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平成18年1月31日(火)

第140号「左利きのタコの見分け方」

 

「右と左」問題については、※平成17年3月1日にも書いたことがあるのだが、僕が左利きということもあって「右と左」は永遠のテーマのひとつなので、また書いてみたい。

 

最近、建築関係者が書いた文章の中に「高層ビルの非常階段は、左回りで下りるように作られています」というくだりがあった。それ以来、ビルを見るたびに非常階段をチェックしているのだが、たしかに左回り(ということは時計回りじゃないほう)、になっている。僕自身の経験からも階段を駆け下りるときは左回りのほうが早く下りられる気がする。

 

階段を下りるときだけじゃなく、陸上競技場のトラックも左回りにできている。なぜかそのほうが走りやすい。これは左利きの僕だけじゃなくみんなそのように感じているらしい。左回りだと心臓が内側にくるから、というわかったようなわからないような説もあるけど、ほんとうだろうか。とするならば、ごくまれにいる、心臓が右にある人の場合はそう感じないのだろうか。

トラックだけじゃなくTDR(東京ディズニーリゾート)のようなテーマパークも左回りに作ってあるという。地球が左回りなのと関係があるのだろうか。

※コリオリの力とも関係があるのだろうか。だとすると、北半球と南半球で違っていてもよさそうなものだが。何ひとつ「なるほど」という答えがないように思う。

 

この右と左問題はヒトだけのものではない。

ヒトだけでなくヒラメにもいわば右利き、左利きがある。もともと「左ヒラメに右カレイ」というように、ヒラメは顔の前面から向かって左に眼がある。ところが、アメリカにいるヒラメの半分は右に眼があるという。右に眼があるのにヒラメなのかとも思うが、ヒラメらしい。

ヒラメだけでなく、タコにも右利きと左利きがある。

タコには八本の腕がある(ふつう「足」というけど正確には「腕」)。たいていのタコは右から三番目の腕に生殖器がある。ところが、ときどき、左から三番目の腕に生殖器のあるタコがいるのである。左利きとしかいいようがないではないか。

 

見分け方はカンタン。

 

タコをぽかっとなぐってみるのだ。

 

タコが「いたい!」と言って、左のほうの腕を上げたら左利きだから。……。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

 

 

平成18年1月24日(火)

第139号「マキをくべると…何がどうなる」

 

いま中国・貴州にいる。佐賀県内の人たちがいま貴州省で緑化を進めようとしていて、その第一弾として貴陽市にあるダムの周辺に植林をすることになったからだ。ダムの周辺に植林をするのは、ダムの周りに木がないからだ。なぜ、木がないかというと伐採してしまっているからだ。なぜ、伐採したかというと、ひとつには山を開いて農地にする、という政策がとくに文化大革命時代に取られていたからであり、もっとさかのぼればそもそもずっと昔から燃料にするために、つまりマキをくべるために人々は木を切っていたからだ。

そういうことがつもりつもって、ただでさえ、カルスト地形で土壌が薄いこの地域では、急速に緑が失われてしまっている。山の急斜面を切り開いて農地にしてもあまり生産性はよくない。しかも、土砂をきちんと受け止めるような田畑にしないと、雨が降ったとき、保水力を失っている分、土がどんどん流されてしまう。集落に影響を与えることもあるし、川に流れ込んで、洪水を起こすこともある。その土砂はその後もどんどん下流に流れていき、下流のほうもたまった土砂のために洪水の起こりやすい状態になる。

 

とまあ、風が吹けば 的な連鎖が生まれている。

 

たしかに、貴陽市の郊外では土壌流出による、「砂漠化」ならぬ「石漠化」が進んでいて、西遊記にでてくるようなとんがった山がずらりと続いていく。山肌には申し訳程度しか緑がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "石漠化の進んでいる山"

 

こういう連鎖を防ぐためには、農地を森林に戻すしかない。山の斜面にある農地に木を植え、それによって保水力を取り戻させ、洪水を防ぎ、かつ、生活を成り立たせるという試みを中国は行っている。「封山育林」と呼ばれるこの事業の歴史はもう10年以上になるが、なんとか土壌流出を防ごうという国家意思はかなり強固なものが感じられ少なくとも指導者の思いつきなどではない。

