2013年8月

平成25年8月27日(火)
第527号「ILCの国内候補地公表を受けて」

国際リニアコライダー(ILC)の国内候補地が、先週の金曜日(8月23日)に公表された。
もともと国内候補地は東北地方の北上地域か九州地方の脊振地域かということだったが、今回の学者グループの発表では、北上地域ということになった。

大きく言えば理由は二つで、一つは脊振地域には新しく発見された活断層などがあり、50キロのトンネルを自由に設計することが難しいが、北上地域にはそのような活断層の存在もなく、設計をするときの自由度が高いということ。
もう一つは、社会経済的側面について。脊振地域の方がやや優れてはいるものの、とはいえ結局のところ現時点では充分ではなく、足りないという限りにおいては脊振と北上はさほど変わらないということ。

ここ数年にわたって、学者グループの方々が真剣に議論をし検討を進めて来られたことに対しては、心から感謝している。そして、学術的に検討された結果に対しては素直に受け入れなければならないと思う。
とはいえ、このILCの脊振地域の立地を目指して多くの人たちとともに運動を進めてきた僕としては、北上のほうが優れていると判断された理由について、自分たちなりに理解したうえでしっかり皆様に説明する必要があると思っている。
ところがその意味で、金曜日の記者会見は十分な説明がなされたとは思えなかった。

例えば脊振地域は活断層が近く自由に設計がしにくいとされた点について。
もともと脊振地域には活断層はないとされていたのだが、東日本大震災後に活断層についての考え方が変わり、これまで以上に厳しい条件で活断層かどうかを国(文部科学省)において判断されることになった。その新しい基準に基づいて活断層かどうかが判断された結果、これまで活断層とされていなかったところが活断層と位置づけられることになった。
こうした新しい基準に基づく活断層かどうかの判断は、現時点では九州地方でしか行われていない。東北地方を含むほかの地域においては、新しい(厳しい)基準による活断層の判断はまだ行われていない。
だから我々は、活断層かどうかについては、九州と東北を同じ基準で評価すべきであって、片一方が厳しい基準で片一方が昔ながらの基準で評価されるのはおかしい、と主張してきた。東北地方においても学者グループによる活断層の調査が行われているのは事実だが、それはあくまでも学者グループによる調査であって、国が行ったものではない。
今回の候補地選定にあたって、九州地方だけでなく東北地方についても同じ基準で活断層の評価を行って欲しかった、という思いはぬぐえない。
また、社会経済的側面についても、脊振地域の方は福岡都市圏を含んでおり、インターナショナルスクールを始めとする国際的な施設の整備状況については、北上地域よりも進んでいる。こうした既存の社会的な基盤を有効に活用することによって、少ないコストで整備することができると考えていた。
しかしながらこの点についても、都市集積がある分地価が高いとか、一定の集積はあるものの、東京ほどではない、とされ、脊振でも北上でもあまり違いがないと評価されてしまい、北上は東京から近いところにキャンパスを作ればいいという結論になってしまった。
一定の人口集積のあるところに研究所を作れば、確かにその分地価が高いことは否めないが、それはその分だけ整備が進んでいるということではないのか。
また、そこで暮らす側の研究者の立場に立って考えれば、何にもないところに研究所や中央キャンパスだけができるのと既存の都市があるところに住むのとでは、生活そのものの豊かさや楽しさも違ってくると思う。少なくとも現在のこの分野の世界最高の研究所CERNはスイスのジュネーブに立地している。

今日までに僕たちが得た情報だけでは十分な判断ができていないのかもしれないが、金曜日の発表を聞く限り、十分に納得のいく説明をしていただいていると評価することはできないな、というのが率直な感想だ。
できるだけ早く今回の決定を行った学者グループの人にこちらに来ていただいて、じっくり意見交換ができればと思う。


