週 刊 y a s u s h i

2 0 1 8 年 5 月

 

2018年5月21日(月)

週刊yasushi 767号「成年年齢の引下げ」

 

 

いま、国会で大人になる年齢を20歳から18歳に引き下げるという法案が僕の所属する衆議院法務委員会で審議されている。先日は参考人質疑が行われ、そこで僕は、質問する機会を得た。この大人になる年齢(「成年年齢」と言う)の引き下げのほか、この民法改正法案には女子の婚姻年齢の引き上げも含まれている。現行法では女子は満16歳で結婚できる(ただし、親の同意が必要)とされているところ、今回の改正案では満18歳に引き上げようというものだ。

 

何歳で大人になるか、ということについては、我が国は昔はずいぶん若いうちに大人になった。元服が15歳だったというのもそうだし、12歳前後で大人の扱いをするところも多かったという。要するに第二次性徴期がスタートして、性的な能力が備わっていれば、その段階で大人として扱われてきた、ということなのだろう。

ところが、明治期になって、先進国と比べるとほかの国では21歳から25歳程度の年齢が成年とされていることがわかり、それで引き上げて20歳にしたようだ。

その後、諸外国では成年年齢を引き下げる動きが続いた。18歳や16歳といった年齢で成年とする国が増えてきた。こうした流れを受けて我が国でも成年年齢の引き下げの議論が出てきた。

そして、憲法改正の国民投票法の制定に際して、憲法改正は将来にも大きく影響する問題であることから、20歳以上ではなく、18歳以上の日本国民に投票権を認めるとされ、その際に、公職選挙法に基づく各種の選挙においても18歳に選挙権年齢を引き下げることを検討することとされ、これについてもすでに施行されているところだ。

 

「18歳で大人」という波はかなり近くまで押し寄せてきていて、今回いよいよ本丸に入ってきたということができる。

今回、民法改正により、成年年齢を18歳とすることにより、期待される効果としては、これまでより早い自立を期待できる、という点がある。すなわち、18歳、19歳のうちから社会・経済における責任を伴った体験させ、社会の構成員として重要な役割を果たさせることで一人前の大人としての自覚を早くに持たせるということだ。また、選挙権年齢が18歳であるのであれば、それと並んで成年年齢も合わせるのが自然だという考え方もあるだろう。

もちろん、懸念材料もある。未成年のうちは親が契約の取り消し権を持つ。悪徳商法の被害者になりかねないような契約を、未成年者である18歳、19歳の子が契約してしまっても、現行法では親が取り消すことができる。今回の民法改正が施行されれば、18歳、19歳の子の契約などの取り消し権がなくなることになる。だから、そういう被害に遭わないようにするために社会的なさまざまな取組みが必要となる。

 

僕は今回の改正に賛成だ。自分自身のことを考えても、18歳の春に僕は大学進学のために東京に行き、寮生活を始めた。高校の時も寮と下宿だったが、東京で大学生になる、というのはやはり覚悟が違う。親からも、「仕送りはするが生活面ではもう面倒は見られない。これからは一人で生きていくように。」と言われ、送りだされた。

僕の中では、「18歳の春に大人になった」と思っている。高校を出て、進学や就職でそれまでとは違った環境に身を置くことになる若者は多いのではないか。20歳で環境が変わる若者よりも、18歳で大きく変わる子のほうが多いと思う。そういうことを考えると、その大きな人生上の変化のタイミングで未成年から成年を迎えることとし、大人の自覚をもって仕事や勉学に励むことにするほうが生活の実態に近いのではないか、と考える。

 

また、18歳でいっぺんに大人になるわけではない。お酒やたばこはこれまで同様20歳からだし、競馬競輪についても同じ。ちなみにパチンコはいまでも18歳から。さらにはスポーツくじ(toto)については現行法でも19歳から買えることになっているなど、要は18歳ですぐに大人になる、ということではなく、大人になるためのスタートを切る歳、ということなのだと思う。

