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時 々 の 記 書 き 散 ら し

2017年6月30日(金)の記

 

日本とEUの経済連携協定の交渉が大詰めと言うこともあって、もともと早朝便で地元に戻ろうとしていたところを朝の自民党の会議に出席することにした。ちょうどいいタイミングで各分野の取りまとめを終えていたところだったので全般的に見ることができた。TPPと違って先進国同士の交渉なので責める部分と守る部分がある意味重なるところが多い交渉。逆に言えばその分苦労も多い。と言いつつも、EUは農業分野においては日本との関係では豚肉、チーズなどで優位に立っている。

逆に日本は自動車関連等で優位に立っているものが多い。

 

交渉に臨む姿勢について確認をすると同時に、これからはいわばシナリオのないエンドレスな交渉になっていくと言う静かな決意が述べられた。

闇雲に自由貿易を進めればいいというものではないが、世界のGDPの約2割を占めるEU市場が魅力的であることには間違い無く、日本よりも早く自由貿易協定を締結した韓国企業EU市場において日本企業よりも優位に活動を進めていることなどを見ていると日本も交渉を進めていく必要があることを痛感する。

一方でTPPの交渉の時に見られたように、例外のない自由化と言う言葉のもたらす不安感をどう払拭していくかという事は大きな問題でもある。

佐賀県における農業関係で今回の交渉によって影響の出てくる分野としては例えば豚肉が挙げられる。しっかりと守るべきところを守ると言う線を維持していただきたい。

仮に現行の制度から情報するようなことがあるとするならば、TPPの時に出されていたような牛豚マルキンの法制化などを実行することとしなければ、とてもではないが農家の人たちに納得してもらう事はできないと思う。TPP関連法案の採決の際の付帯決議においても、必要な時期が来れば牛豚マルキンについては実行することとされている。

いずれにしても今週末にEUの代表が来日。来週の月曜火曜あたりにもう1つの山場が来るように思う。

地元と東京を行ったり来たりしなければならないことになりそうだ。

 

2017年6月29日(木)の記

 

雨の中、今朝は牛津高校へ。朝6時過ぎに家を出て、まずは牛津高校近くの交差点で地域の小学校のPTAのメンバーと小学生、中学生の交通安全のお手伝い。

牛津高校前の交差点は割と多くの車が行き来していて確かに子供たちが不用心に横断するとやや危険性が感じられる。

7時半から8時位まで小学生と中学生の横断のお手伝いをし、それから牛津高校の生徒たちに向かって街頭演説。

 

ひとしきりそれが終わった後佐賀市内の自民党県連で会議。その後挨拶まわりスタート。ある団体に行ったところ、その近くに「03コーヒー」と言う素敵な看板が。前から気になっていたサードウェーブのコーヒー店だった。テイクアウトでアメリカーノという香り高いコーヒーをいただき、車内で味わった。

 

お昼を食べ午後も挨拶まわり。ただ単にご挨拶して終わりではなくできるだけそれぞれの団体のご事情や今の課題等についてお話をお伺いするようにしている。

それぞれの団体についての課題がある程度見えてくる。

 

およそ団体と名のついてるものについて共通なのは、会員の減少だと感じる。

その大きな理由となっているのが、個人情報保護条例。

例えばある障害福祉関係の団体では、そもそも新しくその団体の対象となる障害者になられた方の名前や住所を教えてもらえないのだと言う。自治体によっては、障害者手帳をお渡しする際に「こういう団体がありますがよかったらお入りになりませんか」と紹介をしていただいたり、「もしよろしければお名前と連絡先をこの会の会長さんにお伝えしてもいいですか」と言ってくれるようなところもあると言う。強制はもちろんできないがそのようにしていただければ本当にありがたいがなぁと言う気もする。

夕方の便で東京へ。2つの役所からのブリーフィングを受け、夜は自治省の東京大学淡青会(東大ボート部)の集まり。今回は「駒形どぜう」。

この集まりはいつも隅田川の界隈でやるようにしている。

先輩後輩交えた楽しい話題でひとときを過ごすことができた。

 

2017年6月27日(火)の記

 