ふるかわ 拝

平成25年8月20日(火)
第526号「中朝国境で見た地方分権とブランディング」

先日、夏休みで吉林省・延辺朝鮮族自治洲の中心地延吉に行ってきた。
上海から中国東方航空の直行便で3時間。エアバスA320の機内は満席だった。延吉の近くにある観光地長白山に行く団体観光客が多かった。
僕の乗った便はほぼ定刻出発だったが、別の便で延吉入りする予定だった現地集合の友人たちの便はほぼすべてがディレイ。どうもそれはその日に限って、ではないようだ。「最近、中国国内のダイヤが乱れている」という報告は受けていたが、やはりそのとおりのようだ。とくに北京の空が混雑しているらしい。
また、この上海−延吉便、チケット購入時点では15:40だった出発時刻が、搭乗時には09:00に変更されていた。午後3時40分がいきなり午前9時。しかも前触れなし。僕が購入した「楽旅China」からは連絡がなかった。友人から教えてもらって初めて知った。

延吉は、人口50万人の街とは思えないくらいの大都会で、しかも消費都市。夜は街の主な通り沿いにあるビルにはすべて統一感のあるイルミネーションが輝き、とても中国辺境の街とは思えなかった。ちょっと言うとマカオのようだ。
現地在住の友人やその家族と会い、いろんな話を聞くことができた。

朝鮮民族と漢民族との関係はきわめて微妙なものだった。
この地域に入るとすべての看板類にはハングルと漢字が併記。しかも「必ず」ハングルが先。これがルールだという。
企業や行政の組織においてもトップは朝鮮民族でナンバー2が漢民族。
徹底してますね、と現地で案内をしてくれた友人に言ったところ「自治区域ですから」。

「自治」で思い出したのが先日行った灼熱の上海でのこと。「40度を超えると工場の操業ができないので大変」という話をしている日本人の方がおられたので「それは中国の法律ですか?」と尋ねたところ、「いや、上海市のルールです。」という答えが返ってきた。どうやら上海市独自ルールとして摂氏40度を超えたら労働者保護のため工場の操業を停止することが決められているようだ。

延吉に住む友人の弟は、デリバリーの会社を始めたと言っていた。宅配をしないレストランやお店でものを買ってそれを自宅や会社に届けるという会社で、宅配会社と出前サービスと便利屋を合わせたようなイメージ。「何か規制がないのですか?」と尋ねたら、「いや、別に、ないです。こういうサービスがあれば便利だなと思って始めてみました。」という返事。実にストレート。
規制緩和や地方分権、中国のほうが先を行っているのかな。

翌日は、国境を流れる図們江の川下りをした。図們市の乗り場からわずか20分くらいの遊覧だが、「実質的には北朝鮮に入り込んでいるのではないか」と思うくらい、対岸の北朝鮮に近いところを通る。ちょうど嘉瀬川や松浦川の中流くらいの、30メートルあるかないかくらいの河幅で、これなら渡りたくなる。

その後、図們大橋という国境の橋の途中の国境線のところまで行った。国境線のところには傘をさした男の人がひとり立っていた。その日はたしかに暑い日だったがその男性、日傘をさしているわけではなく、そこで観光客が越境しないように見張っている管理人だった。そこにいてちゃんと働いているぞ、ということを橋の両側にいる両国の国境警備の人達に見せるためのもの、とのこと。なんにでもいろんな理由はあるものだ。

延吉を含むこの地域。かなり北朝鮮との関係は深い。柳京ホテルというピョンヤンを代表するホテルが経営する朝鮮料理レストランがあり、そこでは料理のほか歌が披露されている。北朝鮮のたばこ「雪景」がある。そのほか北朝鮮製の特産品「へび酒」などもある。
それらについて語られるとき、必ず言われるのが「貴重品ですから」という言葉だ。話を聞くと、それら多くの北朝鮮の嗜好品は正規ルートではなく入ってくるものなので値段が高いとのこと。
ためしにたばこを吸い、へび酒を飲んでみた。「北朝鮮製は貴重で高い」というちょっと不思議なブランディング効果か、なんともいえぬ複雑な味わいだった。


