週 刊 y a s u s h i

2 0 1 8 年 3 月

 

2018年3月26日(月)

週刊yasushi 759号「第85回自由民主党大会」

 

 

3月25日日曜日。本来であれば地元にいなければいけないのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。年に1度の党大会が東京で行われたからだ。

自民党の最高機関とされているこの党大会。毎年様々なサプライズゲストがこの党大会に登場するが、今年は高木美帆選手だった。ちなみに去年は青山学院大学陸上部の原監督。

 

僕は高木選手がどのような肩書きで自分のことを呼ぶのか興味があった。「平昌オリンピックパシュート金メダリスト」と自分で呼ぶのも変だろうし、勤務先の「日体大助手」と言うのもなんだかなぁ。

 

結局はこうだった。

 

「スピードスケートの高木美保です」。

 

まぁ当たり前と言えば当たり前か。

ただ、「サガン鳥栖の高橋義希です」と言うのはサガン鳥栖に所属している選手なので意味がわかるのだが、「スピードスケートの」といってもそこに所属しているわけではないんだけどな。

 

高木選手の名刺にはなんと書いてあるのかも気になるところだ。

 

同じ北海道出身のスピードスケートの選手としての大先輩である橋本聖子参議院議員会長がこの党大会において、可愛がっている後輩である高木選手のインタビューを務められた。平昌オリンピックの期間中に橋本先生にお目にかかったことがあり、パシュートでの金メダルがこれまでやってきた日本のスピードスケートの総決算になるのだということを熱く語っておられた。それだけに今回の金メダルは本当に嬉しかったのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

党大会そのものはきわめてスムーズに進んだ。二階幹事長の党務報告が了承され、優秀党員の表彰の後、来賓ご挨拶、そして総裁の演説へ。

 

総裁の演説は10分位だっただろうか。森友問題についてのお詫びから始まり、次に農林水産業政策、そして経済や社会保障改革についての決意、最後に憲法改正に関して、この日までに自民党として国民にお諮りしたい4項目について条文案をまとめたことを訴えられた。

 

フィナーレはこれまたサプライズ、というかシークレットゲストの谷村新司さん。

まず、いきなり『昴』。普通はライブの1番最後にしか歌わないこの歌をトップに持ってこられたのにはびっくり。次に『群青』。

これは映画『連合艦隊』の主題歌。逆縁をテーマにした歌をここで披露することで平和への思いを歌いあげた、ということだと理解した。そして最後が『いい日旅立ち』。昔、山口百恵が歌った国鉄のキャンペーンソングだったが、谷村新司が歌うとまさに日本列島賛歌として楽しめた。実はあの曲、谷村新司は歌詞だけで作曲はしていないのだが、曲も含めて谷村ワールド。大画面には47都道府県の美しい風景が展開され、そして最後には全国の桜の名所が。歌に酔い、画面に酔っているうちに党大会は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な問題が指摘されている厳しい状況に置かれている中での党大会だったが、指摘については謙虚に受け止めつつ、やるべきことを進めていくのが政治だと改めて感じた党大会だった。

いよいよ明日が証人喚問。

 

 

 

ふるかわ 拝

2018年3月19日(月)

週刊yasushi 第758号「ライフサイクルからライフスタイルへ」

 

 

今、国会は森友文書問題で揺れているが、そういう中でもこの国会に提出しなければならない法案の準備作業や、新しい政策づくりのための勉強は進められている。先週の部会の話の中で、印象に残ったことを2つ。

 

一つ目が、私たちの年金を運用しているGPIFの責任者でもある水野弘道氏のお話。

 

人生100年時代をどう過ごしてもらうのかと言う話の中で、先日、アメリカの電気自動車の会社テスラのイーロンマスク氏と話をした時のことを語ってくれた。

「水野、いい人材見つけたぞ。パナソニックにいた電池の専門家だ。年齢は60歳を超えているのだが、信じられないことにパナソニックはどんなに優秀であっても60の定年を超えたら一律に40%給与カットしてるらしいな。その話を聞きつけて彼の能力をわが社で発揮してもらうことにした。彼にはその働きと能力に見合っただけの給料を払うことにしたがそれでも安い買い物だったよ(it's a bargain!)」

