2014年1月
平成26年1月28日(火)
第548号「週末のソウルへ ティーウェイ航空搭乗記」

先日、プライベイトでソウルに行ってきた。
12月20日に有明佐賀空港に就航したティーウェイ航空を使って、だ。
また僕としてはそれに先立つ12月18日にオープンした有明佐賀空港の国際線ビルの初利用ということでもあった。

金曜日の夕方発で日曜日の午後帰り。
金曜日は佐賀発17時10分でソウル着18時30分。日曜日はソウル発14時50分で佐賀着16時10分。週末の旅としては理想的なスケジュールが組める。
これで航空券は往復燃油サーチャージ、空港使用料込みで総額14,050円。ほんとに安いのだ。

有明佐賀空港は駐車場が無料なので車で来ても便利で、しかも、ティーウェイ航空のチェックインカウンターの締め切り時間は出発の40分前。
2時間前に来ておいてください、と言われる大きな空港とはその辺りも違って、とても便利だ。

機材はB737。ANAの佐賀-東京便にも就航している機材だ。ただ、定員がANAよりも13人多いのでその分、席が少し狭い。とはいえ、耐えきれないほど、ということはなく、1時間20分の短いフライトではそんなに気にはならなかった。

席はだいたい埋まっている感じ。就航したばかりの便は一般的には認知度が低く、高い搭乗率をマークすることが難しいものだが、ソウル便の場合は12月の平均が80%弱となかなかの数字のよう。ほっとしているところだ。

ところで有明佐賀空港には上海便とソウル便がそれぞれ週3便ずつ就航しているが、この便数、九州の空港の中では福岡、北九州、鹿児島についで第4位。この2年間でゼロからここまで来ている。ご利用くださっているお客様に心から感謝だ。

定刻に離陸した飛行機が上空に達した後、軽食と飲み物がサービスされる。
一般的にLCCの機内の飲食物は有料なのだが、このティーウェイ航空はポテトチップスのようなスナック菓子と水かオレンジジュースが無料で配られて、なんか得した気分になる。
これを楽しんでいるうちに、もうソウルに向けて着陸の体制となり、あっという間に到着となった。

入国した後、高速鉄道と地下鉄を乗り継いで明洞のホテルへ。旅装を解いて近くのお店で夕食。
県庁を出て5 時間後にはソウルでごはんを食べている、ということになる。

ほんとに近くなったなあ、と実感した。
2泊3日のソウルを満喫して、日曜日の夕方には佐賀に着いた。

一つ、気をつけなければならないのは、ソウル・インチョン空港は保安検査に時間がかかること。列に並んでから保安検査をクリアするのに20分かかった。そして出国した後、シャトルで搭乗口のあるコンコースへ。そこまでだいだい15分かかる。僕等が乗った便は搭乗口がコンコースの中でも端っこに近く、そこからさらに5分近くかかった。
搭乗口近くにも飲食店があるので、少し早めに行って、ゆっくり食事やお茶するのもいいかも。

これだけ楽に行き来できるのであれば、特に何かしたい、とか目的がなくても気軽に行けるようになったように思う。

上海に次いでソウルもわが街になったような気がする。


ふるかわ 拝

平成26年1月21日(火)
第547号「日本で一番ドクターヘリを安心して使える地域に」

1月17日、佐賀県にまた1機、ドクターヘリが入った。これまでは他県と共同運航の2機体制だったが、今度入ったのは佐賀県保有の機材。その式典での僕の挨拶の模様がhttp://www.power-full.com/watching.html に載っている。
そこでは動画とテキストがアップされているのだが、要するにこんな内容のことを述べた。


今から19年前の今日、阪神淡路大震災が発生をいたしました。
その日その瞬間、我が国にはドクターヘリは1台もありませんでした。
まことに残念なことにあの震災当日ヘリコプターで救助搬送された人は一人でした。
「日頃からヘリコプターを使っておかなければいざというときに人を助けることができない」。
この考え方を基にドクターヘリの導入の検討が始まり、そして2001年、21世紀のスタートとともに我が国で初めてドクターヘリがスタートしました。