今回のプロジェクトも、そういう考えの下、貴陽市郊外にある北郊ダムの周辺に木を植えることによって周辺の土壌に保水力を持たせ、ダムにしっかり水が蓄えられる状態を作り出そうというものだった。

 

「木を切るな」というのは「燃料を確保するな」ということでもある。そこで家畜の糞尿を原料にしてメタンガスを燃料にすることも普通に行われている。僕がおじゃました村では40%の家庭でメタンガス燃料を使っているとのことだった。

 

また、農地を森林にすれば、農民は収入がなくなる。これに対しては、国が8年間一定額の補償をすることになっているという。さらに、植える木もたとえば山椒や桃といった経済的に成り立ちうるものを多くしている。それによって少しでも生活が成り立っていくようにしているのだという。

 

このプロジェクトの記念式典は、マイナス4度という厳しい寒さの中、植林を行う山の現場で行われたが、バケツに入っている水は氷となり、植林するクスノキの葉も凍っていた。そういう中、数百人の地元の方々が鐘や太鼓で僕らを歓迎してくれた。

 

このプロジェクトはこれで終わりではない。これから3ヵ年かけて進められるし、なにより、その成果として木が育っていくのは10年単位のことになる。しかしながら、長い目でみたときには必ずやこのプロジェクトは中国の方々の誇りとするものになると思う。

 

貴州省は、雲南省の隣りにある。黄果樹というアジア最大の滝もあるし、明代にこの地域につれてこられた兵士の家族の子孫が当時の生活習慣や服装を色濃く残しながら住んでいる「老漢族」の人々がいたりとまことに興味深いところだ。

 

UFOも二度発見されているし(笑)、食べ物も辛くておいしいし、「恋愛豆腐」という心をそそる名前の食べ物もある。

「恋愛豆腐」がどんなものかって?

そりゃ、行って食べてみなきゃ。高級レストランじゃだめ。屋台をめざすべし。

 

 

ふるかわ 拝

 

 

 

平成18年1月17日(火)

第138号「『昭和』は終わった」

 

映画「三丁目の夕日」が「キネマ旬報」の日本映画のベスト2にランクインした。ちなみに1位は「パッチギ!」、3位は「いつか読書する日」。自慢じゃないが、「パッチギ!」は、去年の、3位の「いつか読書する日」は一昨年の、古湯映画祭で上映した作品だ。「パッチギ!」の井筒監督は古湯に来てくれた。「いつか読書する日」は、監督の緒方明さんが佐賀県の出身ということもあり、できあがったばかりのこの作品の世界初上映を古湯映画祭でやってくれた。

それはいいとして、この映画「三丁目の夕日」。舞台は昭和33年の東京なのだが、東京というよりは「新横浜ラーメン博物館」そのもの。映画全体がどことなくつくりものっぽい。この18年の間にすっかり「昭和」は過去のもの、歴史上のものになってしまっている。この映画は「映画」でありまた一種の「舞台」でもある。そして製作側が「ほら、こういうのってあったでしょ」と観る側に語りかけている、そんなしかけを感じた。

荒々しい時代の波はバブル以前(=昭和)の日本と今の日本とを大きく変えてしまっている。その断絶に気づくような映画だったともいえる。

 

と、最近、友人から昭和30年代の「みんなのうた」の映像のビデオを送ってもらってみてみた。これも、また、見事なまでに「昭和」が刻まれていた。

 

たとえばポーランド民謡「春が呼んでるよ」の映像は東京・府中の多摩川べりの風景だがそこには家がまったく見当たらない。一面の野原だ。「地球を七回半まわれ」という歌に出てくる東京の高速道路に車がまばらなのもおどろく。

「かあさんのうた」もあった。「かあさんが夜なべをしててぶくろあんでくれた」という歌詞の歌だ。その歌の2番の歌詞を覚えているだろうか。

「かあさんは麻糸つむぐ 一日つむぐ おとうは土間で 藁うち仕事  お前もがんばれよ  ふるさとの冬はさみしい  せめてラジオ聞かせたい」というものだが、「せめてラジオ聞かせたい」ということは、ラジオも届かないようなところが当時あったということだろうか。窪田聡氏がこの曲を書いたのは昭和31(1956)年2月のことだ。

 

