっと不登校だったんですが、新しい挑戦として自動車学校に行ってみたら、とても楽しくて。学校というものにもう一度通ってみたいなと思って。


その彼女、独学で韓国語をマスターしていて、県庁からもときどき通訳の依頼が来るという。
韓国語の能力検定でも「上級」の資格を持っているそうだ。(ちなみに僕はいま「中級」を受けようと四苦八苦しているところ。このままだと「中級」もヤバイ。)

(Bさん)
妻がきっかけでした。
結婚するときに、妻から「これから家庭を支えていってもらうためにもちゃんと高校くらいは出ておかないといけない」と言われて。子どもにも教育しないといけないですし。


(Cさん)
子どもがきっかけです。
私には子どもがいるのですが、この子が大きくなったときに「お母さんも学校行っていないんでしょ。じゃあ私も行かない」と言われたら困るので。


(Dさん)
私は、中学校のころ、うつで薬を飲んでました。高校進学に際して、学校の先生からは全日制の学校への進学を勧められ、行くことにしたのですが、結局入学式にも行かずに辞めました。説明会に行った時点でだめだと思ったものですから。数年後に母校の中学に連絡したところ、先生が北通の資料等を用意してくれました。

Eさん)
中学生のときに少し病気にかかって。それでずっとある先生のところでカウンセリングを受けてたんですが、その先生が、環境を変えた方がいいと北通のことを教えてくれて。これまでお世話になってきた先生の判断に従った方がいいだろうと思って、ここに来ました。大学に進学したいという夢に向かって頑張っています。


これはたまたま話を聞くことができた5人の話だが、みんなそれぞれにバックグラウンドがあり、高校を卒業する、という目標に向かってそれぞれのやりかたで前進している。
一人ひとりの存在感が半端ではないし、何より本当にしっかりしている。いろんな経験があったがゆえ、なのかもしれないが。
佐賀県には県立太良高校の中に発達障碍のある子どもたちが学ぶ「全県枠」を設けている。ほかの学校になじめなかった子どもたちが生き生きと暮らし、学んでいる。
それとは違うが、ここもまた、ほかの学校にはうまく適合できなかった人たちが自分に合った形で学ぶ場になっているな、と感じた。

こうして直接、現場を視、生徒さんたちの話も聞くことができて、いろんな課題が見えてきた。
また、北通で学ぶ人たちが高校を卒業する、ということの意味がいかに本人にとっても地域にとっても大きいのか、感じることができた。
改めて、この学校に対してできるだけのことをしたい、という気持ちになった。
この学校についての課題はいくつかある。
一つは、建物が古くなっていること。そろそろ建て替えを考えないといけない。全県から通っていることを考えると、もっと交通が便利なところの方がいいのではないか、などいろいろ考えてしまう。
そして、託児環境。子育てをしながら通っている生徒が何人もいることからすると、安心して子どもを預けられる環境を整備することはマストだろう。そもそも、そういう人たちのための学校でもあるわけだし。
スクーリングは日曜日または月曜日なのだが、近くの保育所は休日保育をやっていないケースが多いし、ファミリー・サポート・センター事業などで知らない人に子どもを預けるのも不安だという声もある。
いま、学校側の説明としては、「学校では託児環境を整えていないが、子どもを預かってくれるところについて情報提供はできる」ということなのだが、やはりこれでは不十分だと思う。
先日、別の北通の卒業生からもメールが来た。
彼女は30代、子持ちで帰郷。なんとかしなければと、「高校卒業」と「正規雇用」を目標に北通に入り、3年で卒業の後、短大に進学し、この春、念願の「正規雇用」の栄養士として就職した、という報告だった。
「できる範囲で生徒たちのサポートをお願いしたい」と結ばれていた。

さっそく、いろんな課題に挑戦してみたい。


ふるかわ 拝

平成25年7月23日(火)
第522号「震災バイオリンと 震災ビオラ」

僕ちょっと古い話になるけれど、6月25日火曜日に佐賀県医療センター好生館のロビーでコンサートが開かれた。

主役は「震災バイオリン」だった。このバイオリンは、中澤宗幸さんという弦楽器の製作者が東日本大震災の記憶をしっかり伝えていきたい、と作られたもので、震災に遭った家の柱や梁を使って作られたバイオリンだ。
とくに「魂柱」という弦楽器の心臓部には陸前高田の「奇跡の一本松」が使われていて、バイオリンの裏側にはその奇跡の一本松の絵が描かれている。中澤さんは「いろんな人たちの協力を得て、1000人の演奏者によって全国各地をリレー演奏したい」と思われていて、僕の長野県時代からの友人で中澤さんとも懇意にされている美谷島さんという方からのご紹介で、その一環として佐賀県内で演奏会が開かれることになったものだった。