わたくしが知事になりましたのは2003年。その当時佐賀県はまだドクターヘリでカバーされるエリアではございませんでした。県単独で本格的に導入をするということも考えましたが財政的な制約などもあり、まず始めたのは福岡県との共同運航というやりかたでございました。久留米にあったドクターヘリを福岡県と共同運航という形でお願いをし、いざとなったときにためらいなく搬送救助のお願いをできるようにしておくようにしました。

この体制をスタートさせたところ、非常に利用しやすいということで利用が増えていきました。2009年には県の西部地区を中心に充実したカバーができるように長崎県との共同運航もスタートさせました。もちろん、両県にはそれなりのものはお支払いしていますが。(笑)

福岡県そして長崎県との共同運航ということにより、佐賀県はダブルでドクターヘリによりカバーされるエリアになりました。こうしたこともあって、利用は年々増えているという状況にあります。

とはいえ、もともと一県で持っているものをいざというときに他の地域へ資機材をふりむけていただいているわけで、どの県でも利用が増えているということを考えれば将来的に佐賀県で患者が発生した時に長崎県や福岡県のヘリが来ていただけないという事態も発生する可能性が出てきました。こうしたことがあったのでは佐賀県の県民の方にとっても、また福岡県や長崎県の県民の方にとってもよくないことになる、そう考えて佐賀県単独のヘリの導入に向けて検討を進めることといたしました。

わたくしの三期目の選挙の時もドクターヘリを県単独でいれるという政策を明確化し、県の総合計画に位置づけて検討を進めてきたところです。

それがようやく今日から運航がスタートということになりました。佐賀県単独のこのドクターヘリは、待って待って導入した分、他の県よりもいい仕掛けがたくさん込められています。

実際のドクターヘリの運用で一番困るのは本当にドクターヘリで運ばなければけない患者さんかどうかの判断であります。現場が判断しやすいようにということでキーワードを決め、そのキーワードにあてはまる容体かどうかということでヘリの出動を決めるというキーワード方式を採用することにしました。たとえば、「交通事故」「車外」「投げだされ」というキーワードが当てはまれば、ドクターヘリを要請できる、と言った具合です。

そしてもう一つ。ドクターヘリの運航基地についても、ここ佐賀大学医学部附属病院と佐賀県医療センター好生館、この二つがいわばツインタワーとしてドクターヘリの基地として活動していただくことをご了承いただきました。まさに佐賀県は我が国のドクターヘリの世界の中でトリプルの運航が確保されている地域、そして県内を代表する二つの医療機関が基地病院、連携病院としてしっかりとした体制を持っている地域として、わたくしは日本で一番安心してドクターヘリを使っていただける地域になったのではないかと思っています。

福岡県、長崎県との共同運航についてはこれからも続けて行きます。これで佐賀県はトリプルでカバーされる県になります。また、これからは両県に何かあったときにはこちらがお手伝いすることができるようにもなります。

スタートさせればさまざまな課題はあることと存じますが、これまでもいろんな課題があるときにそれぞれ知恵を寄せ合って解決してきました。関係者の、物理的な、そして心理的な距離の近さが佐賀県の良さだと思っています。これからも何かあれば現場の皆さん、そしてものごとを決定する責任ある立場にあるわたくしどもがしっかりと手を携えていきたいと思います。
改めて本日までにお世話になりました関係者の皆様方に心から感謝申し上げてわたくしのご挨拶とさせていただきます。本当にありがとうございました。(以上)


この僕の挨拶を佐賀新聞で読むとこうなる。
「佐賀大病院の屋上ヘリポートで開かれた式典で、古川康知事は『財政的な理由で単独運航が遅れた分、他県より優れた仕組みを導入できた。日本で一番、ドクターヘリを安心して利用できる地域にしたい』と述べた。」

どこも間違ってはいないのだが、ここだけ読むとなんだか言い訳してるように見えるなあ。
一行の新聞記事の向こう側には、これだけの発言をしていることもどうか知っててくださいね。