1年ぶりに高校の正門前で朝立ちを始めた。去年のもうちょっと前の時期、参議院議員選挙で18歳の人たちに選挙権が与えられたのをきっかけに、選挙区内の全部の高校の前で街頭演説をした。今年の夏も同じようにやっていきたいと思っている。

今日は唐津青翔高校。

生徒たちは多くがスクールバスあるいは路線バスでの登校。一部が保護者の送迎。

早い時間に登校する生徒ほどなぜか元気がよく、ギリギリに来る生徒の方が眠そうと言うのは大体どこの学校も共通している。

 

部活の指導員の活動範囲が変わること、大学入試が変わっていくこと、など高校生にとって少しでも身近な話をと思いながら、また、ずっと聴き続ける人はいないので繰り返し話大体30分から40分ぐらい演説を続ける。

 

地元にいる限り、続けていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年6月24日(土)の記

 

本格的に雨が降った。嬉しい。

先週末に上場土地改良区や干ばつに悩む武雄市若木町の川内地区の皆様からお話を伺い、それぞれにいざとなったらこういう方法をやろうと言う方針を決め、さしあたって火曜日に雨が降るかどうかに注目しようと言うことになっていた。

これまで何度も裏切られていたが、火曜日水曜日と雨が降り、何とか急場をしのぐことができた。しかしまだまだ足りない状態には変わりがない。そういう中でこの雨は誠に嬉しい。

この時期、自民党の各支部の総会が開かれる。自民党の各支部と言うのは平成の市町村合併の前の単位で設けられている。例えば七山支部、肥前支部と言うような具合だ。

この日は総会が唐津東松浦地域で四つあった。必死になって掛け持ち。

これにもう1つ、ゆうすげ祭りにも参加したし、どこでも飲むので最後はフラフラに。なんとか家にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年6月22日(木)の記

 

朝から電話のかけっぱなし。

様々な要望陳情を受けて、その対応のために役所や企業などに電話しないといけないのだが、なかなかその時間が取れない。

日程上空いている時間を使って処理しようとしてもそこに来客があったりするとそれはやはりライブのお客様の対応をしたいものだから、ついついそちらに時間がいってしまう。

この日はけっこうお客様も来られ、しかも処理も進んだ。嬉しい。

 

午後からは都議選の応援。

小松ダイスケ都議(世田谷区選出)のご夫人と支持者訪問へ。

世田谷区はマンションも多く、なかなか支持者にたどり着くのが大変なのだと実感。そんな中、名川米穀店と言う米屋さんに行ったところ、店先に大きく「さがびより」が玄米で置かれている。よく見れば「七夕コシヒカリ」や「夢しずく」も。「佐賀のお米は粒がしっかりしていておいしいんですよ」とお褒めの言葉をいただいた。生産者の皆さんにお伝えしなければ。

 

 

夜は行政書士会の会合。日本行政書士会のいまの会長は遠田和夫会長で佐賀県小城市において開業されている方。2期連続での会長だ。まことに誇らしい。

その後、佐賀新聞社主催の「かすみがせき佐賀会」。佐賀県にご縁のある霞が関の官僚及びそのOBの集まり。中尾清一郎社長はじめたくさんの方々と久しぶりにお目にかかり、会話を楽しんだ。

 

2017年6月21日(水)の記

 

朝は自民党本部。総務部会で、地方、特に中山間地域をどう維持させていくのか、有識者ヒアリング。地域運営していくための機構を作っていくというプロジェクトチームを作ることになった。

引き続き、情報通信調査会との合同会議。情報通信白書案についての議論。僕はスマホの普及率について、日本全体で70パーセントと言っているが、ぜひ市町村別の普及率を出してほしいと述べた。かなりの差があると思う。低い地域の普及率を上げていくことをしないと日本社会全体、特に地方における新しいサービスの活用が進まないと思う。

 

そして佐賀県レジャーホテル協会からの要望。この業界も人手不足ながら、風営法の対象業務であるため外国人が雇えず、例えばホテルのリネン関係の仕事をしてもらうことが禁止されているという。

こうしたいくつかの宿題をいただいた。

お昼御飯もそこそこに羽田空港へ。

そして福岡空港から車内で打ち合わせをしつつ唐津へ。唐津市内でまず上場土地改良区事務所を訪れ、降雨によって上場地区への送水がどうなっているのか教えてもらった。あと数日降ればなんとかなりそうだし、少なくとも灌水効果はあったようだ。武雄河川事務所のご厚意に感謝したい。

