2014年4月
平成26年4月29日(火)
第561号「ISETAN-TAN-TAN」

先週のある会合でのこと。佐賀県内のある会社の社長さんがこう僕に話してくれた。
「去年のうちの忘年会で、『恋するフォーチュンクッキー』踊りましたよ。せっかく佐賀県庁が全国に先駆けて踊ってくれたので、後に続こうと思いましてね。」
その数日後に出席した結婚披露宴でも、新郎新婦の友人たちがやはり『恋チュン』を披露していた。
佐賀県庁が『恋チュン』をアップしたのは去年の9月8日。あれからもう半年以上経っているのに、いまだにゆるーく増殖している感が何ともいえず面白い。
下村文部科学大臣も留学促進キャンペーンの動画で踊っておられたし。
そういう話を別の会合のときにしていたら、ある人が教えてくれた。
「いまは『伊勢丹タンタン』ですよ。」
知らなかった。
要は伊勢丹の従業員の人たちが踊る動画なのだが、『恋チュン・伊勢丹バージョン』ではなくて、昨年秋にリリースされた伊勢丹のオフィシャルソング「ISETAN-TAN-TAN」という曲にのせてオリジナルのダンスを踊っているという6分間くらいのものだ。3月に予告編が公開されて、4月の「三越伊勢丹」大誕生祭開始に併せて、全編公開された。

矢野顕子が作っているだけあって底抜けに明るい曲調ではなく、マイナーっぽい雰囲気を持ちつつ、それでもちょっととんがった感じの曲に仕上がっていて、その曲に合わせて従業員の人たちが踊っている(社内公募だったらしい)。プロのダンサーではないのだがかなり練習した雰囲気が伝わってくるし、何より伊勢丹愛というか、「いいデパートですよ。来てみて」というメッセージがぐぐっと来る。

伊勢丹は三越と合併して、今は三越伊勢丹となっている。撮影の舞台の中心になった伊勢丹新宿店も伊勢丹だけでなく三越のテイストも入っているのはもちろんだし、とにかく一つの会社になっている。その「一つの会社、一つのお店としての一体感を高めていこう」という思いが感じられるところがいいのではないか、という気がした。『恋チュン』もそうだったが楽しく踊る、ということを通じていいチームビルディングにつながった。それと相通じるものを『ISETAN-TAN-TAN』で感じたのだった。
伊勢丹新宿店は僕の好きなお店だけに、余計うれしかった。佐賀県の産品をいろいろ扱っていただいたり、佐賀県フェアをやっていただいたりと大変お世話になっている。

ところで、伊勢丹と三越との合併に関して僕が関心を持っていることがもう一つある。符牒のことだ。
符牒はどこの業界にもつきもの。僕が知っているある小売店は、冷やかし客のことを「うろこ」と呼んでいた。
うろこ→皮がない→皮ない→かわない→買わない ということなのだろう。
デパートも符牒が多いという。
たとえばお客様の前で従業員が「お手洗いに行ってまいります」とほかの従業員に言うわけにはいかないから別の名前で呼ぶ、というようなことだ。
ちなみにトイレのことは、伊勢丹では「つきあたり」と呼んでいたが、三越は「遠方」だったという。
このほか呼び名が違う、というのもある。三越で「売り場」と呼ぶが、伊勢丹は「お買場」と呼ぶといった具合に。
合併後はどうなったのだろう?
ボードメンバーが経営統合について議論をしているのと同じくらいの真剣さで、現場ではこうした言葉使いの統一についてもせめぎ合いがあったのだろうと思う。