この歌、3番の歌詞はもっと強烈だ。

「かあさんのあかぎれ痛い 生味噌をすりこむ」

あかぎれが痛いときは生味噌をすりこむとよい、というのは当時の常識だったのだろうか。ペギー葉山が歌っている姿からは何の違和感も感じられなかった。

 

ホントに「昭和」はエスニックなものになった。

 

 

ふるかわ 拝

 

 

 

平成18年1月10日(火)

第137号「ハロー・トーキョーの車内にて」

 

先週末、東京に行った。役人時代から参加している、佐賀県の関係者との会合に出るためだ。それしか用事がないので、公務出張ではなく、プライベート扱いでひとりで行くことにした。自分でタクシーを予約して羽田空港に迎えに来てもらった。タクシー会社の名前は「ハロー・トーキョー」。この会社のタクシーに一度乗ってみたかったのだ。

 

僕がなぜこの会社のタクシーカードを持っていたのか覚えていないのだが、いちどためしに使ってみようと思っていた。タクシーカードにほかの会社にはないセンスを感じたし、タクシーなのに黒塗りなのでどこに乗っていっても違和感がなさそう、というのにも魅力を感じていた。また年末には日本経済新聞に「ハロー・トーキョーが通訳のできる運転手を手配するというサービスを始めた」という記事も載っていた。それで今回試しに呼んでみたのだった。

 

目的地までの間、乗務員の方と話し続けた。うかがったのはこんな話だった。

 

「もともとは大手のタクシー会社にいっしょに勤めていた10人ではじめたんです。動機ですか?都内の個人タクシーの免許がとれそうになかったから、ですね(笑)。東京で個人タクシーの運転手をするには、都内に住んでいることが必要です。ところが、なかなかタクシーの運転手の給料で都内に住むのは大変です。みんな千葉とか埼玉に住んでる。これじゃ、個人タクシーは無理だなと思って、じゃ、個人タクシー並みにいい車を使ってお客様本位の会社を作ってみようというんではじめたんです。近い距離だといやな顔をするような会社じゃなくて。気持ちよく使っていただけるタクシーを、ってことで。

10人でスタートですから車も10台。江戸川区の篠崎という東京の一番はずれに車を置くスペースを借りて、建物にペンキを塗ってはじめました。それが2年半前です。いまじゃ100台にまで増えました。これは東京の中堅のタクシー会社の規模になります。

売りですか?まず車種ですね。今日お乗りいただいているのは普通のクラウンですがそれでもほかの会社のものよりはいいです。うちはこのほかロイヤルサルーンもこ入れてますし、いまゼロクラウンという最新型も入れ始めています。

そして接客と掃除です。車を清潔にしておくことですね。冬の朝、水を使って黒塗りの車体を洗うのは大変ですがそれを手でやるからきれいになっています。お客様はおたばこはお吸いにならないですか。この車は吸っていただいてもいいということにしてるんです。でもにおわないでしょ。お客様がお降りになるとすぐに片付けます。そして、かなり頻繁に室内をきれいにしているんです。そうすれば、たばこをお吸いにならない方にも不快な思いをせずにしかもたばこを吸われるお客様も安心して乗っていただけます。乗務員はだめです。乗務員はたばこも禁止。お菓子も禁止。後ろのトランクに私物を入れるのも小さいバッグだけ。ホテルにつけて待っているときも、シートを倒すのは禁止。かなりきびしいです。でも、そのかわり、乗務員の取り分は悪くないですし、たとえば高速道路を使って行ったときの帰りの高速代も会社が半分持ちます。事故を起こしたときの対応もうちは無制限の保険に入っています。こんなタクシー会社ないと思いますよ。何よりうちはお客様に恵まれています。ですから、いまタクシーの運転手は足りない状態ですが、うちには応募が多いんです。」

 

びっくりした。こういうタクシー会社だったのかと思った。話はさらに続く。応募する人をどうやって採用するのか。

 

「採用のこつですか?まず電話口での態度ですね。「あのさ、仕事あるって聞いたんだけど」っていうようなものの言い方をする方は即ご遠慮していだきます。あとは面接したときの態度ですね。それとこちらのいろんな決まりを守れるかどうか。その点、インターネットで見て応募したというのは若い人が多くて、こういう人たちはこの業界を経験していない人が多いので、こちらの決まりに対して違和感はないですね。すぐになれていただけます。ただ、同じ業界にいた人はやはり大変です。採用の段階でかなり選別はしているのですが、やはり長年の癖は抜けません。」

