週 刊 y a s u s h i

2 0 1 5 年 1 2  月

 

衆議院議員

Official Website

power-full.com

Home  Profile  Concept  My Opinion  Contact

2015年12月29日(火)

週刊yasushi 第646号「劇団ふるさときゃらばん解散!」

 

12月26日土曜日、劇団新生ふるきゃらのファイナル公演が岡山市で行われた。劇団ふるさときゃらばんは、僕が30年以上にわたって応援してきた劇団。地域の現在(いま)を明るく描く、と言う貴重な劇団だった。すべての作品を手がけてこられた石塚克彦さんが先日急逝され、劇団の解散が決まり、その日が突然の最終公演となったのだった。

年末で地域の行事がたくさん詰まっている身ではあるがこれまで様々な思い出を共にしてきた劇団の最後の姿を少しでもみたいと、ほんのちょっとの時間だったが岡山に出かけて観ることができた。タイトルは『風そより』。テーマは山村の再生、特に木質バイオマス発電やCLT(直交集成材)だった。

先日発表された新国立競技場のデザインにもたくさんの木材が使われることになり、その意味では山村の明日に希望が持てそうな、そういう光が見えてきた矢先だった。

今、政府や自民党ではCLTが実際に建築に使えるようになるようにと建築基準法等様々な規制を変えていこうとしている。これが使えるようになれば、木造で例えば9階建ての建築物を作るようなことができるようになるのだ。

東京オリパラの選手村に、一棟くらいはこのCLTで建てた居住用建物があってもいいではないか。

 

かつてふるさと創生という言葉があった。その言葉が出てくるちょっと前に劇団ふるさときゃらばんはスタートした。その後、バブル期、景気低迷期、そして倒産と様々な経験をして、新生ふるきゃらという形でここまで来ていたのだが、地方創生が叫ばれる中で解散ということになる。

 

僕がふるきゃらを初めて意識したのはある芝居の中での農家のセリフだった。

「生協のおばちゃんが来るから農薬隠せ」

 

このようなセリフ、他の劇団では聞くことがなかった。

 

期せずして、ふるきゃらの最後の公演の主催はおかやまコープ。生協さんだった。

 

本当に長い間、ありがとうございました。

 

 

ふるかわ 拝

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2015年12月22日(火)

週刊yasushi 第645号「深夜外出を減らすために」

 

 

先日地元に帰ったときのこと。佐賀市で会合がありJR唐津線の最終列車で佐賀から唐津まで帰った。23時40分唐津駅着。唐津駅の改札口を出たところで知り合いの方にばったり出くわした。

男性数人と一緒。飲んでるふうもない。

そしてみんなで中学生らしき女子生徒2人に割と強い口調で何かを促しておられる。

女子生徒たちは、大きな声で反論しながら逃げるように去って行った。

 

古川「こんばんは、どうされたんですか?」

知人「おお、実はね、代議士、いま、青少年の健全育成で深夜徘徊の見回りをやってるとこなんですよ。警察官と学校の先生と保護司とでチーム組んで」

 

古川「ああ、それでいま声かけされてたんですね。こんな遅い時間にやるんですか?」

 

知人「遅い時間にならないと出てこない子たちがいるんだよね。早い時間帯に見回りをしてくださっている方々もおられるんだけど高齢の方が多くて、深夜まではなかなか難しくて(笑)

この時刻から深夜2時、3時までくらいがけっこう多いんですよ」

 

古川「声かけて帰宅を促す、ということですね」

知人「まあ、そうですが、警察に同行して事情を聴いてもらうこともあります」

古川「子どもたちの反応はどうですか?」

知人「なめたようなのがいっぱいいますよ。

『夜、外出したらいかんてどこに書いてあると?』とか、『どうせあんたたち、なあもでけんとやろうもん、手は出されんけんね(なにもできないのでしょう?手は出せないからね)』とか、『警察に来い?任意やろ、任意やったらいかんよ』とか」