そして会議に参加したあと、とんぼ返りで今度は東京へ。

明日は都議選の応援。

ここしばらくはこんな感じの日が続く。

 

 

 

2017年6月20日(火)の記

 

朝から自民党本部へ。聴覚・視覚障害児についてのプロジェクトチーム。国会が終わったにもかかわらず、たくさんの議員が参加されていて、活発な意見が交わされた。

その後、面談、面談、面談と、面談が続く。国会期間中、委員会などでなかなか時間が取れなかったためにいまになってやっと取れた ということだ。会うだけでは話が終わらないのでこれから解決に向けて努力するのみ。

 

お昼は神宮前のスマートニュース社へ。知り合いがそこで働いていて社内の見学とランチに誘っていただいたもの。いまどきの会社らしく、とにかく新しい発想をどう出していくのか、ということと働きやすい環境を作ることで人材をどう確保していくのか、ということに方向性を出しておられたことが印象的。

偶然、鈴木社長にも遭遇。この辺のバッタリ!感もこの手の企業らしい。

 

午後は都議選の応援。

世田谷区選出の小松ダイスケさんと千歳船橋駅頭に立った。

若い頃、この辺でよく遊んでいたので懐かしいはずだが小田急線が高架化されていてどうもピンと来ない。

約1時間20分、スタッフの方々と一緒にビラ配りと演説した。

 

夜は土地家屋調査士会へ。

「土木は地球の彫刻家、という言葉があるが、その設計図面を書くのが土地家屋調査士の皆さんだ」。竹下亘議員の言葉だ。

 

「土木は地球の彫刻家」というのは田中角栄先生の名言だが、その衣鉢を継がれている竹下議員らしいお言葉だった。

 

僕は「土地家屋調査士会と関係の深い、所有者不明土地問題の解決に全力で取り組みます」と手短に挨拶した。

 

2017年6月19日(月)の記

 

朝から地元の団体回り。

7月に開催する自民党第二選挙区支部大会のご案内をお持ちしている。

佐賀駅前のiスクウェアビルのマイクロソフトのイノベーションセンターに立ち寄ったところ、ちょうど山本地方創生担当大臣が視察に来られて帰られた直後だったとのことで関係者が集まっておられ、このセンターの活用法について意見交換した。また、株式会社炭化という佐賀市と鹿島市に拠点を置くベンチャー企業の社長さんとお話しすることができた。海外との取引が成約に至り、いまその準備中とのこと。いい技術をもつ企業を国内外で売り込みしてもらう必要を感じた。

ラジオの収録などを経てから、事務所での打ち合わせ。

 

夕方には東京。

打ち合わせや面談の後に、国会ボッチャクラブの初試合。「第一回築地マグロ杯」争奪ボッチャ大会に参加。

なんと優勝!

僕も奇跡的なショットを決めることができた。

その後、懇親会に出てもう一軒別会合へ。最後にも一度ボッチャ関係の会合に参加して、今後のボッチャ普及に向けての取り組みを確認した。

ボッチャ、興奮するなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年6月17日(土)の記

 

国会が終わった。さぁ地元活動。

先ずは佐賀県精神保健福祉連合会総会へ。

精神障害を抱えておられる当事者や家族の方の集まりで、総会そのものの人数としては数十人程度だが、そこに佐賀県選出の国会議員が6人来ていてご挨拶。普通ならば同じような話になるところ、それぞれの議員がそれぞれのお話をされたので聞いておられる方も新鮮だったのではないかと思う。

今国会で精神保健福祉法の一部改正法が通らなかったので秋の臨時国会ではぜひ成立させたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして佐賀県立美術館へ。バロック時代の絵の展覧会。佐賀県立美術館は最近集客力のある企画展や巡回展を立て続けに行っていて、美術館に足を向ける人たちの数が着実に増えていると思う。美術館の人から説明をしていただきより理解が深まった。ミュージアムショップで「何が売れたら嬉しいですか」と学芸員の方にお尋ねしたら「図録ですね」と即答だったので即購入。

