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時 々 の 記 書 き 散 ら し

2017年8月31日(木)の記

 

朝の新幹線で軽井沢から東京へ。まずは河川関係議員連盟に出席した。

僕は、雨の降り方が大きく変わってきている昨今、佐賀県では近年完成した嘉瀬川ダムのおかげで渇水時期にも農業に水の供給が保たれるようになり、一方で大雨の時にも下流の安全性が保たれるようになったことや、新しく新規でダムを作るのは難しいかもしれないが、使わなくなった採石場跡地を洪水時の調整池として生かすアイデアが六角川流域にあり、ぜひこれを実現していただきたい、と述べた。

 

また、その後に開かれたオリンピックパラリンピック推進議員連盟では、まもなく後1,000日を迎える東京オリンピックパラリンピックに向けての準備の様子や、2019年に開かれるラグビーワールドカップについてのレポート。ラグビーワールドカップを行う際には、国会議員によるラグビーチームも作るようだ。議員外交と言うことでずいぶん前からこのようなことが行われていると言う。

知ってる人は少ないのだが僕は高校と社会人でラグビーをやっていた経験がある(下手ですが)。

そういう機会に恵まれたらぜひトライしてみたいと思う。いやそういう意味では無いのだが。

 

 

2017年8月29日(火)の記

 

今日から概算要求関係の会議が目白押し。まずは消防議員連盟、総務部会、そして国土交通省関係会議。

その合間を縫って自民党佐賀県連の党本部及び防衛副大臣への要望活動に参加。

自民党県連の活動のメインの項目は佐賀空港への自衛隊配備について。先般の事故に関してできるだけ早い説明を求めるとともに、理解を得なければならない漁業者の皆さま方は秋口に入ればノリの漁期になり、この問題に対する対応ができなくなることを踏まえ、必要な対応を早急に行っていただくことを求めた。

午後からも概算要求についての関係の省庁からの説明がいくつかあり、空いた時間にお客様が来られ、と、今日もあっという間に1日が終わった。

 

2017年8月27日(日)の記

 

今日はおめでたい祝賀会が三つ。

スタートは佐賀県遺族会の石井順二郎会長の叙勲祝賀会。石井会長のご本人挨拶はこれまでのご経験を踏まえてのもので、誠に心をうった。

 

次が石倉秀郷佐賀県議会議長の就任祝賀会。ホテルニューオータニ佐賀の大きな会場を埋め尽くす大変な賑わいよう。お人柄を反映して、来賓の皆様方のご挨拶がユーモアに満ちていて飽きない。

ご来賓も多く、普通なら国会議員の挨拶は代表お一人なのだが、ご配慮で全員に挨拶の機会をいただいた。

と、大変な盛り上がりであったのだが、僕は次の保利耕輔先生の出版記念祝賀会に唐津市までいかなければならない。しかも発起人なので集合時間が早い。

挨拶後、直ちに失礼せざるを得なかったのは申し訳ないし残念だった。後ろ髪を引かれつつ、ニューオータニ佐賀を後に。

日曜日とはいえ、佐賀市内が思ったより混雑していて、発起人集合時間の17時にギリギリ到着。

もう会場の唐津シーサイドホテルはたくさんの人たちが受付を済ませ、待っておられる。

なんとか会場の設営を急いでもらってオープン。ほぼ定刻にスタートさせることができた。

保利先生の選挙を長く支えてこられた熊本大成さんの経過報告に始まり、僕の発起人代表挨拶、そして山口知事をはじめとするご来賓の挨拶と続き、保利先生のお話が15分くらいか。そして乾杯。

本来ならば、スタートから乾杯まで30分で押さえたいところだが、ちょっと長くなり45分くらいで乾杯、食事へ。

その後にスピーチをいただいて、19時20分くらいにお開き。お開きしてからも保利先生ご夫妻との再会ということで、お見送りのところで話に花が咲き、長い列ができていた。

 

後席はスタッフや保利家の皆様方との軽い食事。今日の反省、昔の思い出話だけでなく、これからの話もいろいろ出た。

どんな話?

