週 刊 y a s u s h i

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2017年11月20日(月)

週刊yasushi 第743号「女山トンネル開通」

 

 

11月19日 日曜日、女山トンネルが開通した。佐賀県西部の武雄市と中部に位置する多久市を結ぶ長さ1259メートルのトンネルだ。

 

このトンネルの事業化は僕が佐賀県知事として着工を決断したものだが、それにはきっかけがあった。

 

僕が佐賀県知事として2期目を迎えた平成19年。県政報告会を多久市で行った時、「多久市に夢のあるプロジェクトを」という要望がなされた。なんとかせねば。僕は率直に感じた。

その頃、多久市議会議長をしておられた古賀和夫さんが女山トンネルの必要性を切々と様々な機会に訴えておられた。

それが頭の中に浮かんだ。これをやろうと決めた。

 

その決断を受けて、佐賀県として関係機関への要望、陳情をスタートした。県の負担はなんとかするにしても問題は国がこの事業を採択してくれるかどうかという点だった。もちろん、そう簡単にはいかないままその年を終えた。

翌平成20年度、自民党本部に要望活動を行った。当時保利耕輔先生が自民党政調会長をしておられた。要望の甲斐あって先生からは前向きにやっていきましょうと言うありがたい言葉をいただいた。そして国の事務方とも調整に入った。

 

少し行けそうな手応えを感じていたところに解散総選挙。

そしてその選挙によって民主党政権が誕生した。平成21年度のことだ。

 

「コンクリートから人へ」を合言葉に公共事業は大幅に削減。新規のトンネル事業は認めないといった厳しい方針が出された。

このままではせっかくここまで詰めてきていた女山トンネルは着工することができなくなる。

当時の政権の考え方とはやや違う決定をしなければならなかったため、相当の知恵出しをした。その内容の一部は今でもまだ話せないこともある。それくらい工夫をしたその結果、この平成21年度に着工することができた。あの政権の中で着工できたのは奇跡だった。

 

真っ先にこの着工の報告を古賀和夫元議長にしたかったが残念なことにその年の1月に他界されていた。僕は着工できましたと言う報告を西多久のご自宅に行きご霊前にご報告申し上げた。

 

そして事業は進んだ。平成29年度末の完成も決まった。そのとき、地元の県議さんから「女山トンネルが効果を発揮するのは積雪の多い冬場だ。なのに3月に開通するのでは効果が発現するのが1年先になってしまう。なんとか秋口に完成させられないか。」という提案がなされた。

まさにその通りだ。その提案が容れられ、この11月19日の開通となったのだった。

 

 

 

本州と四国に橋をかけよう、北海道と本州の間にトンネルを掘ろう。こういう主張をした人は最初の頃は変人扱いされていたという。しかしながら夢を語り続け、行動を強化していくことによってこれらはいずれも完成をしている。

 

女山トンネルも同じだ。夢を持ち続け行動し続けることによって実現することができた。佐賀県内にはまだ着工に至っていないたくさんのプロジェクトがある。あきらめずに行動し続けていかなければ、と思う。

 

 

今日11月19日の朝、僕は開通式の前に再び西多久の古賀元議長のお宅を訪れ、御霊前に本日の開通をご報告した。きっと喜んでいただけたと思う。

 

 

 

 

ふるかわ  拝

 

2017年11月13日(月)

週刊yasushi 第742号「最近の講演から」

 

 

相変わらず地元でのご挨拶回りと東京での来年度予算編成作業に明け暮れている日々だが、先週は講演を行う機会が2回あった。

1回が横浜で開かれた日本最大の図書館イベント「図書館総合展」でのクロージングスピーチ。そしてその数日後に唐津市近代図書館の開館25周年記念文芸講演会として行われた「文化の未来 図書館の将来」と題する講演。

 

図書館総合展は、三日間で合計30,000人以上が訪れるという日本で最大の図書館イベント。その閉会式に当たっての講演をさせていただけるというのだから極めて名誉なことだ。しかも、このようにして閉会式でスピーチが行われるのは今回が初めて。それのきっかけとなったのは米国で行われている同じようなイベントで閉会式に当たって講演が行われているからだそうだ。

僕にスピーチを依頼に来た主催者はこうおっしゃった。

「米国のイベントではクロージングスピーチをしたのはヒラリークリントンでした。なので、古川代議士にお願いしようと思いまして」。

実際には、笑いながらおっしゃったのだが、頼み方がうまい!

