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2015年6月30日(火)

週刊yasushi 第621号「ソウルドリンクとしての日本酒」

 

 

先日地元で、ある老舗の酒蔵の社長をお訪ねした。

最近は日本酒ブーム。そういう中でどういうお酒づくりをめざすのかお尋ねしていてこんな会話になった。

 

社長: 全国メーカーの有名ブランドの日本酒がありますよね。昔はああいうのが良い酒、一番手。

    地方の酒は二番手というイメージがありました。

 

古川: たしかに。

 

社長: ところが、いまそういう大手メーカーのお酒、どういう商品をイメージされますか?

 

古川: 広告をよく見るのは紙パックに入ったものですかね。また、商品名として有名なのは一杯分のカ

    ップに入ったもの、とか。

 

社長: ではそういう全国メーカーの大吟醸、のイメージありますか?

 

古川: わたしはあまりないですね。大吟醸といえば地酒、ですね。

 

社長: ですよね。この数十年間、多くの分野で各地域にあった商品が大手のものにどんどん取って代わ

    られるという状況が続いていました。それは一種、全国どこにでも同じものを販売する、届けら

    れる、ということとイコールだったのです。それが変わってきました。少なくとも日本酒につい

    ては。

    地域にあるもの、その地域のお客様のために作っているもの、に光が当たるようになってきてい

    るのです。

 

古川: 大手メーカーのものが比較的安いもの、地方の酒蔵のものが高いもの、というイメージになって

    きてますね。

 

社長: そうでしょ。例えば、私たちのお酒、比較的甘口と言われています。これはここで使っている水

    の性質によっていますし、お客様の好みというのもあります。

    一方、東京では辛口のほうがよく売れます。作ろうとすればそういう方達向けのお酒もできない

    ことはありません。

    でも、そうやって東京の人向けに作るってのは本当に私たちの役割なんだろうかと思います。

    私たちは、この土地の会社として、この土地の人向けのお酒を作り続けていきたいんです。

    理想を言うならば、この土地でしか飲めない酒にしたいくらいです。売れるからといって他と同

    じ酒を作るのでは私たちの蔵の役割はないのでは、と思います。

 

古川: なるほど。

 

社長: ある人が、私たちの作るお酒のことをソウルフードならぬ、ソウルドリンクだ、と言ってくれま

    した。こんな名誉なことはありません。

    こういう気持ちでこれからも酒を作り続けていきたいです。

 

古川: ソウルドリンク、いい言葉ですね。

 

    (会話ここまで)

 

地方創生というのが地方の誇りを取り戻すことだとしたら、日本酒の分野についてはすでに一部実現できているのでは、という気持ちになった。そもそもこういう哲学を持って取り組んでおられる経営者がおられる、ということが素晴らしい。

 

お酒に、ではなく、お話に酔って気持ち良くその酒蔵を後にした。

 

 

ふるかわ 拝

 

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2015年6月23日(火)

週刊yasushi 第620号「『まれ』にみるリアリティ」

 

 

先日、専修学校各種学校の会合が自民党本部であった時、福岡県で調理学校等を経営されている中村哲さんにお目にかかった。

東京のフレンチレストランの最高峰の一つであるシェ・イノの古賀シェフやパリのミシュラン一つ星レストランSOLAのオーナー吉武広樹シェフもかつてその学校の生徒だったと言う。

「どんな生徒さんでしたか」とお尋ねしたところ、ニヤリと笑って「ただ真面目なだけと言うことではなかったな」とだけおっしゃった。

そういえば、いまのNHKの朝の連続ドラマ『まれ』はパティシェが主人公。製菓学校も経営されている中村さんがどういう感想を持っておられるのかと思い尋ねてみた。

「『まれ』はご覧になっていますか?」

即、反応が返ってきた。

「あの番組はリアリティーがありますね」。

「どんな点にリアリティが感じられるのですか?」

と聞いたところ、意外な答えが返ってきた。

「オーブンなんです」。

「はあ?」

「まれが修行している洋菓子店にオーブンがあるんですがあのオーブンは日本で1番いいオーブンなんですよ。福岡県の会社が作ってるんです」。

「どれくらいいいんですか?」

「あれさえ使えば誰もがおいしくお菓子を焼けるって言うくらいです」。

「背景でチラリとしか映らないオーブンにまでこだわって作り込んでるというのは大したもんだと思います。監修の辻口さんの気合いかもしれません」。

 

