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時 々 の 記 書 き 散 ら し

2017年7月30日(日)の記

 

第一回唐津市消防団消防操法大会からスタート。なぜ第一回なのかと言えば合併前の唐津市消防団は旧町村部の消防団と一緒になって新しい唐津市消防団としてスタートをしたが、消防操法大会のような行事は旧町村単位で行われていて一本化がなかなか難しかったのを、前の山下団長はじめ関係の役員の皆様方が努力をされて今回の開催にこぎつけることができたからだ。

関係者の皆様のご努力に心から敬意を表したい。開会式は既に炎天下。

山口知事をはじめ来賓も多く、国会議員も4人来ている。行政の代表の人たちは伝えなければならないこともそれなりにあるのであまり簡単な挨拶にすることは難しいのだが、国会議員は、要するに、頑張ってください、ということを伝えるのが主眼。このような日に長々と話をするものでは無い事は承知している。

と言うことで4人の国会議員合計で挨拶の時間は4分なかったのではないだろうか。

その後、唐津市内の行事を経て伊万里市へ。佐賀県身体障害者福祉大会。国会議員は自民党だけだったが、名誉会長の今村先生を始め、合計で5人。他の県の国会議員の先生方の動きはよくわからないが、佐賀県の国会議員のこうした行事の出席率はとても高いのではないだろうかと思う。

そしてお一人お一人が例えば身体障害者福祉についてそれぞれのお話をされる。大変勉強になる。

その後、小城市へ移動。藤木卓一郎佐賀県議会議員の県政報告会に呼ばれ、国政報告。藤木議員は数ヶ月に1度、支持者に対し、県政報告会を行っておられるところだ。

この日は防衛関係の講演もセットされ、緊迫度を増すわが国周辺の情勢について参加者は理解を深められていたようだ。

支持者の方と昼食。農業関係の要望を受ける。何とか努力してみたい。

 

その後いくつか行事があって七山の国際渓流滝登りの閉会式に参加。本当にうだるような暑い中、選手たちも疲れた様子でゴールインしている。国際、と名前がついているように、留学生等がたくさん参加している。その中にサウジアラビアから九州大学に留学している学生の姿もあった。

その人に「暑いのは大丈夫ですか」と尋ねたところ、「日本はサウジアラビアより暑い」「サウジアラビアの気温は日本より高い時もあるけどそんな時にこんなイベントはしない」と言われた。なるほどね。

 

その後に地域行事をこなし、夜は唐津市鎮西町で国政報告会。

主に農業関係の方が多かったが、高齢者であっても先を見て農業に取り組んでおられる方の元気さに圧倒された。

母のところに立ち寄って初盆の打ち合わせ。帰宅はほぼ24時。

 

 

2017年7月28日(金)の記

 

今日も5時起きで佐賀空港へ。

ほぼ満席の朝1便で羽田空港に着き、何件か面談をこなした後、新幹線西九州ルート検討委員会へ。今日は長崎県知事と佐賀県知事からのヒアリング。それぞれの知事さんから公の場で初めてとなるご発言があり、1歩前に進んだ感じ。

佐賀県としては、もともと前提としていたフリーゲージトレインが実用化のめどが立たなくなっている事は痛いが、かくなる上は次善の策を考えなければならない。

今日、佐賀県知事は、ミニ新幹線による整備については検討に値すると言う発言をされた。これについても議論を進めていく必要があるだろう。

その後発達障害児者の支援の充実に関する自民党の提言を安倍総理に手渡しに官邸へ出かけた。

総理に直接提言を手渡したのは今回が初めて。ちょっとドキドキした。

稲田防衛大臣の辞任の直後のタイミングだったが予定通り受けていただけてありがたかった。

その様子をFacebookでアップしたが、いろんな方々から反応があり、この分野の政策の充実に期待する声が大きいことを改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、羽田から佐賀空港へ。今日は日帰り東京。

 

2017年7月26日(水)の記

 