やっぱり言い訳っぽいか。


ふるかわ 拝

平成26年1月14日(火)
第546号「今年の年賀状などから」

2014年がスタートして、そろそろ半月。最近、僕の印象に残ったことを紹介したい。

1 今年の年賀状から。

AKBの「恋するフォーチュンクッキー佐賀県庁Ver.みました」的なコメントが今年の断然ナンバーワンだった。
1月13日現在で201万回再生。佐賀県庁が自治体バージョンとして一番早く取り組んだことが大きかったと思う。ちょっと自慢。それに続いて、神奈川県、鳥取県、富山県などが都道府県レベルで参戦、市町村レベルになると数え切れないくらいの数がアップされている。
「AKBの次は何をされるのですか」というのも結構あったけど、こればっかりはねえ。

時事ネタでは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのこと、とくに「おもてなし」をテーマにした人が多かった。いろんな意味で、今回の開催決定は日本社会にとって中期的なターゲットイヤーの設定になったのではないか、と思う。
佐賀県としては、
2016年(平成28年) 有田焼創業400年
2020年(平成32年) 東京オリンピック・パラリンピック
2022年(平成34年) 新幹線西九州ルート開通
2023年(平成35年) 国民体育大会・全国障害者スポーツ大会佐賀県開催
とターゲットイヤーが見えてきている。
これらに向けてやっておきたいことが山ほどある。ああ、時間がない!

政治・行政に関することとしては、今年が経済政策の正念場、という意見が多かった。
消費税率のアップがあるし、それをどう乗り切って成長を実現していくか、が問われている。「安定した政治の大切さを感じています」という声もある一方、「日本はどこに行こうとしているのでしょうか」という言葉を複数の人が書いておられたのも印象的だった。

2 年末年始のファミリーレストランにて。

「最近、これ知って笑ってんだけど」という会話の声が聞こえて、つい聞きいってしまった。
どうやら「名作に一文字加えると」というのが流行っているらしい。
たとえば、源氏物語。これに一文字加えて「源氏名物語」 という具合らしい。
僕自身でも調べてみたら「我輩は猫耳である」とか「耳をすませばか」など味わい深いものがいろいろある。
「いいとしのエリー」
「ソ連行け!アンパンマン」
というのも笑えた。みんな、なんて賢いんだろう。

そのファミリーレストランでの会話、もう少し聞いていたら、最近のきらきらネームの話になっていた。僕は職業柄、表彰式の時などいろんな方のお名前をお読みする機会が多い。
付箋をつけたりせずに基本的には自分でお名前の読み方を覚えてるようにしているので難しい読み方は要注意。かつては高齢者のお名前の中に読みづらいものが多かったのだが、最近はむしろ小学生や中学生の名前の方がよほど読めない。ルールがわからないのだ。

さて、ファミレスの現場に戻ろう。彼らの会話に耳をすますと、どうやら知り合い(だと思う)のお子さんの名前が「タバ」という字に「ナツ」らしい。
えっ?
漢字で書けば「束夏」ということになるが。

正解は「バナナ」だって。はあ、わかりました、としか言いようがないな。
でも、もっと上には上ががあった。
ネットでみてたら「黄熊」という名前があるという。

読み方は「プー」。
もうこれはクイズだな。

ともあれ、今年もよろしくお願いします。


ふるかわ 拝

平成26年1月7日(火)
第545号「ハンナ・アーレント」

最近観た映画の中で心に残った映画といえば「ハンナ・アーレント」。ドイツ系ユダヤ人の哲学者の物語だ。
ナチとユダヤというテーマと聞くと、それだけで内容のイメージが湧いてくる。そのこと自体は重いテーマだと思うのだが、映画を観るときいつもいつもそういう重いテーマのものを観たいわけではないからパスすることも多い。この「ハンナ・アーレント」もその手のものかと思っていたら、東京在住の友人からこんなメールが来た。
「佐賀で『ハンナ・アーレント』やっているのですね。観れますか?」
「観れますか?」の意味がわからなかったので「観れますか?って?」と聞いてみた。そしたら、こういう返事が来た。
「東京は会場(注:岩波ホール)が狭いので観客が入りきれず、なかなか観ることができないんです。」
やや俗っぽいきっかけなのだが、それで観に行くことにしたのだった。