それはおいおいということで。

 

 

2017年8月25日(金)の記

 

唐津の企業回りをした後に佐賀市内で打ち合わせ。そして県内最大の森林組合であるまつら森林組合の総代会へ。

佐賀県知事時代から間伐材の有効活用を進めていくために佐賀平野でクリークの法面を整備していくのに佐賀県内の間伐材を使うという事業をスタートしている。これが森林組合にとって大変大きな事業となっていることを確認。お役に立てていることがわかり安心した。挨拶の中では、現在検討進めている国税としての森林環境税についての現況報告をした。今年の12月の自民党税制調査会の中で決めていくことになるが、間伐をはじめとして市町村が行う森林整備に充てていく財源を確保するためのものだ。

全国の全ての市町村が個人住民税均等割の上乗せとして徴収し一旦国に入り、それを森林面積や林業従事者数に応じて市町村に配分をすることになるという仕組みだ。

何を対象にするのか、いくら位の税収総額にするのかこれから秋にかけて詰めていくことになる。

 

2017年8月24日(木)の記

 

鹿島市老人クラブ大会へ。

鹿島市老人クラブ連合会会長の高松昭三さんは誠に愉快な方だ。以前からお付き合いをいただき、今回出されたエッセイ集に私が推薦文を寄せたりもした。

その方が主催する大会なので会長挨拶も爆笑だし、それにつられるかのように、来賓の方たちもユーモアに溢れたご挨拶をされた。

 

会場の控室で樋口市長が私に面白い話をされた。

「古川さん、いま鹿島市では、自分の血の繋がった孫ではなく他人のお孫さんを大切にしよう、関わろうという運動をやっているのです。血縁はなくとも例えば昔の遊びを教えてやるとかそういうことです。」

 

「なるほど。」

 

「この関係に私が名前つけてましてね。」

 

「はい。」

 

「他人の孫でしょ?」

 

「だから、「た、まご」と呼んでるんです。」

 

「うちまご、そとまご、たまご、ですね!」

 

「そうですそうです!」

と二人で大笑い。

 

今日もまた面白い発想の収穫、だ。

 

2017年8月23日(水)の記

 

空を見上げると入道雲。そんな中、今日は鹿島や嬉野方面。

鹿島市防衛協会の総会に出席した後、嬉野の挨拶まわり。

観光関係は今年の夏の入り込みの状況は好調のよう。相変わらずインバウンドも良いようで、この日も観光協会の職員はバンコク出張中だった。農業関係では、この辺の地域の稲の生育の状況は順調のようだ。今年はいい米ができます、と嬉しそうなお話。近々制度がスタートする収入保険については、まだまだ制度の内容についてピンとこないと言う意見が多かった。

嬉野市塩田町の酒造会社では、佐賀県知事の時に取り組んだ佐賀県の日本酒の振興策について感謝していただけ、その流れの中で消費が伸びていることや、熱燗で美味しい日本酒グランプリで佐賀県のお酒がグランプリをはじめとする賞をたくさんとった話などをされた。

いま国内外の日本酒のイベントで佐賀県の蔵が受賞することが当たり前になりつつある。

今日は訪問先でたくさんの方たちに会うことができ、数はそれほど多くなかったがいろんなお話を聞かせていただいた。

 

 

2017年8月21日(月)の記

 

今朝は発達障害関係のご相談から。

県内に引っ越してこられた方が、発達障害に関し安心して相談できるところがなかなか見つからないという話など現場に即したいくつもの指摘をいただいた。

「佐賀県は発達障害に関して進んだ取り組みをしてると言うことでわざわざ佐賀県に引っ越してこられる方もいらっしゃるのです。ですから関係機関はその期待に応えていただきたいと思います。」

厳しくも温かいご指摘をいただいた。

地域に専門家が足りない。このことを痛切に感じた。

 

その後事務所の中での定例の会議。先週の成果の確認及び今週の行動予定等のチェック。あっという間に8月も終わろうとしている。

 