今日は朝から面談、面談、そして面談。国会が閉会中なのでたまにしか東京に来ないと言うこともあり、面談の日程が目白押し。

昨日行われた新幹線の検討委員会の状況をめぐっての面談も相次いだ。

JR九州社長の昨日の会議におけるコメントについては、僕自身はいくつか今後とも確認をしなければならない点があった、と思っている。

また、フリーゲージトレインが難しくなったから即、フル規格、となるかといえば、そうはならない。

新聞紙上などでは佐賀県の負担が大きすぎるところが問題、と語られているが本質的な最大の問題は国の財源が見当たらないと言うことなのだ。

この辺来週の週刊yasushiで書きたいと思う。

お昼に珍しく外出。『GINZA SIX』で佐賀県産海苔(正確には有明海産)を使った海苔弁当を買い求めた。アマゾンで買えるものはアマゾンで買うと言う今のお客様の行動様式を考えたとき、わざわざ出かけるための仕掛けと言うのはこういうものかと思わせるような工夫のこらされた空間だった。

雰囲気は香港の『時代広場』とかバンコクの『エンポリウム』などのショッピングコンプレックスの感じでもある。

中国系の方とおぼしきお客様がたくさんいらっしゃるからと言うこともあるかもしれない。観光バスの発着口を作っていると言うのも今風だ。

午後からは党本部で憲法改正推進本部。佐賀県にも非常に関係の深い参議院議員選挙における合区について。

これは僕が発言をしなければ。

 

たくさんの参加議員から手が上がり、1時間以上にわたって数十人の議員が意見を述べる言う展開になったが、僕は最後の方でちょうどまとめとして良いポジションとなった。議論をすることで満足するわけにはいかないのだ。

憲法改正の具体案を出していく必要がある。そのことを発言し、次回具体案を出していただけることになった。

その後も面談、打ち合わせ。

夜はラ・サールの先輩、寺脇研さんプロデュースの芝居を見に新宿へ。

寺脇さんの奔放な高校時代を彷仏とさせる愉快な内容だった。もちろん寺脇さんだからたっぷり風刺を効かせておられたが。

 

2017年7月24日(月)の記

 

久々に5時起き。今日はラジオ体操の日。NHKの全国放送(海外でも)で唐津市陸上競技場を舞台にしたラジオ体操がオンエアされるのだ。このたび唐津城のリニューアルオープンが実現したと言うことでそれを記念してのものだと言う。5時半過ぎに家を出て会場に向かい、到着したところ6時前の時間帯なのに数百人の人たちが集まっておられる。

多くは高齢者の方々。多くは女性の皆様。トリム体操のTシャツを着た方も多い。

番組の準備を20分ぐらいして本番に臨んだ。ラジオ体操のテーマソング「新しい朝が来た」をみんなで歌う。どうでもいいことなのだが、僕はこの歌を暗譜している。

それが自分の人生の中で役に立つことがあるとは思わなかったが、この日は役に立った。

(あともう一つ役に立つとは思えないが暗譜している曲は「ああ栄冠は君に輝く」(夏の甲子園の主題歌))。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、朝食会をひとつ。そして打ち合わせや面談、新幹線関係の要望受け、ラジオ番組の収録など今日も様々な日程をこなしつつ夜は青木市内で農業関係者との会合。

米麦をやっておられる方から、トマト栽培農家、大規模な農場経営、繁殖牛農家などいろいろ。考え方や方向性についても様々だったが、いずれも前向きな人たちで、大変勉強になった。

23時に帰宅。朝5時から起きているのでさすがに眠くなった。

 

2017年7月22日(土)の記

 

超絶暑い。

ドライヤーのHOTを選択したときに出てくる風のように暑い。

そういう中でまずは北波多徳須恵の祇園。今日は子供祇園。かつて炭鉱などで栄えていた頃の1番の繁華街だった通りを子供たちが練り歩く。

終わった後は公民館で。大人同士での交流会。

ここの鶏めしがとてもとてもうまい。今年聞いてみたら「徳須恵祇園めし」と名前が付いていた。僕はそもそもかしわご飯が大好きなのだが、その中にあってもここのものはとりわけおいしいと思う。

たくさんいただきながらもお土産まで頂戴した。

 

それから浜崎祇園の後、自民党多久市支部の総会に出て、また浜崎祇園の開会式。浜崎の町内の家を何軒かお邪魔した後、伊万里の医師水上忠弘先生の叙勲祝賀会に一瞬出席した後、唐津に戻り、会合。