演奏する会場については、「移転新築なった好生館のロビーは佐賀県産材を使っていて音の反響が良く、コンサートに向いている」という話を十時理事長から伺っていたので、それでは、と話をもちかけたところ、快諾していただいた。
記念すべき好生館の開院後初のロビーコンサートを震災バイオリンによる演奏で飾ることができた。

そのときの様子は、このサイトにも動画で収められているので観ていただいた方も多いかと思うが、
アルモニア管弦楽団のメンバーが主に演奏し、最後の2曲に僕も参加して、その震災バイオリンで演奏した。

1曲目は「G線上のアリア」。挨拶の中で僕はこういう趣旨のことを言った。
「かつて長野県で暮らしていたころ、小沢征爾さんが指揮する『森の音楽会』があってそこに出かけたときの話。小沢さんがステージに現れると、僕らに向かってこう言われた。『僕の師匠のカラヤンが死んだので葬儀に行ってきてました。きょう、帰ってきました。これからの演奏はカラヤンが死んでから初めてのものとなります。これからG線上のアリアを演奏します。この曲は亡きカラヤンに捧げます。なので、終わっても拍手をしないでください。』
僕も小沢征爾さんに倣おうと思います。今回の震災で命を落とされた方に、G線上のアリアを捧げます。だから拍手をしないでください。」
ロビーを埋め尽くした300人を超える皆さんたちはそのとおり気持ちを受け止めてくださった。

そして2曲目は「ふるさと」。僕はこういう趣旨のことを言った。
「この曲も長野県つながり。作詞をした高野辰之は長野県の出身です。今度は、この曲を、先の震災を生き延び、いまなお、ふるさとを遠く離れて住むことをよぎなくされている人たち、また、ふるさとで復興のためにがんばっておられる人たちに捧げます。そういう方々に思いを馳せて一日も早くふるさとに帰れる日が来ることを、一日も早く復興が成し遂げられることを祈って、みんなでこの曲を歌いましょう。」

ところで、去る7月7日に震災バイオリンならぬ震災ビオラを皇太子殿下が演奏された、という記事を先日、目にした。
学習院OB管弦楽団の第67回定期演奏会に出演された皇太子殿下は、震災バイオリンと同じく、中澤宗幸さんの手により奇跡の一本松などで作られた「震災ビオラ」で演奏されたのだ。皆と演奏された曲はシューベルトの交響曲「未完成」。
まさにいまの復興の姿を現しているということができるだろう。
皇太子殿下はビオラを演奏される。ビオラという楽器は、バイオリンやチェロに比べると比較的地味な楽器だといえるだろうが、そういう楽器を皇太子殿下がたしなまれるということに僕はとても嬉しいものを感じる。

これからも震災バイオリンや震災ビオラは各地で演奏されることになると思う。ぜひとも、そのネットワークが紡ぐ音色に耳を傾けていただければと思う。
http://www.power-full.com/watching.html

ふるかわ 拝

平成25年7月16日(火)
第521号「JRのきっぷ いまやネットで買わないと損、という時代に」

僕はわりとJRを使う。二酸化炭素排出を減らすためにも渋滞緩和のためにもそのほうが望ましいしと考え、そうしている。そもそも鉄道が好き、ということもあるが。

だから基本的に県外への移動はJR。県内でも、たとえば鹿島や有田に行くときなどはJRの特急を使ったほうが早く着くことがあるので、そういう場合も使っている。また、プライベイトな用で唐津に行ったりするときにもJRを使うことが多い。
JR九州管内の知事で私ほどJR九州に乗っている者はいないのでは、と思うくらいだ。

ということで、このJR関連でうれしいサービスを紹介したい。それはJR九州のインターネット列車予約サービスだ。

そんなにネット予約がうれしいの?と不思議に思われるかもしれないが、こういう特長があるのだ。

1 安い
片道でも割引きっぷより安いのだ。たとえば佐賀−博多が「九州ネットきっぷ」では、特急指定席が片道1100円だ。
(解説 いらないひとは読み飛ばしてください。
佐賀−博多間を特急で移動する場合、「2枚きっぷ」というJR九州が駅で発売している回数券タイプの割引きっぷを買うと自由席が片道1100円となる。これに座席指定券300円を加えると1400円。
運賃プラス指定席特急券の割引前の値段は2380円。片道で、だ。つまり、割引きっぷを使うと4割以上割り引かれるということになる。)