そして太良町。老人クラブ大会の後のシルバー文化祭でご挨拶とカラオケ一曲。司会の方(女性の方で元町職員)の盛り上げ方がとても上手で座がにぎわった。

移動中にニュースを見ていたら、

日本農業新聞に、佐賀県での水不足の記事が。しかも、先日、僕が訪問した武雄市の地域のこと。

その時にも水が不足気味と言うことだったが深刻になっているようだ。慌てて日程を変更して現場を見に行くことに。

見に行った様子はFacebookを見ていただきたいが、山の上近くとあってなかなか対応は大変。地域の市議さんや市長も駆けつけていただき鳩首会談。なんとか知恵が出そうだ。

 

次は小城事務所でドローン活用農業についての相談。

 

そして唐津事務所で上場土地改良区からのやはり水不足についての要望。

 

夜は会合と国政報告会。

 

忙しいがそれなりに充実した一日だった。

 

 

2017年6月16日(金)の記

 

今日で実質的に150日間の通常国会が終了。(実質的にと言うのは150日目が今週末の日曜日にあたるから)。

 

民進党は昨日以来、衆議院のすべての委員会と本会議に欠席。今日も閉会に伴う処理を各委員会土曜日本会議で行ったが、今日も出てこず。

寂しい形での幕切れとなった。

 

本会議が終了し、多くの議員が地元を目指して戻る。しばらくのご無沙汰になるねと言うご挨拶のやりとりを耳にしつつ衆議院の中庭にある噴水に照りつける強い日差しを窓越しに見ていると、1学期の終業式を終えて夏休みの始まりを迎えたときのようだ。

 

僕は今夜東京で会合があるので翌朝地元に戻ることに。

翌週は都議選の関係や、すでに約束をしていた用事がいくつもあるものだから比較的東京にいることも多いのだが、その翌週から本格的に地元での活動になる。

暑い夏が始まる。

 

 

2017年6月14日(水)の記

 

この通常国会も実質的には16日の金曜日で会期末を迎える。普通は最終週になると延長があるのかないのかと言う声が聞こえてくるものだが、今回に限ってはいろんな憶測が飛んでいてまだ見当がつかない。

 

翌週の日程の立てようがなくて困っている。

 

そんな中、今日、衆議院では内閣不信任案が出てくる、という噂が飛び交い始めた。一方参議院もかなり派手な動きになっているらしい。

 

「国会が動くときは群れておけ」。

竹下亘国対委員長の名言。

同期のLINEやエレベーターで一緒になった先輩の議員等に状況を聞きつつ次に何が起こるのかを考える。

 

「参議院ではテロ等準備法案を中間報告で本会議に上げ、一気に採決するらしい」

 

こんな噂も飛び交い始めた。中間報告?聞いたことのない言葉だ。

 

結果的にそれがその通りとなり、衆議院は午後11時30分本会議。

本会議は日付をまたがないことになっているため、延会手続きだけして次の本会議が12時30分。そして2時過ぎまでかかって内閣不信任案を否決した。

参議院は、各種の問責決議や中間報告の扱いなどで大変な本会議となり、翌朝の午前7時過ぎくらいまでかかったらしい。

 

翌朝8時に築地本願寺にお参りに行き、勤行を済ませた後、食事を始めたところ、本会議を終えた参議院議員の方が入ってこられた。

眠いはずなのに妙な高揚感からか大変お元気なお姿が印象的だった。

長い長い1日。

 

2017年6月13日(火)の記

 

朝は自民党本部へ。障害児者問題調査会のコミニケーションPTにて。参加者から様々な意見が出た。僕は今度、準天頂衛星「みちびき」が打ち上げられたことにより視覚障害者用点字ブロックの代わりにスマートフォンに「みちびき」からのデータを受信できれば視覚障害者がどこでも安心して歩くことができる。このプロジェクトの進捗状況はどうなっているのかと尋ねた。

担当者が来てなかったため後日報告と言うことになったが、これが実現したら画期的なことになると思う。

 

その後、会館事務所にて書類整理などをしていたら今日はいろんな人が訪ねてきてくれた。

訪ねてくる人はお土産を持ってきてくれる人もいれば土産話を持ってきてくれる人もいる。

なかなか自分の仕事が進まないと言う問題はあるものの有意義な時間を過ごすことができた。

 