 

2017年7月21日(金)の記

 

今日は各地域の漁協に挨拶まわり。最近の操業の様子をお伺いすることと併せて、それぞれの地域が抱えている課題について教えていただいた。

各支所ごとに回るとそれぞれの地域の課題が見えてくる。一方で、こうしたら良いのではないかと言う希望も見えてくる。

オスプレイの問題についても、厳しいご指摘を随所でいただいたが、何も国防に協力しないとおっしゃっているわけではなく、国に対する信頼を確保できるようにしていかなければ話は進まないという、ごく当たり前の事をおっしゃっておられる方ばかりだった。

 

「次の世代にこの海をそのままの姿で渡せるようにしてほしい。」

「安心して海に出られるようにしてほしい。」

 

あちこちでお伺いしたこの思いを受け止めつつ、その上で、何とか、ある程度のスケジュールの中で自衛隊の佐賀空港への配備についてもご理解を賜っていくようにしなければならないということを改めて強く感じた。

 

2017年7月20日(木)の記

 

朝から自動運転・サポカー推進議員連盟の発足式。

私は自動運転はこれからの社会のキーになると思っていて、是非とも都会だけでなく、中山間地域をはじめとする地域で高齢者の方々にも利用可能なようにする、ということを目指している。

 

完全自動運転の実現には少し時間がかかるのですが、その前段階のレベルとして、自動ブレーキなどによって運転手のサポートをするサポカーというクルマがある。これに乗ることで事故が減ります。これはいまでも販売されている。

 

75歳以上の方の交通事故率は他の世代の2倍以上。

また、交通事故の9割は運転手のミス。

こういうことを考えたら、高齢者はサポカーを使うことを奨励していけばいいのでは。

例えばオートマ限定のように、サポカー限定の免許の種別を作ったらいいのではないかと思う。

 

その後、打ち合わせ、取材など。

午後から自民党本部の政策調査審議会で発達障害支援プロジェクトチームの提言を報告し、了承をいただいた。さあ、総理のところに申し入れだ。

その足で羽田空港へ。

バタバタしつつ帰路へ。機内でWi-Fiが使えたので連絡やら仕事やら。

 

いいのかわるいのか、唯一ホッとできる空間もついにワークタイムに変身してしまっている。

 

2017年7月19日(水)の記

 

朝5時起きで佐賀空港へ。

空港内のショップでお土産を買って搭乗。

羽田空港についてそのまま党本部へ。厚生労働部会の概算要求に向けての議論。高齢者が毎年増えているため自然増としても年金や医療など5,000億円以上の増加が見込まれてしまう。これをどのように整理していくのか。与党として12月に向けて難しい調整が迫られることになる。

その後政調全体会議で予算編成全体について議論。そして医療事故調査委員会のプロジェクトチームの会議。

事務所に戻っていろんな人と面談。電話。紹介。お願い。打ち合わせ。

飛び込みでご挨拶。

 

など1日があっという間に過ぎて行く。

 

夜はスポーツ関係者の集い。地域スポーツの充実とトップスポーツの振興。様々な関係者と闊達な意見交換した。

「財源確保のために野球くじをやったらどうか」「それならバスケットボールくじの方が良いのではないか」。談論風発。愉快な夜となった。

 

 

2017年7月17日(月)の記

 

暑い1日。スタートは保利耕輔先生の出版祝賀会の打ち合わせから。同日に開催される石倉県議会議長の就任祝賀会と時刻が重ならないことになったことを報告。両方出席される方には佐賀市と唐津市を移動していただくことになりご迷惑をおかけするが、どうしてもこの手のものは日が重なることもあり、ご理解をいただかなければ、と思う。

その後、唐津くんちの商標登録について現在の検討状況及び特許庁とのやりとりを報告。大体の方向性について決定。

ユネスコの登録もあり、これまで以上に「正しく保存」していくことが求められている。

最小限のコストでできるだけ大きな効果を生むにはどうしたらいいのか、引き続き検討を進めていきたい。

そして場所を変えてオスプレイ関係の今後についてブレインストーミング。方向性が簡単に見えてくるわけではないが関係者のご理解を得ていくためにどうするのか、自民党の県議会議員と国会議員が連携して何をしていくのか、少し見えてきた。