中村さんはこのことをテーマにブログを書かれていてこれがまためっぽう面白い。リンクを貼っておきました。

 

かつて、『ぐるりのこと』という映画があった。リリー・フランキーが法廷画家の役をやっていたのだが美術の世界に詳しい人間の話によればその映画の中で、リリー・フランキーが駆け出しの頃使っていた絵筆は安いものだったのが、その後、名を成してから使っている絵筆はいいものだったそうだ。

 

ディティールにリアリティがある物語は、全体としても説得力があるのだ、と改めて思う。

 

僕等はそのことが実現できているだろうか、と国会延長が決まった夜に自分自身に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は「てつ校長のひとり言」(福岡市にある中村調理製菓専門学校・中村国際ホテル専門学校「てつ校長」のブログ)よりお借りしました。

 

 

ふるかわ  拝

 

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2015年6月16日(火)

週刊yasushi 第619号「日本年金機構の個人情報の流出について僕がいま思うこと」

 

 

日本年金機構の個人情報の流出問題。このためもともと予定されていた他委員会の採決が延期されるなど審議にも影響が出ている。

 

個人情報の塊のような機関、とりわけ年金と言うデリケートな情報を扱っている組織から情報が流出したというのは大変な問題だと言わなければならない。そのうえで僕自身の問題意識を述べたい。

この日本年金機構が日ごろから個人情報の流出を防ぐため、どのような対応をとってきていたか、ということが重要だ、ということだ。

 

言い方は乱暴だが、あらゆる防護壁は100パーセント破られないと言う保証はない。

しかしながらだからといって努力をしなくていいと言うことではない。相当の努力をしていくことによって簡単には破られないセキュリティを確立することは可能だし、そのことが求められているのだと思う。

ところが、今回の事件発生以後も、この組織がどれだけの努力を払っていたのかということについては世間の関心が薄いように思う。

仮にこのような事件がどこかの組織で起きたときに、ただ事件が起きた事だけを問題にし、どれだけ防ぐ努力をしていたのかということを問題にしないと、組織の責任者たちはセキュリティ対策を向上させることの意味付けができないのではないか。事件を隠蔽し、社会と共有することをしなくなるのではないかと心配になる。

 

セキュリティ専門株式会社ラックが今回の事件から得られる教訓として明らかにした調査結果によれば、今回、百数十通送りつけられた標的型メールを開いたのはわずか数人だったと言う。一般的にはこうした標的型メール攻撃の場合、会社によっては半数くらいの社員が開くこともあると言う。

それを思えば年金機構の一人ひとりの職員のセキュリティリテラシーというものはある程度あったと言えるのではないかと僕は思う。

ただ、組織共有はできなかったようでそこが流出につながった一つの原因だろう。

これからも様々な組織に対する標的型サイバー攻撃は続くだろうと思う。その時に怪しいメールは開かないようにしましょう、ということを徹底することと併せて怪しいメールを見つけたら担当部門に通報しましょうということも必要だということなのだろう。

 

もう一つの原因は本来外部とつながっていない基幹系システムの情報が外部と接続している情報系システムに流れてしまったということだ。基幹系システムのセキュリティがあまりにも厳しいため、現場で仕事を処理しなくてはならない人たちが、本来してはならないのだが個人情報を情報系システムのファイルサーバに複製して仕事してしまっていたようだ。どんなに厳しいセキュリティシステムを作っても運用するのが面倒くさければ実際には使われなくなってしまう。