その後いくつかの日程をこなした後、伊万里市へ。

東山代町脇野の宝積寺というお寺の境内で行われている万燈の夕べという夏祭り。このメインが「脇野の大念仏」という踊り。宗教的色彩を今なお色濃く残しているとされる伝統的なもので、かつては毎年行われるのではなく、雨が欲しいときに限り、雨乞いの儀式としてのみ行われていたと言うもの。

それでは次の時代につながっていかないと言うことで、今では毎年8月21日の夜に披露をしていると言う。

この宝積寺の由来にまつわる話や大念仏を保存していくためのさまざまな工夫などこれまた興味深い話をお伺いすることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年8月19日(土)の記

 

午前中からお昼にかけて佐賀県衆議院比例区第一支部拡大支部総会が行われた。今村雅弘代議士を支部長とする支部の総会ということだ。

今村代議士はお話の中で、「10月22日に青森県と愛媛県で衆議院の補欠選挙が行われることになっていたのが今回新潟県でも補欠選挙が行われることになり、政局はにわかに不透明さを増してきている」との見解を示され、これを含め、最近の政局全般にわたってお話をされ、盛会裡に終了した。

午後は唐津市の旧大島邸での講演会。唐津小唄と言う昭和5年に作られた筑肥線沿線の観光ソングに関する講演。

この歌は42番まであるというかつての唄に時々見られるパターン。作詞は北原白秋。

その唄の中に「今はおいさの山ばやし」というリフレインがある。

唐津くんちの掛け声は今では「えんや」「よいさ」なのに、なぜ、「おいさ」なのか、謎で仕方ない。

 

と思っていたらこの歌をCDに吹き込んだ地元出身の歌手の六本木ヒロシさんが2つの説を教えてくれた。

 

まず1つ目が当時唐津くんちでは、「えんや」「よいさ」「おいさ」の3つが併用されていたので北原白秋さんがその中から自分で選んだと言う説。

もう1つは、昭和の初期に「おいさ」という掛け声が本当に使われていたということは確認されておらず、ひょっとすると「よいさ」を北原白秋が聞き違えたのではないか、という説。

 

いずれにしてもこのような歌詞が発表された時に「これは違う!」と唐津の人が怒った、という記録も残っていないようだし、やはり当時はこの掛け声が使われていたのかもしれない。

 

この頃の唐津の人の心意気を示す話として次のようなことがある。

日本新八景という新しい全国的な観光地を選ぼうという試みが昭和2年になされたことがあった。ずいぶん盛り上がりがあったようだ。当時の唐津の人たちは「松浦潟」をぜひそこに入れてほしいと熱心に運動していたようだ。

しかしながらその思い虚しく発表された日本新八景には含まれてなかった。

運動したが含まれなかった地域は他にもあったらしく相当不満が沸き起こったようだ。そこで、その選に漏れた地域を含めて「新日本百景」と言うものを作りこれに入れる、と言う対案を主催者である毎日新聞は示したらしい。これに入れるのでそれで納得してほしいということだろう。

ところが当時の唐津の人たちは納得せず、なんと新日本百景の指定を返上してしまった。そして「この地域の観光の宣伝は自分たちでやる」と宣言したのだ。

 

その3年後に作られたのがこの唄。

まさに自分たちで地域を作っていくぞ、という自負が感じられる話だ。

 

唐津小唄のCD、まだまだ売るほどある。関心を持った方はぜひ。

 

https://www.facebook.com/karatsukouta2017/

 

 

2017年8月15日(火)の記

 

今日はお盆の最後の日。

あまりお客様がお越しにならないのではないかと思いつつスタートをしたが、意外に来ていただけでびっくりした。

今回の初盆、10日から15日までの6日間だったが、10日と13日にたくさんお越しになり、後は同じくらいの人数だった。

父と生前の交友関係のあった方々が口々に思い出を語られ、父もきっと喜んだだろう。母も疲れたと思うが、これで一段落。父を送ってホッとしていることだろう。

 

今日はお客様対応の合間を縫って地域行事に顔を出したり友人のご母堂様の通夜の受付の手伝いに出かけたりした。

 

21時過ぎにマンション着。

母と二人で片付けを始めたがかなり遅くなり、この夜はマンションに泊まり、父が使っていたベッドで休んだ。

2017年8月14日(月)の記

 