 

その後、飯盛康登佐賀県商工会連合会会長の叙勲祝賀会へ。

県外の商工会関係者も多数お集まりの中での盛り上がりに富む会。

飯盛会長は、政治家が務めることの多かった佐賀県商工会連合会会長の職に、会員の中から就任されたと言う経歴をお持ちで、会員の期待もひとしおのものがあり、「会員あっての商工会」との信念のもと、リーダーシップを発揮していただいている。これまでは地域それぞれの商工会の連合会だったものが、飯盛会長になってから「佐賀県内商工会はひとつ」という方向性が明確になってきていると思う。

ますますのご活躍を期待したい。

たくさんの方々がお見えになっているのに誠に残念だが次の日程があり早々に失礼した。

午後からは自民党佐賀県第二選挙区支部青年局主催のミニバレー大会。2年前以来の大会となり、親睦を旨とすると言いながらも白熱したものとなった。

試合後温泉で体を流し懇親会。多くの人たちが参加していただき、冒頭で簡単に国政報告をした後、交流した。

子育て世代の女性にもたくさん参加をしていただいたため、学校のこと、部活のこと、障害のある子供たちに対する支援のことなどの話をした。

 

2017年7月15日(土)の記

 

今日は59回目の誕生日。朝から、というか大晦日から元日にかけてのように深夜12時過ぎからメッセージが来はじめた。結果的にFacebookタイムラインやMessenger、LINEなどで500通ぐらいのメッセージをいただいた。SNSなので出来る限り返信をするのがルールだと考え、15日から16日の午後にかけて返信を続けた。大体はできたと思う。

 

いただいたメッセージと発信者のお名前を見て、返信する。

短い返信だと「〇〇さん、ありがとうございます」だけとなるものも多いが、それでも発信者を見て、その方に対する感謝の気持ちを込めてこの返信を送っている。コピーして貼り付けたものは1つもない。

今回の数ぐらいが限界かもしれないができる限り続けていきたいと思っている。

 

この日は社会を明るくする運動大会から始まり、小城市牛津町で行われた「古川康代議士を囲む牛津町女性の会」、宝塚歌劇団関係の茶話会、岩田和親衆議院議員が支部長を務める佐賀県衆議院第一選挙区支部の総会の後、鹿島市内へ。

若手の様々な業種の人たちとの懇親会。

やはりここでも人手不足の話が。僕からは「刑務所出所者を雇ってもらえないか」そんなお願いもしてみた。

その日の朝に行われた「社会を明るくする運動」と言うのは刑務所を出所者の雇用促進を図ると言うのが1つのテーマなのだ。

僕は自民党の中で「刑務所出所者就労促進」のPTのメンバーにもなっている。(実は刑務所で服役している人の一定割合は障碍のある人たち。その人たちが出所後どういう仕事をすることができるのかという観点もある。)

 

ある企業の社長さんから「わが社でも出所者の採用を考えてみようかな」と言っていただいた。

 

いささか遅くなったが、唐津市内へ。

 

初盆打ち合わせ。

なかなか決まらない。

 

 

2017年7月13日(木)の記

 

朝は多久高校正門前。

高校はなんとなく坂を上っていく学校が多いように思うがこの高校もそう。そして正門の前に何人もの先生が出てこられて生徒に声をかけておられる。

昨日と打って変わって梅雨明けしたかのような青い空の下、7時半過ぎから奨学金、部活指導員、入試改革、自動運転車の話などを。

 

その後、多久市役所訪問を皮切りに地域の挨拶回りへ。

 

そして厳木、玄海町に行った後に有田町の挨拶回り。有田町は佐賀県内では珍しく七月盆の地域。初盆参りもかねてお家を回らせていただいた。

回っている中のお話で共通なのは人手不足。やきものの世界でも人手不足は深刻化していた。

 

夜は大町の商工農の若い方たちと会合。いつも元気と知恵をいただく。

けっこう意見が出るのが補助金の事務手続きのめんどくささや時間のかかること、採択になる確率の低さなど。今日もいろいろ宿題をいただいた。

 

2017年7月12日(水)の記

 

朝は武雄高校前にて街頭演説。

そして挨拶回り。

 