そういうのを乗り越えての「ISETAN-TAN-TAN」と思うからか、なんかこの動画、じーんと来るものがある。

(ISETAN-TAN-TAN)
http://www.youtube.com/watch?v=gBwzxydX3rY


ふるかわ拝

平成26年4月22日(火)
第560号「ミラノあんなことこんなこと」

先日のミラノ出張中のエピソードを二つ。

1 ミラノの中心部にラ・リナシェンテというミラノを代表するデパートがあったので、行ってみた。見たかったのは器。どういうフロアにどの程度のものが置いてあるのか見たかったのだ。器は、地下1階の雑貨売り場と地上8階の家庭用品売り場の2か所に置いてあった。
地下1階はそれほど興味深いものがなかったのでさらりと済ませ、地上8階のほうに。ここにはジノリやロイヤルコペンハーゲンなど世界のブランド品が並べられていた。日常使いの器を売っているスペースもあったが、ここにあったのは普通の洋食器。さしたる感激も発見もなかったが、ただその中に僅かだが和食器と思われるものが売ってあった。ご飯茶碗や取り分け用の小皿などだ。
日本語と思われるひらがなの変形のような文字がロゴとして入っているところから見ると日本風を装っているようだが、いかにも残念なアイテム。
こういうのを見ていると、「日本料理がどんどん広がりつつあるのに、それと合わせて器が広がっていってないな」と感じる。ユネスコで文化遺産になった日本料理は、料理の内容だけでなく器との組み合わせも重要な要素だと思うのだが。
逆に言えば、「こうした器の楽しさが今のヨーロッパの人たちの生活に入り込んでいない」ということの証でもある。
器にも可能性がある。そう考えたい。

2 ミラノサローネの期間中はとにかくホテルがいっぱいになる。いっぱいになるだけではなく値段も跳ね上がる。今回僕は3泊したが、最初の1泊はリーズナブルな価格だったのが2泊目以降は3倍以上になっていた。
しかも泊まったホテルがひどかった。いわば普通のビジネスホテルだったのだが、なんせ建て付けが悪いのか、ドアの電子キーがうまく動かない。「開けゴマ!」のおまじないも試みたが、日頃の行いが悪いのか、うんともすんとも。諦めかけた頃に思い出したように開く、という次第。これが毎回だった。近くにいたホテルの従業員に訴えても、もっと試しにやってみろ、と言うだけ。僕が不器用だからではと思われるかもしれないが、同行してくれた僕の秘書がやっても同じだったことを申し添えておきたい。
それでも、これはまだ我慢できた。とにかく開くことは開くのだから。
それ以上に問題だったのは「隣の部屋の音が丸聞こえ」だったことだ。どれくらい丸聞えだったかというと、隣の部屋には秘書が泊まっていたのだが、彼が使う歯ブラシの音まで聞こえてきたくらいなのだ。
彼が3分半、比較的丁寧に歯を磨いていることが分かってほっとしたが、ミラノまで来てそんなことを知りたいわけではないのだ。
僕は角部屋なのでまだマシだったが、秘書の場合、僕と反対側の隣の部屋の人が朝から歌を歌う人らしく「それで目が覚めました」と言っていた。「どうせ早く起きないといけないので、まあ良かったですが」と日本人らしくポジティブなコメントをしてくれたが、実際には大変な迷惑だったようだ。

とはいえ、だ。まあ、こういうことってあるじゃないですか。これらのことだけなら、今回のこのホテルでの経験をご披露しようとは思っていなかった。

が、帰国して2、3日後にそのホテルが属するチェーンから「滞在にはご満足いただけましたか?」と題する日本語のメールが来た。
話はここから始まる。
「ご満足いただけましたか?」と聞かれ、しかもいろんな項目に評点を付けるようになっていたので、率直にこのホテルの滞在で経験したことを基に評点をつけ、また、コメントを述べた。

問題はその後だ。このホテルの支配人と思われる方からメールが来たのだ。これはきっと「たいへんなことをした。申し訳ない。建て付けは変えられないが、次にあなたが来るときには良く冷えた白ワインを冷蔵庫の中にいれておくから」みたいなものだろうと思って開いてみたら、こんな内容だった。
「私どものホテルに関し、ご満足いただけなかったこと(古川注 評点のことか?)を残念に思います。ところで、あなたからいただいたコメントは翻訳できなかったので、もう一度分かるように書いていただけませんか」

日本語で書いた僕のコメントが理解できなかったというのは、まあ分かる。であれば、世界的なチェーンであるこのホテルなら、日本のオペレーションセンターに連絡して日本語に翻訳するくらいの努力はしても良いのではないだろうか?そういうことを全くせずに、翻訳ができないからもう一度書いてくれ、というのはどうもなぁ。
というのが、率直な僕の感想。ということで、世の中の人に「こんなことがあったのだけれど」と投げかけてみたいと思って、今回書いた次第。