ふるかわ 拝

平成25年8月13日(火)
第525号「灼熱の上海でみたもの」

上海から帰ってきた。

灼熱の上海だった。毎日だいたい摂氏40度。こうなると服はむしろ着たほうがいい、というがそうは言っても暑いさなかに服を重ね着するのは抵抗があり、とにかく暑かった。
現地の様子は、ほぼ毎日レポートしていたので以下のURLでもご覧いただければ。
http://www.saga-chiji.jp/ugoki/

どれくらい暑かったかというと、マンホールのふたの上で料理ができるほどなのだ。
上海郊外でマンホールのふたの上で目玉焼きを作っている写真が新聞に掲載され、中国内外に広まったため、「ただで目玉焼きが焼ける」とマンホールのふたが上海市民の即席バーベキュースポットと化し、周辺には卵の殻が散らかっている状況になってしまった、という話まで聞いていた。

「タマゴだけにサンランしてるわけか」と思って上海に行ってみたら、さすがにバーベキュースポットにはなっていなかったが、確かにそれは僕が地球上で経験したことのないような暑さだった。
たとえて言うなら、ヘアードライヤーのHOTの風がずっと身体全体に向けて吹き付けられている感じなのだ。

今回の上海訪問の目的のメインは上海の現地企業に日本出張の際の佐賀便利用をお願いする、ということだった。もちろん、佐賀県の企業が上海に進出しているというケースもあるし、佐賀県の企業でなくても佐賀県や九州に取引先があったりするケースもあるだろう。佐賀−上海線の日本からのお客様の在住地は約50%が福岡県、それも福岡市近郊が多い。つまり、わざわざ福岡市から佐賀市まで来てでも乗る価値がある、というのがこの春秋航空の佐賀−上海線だ。
だから、佐賀県内、だけでなく九州に出張する機会のある企業にご挨拶したかった。
福岡空港に発着している中国東方航空や中国国際航空を利用する場合と比べて、有明佐賀空港の佐賀−上海線を使った場合、福岡市までの交通費を加えても、2万円から3万円くらいは安い、という事実を現地企業に知ってほしかった。

それは、だいたいうまく行った。ある日系企業は、上海工場の成績優秀者の研修のため、年に1度のご褒美旅行として日本(佐賀)に連れて来ているというが、これまでは日程のこともあり福岡便利用だったところを来年は佐賀便を使うことについて検討してくださることになったし、近いうちに予定されている出張にはさっそく佐賀便を使うことを即決して頂いた。
今回、いろんな企業を回る中、佐賀便があることは知っておられる人が多かったが、実際の費用の比較を見ていただくとけっこう反応があった。それが印象的だった。円安になっているのでこれまで以上に仕事でもプライベイトでも日本円で換算したらいくらになるか、ということに敏感になっている、ということもわかった。
また、よく聞かれたのが春秋航空の預け手荷物の重量制限。「一般的なキャリアは20キロ以内は無料のことが多いが、春秋航空の場合は何キロですか」というお尋ねだ。春秋航空の場合は15キロ。今月は留学生に限り20キロまで無料というキャンペーン中だが、留学生に限らず、上海に住んでいる日本人でも日本との行き来の際には重量制限ギリギリまで荷物をパッキングするのが普通だという。この重量制限の件は、運賃と同じくらいに関心が高いのだなと思った。

それと上海からのお客様の誘客という意味では、上海在住の欧米人をターゲットにしたマーケティングも効果があるのでは、という助言もいただいた。
確かにそれもそのとおりで、こうしたことについても取り組んでみたいし、もっとリムジンタクシーの範囲を広げてほしいとか駐車場が止めにくくなっているとかいろんなご指摘もいただいた。
ほんとにやりたい!やらなければ!発見満載の出張だった。