午後からは2020年パラリンピック東京大会に向けた提言書を丸川オリパラ大臣と鈴木大地スポーツ庁長官へ届けた。

夕方はマンション管理業協会の総会後の懇親会に参加。

そしてライザップ。実質的に今日が最後になる。

次回の木曜日に体重を測り写真を撮りビフォーアフターを見てみることになる。

間違いなく体重は減っている。何キロになっているのかはその時のお楽しみに。

 

 

 

2017年6月10日(土)の記

 

朝から勉強会。唐津東松浦地域のいろんな事業所や会社の人たちが事業の内容やこれからの構想について意見交換をする会。今回は僕が当番で最近の国会の情勢等について報告。

森友学園や加計学園問題、北朝鮮のことを始め、なぜ議員になったのか、など率直な意見交換がなされた。とてもありがたい。

こうした意見交換の場でもそうだが、地域を歩いていても最近、国会運営における与党の姿勢についてお叱りを受けることが出てきていると感じている。こうした事は党本部にもしっかりフィードバックしなければいけないと思う。

 

2017年6月8日(木)の記

 

朝は書道の会。与野党の10人ぐらいの議員が、談論風発の中、それぞれのテーマに沿って筆を動かす、という風景。僕は頼まれている書を仕上げようと四文字を大きく稽古。

 

その後、下水道議員連盟。僕は下水道の管渠をドローンでチェックする技術について、現在政府が進めているプロジェクトがうまくいっていないのではないか、他に方法があるのではないかと言う事柄を指摘した。

 

昼前はテロ等準備罪の法案の勉強会。平成研究会で10人ぐらいの議員が参加された。僕が進行を務めることになった。説明が分かりやすかったこともあって参加者への理解がより進んだと思う。自分もこれで週末の街頭演説でしっかり話すことができると確信。

 

今日は打ち合わせが大変に多く、夜までずっと続いた。

 

打ち合わせをするとその後やらなければいけないことが増えてくるので、なんだか借金が増えるような感じ。どこかで借金返しをしなければ。

 

2017年6月6日(火)の記

 

午前中は都議選の応援。

世田谷の三宅しげき都議の事務所開きへ。

8畳か10畳くらいの、僕の感覚で言えばとても小さな事務所だが、都会はこういうものなのだろう。もちろん駐車場はないようだ。

前に東京の衆議院議員選挙の事務所に行ったらビルの二階だったこともあった。大きな店舗跡地を借りて駐車場完備が当たり前という地方の選挙とはやり方もずいぶん違うのだろう。

 

昼間は早稲田大学の演劇博物館へ。

大テレビドラマ博覧会、とりわけ往年の名作『お荷物小荷物』の最終回を観た。

午後からは発達障碍支援PTのまとめの方向性についての議論。

やはり、専門家の育成と家族支援がキーという話になった。

もう少し練らなければ。

 

夕方はライザップへ。あと一回になった。

ウェイトトレーニングについてはずいぶん負荷も上がってきていて、ボート部時代を思い出す。

 

夜は地元から来られた方から電話がかかってきていま飲んでるから来ないか、というお誘い。

 

1つ予定をこなした後に参加。

この日はあまり飲まない予定だったのだが、この席が楽しすぎて痛飲。

 

2017年6月4日(日)の記

 

朝は嬉野市塩田町へ。

各都道府県から選ばれた稲作農家が皇室に対しお米を献上する献穀米という制度がある。

今年、選ばれたのが塩田町五町田石垣の吉牟田十郎さん。

その御田植式に出かけた。

今日もいい天気。しかしながら、昨日お伺いした武雄市の若木町でも雨を望む声が切実に聞かれたし、そろそろまとまった雨が欲しいところだ。

 

それから唐津へ。半田川祭りに出た後、東唐津でサーフショップを経営しておられる方がみんなでイベントやるから寄りませんかとのことで立ち寄らせていただいた。改めて唐津の海の持つ景色の素晴らしさを堪能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから呼子の大綱引き。

今日は大人の綱引きとあって、たくさんの人で賑わっている。すれ違う観光客の中には、外国から来られたとおぼしき方も多い。

 