厳しいシステムを入れたからと上司はご満悦、だが実際は現場は隙だらけになってしまう、というのはどの組織でも起こりうるのではないだろうか。

 

ところで今回このことが発覚したきっかけは、内閣サイバーセキュリティーセンターの監視と分析によるものだった。内閣による監視システムはきちんと機能しているのだ。その情報が日本年金機構に伝えられ、対応がスタートした、ということや年金機構から被害届が出されたこと、それを受けた警視庁による捜査が迅速に行われ、原因の早期特定につながったことなどは評価すべきだと思う。

 

漏洩事案が起きた、ということで厳しく批判される、となると組織のトップは被害届を出しにくくなる。日本年金機構が悪くないとは言わないが、あたかも悪事を働いたかのように言われているのはやや行き過ぎだと思う。被害者という面もある。その上でこれまでどの程度の対策を取ってきたのか、を問うことが必要だ。

 

「平熱」で議論すること。冷静な議論と分析が力強い対策を生む、と僕は考えている。

 

 

ふるかわ 拝

 

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2015年6月9日(火)

週刊yasushi 第618号「18歳の選挙権」

 

 

先日、選挙権を与える年齢を20歳以上から18歳以上に、と改める法律が衆議院を通過した。

 

施行はおそらくは来年の参議院議員選挙。

 

諸外国では18歳以上が流れとなっていること、また、昨年成立した憲法改正国民投票法では投票権者を満18歳以上としたことを受けて、今回、議員立法で提案されたものだ。

 

この法律が成立すると、高校三年生の中で誕生日の来た人は投票権が与えられることになる。

同じ学年の中で投票権のある生徒とない生徒が出てくるのは教育上好ましくないという意見もあった。だから19歳以上にすべき、と言うのだ。現に韓国はそうしているのだが結果としては多数意見により18歳以上となった。

 

となると高校生三年生の一部の生徒に選挙権が与えられることになるわけだが教育基本法第14条第2

項には教育の中立性が謳われている。

そういう中で高校生にどう情報提供していけばいいのだろうか。

そこで主権者教育が必要になっていく。どのようにして候補者の中から自分の入れたい人を決めていくのか、などについてプログラムを作って教育していくわけだ。これについては国でいま参考となる資料を作りつつあるとのこと。

 

一方、学校の教職員側。

国公立の高校では教職員が公務員だからそもそも政治的行為が制限されている。さらには教員や校長には公職選挙法上でも地位利用による選挙運動が禁止されている。

だから教壇から「今回の選挙は⚪️⚪️⚪️さんに入れようね」と呼びかけをするのはこうした規定に反する可能性がある。

私立高校の場合も地位利用による選挙運動が許されないのは同じだが、建学の精神というものがそれぞれの私学にはあるし、たとえば特定の政党や政治家のポスターを学校内に掲示するなどは禁止されているとはいえなさそうだ。

政治家の中には私立学校の役員をしている人もいるし、学校における選挙運動がどこまで可能なのかは丁寧に調べておかないといけない。

 

また、このこととは違うことだが、障碍児や入院児、遠隔地で暮らしている生徒の問題もある。

障碍や病気、あるいはそれ以外の理由で自宅から離れて施設や病院、寄宿舎などで生活している高校生がいる。場合によっては不在者投票をその施設や病院ですることもできる。あるいは歩行が困難などの方については一部郵便投票ができる場合もある。ただ、寄宿舎は違う。高校生は場合によっては住民票を自宅のある場所に残していることもあるだろう。そうなるとやや面倒くさい。まず、不在者投票の用紙を住民票のある市町村選管に請求する。それを受け取ったら現在居る自治体の選挙管理委員会に出向いて(郵便投票ではなく)投票することになる。

 

ところでこの法律案の審議過程ではこんな質問が出た。

選挙権は年齢を引き下げるのになんで被選挙権年齢は変えないのか。

 

答弁される議員(議員立法なので答弁者も議員です)曰く、

「そこまで検討する時間がありませんでした。」

 