 

ところで、女子の婚姻年齢について。江戸時代にはずいぶん若い結婚もあったようだが、明治に入って、民法により男子満17歳、女子満15歳が婚姻年齢となった。

童謡「赤とんぼ」の中に「十五で姉やは嫁にゆき」という歌詞がある。まさにそういうことが適法だったということだ。

戦後になって、現在の民法が制定されたときに、男女1歳ずつ引き上げられ、男子満18歳、女子満16歳となったが、男女で婚姻可能年齢を違えていることについて国連からも改正を求める声が上がっていた。今回、日本の改正民法が施行されれば、世界の国の中で男女で婚姻可能年齢が異なるのは、中国とインドだけとなる。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

2018年5月14日(月)

週刊yasushi 766号「小城商工会議所創立70周年を祝って」

 

 

先日小城商工会議所創立70周年記念式典が行われた。

この式典に祝辞を寄せたが、字数の関係で十分に意を尽くすことができなかった。このコラムで歴史的な制度の変遷について述べさせていただきたい。

今では「小城市」に所在する小城商工会議所なので何の不思議もないが長い間にわたって「小城町及び三日月町(村)」を区域とする、つまり、「町村」を区域とする全国でも珍しい商工会議所だったのだ。

歴史的には、小城商工会議所は小城町及び三日月村を区域として設立された小城協商会を母体とし、昭和23年7月に設立された。この昭和23年というのがポイントで、この頃は比較的自由に商工会議所を設立することができた。

これは行政機関の補助組織的な役割を持つ当然加入方式のヨーロッパ的な商工会議所ではなく、設立自由、加入自由な基盤に立つ英米式の経済団体としての商工会議所を認める、という当時の占領政策によるものだった。

つまりはアメリカ流の、自由を基調とする商工会議所制度が戦後できて、その時代に小城商工会議所が設立されたということだ。

しかしながら戦後経済の混乱の続く中、自由設立による商工会議所では地域経済の牽引役としては十分ではないとして、日本が独立を果たした後の昭和28年に現在の商工会議所法ができた。ここでは厳格な制度下の商工会議所、つまりヨーロッパ型の商工会議所制度に変わった。これにより、商工会議所の内容は大きく変わることとなり、それに伴いこの新法においてはかなり厳しい設置基準が示された。

その基準の中に「商工会議所は市の区域に設置されること」があった。

当時の小城商工会議所の区域は小城町と三日月村。このままではせっかく設立した商工会議所が存続できなくなると地域の経済人は大いに運動を行った。

いわば濫造の弊の見られたそれまでの商工会議所を整理しようとして作られた新法だから、その運用についての方針は厳格なものだったのだ。

それだけに大変なご苦労があったが、県の当局の強力な後押しも得て新法の例外的なものとして現在の商工会議所法に基づく認可を受けた小城商工会議所が生まれたのだった。

当時の小城町及び三日月村の経済力と合わせ、当時の先人たちの結束力、政治力の強さそして何より地域経済に対する思いの深さを感じさせる。

 

こうした歴史を経て、今もなお小城商工会議所は商工業の総合的な改善発展を図る組織だ。商工会議所は地域の総合経済団体として、中小企業支援のみならず、国際的な活動を含めた幅広い事業など国際的活動が含まれている。

総合的経済団体であると同時に地域団体であること。

すなわち総合的地域経済団体であること。

それが商工会議所の独自性の表れであると言えるだろう。

 

平成17年の市町村合併によって小城市が誕生した。また、この春には高速道路のスマートインターチェンジが開通、そして西九州大学地域看護学部が開学するなど、まさに小城市は商工会議所のある街としてふさわしい要素を次々に兼ね備えてきている。

これからも今後の時代の変化を乗り切ってのご発展を心からお祈り申し上げてお祝いの言葉としたい。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

2018年5月7日(月)

週刊yasushi 765号「嬉野の茶工場にて」

 

 