古川「手が出せないことをよく知ってるんですね」

知人「そう、困ってるんですよ。こういうことができませんかね。

一つは深夜外出を禁止してほしいんです。佐賀県にも青少年健全育成条例がありますよね。あれに深夜の外出を禁止する条項を加えてほしいんです。

そうすると深夜外出は条例で禁止されてる、って、言えますから。罰則もつけて」

古川「子どもには罰則はつけられないですよね」

知人「いや、保護者です。子どもに深夜外出させた保護者に罰金を科すということです」

古川「へえ!」

知人「実例もあるようですよ。これを調べて是非とも佐賀県にも入れれば少しは私たちの声がけもやりやすくなります」

古川「なるほど」

知人「それと子どもの居場所を作ってほしいって、ことですかね」

古川「居場所ですか?」

知人「家の中に居場所がない子たちがけっこういるんです。その子たちがうろうろしている。夜であってもどこかにその子たちの居場所があれば助かると思うんですよね」

 

深夜外出の禁止と子どもの夜の居場所づくりかあ。

やはり現場で活動しておられる方々は違う。

何かできないか、自分なりに勉強してみたい。

 

 

ふるかわ 拝

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2015年12月15日(火)

週刊yasushi 第644号「新幹線西九州ルート ~なぜフリーゲージなのか~」

 

 

12月11日、与党新幹線建設整備促進議員連盟PTが開催された。

僕はオブザーバーとして参加した。

長い歴史を持つこのPTに佐賀県選出の国会議員が参加するのは初めてだったと思う。ちょっとした緊張感と興奮の下に出席した。

テーマはフリーゲージトレインの技術開発の遅れについてだった。国土交通省の説明によれば、平成34年(2022年)の開業を目指して開発が続けられていたフリーゲージトレインに昨年11月不具合が見つかり、その原因究明と改善策の取りまとめに約1年を要していたところ、その改善策がうまくいくかどうかの判断にあと1年かかる、とのこと。

これだと当初の予定より約2年遅れることになり予定していた開業時に量産車両が間に合わないことになる。

 

これにどのように対処していくか、これから検討委員会を作って議論をしていくことになった。

 

整備新幹線西九州ルート(長崎ルート)は、博多ー佐賀ー長崎間を結ぶ新幹線だが、フル規格の新幹線の線路と在来線の線路の両方を活用する、という全国唯一の新幹線だ。この両方の線路を走れる車両がフリーゲージトレインと言われるもの。西九州ルートへの導入を目指して技術開発中なのだ。

 

これが完成した暁の運行形態のイメージはこんな感じだ。

 

ルート図 https://www.pref.saga.lg.jp/web/at-contents/kenseijoho/shinkansen/route0804.html

 

博多を出た西九州新幹線はまずは九州新幹線鹿児島ルートを通って南下、新鳥栖駅に到着。そこから南西にカーブを切って在来線の線路を走れるようにその間に軌間変換をする。そして在来線の長崎本線の線路に入り、佐賀駅、肥前山口駅を通って武雄温泉駅を目指す。武雄温泉駅の手前でもう一度軌間変換して今度はフル規格の新幹線の線路を走れるようにする。

そして武雄温泉駅からはフル規格の新幹線の線路で長崎駅まで。

 

つまり、博多ー長崎間で2度軌間変換する、という計画になっている。

 

なぜ、こんなことになっているのかと言えば、全線フル規格にすると費用がかさみ、経済効果を超えてしまうからだ。それでは着工できない。

フリーゲージトレイン導入を前提にすれば在来線部分は工事がいらないので総事業費が安いため、そこで費用対効果が1を超え、それでやっと着工のための条件をクリアすることができたのだった。

当時、僕は佐賀県知事。

関係する市町村のリーダーの方々や国会議員の先生方、国交省のご理解を得て、難産だったもののフリーゲージトレインの開発をめざす、ということで着工することができたことにいまでも心から感謝している。

 

つまり、フリーゲージトレインだから着工できたという事実を忘れてはいけないと僕は考える。フリーゲージトレインの開発がうまく進んでいないようならこの際全線フル規格に、と言う意見があるのは承知をしているし、気持ちとしてはよくわかるけれど、全線フル規格の場合、果たして費用対効果がきちんと得られるのか、という課題をどうクリアしていくのだろうか?