本来なら回数券ということで割り引かれているきっぷを、ネットで買えば片道だけでもさらに安い値段で買うことができる、ということだ。

2 変更が自由
「九州ネットきっぷ」の場合、ネットで予約をした後、実際に駅に行って発券する前だったら、何度でも手数料なしで変更ができる。
実際に発券した後は、出発時刻前なら一度だけできる。
ネット以外だと、予約をするイコール発券だから、要するに変更は一度しかできない、ということだ。
ここが航空券との最も大きな違いだったが、それがネット予約に限っては改善された。

この二つを取ってみただけででも、ネット予約の威力が感じられるのではないか。
だからこの頃は、出張でもプライベイトでもJR特急を使うときはこのネット予約を活用している。しかもスマホでできるので、外出先でも簡単に変更ができて便利だ。


ところが最近、ちょっと不安になってきていることがある。
最近、このネット予約が普及してきて(それはそれでいいことなのだが)、たとえば佐賀駅の場合、このネット予約のきっぷを受けとる端末がきっぷ売り場に1台しかなので、そこで順番を待つことが増えてきているのだ。発車時刻ぎりぎりまで変更できるのが「九州ネットきっぷ」の良さなのだが、発車時刻までにはきっぷを発券しておかないといけない。そのきっぷの券売機はどれでもいいというわけではなく、その機能を持っている券売機じゃないとだめで、それが限られているのだ。
みどりの窓口でも発券はできるが、ここもまた混んでいる。
このままだといつの日か、券売機に並んでたためにきっぷが発券できなかった、ということが問題になりそうな気がする。

JR九州さま、予約きっぷ受け取り対応可能な券売機を増やしていただけないでしょうか。


先日、佐賀駅のみどりの窓口で博多までの特急券を買った後、プラットフォームで電車の来るのを待っていたら、駅員さんが走って来られた。手に黒い小さなバッグを持っておられる。
息せきながら「このバッグ、お客様のではございませんか?」。
どうやらみどりの窓口の方がお客様の忘れものを発見され、その直前の客が僕だったらしく、それで走って来られていたのだった。
その荷物は僕のではなかったのだが、後で聞いてみたら、同じ列車に乗る予定だった別のお客様のものだったらしく無事手元に返っていったようだ。JR九州のお客様対応に感心した。

ネットもいいが、こういうアナログなやりとりも悪くはない。

とはいえ、一度このネット予約のサイトを見てみてください。

JR九州 列車予約サービス


ふるかわ 拝

平成25年7月9日(火)
第520号「『アメリカ』のある日本的な風景における佐賀」

東銀座の風景が変わったよ、と言われ先日行ってみた。
確かに、かつては歌舞伎座の1本先とか歌舞伎座の裏通り的なイメージのあった通りが植樹がされて道が広くなっていた。
今回そこに行くのには目的があった。それがその通りにある喫茶「アメリカン」だ。
ふつうのサンドイッチ中心の喫茶店のように思うが、オーナーが佐賀県人。店内に佐賀県のポスターが沢山貼ってあるという話を聞いていた。いわば佐賀愛に満ちた空間になっているということだった。
実際に入ってみたら、そのとおり、天井から壁から佐賀県のポスターだらけ。いちばん多かったのはバルーンのものだったが、とにかくこれだけ熱く佐賀を主張したスペースは東京にない、というくらい見事なものだった。
お店がオープンして30周年になるということでそれを記念してのメニューを食べ、店を出る前にひとことオーナーにご挨拶をしておこうと厨房に行き、声をかけたところ、大変に喜んでいただいた。

古川 新しい歌舞伎座ができてどうなりましたか。

オーナー

全く変わりましたね。裏通りから表通りになりました(笑)。

古川

お客様が店内もいっぱい。店の外で待っておられる方もたくさんいらっしゃいましたが、以前からそうだったのですか?

オーナー

いや新しくなってから特に増えたんです。店の前の樹木も、歌舞伎座を建てた業者が「工事をやっていた3年間、大変ご迷惑をおかけした」というので植えてくれたんです。

見ればプラタナスの街路樹がお店のちょうど前に2本植えられている。
なにかとても温かい気持ちで店を後にした。


店を出てタクシーに乗り込み、タクシーの運転手さんに話しかけた。

古川 いい店でしたよ。新しい歌舞伎座ができて、ずいぶんこの辺変わったんですってね。

ドライバー

笑い話みたいなものなんですが、会社からはあまり歌舞伎座には近づくな、と言われているんです。

古川

それは?