一方で綱引きに関するアナウンスは全て日本語。

観光客の人も参加をしてください呼びかけているし、こうした観光行事はこれからは海外から来られた方がお客さんでいらっしゃると言うことをもっと意識した方が良いのかもしれない。

 

それから佐賀市へ。

保利耕輔先生が国立新美術館に作った経緯について講演をされると言うことで聞きに行った。会場の佐賀県立美術館ホールは多くの人で賑わっていた。現役の時と違い少し肩の荷がおりたのか、保利先生は自由に思い出を語りお考えを述べておられた。

その後青年会議所のブロック協議会総会へ。

そして佐賀県立美術館での佐賀美術協会展鑑賞。

そこで佐賀大学の徳安和博先生に会った。彫刻の大家でいらっしゃる先生は今回鍋島閑叟公の銅像を作っていただいた方。室内に置くのではなく屋外、しかも長い間にわたって置かれ続けるものだと言うことでご苦労も多かったようだ。途中で熊本地震が発生し、地震対応も踏まえたものになったとのお話を伺った。

その後はいくつか面談と会食。

明日の朝も早朝から会議だ。

 

 

2017年6月3日(土)の記

 

朝早くから伊万里市へ。中学校の野球大会と市民グラウンドゴルフ大会開会式。

そして唐津市立近代図書館美術ホールで行われる美術展「日本画山脈」のオープニングへ。戦後の日本画の混乱から、現代アートとしての日本画に至るまでの過程を描いた素晴らしい美術展。素晴らしい企画だと思う。

このような素晴らしい美術展の開催ができたのは一般財団法人地域創造の支援による。その理事長さんもオープニングにお見えだったが、板倉敏和さんと言う自治省の先輩。

そのこともまた大変うれしく。

その後唐津古里映画『花筐』の0号試写へ。大林宣彦監督ご夫妻にお目にかかる。先日の試写で見逃した頭の数分を鑑賞。

今日の試写会には原作の作家、壇一雄先生のご子息壇太郎さんがお越しだった。

その後、佐賀県看護連盟の総会、武雄市若木町での国政報告会、自民党鹿島市支部総会、そして唐津市刀町での国政報告会。

 

朝早くから夜遅くまでの充実した1日だった。

 

2017年6月2日(金)の記

 

今日は本会議。昨日委員会で可決した天皇陛下の退位に関する皇室典範特例法の本会議採決だった。

委員会の時にはネクタイ着用だったので今回もそうかと思いネクタイを付けて議場に入ったが、どうやらそういう指示はなかったらしくネクタイをしてない人も大勢いた。

いずれにしても天皇制について明治時代に一世一元の制や終身在位の制度が定められて以来の歴史的な改正となる。

そういう思いも冷めやらぬまま羽田に向かい、鹿島市で開催された鹿島出身の平安時代の碁の達人である碁聖寛蓮の日本碁院殿堂入りの祝賀会へ。

高校時代に習った『大和物語』の中に「旅寝の夢」という話があり、その主人公が寛蓮だったことを思い出しつつ、ご挨拶。

 

ふるさとの旅寝の夢に見えつるは

うらみやすらむ またととはねば

 

という寛蓮の歌を引用しながら話した。

意味としては、

「ふるさと(佐賀県藤津郡)が旅先の宿での夢に出てきた。これは、故郷の人が自分を恨んでいるのだろうなぁ。ちっとも手紙も書いていないから(連絡を取っていないから)」と言うような意味だと思う。

 

終わったあと樋口市長から、「面白い挨拶をありがとうございます。ところで、あの歌に掛詞があるの、ご存知ですよね?」と聞かれた。

古川:「はい、日根(ひね)という地名と『旅寝』ですよね。」

樋口市長:「そうです。もう1つあるんですよ。」

古川:「えっ、わかりません。」

樋口市長:「『うらみ』です。」

古川:「なるほど。『恨み』と『浦見』ですね。」

樋口市長:「そうなんです。寛蓮さんは、生まれた鹿島の地の海をイメージしながらこの歌を読まれたに違いないと思います。」

 

さすが樋口市長。そのお話を聞いて本当にうれしくなった。

 

 

 

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