さらに言えば、佐賀県の負担がいくらになるのかということも冷静に考えなければならない。今、実質的な佐賀県の負担額は約225億円程度だが、全線フル規格になると約750億円(平成9年度の単価による仮の推計)の追加になるという。佐賀県が公共事業に支出できる経費はある程度一定だろうから新幹線負担金の額が増えるとその分、身近な事業が削られてしまう可能性もある、というかそうならざるをえないのではないか。

こうしたことを思ったとき、佐賀県としてはフリーゲージによる開業を主張し続けるべきだと考える。

 

先ほど述べたように、これらの事柄については検討委員会を作って議論することになった。当時長崎県知事だった金子参議院議員もPTのメンバー。当時の経緯をよく知る者としてお互いにいい議論をして実りある結論を出していく場になればと願う。

 

 

ふるかわ 拝

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2015年12月8日(火)

週刊yasushi 第643号「ポケベルは鳴らなくても ~自治体の防災担当職員の皆様へ~」

 

 

災害時に必要な情報をどう住民に伝えるのか。それがとても難しいということを佐賀県知事として実感していた。例えば防災行政無線というツールがある。これを使って住民の方々に避難情報を伝えようとしても、屋外スピーカーのものだと、そもそも市内の全区域をカバーできていない。しかも屋外にいればまだ聞こえるのだが、大雨が降ったりしている場合は大体屋内に留まっていることが多いだろうし、そもそも雨戸を閉めたりしているとなおさら聞こえない。ましてや高齢者にとってはさらに聞こえにくい。広報車で地域を回っても状況はさほど変わらないようだ。とにかく聞こえない、というのだ。

 

こうした問題を解決できるのがポケベルの周波数帯を使った防災ラジオだ。

ポケベルなんてまだあったのかと思われる方も多いかもしれないがどっこい生き延びていた。しかもかつてない使われ方として、だ。

 

ポケベルの周波数帯(280メガヘルツ)は極めて強い到達特性を持っている。

屋内への到達度も高いという。

届き方が強い、というのは、マンションの一階だろうが屋上だろうが、はたまた中山間地域だろうが電波が届くと言うことになる。

そしてその家の中に防災ラジオを置いて音声や文字で必要な防災情報を伝えるという仕組みだ。スイッチが切ってあっても緊急情報は伝わる仕掛けになっている。コミュニティFMも災害時の情報伝達手段として有効だが、市内全域をカバーできていない、という欠点がある。この仕組みはその弱点も克服している。

これは神奈川県茅ヶ崎市で2年前にスタートした。そして今や全国のあちこちに広がりつつある。東京都江東区、豊島区もこのシステムのユーザーの1つだ。こういう地域にはマンションが多い。普通であればマンションの住人全員に防災ラジオを配布するということを考えそうなものだが、これらの区は違った。

24時間起きていて情報をチェックすると言う仕事をしている人がマンションの中にはいる。そう、管理人だ。管理人室にこの防災ラジオを置いておけば住人に伝えるべき情報が入ってきたときに館内放送で呼びかけることができる。住人一人ひとりの対応に期待するよりもこちらの方がはるかにいいではないか。

もはや絶滅危惧種かと思われたポケベルの技術がこのように防災情報の確実な伝達の手段に使われるようになっているのだ。しかも実際に入れたところの話を聞くとコストもかなり安く上がっているようだ。