今日と昨日は母の自宅のマンションでお客様対応。

13 日はとても多かったが 14 日は少し落ち着いていた。父の初盆をどこの場所で行うのかについて戸惑った人も何人かおられていたようだが、この「書き散らし」を見て、母のマンションで初盆が行われていると判断をしてこられた方もおられた。

初盆は告知をするものでもないため、どこでいつから行うのかをお知らせすることがなかなか難しい。

しかしながら、父が人生の最期の日々を過ごした家でお客様をお迎えできたのは悪くなかったと思う。

 

ところで、厚生労働省関東信越局長の北島智子さんが亡くなられた。

弟さんによる犯行だと報道されている。

国会審議における質問で北島さんはよく呼ばれて答弁をされていた。 TPP もそうだったし、最近では住宅宿泊法案の審議の時にもそうだった。いつもてきぱきと仕事をこなされる方だっただけに本当に残念だ。もう 1 つ残念なことがある。今回の事件、どうやら弟さんが犯人らしく本人もそのように自供しておられるとのことなのだが、弟さんが精神病院に通院しておられたと言う記述がいくつもの記事に見られる。

これ、書かないといけないのだろうか?

精神病院への通院歴があるのは事実かもしれない。しかしながらこうした記述があると、「原因は精神疾患があるから」という誘導をしてるような気がして仕方がない。精神病であろうと健常者であろうと、「犯行時の責任能力の有無」という同じ基準で裁かれるのだから、事件がある度に「容疑者は精神科への通院歴があり」と報道されるのはいかがなものだろうか。 一般が抱いているイメージとは全く違い、統計から見ると、健常者の犯罪率の方が高いのが真実だ。

報道の伝え方で世の中の真実が歪んでしまう気がする。

 

津久井やまゆり園の事件から 1 年が経ったばっかりなのにこうした報道の仕方が後を絶たないのは残念としか言いようがない。

 

医学の道を歩み、厚生労働省に入られた北島智子さんのご冥福を心からお祈りしたい。

 

2017年8月12日(土)の記

 

今日も朝から初盆対応。といっても今日もこちらが出かける側。ここ数日間、初盆でお客様をお迎えする側とこちらが出かけていく側の両方を体験している。

この日は1日かけて選挙区の南の端から真ん中あたりぐらいまで回り、たくさんの方々と故人を偲ぶお話や最近の天気や景気の情勢等についてお話をすることができた。

佐賀平野の各地では、雨が足りないという話が多かった。先日の一雨で大豆の生育が良くなった、という話もあれば、梨やぶどうは雨不足で玉が大きくならずに困る、という話があったり。

以前、水不足で困っておられたときにお伺いした武雄市若木町川内地区の方ともバッタリお会いした。

一時期は雨が降って溜池にもしっかり水が溜まったものの、最近の晴天続きで再び水がほとんどなくなっているとの事。いちど割れてしまった田んぼなので、なかなか水がたまらないと嘆いておられた。

15日前後には再び雨が降るようだ。

何とか実りの秋を迎えることが出来るようにと願った。

前々からお世話になっていた佐賀市の障害者支援団体の責任者の方の初盆では、グループホームの立ち上げについての相談があった。一般的にはグループホームに就労継続支援B型をつけてスタートさせることが多いのだが、逆にそれだと地域的な需要を充足してしまっているので、例えばグループホームにショートステイを加えてはどうか、それにつけてもどういう場所でその事業が可能か、などといった相談が出た。

様々なお話をたくさんしていただき、唐津へ。

唐津の母の住むマンションで翌日の初盆迎えの準備をしてから自宅へ向かい、事務所に寄って仕事していたところ、同じ呉服町の人たちから声をかけていただいた。

飲みに行こうという話になり久々に駅前の屋台へ。

ここでも様々な現場の声をいただいた。

 

8月13日、14日は大体初盆対応で家にいることになる。

 

2017年8月9日(水)の記

 