僕の感想がやや厳し過ぎですかね?
とにかく、忘れられない滞在になったことは間違いない。


ふるかわ 拝

  平成26年4月21日(月)
臨時増刊号「相続が地方をダメにしている?!」 

先週、佐賀県庁の中で中央公論2013年12月号に掲載された特集「壊死する地方都市」(増田寛也氏ほか)の勉強会を行った。
様々な意見が出る中、現場で聞いた話として、職員がこういうことを教えてくれた。
「実は相続が地域経済をダメにするという話がありまして。
ある地域の金融機関の人と話をしていたときのことなんです。その方がこう言われるんです。」
ふむふむ。おもしろそうだ。以下はその金融機関の方の話。
「親が佐賀に住んでいてこどもは東京、というのはよくある話ですよね。その親がいつの日か亡くなり、相続が発生する、というのもよくある話です。
多くの親は私どものところを含め、地域の金融機関に預金をしていることが多いのですが、それを相続するとどうなると思われますか?
そう、こどもは地方ではなく東京に住んでいるケースが多くて、実は相続をきっかけにした多額の資金移動というのが起こっているのです。」

そういう話だった。これではますます地方にお金は残らない。資本の蓄積どころかキャッシュが地方から吸い上げられていく、ということだ。
だから地方にこどもが残るような対策が必要、というのがその金融機関の方の趣旨のようだったが、全くそのとおりだろう。

さらに先週、少子化担当の森まさこ大臣に僕もメンバーになっている子育て同盟の知事たちから「壊死する地方都市」の内容を報告した。森大臣によると、この論文の内容はすでに政府部内だけでなく、経済財政諮問会議(の下部組織)などでも議論されていて、相当広まっているとのこと。
この論文の内容についてはこのコラムの第556号(平成26年3月25日)でも取り上げたので詳細は省くけれど、これから何を考えていくにしても人口問題、とりわけ人口構造問題をきちんと前提として考えていかないといけないということなのだ。

実はショート・ノーティスで恐縮なのだが、4月22日火曜日の13:30から佐賀市内で増田寛也氏の講演とシンポジウムがある。
九州地域戦略会議主催「地方分権・道州制シンポジウム」というタイトルだ。場所はアバンセ(佐賀市天神三丁目2-11)。
増田氏が「人口減少時代の自治体行政」と題して基調講演され、そのあとのパネルにも参加される。
先日の僕の記者会見でもこのイベントの紹介をしているので、詳しい内容はこちら。
http://saga-chiji.jp/kaiken/index.html?page=20140416&mode=s&no=6

いま、ひっぱりだこの増田さんが人口問題を切り口に語るのを直接聞くことができる貴重な機会だ。
すでに締め切りは過ぎているが「このコラムを読んだ」と受付で言っていただければ入っていただけるようにしているので、どうかひとりでも多くの人の参加をお待ちしたいと思う。


ふるかわ 拝
 
平成26年4月15日(火)
第559「ミラノ・サローネに出展してみて」

先週は、インテリアデザインにおける世界最大規模の国際見本市ミラノ・サローネに参加するためにイタリアに行っていた。とはいえ4月の上旬は何かと行事の多いシーズン。なので、いろいろ工夫を凝らした。
たとえば、僕が校長を務める佐賀県立有田窯業大学校の入学式。日本時間4月8日の午前10時開式だが、その5時間ほど前に、僕はミラノのホテルに着いたばかりだった。で、ミラノの現地時間8日午前3時に有田とミラノをスカイプでつなぎ、ライブで校長としての挨拶を届けた。また、僕が学長を務める高齢者のための学びの場「ゆめさが大学」の入学式も4月10日にあった。こちらは8日にミラノ・サローネの会場でメッセージを録画して日本に送り、当日はその映像を入学式の会場で流していただいた。
こうしたことがローコスト、さらにいえばほぼノーコストに近い形でできるようになっているのが今の時代だな、とあらためて思った。