それなら、と自分なりに勉強して図書館について述べた。

 

その2日後が唐津市での講演だった。

唐津市近代図書館ができたのが平成4年。それから25年経つというので今回記念講演会を行うことになり、その講師としてお願いされたのだった。

またまたそれなりに準備をして本番を間近に控えたある日、唐津市、しかも近代図書館の隣に住む母から連絡があった。

話は以下の通りだった。

今日、昨年他界した父が持っていた書類を置いてある棚に母がふと目をやったら、赤い袋に入ったちょっと気になる書類があったこと。

中を見てみたら、僕の若いころの写真が出てきたこと。

そしてそれはよく見ると今から25年前に、近代図書館ができたときに僕が当時、自治省の課長補佐として街なかの活性化について講演をしたときのものだったこと。

この図書館ができた25年前、僕は同じ場所で講演をしていたのだった。

 

実は25年前に講演をしていたのではないかと言う指摘は他の人からもいただいていた。しかしながらそれを確認する証拠がなかった。講演を間近に控えたその日、まるで父がここにあるよと示してくれたかのようにその写真が発見されたのだった。

 

父の力を借りるかのように当日は全力でお話をすることができた。2時間と言う長丁場の講演だったが、伝えたいことがたくさんあり、ある程度内容のあるものになったと思う。

 

本を読む人口が減り、書店の数も減っていく中で文字文化を楽しむ拠点である図書館をきちんとしたものにしていく事は必要だと思うし、図書館の使い方、楽しみ方、そして活かし方を多くの人たちに伝えていきたい。

 

あまり知られていないことだが、僕は最初の佐賀県知事選挙に出馬したときのマニフェストの中に「日本一の図書館先進県を目指します」と言う項目を入れた。頼まれたわけでなく、自分自身でそうしたいと思ったからだ。

これからはこの日本そのものを世界一の図書館先進国にしていきたいと思う。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

2017年11月6日(月)

週刊yasushi 第741号「先の選挙を振り返りつつも」

 

 

選挙が終わって2週間。いろんな単位で今回の選挙の反省会が行われていて、僕も出来る限り出席するようにしている。その中で、佐賀県第二選挙区支部としてオフィシャルな反省会が先週の日曜日に行われた。

先の選挙で先頭になって戦っていただいた各支部から生の声を出していただいた。

そもそもの事務所の体制の問題、日頃の政治活動のあり方、選挙事務所の位置の問題、などなどいずれもなるほどと言うものばかり。しっかり受け止めてこれを改善につなげていきたいと思う。

中にはこういうのもあった。

「『相手候補の街演車は何度も自分の家の前を通ったのに古川のは1度しか来なかった』と言われることがあった。回り方を工夫してほしい。」

僕自身もこの事を言われたことがあった。なぜだろうと不思議に思っていたのだが、ある選挙通の支部長さんがこのように解説された。

「街演車には候補の車と政党の車の2種類があって両方とも同じように活動している。自民党の政党車は佐賀県内で1台しか使うことができず、前半と後半で分けて前半を佐賀2区、後半を佐賀1区で活用したので、後半の期間には佐賀2区では政党車を使うことができなかった。ところが、相手候補は、希望の党として立候補しているのは佐賀県内では佐賀2区しかないため、選挙期間中を通して政党車を活用することができていた。だから、相手候補の車の方がより回っている印象となったのだと思う。」

 

言われれば確かにそうだ。

 

まだまだ地元においては今回の結果分析と挨拶まわりを続けなければならないが、一方でいよいよ予算と税制の季節になってきた。補正予算の編成作業も始まった。与党議員として農林水産関係予算等でぜひ入れ込んでいただきたいものなどもある。

 

政策と地域活動の進化。

 

これを目指して努力していきたい。

 

 

ふるかわ 拝

 

衆議院議員

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