年末の休みに入った昼間の上映。会場のシアター・シエマは僕の大好きなまちなかの単館系の映画館。本当にいい映画を上映してくれている。こういう映画館があるかないかで、その地域の文化力みたいなのがずいぶん違うと思う。この映画を観ようという人が何人いてくれるだろうと、どきどきしながら劇場の扉を開けたら10人くらいは観客がいて、ちょっとほっとした。

このハンナ・アーレント。彼女は何百万人ものユダヤ人の収容所移送を指揮したナチスの重要戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に立ち会い、その傍聴記を雑誌「ニューヨーカー」に発表した。ほとんどの読者は、この「極悪」アイヒマンが逃亡の末イスラエルの諜報機関「モサド」の手によって捕えられ、エルサレムで裁判にかけられる、ということに加えて、それをルポするのが「ホロコーストを生き延びたユダヤ人哲学者」というだけで、「どれだけ彼女がアイヒマンを断罪してくれるか」と期待に満ちて掲載誌を手にしただろう。
しかし、彼女はその期待を見事に裏切る。読者が期待するような断罪のレポートではなく、「アイヒマンは単なる考えることを放棄した小役人で、上司の命令に従っていたに過ぎない」と論じるのだ。

物事を考えなくなること。このことこそが最大の敵だ、というのは今なお正しいのではないか。映画の中で見せる彼女の筋だった立論はまことに正しい、と僕でも思う。

アイヒマンは「こうすればもっと短時間にユダヤ人を「処理」できる」と提案して実行した、ということでよく知られている。それだけ聞くとアイヒマンに弁解の余地はないように思うが、アーレントは、彼はユダヤ人が憎くてやったわけではないのではないか、と言う。僕もそう思う。彼は、なに人であろうとも上司からの命令で「効率的に事務を遂行するために工夫せよ」と言われれば、そのような提案をして実行していったのではないか。その意味でアイヒマンは「ユダヤ人の敵」ではなく、「人類全体の敵」と言えるのではないか。
「良心を失い、考えることをせず、ただ、上司の命令だから、という理由だけで仕事を遂行する」ということがこれだけの大きな惨劇を生むのか、と改めて感じてしまう。

読者の期待を裏切った代償は大きかった。彼女は社会的に痛烈な非難を受ける。友人からも隣人からも見放され、否定され、主張することを聞いてもらえず「同じユダヤ人として許せない」などという中傷を受け、職まで失うことになる。それでも彼女は信念を曲げない。
哲学者だから思考することが仕事であり人生そのもの。それを否定して世間に迎合してしまうのは、またそれはそれで思考することを拒否した人たちがいたナチの時代と同じようになってしまうのではないか、と僕は思う。彼女の生き方を強烈に支持する。昔読んだ「日本人とユダヤ人」の中に「ユダヤの社会では全会一致になったらその決定は無効」というようなことが書いてあったと思う。その意味では彼女は極めてユダヤ的だったのかもしれない。

映画館に来ていた観客の中には学生風の人も何人かいた。聞いてみたら大学でも話題になっているとのこと。
「ハンナ・アーレントって哲学者、知ってましたか?」と尋ねてみたら、意外な答えが返ってきた。
「知ってましたよ。センター試験の問題で引用されてましたから。」

たしかに2013年センター試験の倫理の問題に出ていた。やるな、センター。

この映画、シアター・シエマでは1月17日(金曜日)までの上映だ。「永遠の0」も「清須会議」も悪くないが、ちょっと違ったテイストのこの映画、ぜひゆっくりと楽しんでいただきたい。
東京なら順番待ちなのだから。


ふるかわ 拝