佐賀県では、2016年の有田焼創業400年に向けて、有田焼の欧州での認知度向上を目指している。その手段として、ミラノ・サローネで既に出展の実績のある高級家具ブランド「ステラワークス」とコラボレーションして、出展することにした。つまり、ステラワークスの会場を借りてそこに有田焼をいくつか展示し、彼らの持つハイエンドでスタイリッシュな家具のラインナップと有田の既存のやきものが調和するのかどうか試してみることにしたのだ。出展を正式に決めたのは2月の中旬だった。有田焼創業400年事業は、ぎりぎりのスタッフでたくさんの事業が並行して進められている。これ以上できるのか、担当としては不安だったに違いない。
いろいろ悩んだ末に「やりましょう」と決めた。
これですっきりした、はずだった。ところがステラワークスの堀CEOから要望が出された。彼自身、有田焼に惚れ込み、今回も窯元や商社を回って出展アイテムを決めていた。その彼がこう言った。「ついては、ぜひ有田焼の創作の実演をお願いしたい。有田焼の技術がいかに優れているものなのか、バイヤーたちに見せたいんです。」
またここから悩まないといけないのだった。結局、担当があちこち探してまわって、ようやく伊万里の伝統工芸士の山﨑さんに絵付けの実演のためミラノに行っていただくことになった。オープニングの3週間前のことだった。

さあ、「これでだいたい準備ができつつある」と思ったら、また難題が湧いてきた。今度は今回のプロモーションを担当している英国の広告代理店から「集客のために茶の湯をやってくれないか」という、とんでもないオファーが来たのだ。担当は「いい加減にしてくれ」という気持ちだったと思う。だが、せっかくのお話だし、「中途半端なことをして、うまく行かなかずに後悔することになるのは困る」と最終的にその話にも応じることにした。それがオープニング15日前。
もう時間がないから、一般の方にお願いして行ってもらうのは難しい。お茶の心得のある県職員に声をかけ、理解が得られた者を派遣することにした。

このように、次から次に降ってくる難題に応えながらの出展だった。

有田焼そのものに対しての反応は、すこぶる良かったと言っていい。
もちろん、山﨑さんのデモンストレーション効果もある。(彼はミラノで大人気だった。とにかく彼の前には人だかりが絶えないのだ。多くの人がじっと彼の筆さばきを見つめている。はじめは不安げだった山﨑さんも次第に余裕が出てきて、英語もときどき交えながら話をするようになられた。)
それだけでなく、有田焼は昨年(2013年)のミラノ・サローネでデザーナーの柳原照弘氏とオランダの「ショルテン&バーイグス」と有田の事業者とがコラボして出展した「1616/arita japan」という器が「エル・デコ・インターナショナル・デザイン・アワード・2013」のテーブルウェア部門で世界一に輝いた。加えて、今回のこのような催しもあって、デザイナーの間では有田焼に対する認知度が急激に上がってきているのだ。

茶の湯も何とかうまく行った。お茶を習っていた職員たちも、まさかミラノで腕前を披露することになるとは思ってなかっただろう。だが、見事にやってのけた。ミラノ在住の日本人でお茶の心得のある親子にお手伝いに入っていただけたのも大きかった。ほかにもたくさんの方のお手伝いをいただき、とにかく今回の取り組みはその方々のおかげでうまく行ったのだと言ってもよい。
かくなる僕も昔お茶をかじったことがあるしお茶席には年に数回顔を出しているので「少しでもお手伝いを」と思い、和服を持ち込み、自分で着付けをして本番に臨んだ。僕としてはお茶席の席主を務めるつもりだった。
お茶席には必ず正客(しょうきゃく)というメインゲストが必要だ。そのメインゲストと席主との間の言葉のやりとりがお茶席の楽しみでもある。
ところが会場にはそのようなお茶の心得のある人がいようはずがない。結局、僕が正客を務めつつ道具に解説を加える席主的なこともやる、という変な形になった。
茶器は唐津焼をメインにした。主茶碗は唐津焼の二代中野霓林。水庫(水指)は井上東也などだ。多くの人たちにお茶の心を伝えることができたように思う。

最後まで気を揉ませたのが、初日のレセプションの乾杯用の杯だった。乾杯用の酒はちゃんと会場に届いていたのだが、杯については税関の検査が厳しく空港から出してもらえない。杯のように口につけるものは有害な物質が混じっていないということが証明されなければならない、というのが彼らの主張なのだ。さらに、同梱されていた嬉野産のお茶についてもちゃんと産地証明をつけろ、という。
「これではもう間に合わない」と僕はあきらめ、ミラノ市内の日本料理店から別の乾杯用のグラスを借りるよう指示した。
ところが担当はあきらめ悪く、粘り強く交渉を続けていた(らしい)。
「遅くなりました!到着しました!」と杯の入った箱を会場に運び込んだのは、乾杯の30分前だった。