消防防災無線のデジタル化をこれから考えようとしている自治体やこれから災害時における情報伝達体制の確保を行おうとしている自治体、あるいはすでに消防防災無線は整備したものの補完機能が必要(茅ヶ崎市の場合はこれでした)という課題のある自治体の担当職員の方はちょっとチェックしてみることをお勧めしたい。

 

 

ふるかわ 拝

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2015年12月1日(火)

週刊yasushi 第642号「ミッキーマウスとハローキティ」

 

 

TPPは、工業製品や農林水産物の関税のことだけを定めているのではない。

著作権についても定めている。

その中で日本にとって最も大きかったのが「戦時加算」問題だった。

現在、著作権法によって例えば小説であれば多くの国においては著者の死後50年間、その作品は著作権法により保護されることになっている。(米国は70年、メキシコは100年などいろいろ)

ところが、わが国においては他国に比べて著作権が長く保護させられているのだ。

どういう意味かと言えば例えばある国では50年保護されている著作権が我が国ではそれに約10年加算されて約60年保護されなければならないという決まりになっているということだ。しかも日本の著作権はその相手国で約10年長く保護されるわけではない。一方的な、片務的なルールなのだ。

 

一体どういうことなのか。答えはサンフランシスコ平和条約に遡る。

この条約が締結された時、こういう趣旨の規定が入れられた。

 

日本が連合国側と戦闘状態に入った1941年12月8日からこのサンフランシスコ条約が効力を発する日まで連合国側の著作権が日本で保護されていなかったため、本来の保護期間にこの戦時中の期間を加えた期間を保護期間とする。

 

こうした考え方に基づき例えば米国、英国、フランスの著作権は本来の年数に加えて3,794日、つまり約10年加算されているということだ。

戦時中に著作権を保護していなかったのは相手国も同じだと思うのだが、いかんせん負けた方と勝った方との条約であるので無理が通ったのも仕方ないと言えば仕方ない。

しかし釈然としないのは同じ負けた側であるはずのドイツやイタリアにはこの規定が適用されていないことだ。(そもそもイタリアは早々と降伏していて、第二次世界大戦の終結の時にはなんと連合国側として日本に宣戦布告していたという特別な地位の国ではあるが)

とにもかくにも日本だけが約10年長く著作権を保護させられているという状態は不自然としか言いようがない。

保護させられている、ということはすなわち使用料を支払い続けさせられる、ということだから経済的にも影響は大きいのだ。

もちろんこれまでに何度もこのことを解消する試みは行われたようだが成功しなかった。確かに難しいだろう。サンフランシスコ条約そのものを改訂しなければならないわけだから。

 

ところが今回、TPP交渉の中で著作権は大きなテーマだった。その交渉の中で日本はこの戦時加算を解消するように関係国に迫った。

その結果、「死後50年保護」から「死後70年保護」をTPP各国共通のルールとすることにして、その際、戦時加算を廃止することになったのだ。

 

明治時代の条約改正と並ぶような海外だと思うのだが、地味な項目のせいか社会的にはあまり取り上げられてないのがとても残念に思う。

これを気にしていたのは政府だけではない。例えばJASRACも同様の要求を長年にわたってしてきている。

このことがやっと今回実現できるようになったということなのだ。

 

米国はミッキーマウスの著作権の保護をしていくためにこれまで期限が迫るとその度法律を改正してミッキーマウスの著作権を守ってきたと言われるが、今回の交渉の過程では米国代表のフロマンが「ミッキーマウスもハローキティも大事」とコメントしていた。

もう流石にミッキーマウスの著作権もTPPで決められた、ということで2024年に期限が来たら延長を諦めるのか、日本はハローキティを各国にこれからどう売り込むのか。

これらもまたTPPの一断面だ。

 

 

ふるかわ 拝

 

Copyright (C)  power-full.com All Rights Reserved.

<掲載画像の無断転載・複製を一切禁じます>