人材もお客様も全て世界のレベルというか世界の高さに揃いつつある、というか揃わされつつある。自分たちの中だけで別のルールを作ってみてもそれで物事が終わらないという時代を迎えているのだと改めて思う。

 

二つ目が 「にぎやかな過疎 」という明治大学農学部の小田切徳美教授のお話。

 

先生には総務省で「田園回帰研究会」の座長をお勤めいただいているが、その中で国政調査を用いて移住者について本格的な分析を行い、エビデンスベースで政策形成をやっていこうという新しい試みを展開していただいている。そのサマリーをお話しいただいたが、印象的だったのはにぎかな過疎と言う言葉だった。

「にぎやかな過疎。」聞いたことのない言葉だが人口こそは減っているもののいろんな人がそこで活動することによって動きが出てきている地域があるということだ。それらの地域は人口は減っているものの人材が増えていると言う。

「人口減だが人材増」。

新しい発想だと思った。

 

また、そのような、にぎやかに過疎地域は、行政だけ頑張っているのではなく、町内会、地域運営組織など様々な主体が関わっていることが多く、そういう地域において移住者が増えているという。

しかもそれが全国的に見ればどちらかと言えば西日本、さらに言えば特に中国地方、続いて四国地方で移住者が増える傾向にあるという。

もう一つ移住についての先生のお言葉。転勤等会社の都合によって移動を余儀なくされる「ライフサイクル移住」ではなく各々の意思で移住する「ライフスタイル移住」が増えつつある、ということ。なるほど。

 

こうした様々なアイデアを政策に結びつけていきたい。

 

 

ふるかわ 拝

 

 

2018年3月23日(金)

週刊yasushi 臨時増刊号「書類を書き換えられないようにするために」

 

 

佐川前国税庁長官の証人喚問が27日に決まった。事実の解明が進むことを願うとともに、公文書の書き換えが二度と起きないようには具体的にどうすべきか考えなければならない。

私は今、自民党IT戦略特命委員会のメンバーとして積極的に委員会での議論に参加をしている。そういう中で、先週、今回の事案を踏まえて、電子決裁の状況がどうなっているのか総務省に説明を求めた。

総務省から、数字的には90%を超える書類は電子決裁されている、という説明があった。しかしながら私は100%に向けて高めていかなければならない考えている。

なぜ電子決裁にこだわるのか。

今回の財務省の案件では、14あった文書のうち1つだけが電子決裁されていた。逆に言えば後の13文書は電子決裁されていなかったということだ。電子決裁されていた1つの文書は書き換え前の文章もシステムに保存されていた。書き換えたとしても、オリジナルも保存されるシステムになっているのだ。誰がいつどのように書き換えたのかということがシステム上明確になるようになっている。

書き換えた当人がこのことを知っていたかどうかはわからない。しかしながらこのように電子決裁に乗せておけば書き換えの前も後もいつ誰がどのように書き換えたのか、システムに残り続ける。

このことを職員が知っていれば、公文書を書き換えようという気持ちは失せていくのではないか。

財務省の問題が発生した後、3月20日に広島県は県庁の中で公文書書き換え事案があったことを公表した。広島県庁でも出てきたという事は、財務省だけの問題ではなく広く行政機関全体の問題といえるのかもしれない。

私はこれから、このようなことが二度と起きて行かないように電子決裁100%を目指す取り組みをしていきたいと考えている。

例えば、決裁文書だけではなく決裁過程で発生した修正内容および履歴情報、業務遂行過程の報告事項、 検討事項等も記録として残して管理し、紙媒体等も電子的管理が可能になるようにして、すべての記録物に対するアクセスおよび利用の便宜性が向上されるようになっている韓国の記録物管理法などをしっかり勉強していきながら、自民党の中から問題点と改善のための具体案を提起していきたいと思う。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

 

 

 

2018年3月12日(月)

週刊yasushi 第757号「ピョンチャンパラリンピックハイパフォーマンス・サポートセンターを訪ねて」

 

 

国会議員になってはじめて海外出張した。ピョンチャンパラリンピックだ。様々な発見があった。

そのうちの一つをご報告したい。

それはハイパフォーマンス・サポートセンターだ。ベストな状況で試合に臨んでもらうために選手たちの様々なサポートをする拠点だ。日ごろから選手たちを指導し共に支えているスタッフが平昌入りしており、どのような機能が必要なのかということがわかった上で仕事をしていただいていると実感。