とにかくレセプションは盛り上がった。50人位の予定が実際には100人以上の人たちが出たり入ったりしていた。僕は英語でこのレセプションと出展にかける思いを訴え、その甲斐あって、終わった後、ステラワークスと組んでカーペットを製作しているデザイナーやアフガニスタンのカーペットをもっと世界に売っていきたいという米国政府職員などから話しかけられた。悩みが共通だったのだ。つまり、自分のところの伝統工芸がグローバル化の波に覆われているのを何とかハンドメイドを武器にして再度挑戦したい、ということだった。

ようやくサローネの幕が下りた今、静かに振り返りをしなければならないと思うが、とにもかくにも一つのことを成し遂げた充実感に満ちている。行ってよかった、と改めて感じている。

これから2年後、2016年にいよいよ有田焼創業400年事業は山を迎える。
先日、選出された新しい有田町のリーダーをはじめ有田町の方々と一緒に良い方向に進めていきたい。


ふるかわ 拝

平成26年4月8日(火)
第558「築地場内食べ尽くし』由来」

平成26年3月27日。築地市場の店『小田保』を訪問。これで、築地場内に位置するすべての飲食店の訪問が終わった。

築地の場内にはさまざまな飲食店がある。その飲食店を残らず訪問しようという、題して「築地場内食べ尽くし」。平成22年4月から4年かけて進めてきた取組みだ。
有明佐賀空港には、午前6時40分前後に出発して羽田空港に8時20分前後に到着する便がある。午前中がたっぷり使えるのでよく利用している。ところが、まだ役所も空いていないため、羽田空港に着いてから仕事を開始するまで時間があることが多い。ということで、朝の時間の有効活用の一環としてこのプロジェクトをスタートさせることにしたのだった。
(歴史を紐解けば、有明佐賀空港の早朝便は平成17年10月にスタートした。かつては早朝便に合わせて空港のレストランを経営する会社が軽食を販売していたのでそれを食べるようにしていたが、それがなくなったため、「朝ごはんをどうするか」という問題が発生した。もちろん自宅で食べて来てもいいのだが、家人の負担もあり、それなら「東京で朝ごはんが食べられる場所はどこか」と考えたら、「ホテルか築地か」となり、バラエティを考えてかくなる企画とあいなった次第。)

ルールはとても簡単。築地の場内の食堂を端から順に食べていく。これに尽きる。取材をしているわけではないので、あえて店の人との会話を求めない。さりとて向こうからいろいろ聞かれれば、それは拒まず。要するに自然体の客、ということだ。店が閉まっていたり並び過ぎているときは、隣の店に。
だんごの店から高級鮨まで数ある築地の食堂ながら、たまに行くと同じ店にしか寄らないので「これでは、いけない」という趣旨も、これあり。

途中震災を挟みつつ、ようやく場内全店舗制覇を達成した。
震災後は外国人観光客が全く姿を見せなくなり、大行列必至だった『大和寿司』や『寿司大』などにも並ばずに入れたりした、というエピソードもあった。「全店舗制覇」とはいえ、アンコウの店『山はら』は例外で、ここは朝やっていないので仕方なし。あくまでも「朝の有効活用」の線は崩さずにいた、ということだ。

途中から、店に関するコメントを残すよう秘書には指示した。
築地の店に築地独特の色合いあり。それを『あ・ら 築地』と名付けて記録していこう、としたのだ。ところが、ただでさえ忙しい秘書がそのような面倒な指示とも依頼とも希望ともサジェストともつかぬものに取り合う余裕も意欲もなく、趣旨が徹底されなかったため、再度、築地場内食べ尽くしVol.2としてスタートさせることにしたもの。今度は僕が書くこととした。秘書様にご迷惑はかけない、ということだ。

まもなく、築地に市場があった時代が終焉を迎える。マッカーサー道路も着々と工事が進んでいる。築地にもその工事はいつか及んでくることになる。いまの時代の一つの記録となれば、と思っている。


平成甲午年 季春


ふるかわ拝

平成26年4月1日(火)
第557「wifiとコールセンターと両替と」

新年度の予算でwifi化の推進予算が承認された。目指しているのは「佐賀県全県wifi化」。佐賀県全県をwifiが使える地域にしていこう、というものだ。これは「多言語コールセンターの設置」、「外貨両替所の増加」と並んで平成26年度の三大おもてなしプロジェクトに位置付けられている。