昼はチームラボのスタッフと食事。

御船山楽園で行われる夏のイベント「かみさまがすまう森のアート展」のお話など。

チームラボの話はいつ聞いても刺激的。今年もこの夏、たくさんの人たちが来られることだろう。僕も行ってみたい。

 

夕方は嬉野市で開かれた肥前路南西部広域観光協議会総会に参加。これが実に興味深かった。

この地域は酒蔵ツーリズムはじめ民間中心の動きで観光を盛り上げているところ。いまDMCを立ち上げようとしている。お一人お一人のお話が示唆に富んでいて面白い。

そして総会後は佐賀県観光課副課長の瀬戸要さんの熱いプレゼン。

 

祐徳稲荷神社の鍋島権宮司も来ておられ、最近の神社の様子を話していただいた。タイ人を始め、外国人も多く、最近では弓道を体験してもらったり茶道をしてもらったり、とどんどん広がっているという。

「先日はデコポンと干し柿を渡したら大変喜ばれました」という話も面白い。

「私は無料にしてはいけないと思っています。お金を払う価値のあるものをやっていきたい。だってお金を払いたがってるんですから。」という権宮司のお言葉、全くその通りだと思う。

 

後ろ髪を引かれる思いで嬉野市を後にし、伊万里市の松島神社の夏祭りへ。去年も今年も30分しかいられなかったので来年はもう少し長くいたい。

 

今日の移動距離約160キロ。

 

2017年7月11日(火)の記

 

午前中はNBCラジオ佐賀の番組収録。

午後は伊万里市の挨拶回り。

そして西九州自動車道路の伊万里市促進期成会の総会に出席。

祝辞は以下の項目について述べた。

 

・今回の福岡、大分を中心とする九州北部の水害へのお悔やみとお見舞い

・50年前の7月に伊万里市では「42水」と呼ばれる大水害が起きたこと。あの頃は大規模なダムや治水のための施設もなく、大雨が降るとその度に浸かった話をよく聞いたこと。インフラの整備で浸からずに梅雨明けを迎えることができるようになった、と地域の方々からよく伺うこと。インフラ整備のありがたさと大切さを思うこと。

・西九州自動車道については、その開通によって伊万里市と他の地域の距離感が縮まったこと、また、来年開通する伊万里東・府招インターについて地域からの要望を受けて名称を決めていただいたことに感謝したいこと。これからも地域要望を踏まえてしっかりと予算確保のために与党議員の一人として汗をかきたいこと。

 

会議の後の意見交換の中で、地元からは最終的な図面でなく現時点での図面でいいからいつも見ることのできる形にしてほしいことなどの意見が出された。

また、府招インターの開通に関連した南波多の歩道設置なども強い要望がなされた。

引き続き、動かなければ。

 

その後、再び伊万里市内のご挨拶回り。まちなかにある「鉢亀」という漬物兼定食の店に行こうとしたが休み。まちなか一番館のシェアエコの拠点に行ってみたがやはり休み。

平日だからだったのだろうか。

なんとなく気になるところだ。

夜は唐津で会合。その後、新興町の母のところへ。

初盆の打ち合わせ。

 

2017年7月9日(日)の記

 

天気予報どおり朝から篠つく雨。

警報が発令されたため、玄海町消防団の夏季訓練は室内に変更、唐津市消防団鎮西支団は延期。

今回の九州北部豪雨により消防団員の方も1人亡くなられていることもあり、玄海町の訓練もより真剣なものとなった。

その後、県内各地の被害の様子を見ながら有田町の古木場地区の田祈祷へ。梅雨の前半は雨が降らずそしてここ数日は雨が降りすぎる状態が続く中ではあるが無事田植えを終えたことに感謝しつつ秋の豊作を祈った。

その後有田町内で崖崩れにより被害を受けたお寺の状況を視察。

役場でも早急に対応されているものの災害復旧の指定を受けられる要件を満たしていないようでその意味ではたいへんだ。とにかく一刻も早い応急手当が必要。

有田町内の挨拶回りの後、白石町へ。

ここは今回の豪雨で佐賀県の中で最も降水量の多かったところ。この日は既に水は引いていたが、あちこちに痕跡がある。

やはり六角川の水位を下げることが必要と実感した。

夜は自民党白石町支部の総会と懇親会。

 