ふるかわ 拝

平成25年8月6日(火)
第524号「以下同文は必要?」

この仕事をしていると、いろんな式典に参加することがある。そのときによく出くわすのが賞状の授与。僕が主催者として渡す場合もあるし、僕が来賓の場合は、主催者がお渡しになる姿を来賓席から見ている、ということになる。

この賞状のやりとりのとき、僕が主催者の場合に実行しているささやかなことがある。
一つ目が、賞状に書いてある名前を読むとき、ポストイット(附箋)にひらがなで書いてもらったりしないということ。
二つ目が、「以下同文」を言わないこと、だ。

一つ目は、ちょっとわかりにくいだろうか。
賞状を渡すときに必ず必要になるのは、渡す相手の方の名前を読み上げることだ。
人の名前の読み方にはルールがなく、自由。だから、とにかくその人の名前を正確に発音する、ということはけっこう大変なのだが、近年、ひらがなで相手の名前を書いたポストイットなどの附箋を賞状に張り付けておいて、読み上げのときにはそのひらがなを読む、というやり方が広く普及している。
これでやれば絶対間違わないので、いい解決法ではある。

ただ、僕の見るところ、この方法には一つだけ欠点がある。
それは「かっこわるい」のだ。(あくまでも僕のセンスでは、ということだが。)
名前を読み上げたあと、ご本人に賞状を渡すときには附箋をはずすことになるのだが、「賞状から附箋をはずして、それをそそくさとポケットに突っ込む」というしぐさがどうも、かっこよくないなあと思ってしまうのだ。

では、僕はどうしてるのか。
事前に、受賞者の名前をまず頭に叩き込む。
リストはもらってるので、全員の分を口に出して発音しておく。(ここが大事で、目で見てるだけでは訓練にならない。)
そして実際に渡すときには、一人ひとりの名前を司会者にコールしていただいている。
「佐賀市 やまぐち たかし さま」みたいに、だ。(この名前に特段の意味はありません。)
その音を聞いて、僕が賞状を読み上げるときにそのとおりに発音して渡している。

仮にこの人が「山口 隆」さんだったとして、読み方が「やまぐち たかし」だったら事前のチェックのときも「一般的な読み方だな」と思うわけだが、この人の読み方が「やまぐち ゆたか」である可能性もある。(唐津出身の建築家辰野金吾氏のご子息の仏文学者「辰野隆」氏は、「隆」と書いて「ゆたか」だった。)
その場合は、事前チェックのときに注意すべき読み方として意識しておく。
あらかじめ、事前に名前を読み上げて練習しているので難読人名は頭に入っているし、これで間違えたことは一度もない。

二つ目が、「以下同文」を読まないこと。
賞状は受賞されるお一人おひとりにとってみればそれ相応の意味のあることだと思う。
それなのに、二人目以下の方に対して全文が読まれないことを申し訳ないと以前から思っていた。
だから、ある程度の数であれば、僕は全員に全文を読むようにしている。
ただ、そうは言っても数が多くて全員に全文を読むことができないこともある。
その場合にはどうしているか。
賞状を授与する前に、司会者にこうアナウンスしてもらっている。
「一人目の方はお名前と全文を、二人目以降の方はお名前のみを、読み上げさせていただきます。」
こう言っておいてもらうと、「賞状  やまぐち たかし さま」とだけ読んで、そのまま賞状を渡すことができて、「以下同文」をわざわざ言わなくてもいい。自分がもらう立場だとしたら「以下同文」を言ってほしくないなと思うもので、こういうことを考えた次第。とはいえ、これも趣味の問題なのかもしれないが。

賞状の渡し方や読み上げ方。参加しておられる方からみればささいなことかもしれないが、僕なりの考え方で進めている。

みなさんはどのようにお考えだろうか。


ふるかわ 拝