いま、被選挙権は25歳以上。

ただし、都道府県知事と参議院議員だけは30歳以上。(なぜ都道府県知事と参議院議員だけ別になっていることについてもなかなか説明は難しい。かつてこの二つは選挙で選ばれてなかったから、ということくらいしか材料がない。)

 

このほか、選挙権を与えるのになぜ成人にしないのか、など様々なご意見もあったこの選挙権付与年齢引下げ問題。

 

これから参議院での審議が始まる。

 

成立すれば佐賀2区だけでもざくっと8000人くらいは有権者が増える計算になる。大きいなあ。

 

若い人たちが仲間に入ってきてくれるのはとても嬉しい。一緒にやっていきましょう!

 

 

ふるかわ 拝

 

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2015年6月2日(火)

週刊yasushi 第617号「地域の運動会で考えたこと その2」

 

 

人民共立学校という言葉をご存知だろうか?

かつて明治の初年、学制発布により、すべての保護者は自分の子供を学校に行かせなければならないということを政府は決めた。

だからと言って経費は国が持つから心配するな、ではなく費用は地方で持て、とやったものだから地方の、役所はずいぶん困った。

しかしながら教育は新しい国づくりに重要であると言う事は当時の国民が理解できたらしく、みんなでお金を出し合って学校を作ろうということになった地域が結構あった。

こういうことをやってのけるところが明治初年の日本という国家の若々しいところであるように思う。

この、住民が皆でお金を出し合って設立した学校のことを人民共立学校という。かつては佐賀県内にもいくつかあった。

僕が佐賀県知事だった頃、ある1つの集落が長い歴史に終わりを告げた。東脊振村小山内集落。

福岡都市圏に水を供給するために作られるダムの底に沈むことになったのだった。集落の閉村式が行われたのは元の小山内小学校だった。

この小学校は明治5年人民共立小学校として設立された。5、6年生は村の中心地の小学校に通ったらどうかと言う話もあったが、教員の経費は自分たちで負担するから最後までこの学校に通わせて欲しいということで6年間通学できるようにしていたと言う。実際にかつては教員の経費を始めとしてある程度の経費は集落が負担をしていたらしい。当時は木を切ればお金になったとはいえ毎年の負担は大変だったと思うがそうしてまで地域に学校を残そうとしたということなのだ。

 

そして今。急激な人口減少のため、地域の小学校は統合、廃校のうねりの中にある。

もちろん教育効果のためには統合したほうがいいという考え方もあるだろうし、僕も統合によるメリットは否定をしない。一方、生徒の数が少なくてもその地域に小学校が残るということは地域を挙げて子供を育てる教育効果、というのもあるのではないかと思う。

すなわち、小規模学校については、統合の対象とすることも否定しないがどうしても地域に存続させたい場合には残すこととし、そのかわりその経費の一部は地元が協力して負担する、というようなことができないのだろうか。校舎についても空いている所は地域の人たちが自由に使ってもらって良いし、事務職員についても役場のOBの人などその分野の人を活用するとか。

ある程度自由が効き、しかもコスト削減ができるような、そんな小学校ができないものだろうか。まさにコミュニティースクールとでも言うべきものだ。

 

もちろんそのようなことをすると新たに地域による格差を生むことになるという批判はよくわかるし、何より現行の義務教育費国庫負担制度はどんな地域に暮らしていようとも一定水準の教育を受けることができるようにすることを可能にするための制度で、今回の僕の考えはそうしたものとも大きく外れるということもよくわかっている。

その上で思うのだ。何とか地域に小学校を残すような工夫ができないのだろうかということを。

 

繰り返しになるが、各地の首長が子供たちの教育のためにと努力をし説得を続けて小学校の統合を進めていることについては敬意を表するし、統合によって大きな教育効果が出てくることを僕としても期待したいと思っている。

でも統合によらず地域に学校を残すと言う選択肢もあって良いのではないかと思っているということなのだ。

いまどきの人民共立学校、夢だろうか。

 

 

ふるかわ 拝

 

 

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