 

 

2017年7月6日(木)の記

 

朝早く目を覚まして赤坂宿舎を出て羽田空港へ。

ニュースでは九州の大雨ことばかり。福岡や大分がたいへんのようだが、佐賀県や熊本県も。今日は朝、福岡について挨拶回りと佐賀唐津道路の陳情を九州地方整備局にすることになっていたが、その雨で中止。ということで福岡市内の挨拶回りを中止して篠突く雨の中、唐津へ。

唐津で溜まった仕事の整理をした後、県内の被害状況の把握をしつつ、相知経由で小城事務所へ向かう。

福岡や大分は大変な被害だ。佐賀県内もあちこちで被害が発生していた。一刻も早く収束と復旧ができるよう、しっかりと対応していかなければ。

特に白石町の浸水の状況が気にかかる。連絡を受け、朝から秘書を派遣して浸水状況を町長さんほか町幹部と視察してもらったが、いくつかの課題があるようだ。

「ドローンで町全体の様子を撮ってみないと浸水地域の特徴がなかなか伝わらないな」。

町長がそう呟かれたという。全なるほどその通りだと思う。

一方、水不足で困っていた地域からは、「松浦川、これで大丈夫です!」とか「うちの集落のため池、水が溜まりました!」と弾むような声での報告も。

また、「河川改修していたから助かった」「ダムがあったから助かった」。こうした声もあった。

どうしても出席しなければならない会があるため、被害の状況に後ろ髪を引かれる思いで再び東京へ。

 

 

2017年7月5日(水)の記

 

朝、党本部で発達障害支援のプロジェクトチーム。

取りまとめに向けての意見交換でいずれもなるほどというものばかり。

例えば、福岡たかまろ先生からは、取りまとめの原案に、就労についての記述が少ないことや事業主の理解が求められることなどをもっと書き込むべきというご指摘。

自見はな子先生からは、「『早期発見』という言葉が、発達障害というレッテル張りにつながらないように」という小児科の現場からのご指摘。また、幼児期から大人になるまでステージが変わってもちゃんと必要な情報が引き渡される仕組みをどうやって作っていくのか、というご指摘も。

 

予算化に向けての作業が必要になっていくものぼかりだ。

 

 

そんな中、文部科学省では、福祉と教育が連携して本人に関する情報を幼稚園や保育所から学校へとつないでいく取組を支援する事業を29年度からスタートさせた。

 

この事業、佐賀県内でもどこか使ってくれるところがないだろうか。

 

 

2017年7月4日(火)の記

 

この日は夜の会合のご報告を。

 

まずは経世会30周年のパーティー。

竹下派旗揚げ以来30年と言うことだ。おさらいすると、元々は田中派。その大半を率いて竹下登先生が独立し、経世会旗揚げ。以来、会長は金丸→小渕→綿貫→橋本→津島→額賀とバトンタッチしてきた。(敬称略)

 

今日はその歴代会長や保利耕輔先生を始めとする幹部OBもお見えになると言うこともあって、日頃は重鎮に見えるベテランの現役の国会議員の方々もいささか緊張気味。

現役の会員(国会議員)が全員立礼をしてお客様をお迎えするという形で会は始まった。

司会は小渕優子議員だ。

 

額賀福志郎平成研会長、吉田博美参議院平成研会長、のご挨拶の後、綿貫民輔元会長、津島雄二前会長、そして野中広務元官房長官のお話などがあり、それぞれ現役の議員への叱咤激励があった。

激励というより叱咤叱咤か。

派閥同士の切磋琢磨が自民党を磨き、国民の様々な声に応えることにつながる、という時代を生き抜いて来られた先輩方のお話は迫力があり、いまこそ立ち上がれ平成研!と肩を叩かれているようなお話だった。

茂木政調会長の乾杯で宴がスタート。

会の途中でトイレに行こうとパーティ会場を出たところ、そこに記者の方たちが待っておられた。僕に対して複数の記者から聞かれたのが「野中先生、何言われましたか?」

御年93歳になられようとする野中先生だが、なお、ご発言が世の中の関心を呼ぶのか、と感心した。

 