その中でwifi化については、「全県wifi化するって、海も含めてか」とか「山の中はどうする」とかいろいろなギモンはおありのことと思うが、キーとなるポイントは以下のとおりだ。

1 観光地はとにかく使えるようにする。
2 観光地までに行くバスや列車も使えるようにしたい。(「佐賀空港から駅まで」とかは比較的やりやすいが、「高速バスやJRなど県境をまたがるもの」はなかなか大変。だけどチャレンジします。)
3 レストランやショップは基本的にはどこでも使えるようにしたい。(これも「すべて」というとなかなか難しいが、まちなかにある約2,500軒のお店のうち「レストランやカフェ、百貨店、アパレルショップなどwifiのニーズが高いと思われるお店」1,500軒くらいで使えるようになれば、というイメージ。)
4 公共施設や会議施設はすべて使えるようにしたい。(佐賀県内で会議をする場合は必ずwifiのパスワードを参加者に示すのが標準化されるようにしたい。)
5 ホテルや旅館は、ロビーはもちろん各部屋で使えるようにしたい。
6 「山の中はどうかな」とも思うが、たとえば三瀬高原などは山の中ではあっても福岡市に隣接していて天神・大名から車で40分くらいのところ。ここのwifi環境を整備すればIT関係の人たちの知恵を出す場を作り出すことができたりするのではないか。そういうことは、やってみていいのではないか。
「する」と「したい」が交じっているが、いずれにしても、いまwifi化の先端を行っているとされている山梨県よりもはるかに進んだwifi対応ができる地域にしたいと思っている。

wifiが使える地域となることで、外国人観光客が情報をやり取りしやくなる、ということだ。たとえば「おいしい料理が出てきたとき、それを写真に撮ってそのままfacebookに」というのは誰だってやっていることだが、wifiが使えることで、無料でしかもさくさくとできるようになる。つまり、お客様による無料の情報発信をしていただくことができるようになる、ということだ。もちろん、外国人だけでなく日本人でもいいし、観光客だけでなく県内在住の人でもいい。とにかく情報がやり取りしやすくなることによって、佐賀県に関する情報発信を増やしていきたい、ということなのだ。
今回の佐賀県のwifi化には、さらにもう一つおまけがついている。wifiスポットとして整備するところには充電機能も兼ね備えようとしているのだ。スマホは便利だが、驚くほど電池の減りが早い。充電スポット、欲しいと思ったことはないだろうか?佐賀県ではwifiと充電をセットにして、さらにACアダプターも各種準備して、外国人の利用にも応えられるようにしたスポットを増やしていきたいと思っている。

三本柱の二つ目が、多言語コールセンター。外国人観光コンシェルジュみたいなもので、佐賀県に来た外国人が言葉の問題で困ったときに通訳サービスを提供するというもの。立ち上げ時は英語、中国語、韓国語でスタートするが、なるべく早くタイ語のサービスも展開できればと考えている。2012年にタイから日本を訪問した人の数は2011年に比べ約80%増。たいへんな伸び率だ。しかも、タイは植民地支配を経験したことのない国ということで英語など外国語を使える人の割合が高くない。なので、日本に来てコミュニケーションで苦労しておられる方も多いと聞く。こうしたことを考えると、このコールセンター、必ずや喜ばれると思う。
これが佐賀県でうまくいけば横展開して九州全域に広げていければと思うし、言語もたとえばマレー語(インドネシア語)などに広げていければと思う。

三本柱の最後が、外貨両替所の増加。銀行は別として、現時点で佐賀県内には外貨両替所が有明佐賀空港など5箇所しかない。これを、外国人旅行者が使いやすい交通拠点や旅館、ホテルを中心に20箇所程度に増やしていきたいと考えている。

これら三本柱は、実は日本に観光に来た外国人たちの不満の多い項目なのだ。これを解決することで佐賀県を、外国人観光客にとっていちばん観光しやすい地域にしていきたいと思っている。
この三本柱の情報をアプリにして観光情報として取ってもらえればより便利になるな、とも思っている。

取り急ぎコールセンターは7月にスタートする予定。

ね?おもしろそうでしょ。どうか期待しておいてください。


ふるかわ 拝