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2016年9月27日(火)

週刊yasushi 第685号「最近の卒業アルバムの作り方」

 

 

先日ある写真館の方と会った。

「今でも卒業アルバムの制作は仕事になってますか?」と尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。

 

「最近では学校から頼まれる事はなくなりましたね。」

「というと?」

「PTAから頼まれるようになっているんです。」

「なんでPTAなんですか?」

「卒業アルバムについても個人情報保護とか平等のハードルが高くなってるんですよ。」

「それはわかります。」

「で、卒業アルバムを作る作業が大変になってもう学校が手放したのです。」

「どんなふうに大変なのですか?」

「まずは個人の顔が載っている写真と名前をあまり近いところに配置しないこと。つまり知っている人が見ればこの人の名前は何だというのがわかるけれども、知らない人が見ても名前が特定されないようにするという状態を確保しておくということが必要なんです。」

「なるほど。じゃあ住所を載せるなんてとんでもない?」

「同意をとれば別でしょうが、今卒業アルバムに住所を最後の番地まで載せているところは少ないのではないでしょうか?

大字までしか載せないとか。」

「でもそれだけだったら学校が作っても良いのではないですか?」

「大変なのはそこからなんです。全員の集合写真は全員が均等に写っているから平等ですがスナップ写真があるじゃないですか。あそこに写り込んでいる個人を特定して、生徒一人一人が何枚の写真に写っているのかということをカウントし、少なくとも全員1回はスナップ写真に登場するようにしなければいけないのです。」

「それ本当にやるんですか?」

「PTAによって求める水準は違うと思いますが基本は平等です。」

「もちろん全員が一回ずつとか二回ずつと揃える事は無理にしてもスナップ写真に一回も出てない子がいるというのはいかにもまずい。我が子が何回載ってようとアルバムの値段は一緒なのですから。」

 

先日このコラムで火事になった時の場所の特定についてもう少しわかりやすくすべきだと書いた。

今回のアルバムの件についても、確かに住所を最後まで書く必要はないと僕は思う。同窓会をやろうと思えばLINEでグループを立ち上げたりFacebookでつながれば良いわけで、そういう方法がある現在、住所に頼る必要はないと思う。

しかしながら卒業アルバムに写る回数のカウントのためにPTAの人たちが必死に子供の写った回数を数えているという光景は何とかならないものだろうかと思えてならない。

 

 

ふるかわ 拝

 

2016年9月20日(火)

週刊yasushi 第684号「2016/   ショップ  プレオープン!」

 

 

9月9日、有田町の卸団地の一角に周りのお店とはややたたずまいの異なるお店がオープンした。スペースは広いものの商品はそれほど置いてない。しかしながら店全体をある「空気」が支配している。

有田のメーカーや商社8社が一緒になって有田焼400年のプロジェクトの中で立ち上げた新しいブランド「2016」のお店を有田町の中に作られたのだ。

オープニングセレモニーでこれまで佐賀県庁のチームとして有田焼400年に関わってきたある職員はこうコメントした。

「役所と言うのは計画づくりは上手です。でも実際にできる事は計画のうちの半分とか7割とか。今回の有田焼400年でも立派な計画を立ち上げました。できていることもあればできてないこともあります。

でもこのお店は違うんです。計画にないんです。

計画にすらないことを、有田の、地元の、民間の方々が、自分たちでお金を出してやっていこうということでこのショップと会社を作られたんです。この2016プロジェクトに可能性を感じておられるからだと思うんです。こんなこと、私は長い間行政をやってきましたが初めてのことです。」

 

このコラムでも何度も書いたが、今年は有田焼400年。その中で次の100年に向けて新しいものを生み出していこうということで1616年に有田焼がスタートしたことと引っ掛けて16人の海外からのデザイナーをアートインレジデンスで有田に住まわせ、その中で新しいデザインを構想してもらい、それをもとに16の新しい有田焼が生まれた。これが2016プロジェクトだ。