今朝は朝から初盆回り。

僕自身が初盆なので「初盆同士は回らない」と言う地域ルールに従えば挨拶には行かない方が良いのだろうが、私人としての古川康は初盆であっても、ビジネスパーソンというか仕事をしている、いわば公人としての古川康は別だ、という整理で初盆回りをしている。

10日とか12日ぐらいからお盆のお客さんを迎える準備をしているところも多く、まだ準備の途中ですがと言われながらも上げていただきお線香を手向け、故人を偲ばせてもらっている。

中には、「今日9日は月命日なんです。その日に来てもらえるなんてうれしいです。」

と言っていただける方も。

 

午後は唐津市旅館協同組合の勉強会に参加。テーマは住宅宿泊事業法、いわゆる民泊法についてだ。

既存の旅館やホテルから見ればこれまでグレーゾーンだった民泊が表舞台に出てくることになる事はある意味での脅威。そういう背景もあって今回の勉強会となった。

今回の民泊法は、これまで行われてきたことをそのまま認めるものではなく、一定の要件を定めて届け出制にするものだから、僕の理解によれば実際に行われる民泊の件数は相当減っていくのではないかと思う。

特にマンションの1室で行われている民泊は、マンションの管理規約で住民の賛成多数で承認が得られなければならないことになるし、消防上の規制も旅館業法の宿泊施設並みのものになる。しかも営業日数は180日まで。これでは我も我もとやっていこうと言うことにはならないのではないかと思う。こうしたことをお話しした。大変ご熱心に聞いていただき、その上で旅館業界の危機感と言うものもお話をいただけた。いくつかの質問もいただいて自分が答え切れないものもあったのでただちに観光庁と連絡をとって調べてもらうようにした。

 

民泊法と並んで今回旅館業法の規制緩和が実施されることになり、その中で簡易宿所がずいぶん取りやすくなることになる。民泊でやるよりは、旅館業法の許可を取って簡易宿所にする方が実際には事業として見たときには採算が取りやすくなるのではないかと思う。

 

夜は白石町へ。

 

明日は朝から初盆のお客さん対応。

 

早く寝なければ。

 

 

2017年8月7日(月)の記

 

朝から要望陳情の処理。大きな話もあれば小さなこともあるがいずれも大切。あちこちに電話をし、お伺いし、お話を聞いて、少しでも良くなる方向に、をめざしている。

 

そして午後からは自民党伊万里市支部女性局の初めての試み「女性の集い」に参加。各地域の代表者の女性の方たちが一堂に会され、塚部市長、福岡参議院議員や竹内、中倉、岡口の3県議なども来られての集まりだった。

会の後半は、僕の国政報告会。

「国政の問題をきちんと話してね」「こないだ別のとこで話してた自動運転のこれからの話をして」「小池さんはこれから何するの?」とリクエストをいただき、それに応じて話をした。本当に真剣に聞いていただいて嬉しい。

自民党に対する厳しいご指摘もいただいた。地方の党員がこのような思いを持っていることを機会あるごとに幹部に伝えていかなければならない。それもしっかり踏まえた上で新しい内閣のもとで国民の期待に応えていかなければならないと思う。

 

 

それから佐賀市へ。

佐賀県肢体不自由児者父母の会の研修会。会としての要望書は既にいただいていて、今日は参加者からのリアルなお話を伺う会。

子供が特別支援学校に通っているある親から「地域の学校では朝7時30分から登校できるのに、この特別支援学校は9時にならないと登校を認めてくれない。これだと正規雇用で働くことが難しい。ただでさえ子供の調子が悪いと学校待機を命じられるから、その時は休まなければならず働き先を探すのが難しいのに。」

このような話をたくさん聞かせていただいた。少しずつでも改善させていかなければ。

 

その後、自民党北波多支部の会合へ。

 

ところで、大事なことが最後になったが、今回の内閣改造で佐賀県選出の参議院議員山下雄平先生が内閣府政務官に就任された。誠にめでたい。ご活躍を心から期待したい。

 

2017年8月5日(土)の記

 