ドライバー

新しい歌舞伎座を見ようとわき見運転をする人が多くて、それが原因で歌舞伎座周辺での交通事故が増えているらしいのです。
ですから、用もないのに周辺には近づくな、ということになっていまして。

古川

それは悪かったですね。

ドライバー

いえ、ですから私も歌舞伎座にここまで近づいたのは初めてです。今回は用があるので近づくことができました。ありがとうございました。

いい会話になった。

今度は中を観てみたいな。


ふるかわ 拝

平成25年7月2日(火)
第519号「正しい名前〜 海外の政党篇」

今回は「正しい名前〜海外の政党篇」。
新党ができるとこれまでになかった名前をつけないといけないので大変、というのはどこの国も同じだが、国によっていろんな政党名がある。

「NAVERまとめ」のサイトで各国のおもしろい政党名を発見したので、少し紹介していく。
現在も存在している党中心にしてみた。
有名な「Forza Italia(がんばれイタリア党)」とか「バラを握り締めて党(Rosa nel Pugno)」などイタリアにはおもしろい政党が多かったのだが、残念なことに今はない。

何でもある米国には、こんな政党もある。
「家賃がバカ高すぎる党(Rent Is Too Damn High Party)」
ニューヨークの家賃の高さにあきれて作られた政党だが、ついでにニューヨークのホテル代の高さも憤ってほしいな。
「怒り新党」のN.Y版ということか。
「禁酒党(Prohibition Party)」というのもある。アル・カポネの時代を思い出すが、ただ「Prohibition(禁止)」というだけで禁酒という意味になるとは知らなかった。

お次は英国。
この政党は、ほかの国にもありそう。題して「票を入れたい候補者がいない!党(No Candidate Deserves My Vote!)」
どういう主張かは言うまでもない。日本の「みんなの党」もこの名前にしたらいいのではないだろうか。

スウェーデンには「ドナルドダック党」がある。ほんとは政党ではないのだが要は同じようなものらしく、毎回一定の数の人がこの名前を書くという。
四半世紀前に僕が選挙の実務に関わっていたころは、いろんな選挙で「長嶋茂雄」とか「松田聖子」とか書く人がいた。それも似たような気持ちだったのかもしれない。

ドナルド・ダックではないが、前回の衆議院議員総選挙のときにAKBのメンバーの名前を書いた人、実はけっこういたのでは?と思ったりもする。
たとえばAKBの「大島優子」と同姓同名の人が日本国内に8人位いるというから、今回の参議院議員選挙で「大島優子」という名前の人が立候補したら、なんて考えるような人もきっといるだろうな。というか、「支持政党なし党」という政党を作ったら一定の票数は確保できるのかも。などと不埒なことをいろいろ思ったりした。

このほかロシアの「ビール愛好者党」、ドイツの「ドイツ海賊党」など気になる政党はいろいろあるが、僕がもっとも気に入ったのはデンマークの「誠実なる怠け者連合党(Sammenslutning af Bevidst Arbejdssky Elementer)」。
なんだかふざけているような政党だが、もともとはマルキストとアナーキスト的な集団のよう。「労働がそんなに人々を健康にする、というのなら病人に(労働を)させろ」などの言葉を残した代表は1993年の国会議員選挙で「スタッフルームでのセックス禁止」「すべての人に何かの贈り物を」などを訴えて約32000票を得て当選したという。当選後はさっそく投票してくれた人を招いてビールとソーセージをふるまい、公約を実行した、という。日本では買収になるけどね。
日本語のサイトにはこの党が「公園のアヒルに与えられるパンの増量を訴え、実現した」とあるが、この事実は残念ながら僕は確認できなかった。
この政党もすでに解党したという。

昔、僕が東大教養学部の学生だった頃、当時は民青というグループが学生自治会のいわば「政権」を握っていた。あるとき、その自治会の代表選挙みたいなものが告示されたところ「駒場東大前駅に急行を止める会」という会ができてそこから候補者が出て、結果から言うとトップにはならなかったものの2位だったと思う。
渋谷駅から二つ目の駒場東大前駅には急行が止まらず、多くの学生たちは無情にも駅を通り過ぎていく急行をただ眺めるしかなかったわけだが、それを何とかしようということで、かどうかしらないが、そういう会を作ったところ、一定の票を取った、という事実は僕をびっくりさせた。
やはり、こういうことって大事なんだな、と。
「こういうこと」というのが何のことなのか、当時の僕はよく理解してなかったけど、とても刺激的な結果だったことは間違いない。

東京都議会選挙も終わった。いよいよ参議院議員選挙だ。とにかく投票をしよう。ネット選挙も解禁だし、新しい動きがみえてくるかもしれない。


ふるかわ 拝