その昔、オランダ東印度会社がまだヨーロッパが磁器を作れなかった頃に有田を含む肥前の産地に焼き物を注文して作ってもらっていた。

その頃の有田の職人たちからすれば使い方もよくわからないものを言われるがままに作っていたのだった。

今回の2016シリーズは違う。400年の伝統と誇りと技術の高さの上に立って有田の人たちは海外のデザイナーたちとフラットに議論し、今の時代に合った世界商品を作り上げた。初めて発表された今年のミラノサローネでは、この2016シリーズが大評判を取ったのだった。

もちろんこれからも簡単にはいくまい。しかし、1枚岩にならないとともすれば揶揄されてきた有田の人たちが手を携えて挑戦されているその姿を拝見していると、必ずや世界の食卓に、リビングに2016/シリーズは入り込んでいけると思う。

 

この秋には西武そごうでのお披露目も控えている。

 

 

どうかご期待あれ!

 

 

ふるかわ 拝

 

 

2016年9月13日(火)

週刊yasushi 第683号「チャーチの靴と隅田先生」

 

 

隅田先生はお医者さん。ひょんなところでよくご一緒していた。知事時代から僕を見かけると「知事、靴がダメだな、チャーチの靴を履きたまえ」と言われていた。

はいはいと返事していたものの佐賀県内にはチャーチの靴を売っている店は無い。気乗りしないまま数年が過ぎ、その間(かん)も時々お目にかかると「まだ買ってないのか!」と言われていた。

その後、僕は衆議院議員になった。年の半分近くは東京で暮らすようにもなり、そこでやっとチャーチの靴を買うことができた。

この靴、なかなか立派な靴で毎日そうそうはけるものでもない。ここぞと言う時に履くようにしていたのだが、あまり良い靴じゃない靴を履いているときに限って地元で隅田先生に会ってしまう。

「いや、違うんです。ほんと買ってるんです」と言い訳していた。

 

今回の急逝。

とうとう最後まで隅田先生に僕がチャーチの靴を履いている姿をお見せすることができなかった。

 

先生のお宅を弔問した。

チャーチの靴を履いて。

 

 

先生にお見せできないのが本当に残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

2016年9月6日(火)

週刊yasushi 第682号「映画『シン・ゴジラ』とオーバーハンドパス(一部ネタバレあり)」

 

 

先日『シン・ゴジラ』を観た。

怪獣映画ではなかった。いわばゴジラをテーマにした政治映画というか一種の『踊る大捜査線』というか、描かれていたのは想定外のことが発生したときの日本政府の対応だった。もちろん、明らかになっているようにこの映画の背景にあるのは東日本大震災のときの当時の政府や政治の対応のことで、映画を制作するにあたっては実際に当時政府中枢におられた政治家の方にもインタビューをされたと言う。当時、佐賀県知事として対応に当たっていた僕から見ても、リアリティーを持って観ることができた。あの時は「そんなはずはない」、「こうとしか考えられない」、「こういう言い方しかできない」と言った言葉がまさに踊っていた。

ここから先は映画の内容にわたる部分になるが、映画では政府の対応能力の低さが描かれつつも、最終的には、政府からの指示というか要請によって民間企業が力を合わせて対処し困難を乗り切っていく。

その姿は、リオオリンピックの400メートルリレーで1人も10秒を切る選手がいないのにアメリカよりも早くゴールし、銀メダルを取った、と言う姿と二重写しになった。

 

リレーと言えば、この400メートルリレーで話題になった日本のバトンパス技術の高さ。オーバーハンドで渡す他の国と異なり、日本はスピードが落ちないようにアンダーハンドパスでバトンを渡す。

であるとするならば、この秋、日本各地で行われる学校の運動会でオーバーハンドパスからアンダーハンドパスへと流れが変わるのではないかと思っていたがどうもそうはならないようだ。

理由は明確。

小学校の学習指導要領に「バトンを落とさないためにオーバーハンドパスで渡す」とされているからだ。

 

この国におけるきめ細かなご指導の姿はなお健在のようだ。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

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