5月2日。八十八夜のその日に嬉野の茶工場回りをした。あいにく当日は雨。晴れていれば行われるはずだった茶摘みの作業が中止になったところが多かったが、いくつかの工場では作業が行われていて、いろんな話を伺うことができた。

 

ある茶業組合では、今年のお茶の値段が大変に低いことを訴えられた。どうやら、嬉野がと言うよりは、大規模生産方式のお茶産地の出来が思わしくなく、それに引きずられるように他も出来がはかばかしくなく、それで値が厳しいということのようだ。

嬉野は玉緑茶(ぐり茶)と呼ばれる独特のお茶が中心で、他産地との競合があまりないため、他の産地ほどの激しい価格下落は避けられたようだが、それでも去年よりは低かったとのこと。

 

別の茶業組合では、遅霜による被害が大変だった話があった。防霜ファンを取り付けようにも資金的なところが追いつかないとのこと。だんだんお茶を生産する人が減り、耕作放棄地も出てきつつあること。良い場所の畑は借りる人がいるものの、そうでない場所については使われなくなり、イノシシ被害に遭っているという。

 

 

なんで価格が下がっているのかと言えば需要の低迷に尽きると関係者は言われる。

急須に茶葉を入れてお茶を楽しむリーフティーと呼ばれる需要が減り、ドリンクティーと言うペットボトルによるお茶の消費に移ってきている、ということで、リーフティーの需要が減っていることが全体の相場を引き下げている。

 

一方、ある小さな個人の茶工場では東京のいくつかの売り場に直接取引をお願いして置いていることなど、販路開拓に向けての取り組みの様子などを教えていただいた。

また、他の個人の茶工場では、規模は小さくとも有機や無農薬などの独特の方法で顧客を確保していておられ、今後についても一定の見通しを立てておられた。これら、顧客が確保できているところでは価格低迷の話は聞かれない。

やはり、直接お客様を確保できていることの大きさを感じる。

 

西九州茶農業協同組合連合会にも出かけてみた。ここでもリーフティーの需要喚起への取組みが必要と熱く語られ、そのためにもフィルターインボトルの冷茶を普及させて、嬉野市内でまずは消費拡大を図っていってはどうか、と言った話などが出た。嬉野は観光地。観光客にこのフィルターインボトルの冷茶、さらにはそれで割ったウィスキーや焼酎などを嬉野名物にしていけばどうだろうか、という話だ。これがうまくいけば、佐賀県全体に広げていくことも可能になるだろうし。

 

 

生産関連現場だけでなく茶商の方のところにも行ってみた。

特に輸出に力を入れておられる茶園さんでは海外向けの取組についてお話しを。まだまだという段階ながらもいまの取引の状況、先方とのやりとりなどを聞かせていただき、海外における需要拡大の可能性を現実のものにしようとされている姿に敬服した。

 

最後は「チャオシル」。嬉野におけるお茶の歴史や栽培方法等の学習体験館として新しくオープンした施設。学習施設としてはよくできていたし、木質の心地良さ、諸富家具の活用など良い空間になっている。

ゴールデンウィーク中は入館料が無料になっているし、嬉野に来ていただいた方々にもっと来て欲しいと思う。ここではおいしいお茶とお菓子を楽しむこともできるし。

この施設、現時点では行政が直接管理をしているようだが、せっかくのこれだけの内容。もっと自由に運営してもらうためにも民間の力をより積極的に導入することも考えてみてはどうなのだろうかと思った。

 

約半日かけてあちこち回ったが、茶業と言っても規模、内容、販路などが様々。それぞれに課題が異なっていた。こうした課題解決のお手伝いをどのようにしていけば良いのか。また、しばしば足を運んでみたい。

 

 

 

ふるかわ 拝

 

 

衆議院議員

Official Website

power-full.com

Home  Profile  Concept  My Opinion  Contact

Copyright (C)  power-full.com All Rights Reserved.

<掲載画像の無断転載・複製を一切禁じます>