前日の夜が東京での会合だったので宿泊は赤坂宿舎。そしてまた5時に起床し、朝一番の飛行機で唐津のイベントに参加した。

僕が小さい頃遊んでいた唐津市の西の浜と言う海岸でのイベントだ。

このイベントのことについてはFacebookにも書いたので重複を避けるが、何より驚いたのが8月の第1週の土曜日、しかもいい天気なのに海水浴をしてる人たちがほとんどいないと言う事実だった。

僕が小さい頃はボートや浮き輪がずらりと並び、飛び込み台が臨時に設置され、大人も子供も海を楽しむと言うのが当たり前だった。

そのイメージで行ってみたのだが、違うのだということをしみじみ感じた。ある人にそのことを報告したら、昔と違って紫外線が厳しくなってるし、地球温暖化が進んでいるのであまり海に行かないようにと学校が指導しているのでは、と言われた。

午後は後援会の役員会。

様々な意見が出たが、中でも次のきたるべき選挙に向けてどのように準備をしていくのかということについて様々な方から提案がなされた。大変ありがたいことだ。もちろん解散がいつになるのかは僕とて知る由がないが、いつあってもいいように準備だけはしておく必要があることは間違いない。準備を進める必要性について思いを新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後会合や面談等を経て夏祭り3つ。

これからの政権運営の事についていろんな方からご意見をいただく。本当に広い意見があるのだなと思う。

 

2017年8月4日(金)の記

 

今朝は唐津の家で起床。午前中は唐津地域の挨拶まわり。例えばある不動産さんではこんな問題提起を。

 

古川さん、空き家問題で大変じゃないですか。ある空き家がありまして、その所有者と言うのは登記簿上は何代か前の人になったままで変更がされていない、という事はよくあるケースです。

その物件を目にした人が、私どものところにこられて「あの物件で商売をしてみたいので取り次いでもらえないか」と言われることがあります。ところが、自分たちがアクセスできるのは登記簿だけ。

その登記簿が名義変更されてないとなればお手上げです。

ところが、登記簿はどうなっていようとも、固定資産税を課税する市の当局だけは、実態上の所有者がわかっています。

その物件を貸していただく事は可能なのか、そのことを尋ねる相手方が知りたい、そういう気持ちから市の当局に、その実態上の所有者と連絡が取れないか、とお願いをするのですが、税務上の秘密だから教えられないと言われるんです。もちろんそれはわかります。だから、こちらに教えていただかなくても結構だから、実態上の所有者に、この物件を買いたい人がいるよと言うことだけでも連絡していただけませんか?とお願いするのですがけんもほろろです。政治の力で何とかならないのでしょうか?

 

普通はあまりおっしゃらない方からのお話。

 

何とかできないのかね、と自分も思ってしまいました。

 

「挨拶まわり」と新聞紙上には書いてますが、ただ挨拶をして回っているだけではありません。地域の様々な課題を拾い上げる作業だと思っています。

 

この日もその次の日もさらにその次の日も。様々な課題を拾って歩き続けます。

 

2017年8月2日(水)の記

 

今日は東京・赤坂宿舎で5時起き。6時半に出発して羽田空港へ。

暑中見舞いの葉書を書いているうちに福岡空港に到着した。

今日は福岡市内にある企業や団体等の挨拶まわり。

合わせて福岡市に存在する九州経済産業局のような佐賀県を管轄範囲とする国の機関も回った。

あちこちで最近の自民党の事や内閣改造の事や解散の時期など聞かれる。お叱りを受ける、あるいはサゼッションをいただくなど様々だが最後に「自民党がしっかりしなければこの国の経済も政治も良くならないのだから」と言われることも多い。

期待をしていただけるうちが華だと思う。

 

今回の改造は新聞辞令が出るのが遅いなぁと思っていたら、今日になって次々と。夜までにほぼ全員分が出たのではないか。前にも書いたことがあるように思うが、僕は平成9年の9月の橋本内閣の時に、上杉光弘自治大臣の秘書官を命じられた。

改造の前の日の夜に、先輩に呼び出されて、秘書官の内示をされたのだった。赤坂のウインズというサントリーが経営していたビールバーでのことだ。

内閣改造のタイミングになるといつもそのことを思い出す。きっと今日も誰かが内示を受けて驚いているに違いない。

 

 

 

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