大変な賑わい。竹下亘国対委員長の締めでお開きとなった。

 

1つの節目になったのではないか。

新しい時代を作っていこう。そんな流れを感じた。

 

 

その後、霞が関淡青会へ。

霞が関や永田町界隈で働いている東大ボート部のOB会に遅れて参加。今年は現役の選手たちも来ていた。

今年は新人が29人入部したということで新歓に関わった者としてまことに嬉しい。

霞が関OBでは松元元内閣府次官や本川前農水次官などがお元気な顔を見せておられた。

世代を越えて集うことができる、同じ歌を歌うことができる。当たり前のことだが本当に大きな財産だと思う。

 

 

2017年7月3日(月)の記

 

朝から自民党佐賀県連の会議。

オスプレイ配備の容認決議を巡っての調整。

結果的に坂口政調会長はじめ関係の県議さんたちのご努力により、自民党だけでなく公明党にも賛成していただける内容のものとなった。

 

その後、県執行部や防衛省、有明海漁協などと面談して決議文を手渡した。

 

いよいよこれから、だ。

 

夕方になって翌日の天気が怪しくなった。明日の牛津町での講演の日程が台風のため延期に。

ということはもともと明日の午後から東京に行こうと思っていたのが飛行機が飛ばない可能性もあるということ。

 

夜の会合には参加したが途中で切り上げ、機上の人となった。

 

2017年7月2日(日)の記

 

朝から呼子の消防操法大会。

最近の消防日本語関する話題で言えば、消防車両と免許。

消防車両はマニュアルのものが多いが最近、オートマチック車しか運転できない人たちも出てきているので消防車両の買い替えの時にオートマチック車に買い替える消防団が増えてきていると時々聞く。

呼子支団はそこまではないようだが。

準中型免許制度の導入で新しく普通免許を取った人が運転できる車両の範囲が狭くなったという話も。

 

その後、嬉野市の佐賀県母子寡婦福祉連合研修大会へ。やや遅れて到着したが、ちょうどその時は佐賀県庁から出席されていた川久保三起子男女参画・こども局長が来賓として県の施策や社会の方向性についてミニ基調講演とも言える内容のあるご挨拶をされていた。それだけでも勉強になった。

そしてとんぼ返りで唐津・湊へ。

そこから神集島。

毎年一度の島巡り。今年もやっています。選挙の時しか来ない、と言われないように、常に新しい課題に向き合っていきたい。

ミニ集会では海の問題や船の問題などいろんな課題が。

ひとつづつ。少しづつでも答えていきたい。

 

そして定期船で戻った後は、福岡市へ。

 

今日は秋に開かれるG1九州というイベントのボードメンバーとしてのミーティング。

若い経営者や首長のお話を聞きながらのミーティングは刺激的。

 

夜遅くに佐賀市へ。佐賀市泊まり。

 

明日は朝から自民党佐賀県連関係者との会議。オスプレイ配備問題についての調整だ。

 

2017年7月1日(土)の記

 

朝食会の後、打ち合わせ。そして、唐津土建株式会社の安全大会で講演。

最近の話題を織り交ぜながら、安全や建設業の未来について話をした。

熱心に聴いていただき感謝。

そして福岡市で行われるあすか会議へ。

グロービス経営大学院で学ぶ学生及び卒業生たちの集まり。僕は第2部の全体会で、秋山咲恵さんのモデレーションの下、同志社大学の村田晃嗣教授、鈴木英敬三重県知事とともにパネリストとして参加。VUCAの時代にリーダーとしてどうあるべきか、という議論を進めた。

VUCAとは発音は「ヴーカ」。VUCAとは先を見通しにくくする以下の要因をまとめた言葉で

Volatility – 変動性

Uncertainty – 不確実性

Complexity – 複雑性

Ambiguity – 曖昧性

 

を意味するとのこと。

 

この言葉は、今回初めて知ったが確かに時代を切り取る1つのキーワードだなと思った。1泊2日の実りある時間なのだが、残念なことに地元へ。

有田町の田祈祷と新しく発足した伊万里市内の後援会の会合へ。

 

夜は母親のところに顔を出して初盆の打ち合わせ。

 

 

 

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