 

いい会社にお勤めなんですね。

 

「実は、タクシーの運転手だってことはなかなか他人に言えないところもありまして。でも、ようやく自信を持てるようになってきました。じゃ、いまじゃ胸張って?(笑いながら)もう少しですね。このままでいけば上場できると思うんです。従業員も持ち株が持てるようになると思います。そしたら、胸張って言いたいですね。ハロー・トーキョーで働いてますって。」

 

目的地近くになったのでこう声をかけてみた。「うちにも東京事務所というのがあるんですよ。いちどハロー・トーキョーの車を使ってみるようにいいますね。」

 

この会社らしい答えがかえってきた。

 

「ありがとうございます。東京事務所ってのはどこにあるんですか。平河町ですか。あのへんならけっこううちのタクシーが走ってますんでね、ぜひ流しているのを止めて使ってみていただけませんか?無線で呼ばれると、どうしても接客に気を使うんです。わざわざ指名して呼んでいただいているわけですから。いわばこれはあたりまえのことなんです。流してるハロー・トーキョーの車がどういう接客をするか、それを試していただいてそれでご満足いただけるようでしたら、ごひいきにしていただければありがたいんですが。」

 

その翌日、僕が東京事務所にそういう話をしたのは言うまでもない。

 

 

ふるかわ 拝

 

 

 

平成18年1月1日(日)

正月繰上げ号「総括!パーソナルマニフェスト」

 

あけましておめでとうございます。

 

去年の年賀状、そしてネット上で宣言しました、2005年のパーソナルマニフェスト、その結果を公表します。

 

1. 体重を3キログラム減らします。

去年の元日測ったら体重が、82.0キログラムでした。12月31日午後6時に計測した結果、79.8キログラムでした。うーん、残念。毎月末の朝に体重を測っているのですが、10月まではクリアしていたのに。11月から測らなくなったのもいけなかったかな。

でも、ファスティングをしたおかげで食べ物には気を遣うようになりました。

いまは、家では発芽玄米、お昼も玄米をメインとした有機・無農薬系のお弁当です。

 

2. 行ったことのない国に行きます。

ブラジルとベトナムに行きました。ブラジルは仕事で、そしてベトナムはプライベートでした。ブラジルは船で60日近くかけて喜望峰を回って移民された方がまだお元気でいらっしゃって、歳月の重さ、政策の重さをあらためて感じました。ベトナムは、農村部の豊かさとハノイの元気さを感じてきました。

 

3. 月に一冊以上文芸書を読みます。

毎月ではないのですが、12冊以上は読みました。スタートダッシュで出遅れて1月に読めなかったのが残念でした。あとの月は毎月読んだのに。

「野ブタ。をプロデュース」のようなさらりとしたものから「半島を出よ」のような重いものまで楽しみました。古いものでは。石川達三の「蒼氓」。昭和初期のブラジル移民の物語で、これで一度に移民の方のイメージが立体化されました。

今年の中のベストは「東京タワー」(リリー・フランキー)かな。

ちなみに文芸書というのは、ビジネス書などのいわゆる「役に立つ」本ではないもの、小説やエッセイなどのことです。

 

4. 月に一回休みます。

ここに言う「休みます」とは、プライベートを含め、全く日程を入れない日を作りたいということだったのですが、10月と11月にはついに一日も「何もない日」を作ることができませんでした。普通の公務員ではないので土日も関係ない仕事ではあるのですが、あまがりにも忙しい日々が続くと判断や思考にも影響するように思います。今年はもっと忙しくなるのはしかたないのですが、そういう中、取れるときは休みをとって心と身体のバランスを保っていきたいと思います。

 

 

以上総括してみました。

 

ということで総合的にいえば、70点くらいですかね。

 

今年は語学に力を入れたいとか着物を着る機会を増やしたいとかお茶をまた始めたいとかいろいろ思っていることはあるのですが、去年と同じ内容でもう一度やってみたいと思います。

 

「2006まだやるまたやるパーソナルマニフェスト」

 

1. 体重は、79.8キログラムを起点にして3キログラムの減量

2. 行ったことのない国に行くこと

3. 毎月1冊以上の文芸書の読破

4. 月に一回の休みの確保

 

年男だしがんばらんば。今年は中間報告をしましょう。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

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