例えばパラの選手の中には、トレーニングを始める前に緊張が高まってしまい、トレーニングを始めにくい状況になっていることも時としてある。そんなとき、サポートスタッフがまずケアをして緊張ほぐしトレーニングができる状況にする、ということが行われていた。

ただ、課題も見受けられた。今回のサポートセンターはオリンピック期間終了後、パラ利用に間に合わせるために多少改修したものの、当初からオリパラ共用としてイメージされていた。とはいえ、センターの別棟への移動に際して傾斜がきつく、選手たちですらサポートなしに坂道を登り下りできなかった。これは問題。この場所を選定する際に、パラの視点が弱かったと言わざるを得ない。

オリンピックとパラリンピックで共用する施設は常にパラの視点を持って選定していかなければならないことを痛感。

 

サポートセンターの中にコンディショニングミールを提供するスペースがあった。選手村のレストランも評判はいいのだが、やはり日本食を食べたいもの。ここにはそれがある。

これも日本のトレーニングセンターで人気のメニューをこちらに持ち込んだもので選手たちからみたら日常食。コンディションを作っていくためにいつもと同じ食事をし、日頃と同じ環境を提供するということに大きな意味があることを実感。

 

この感想は現地の訪問のほんの一端に過ぎない。たくさんの気づきや課題の発見があった。これを良い形で東京大会につないでいきたいと思う。しかし一番感じた事はボランティアの笑顔の素晴らしさだった。待遇が悪くたくさんの人が辞めてしまったと言う報道がなされていたが、パラリンピックのボランティアのスタッフたちは本当に皆笑顔で来た人たちをもてなしてくれていた。ボランティアの人たちの笑顔に金メダルを上げたいと思う。

 

これこそ最も東京大会に持っていきたいものだと感じた。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

2018年3月6日(火)

週刊yasushi 第756号「もう一つのカーリング」

 

 

先日平昌パラリンピックの日本選手団の結団式・壮行会があった。今回のパラリンピックの競技数は6。そのほとんどに日本選手団は出場しているのだが、唯一出ていないのが車いすカーリング。

ガイドブックには、「パラリンピックに出場するためには世界選手権に出場しなければならないが、日本は世界選手権に出場していないため出られなかった」という趣旨のことが書いてある。

 

それならば世界選手権に出場すればよかったのにと素人的には考えるが、話を聞けばそう簡単ではなかった。

パラリンピックは世界選手権の上位の国のチームが出場することになるのだが、そもそもその世界選手権に出るためには世界ランキングの上位にいなくてはならない。その上位にいない国については、世界選手権に出場するための予選において2位までに入らなければならず、日本はその予選リーグにおいて4位だったため世界選手権にすら出場することができなかったということらしい。

車いすではない健常者のカーリングの選手たちは日ごろは北海道北見市で生活をしているが、健常者の選手たちにしても競技と生活の両立はたいへんで、例えばスキップの藤澤五月選手は市内の保険代理店で事務の仕事をしている。このような仕事をしながら競技生活を続けているのだが、世界水準での戦いを狙うとなると仕事にも相当影響が出てきてしまう。

さらにそれがパラリンピックパラスポーツの選手の場合にはもっと状況が厳しい。

「車いすカーリング選手の場合、仕事はどうされてるのですか?」とお尋ねしたところ、「ハローワークレベルですね」と車いすカーリング連盟の事務局の方は言われる。

本来は障害者雇用にカウントされるため企業としてもマイナスではないとも考えられるのだが、そんなに甘くはないらしい。

カーリングは多くの場合、大会そのものがヨーロッパや北米で行われることが多く移動にも時間がかかるしパラスポーツの選手ということもあって手間もかかる。というわけで、理解あるスポンサーの下で仕事を続けることが難しいようだ。

 

今回、カーリングに光が当たっていることはたいへん嬉しいことだと思うが、パラリンピックにも出られなかったもう一つのカーリング。これに打ち込むために仕事も辞め、ハローワーク通いをしながら世界を目指している選手たちもいることをどうか知っていただければと願う。

 

 

 

 

ふるかわ  拝

衆議院議員

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