時 々 の 記 書 き 散 ら し

2019年4月30日(火)の記

 

 

有田陶器市に半日お邪魔した。

雨とあってそれほど多くの人出ではなかったが、それでも陶器市らしい賑わい。

今年の陶器市のキーワードは、令和とキャッシュレス。PayPayが増えているな、という印象だった。

 

夕食は、武雄市三間坂の「トラットリヤ」という名前のイタリア料理店。武雄市出身の鳥谷さんが、地域の産物をできるだけ活かすという、まさにイタリアのスタイルで開いているお店で、近所の生産者が今朝持ってきてくれたというグリーンアスパラを始め、生産者との近さをカタチにしている料理。ちなみに鳥谷さんはサービスマン。シェフではなくサービスマン兼ソムリエで、かつ、この店のオーナー。

地域づくりがどうあるべきかについても熱い思いをお持ちの方。

料理もお話も満喫して店を後にした。

その食事の後は、祐徳稲荷神社の令和カウントダウンイベントへ。

駐車場も満杯、境内も入れるのかというほどの多くの人たちが集まっておられ、雨の中、カウントダウン。記念すべき令和の時代を迎え、宿に戻った。

 

思い返せば、平成になった日は土曜日だったと思う。長野県庁企画課勤務だった。命じられたわけではなかったが、出勤し、何するともなく時間を過ごし、職場のテレビで平成という元号を知り、その後、どうしても様子が見たくなり皇居に向かったことを思い出す。

 

 

2019年4月28日(日)の記

 

 

大型連休スタートして2日目。

あちこちの様々な地域の行事にお邪魔をさせていただいたが、あるところに行こうと思って間違って別のところについてしまったのが多久市の児童センターあじさい。

児童館機能や子育て支援センター、児童発達支援など様々な機能が1カ所に集められたもの。以前から注目をしていて行ってみたかったがなかなかその機会がなかった。

休みの日とあって、全てが機能はしていなかったが、子育て支援センターでは2歳くらいの子どもを抱えた母親とセンターのスタッフたちが話をしていた。

私も話に入れてもらい、意見交換をしたが最も印象的だったのは母親のこの言葉だった。

「この場所があって本当に良かったです。もしこの場所がなくて自分と子どもだけで日中過ごしていたらストレスが溜まって自分にとっても子どもにとってもうまくいかなかったと思います。」

スタッフの方が言葉を続けた。

「そうなんです。同じような年頃の親や子供たちと一緒に過ごすことができますから、ここにきて楽になったと言う言葉をよく聞きます。」

そういう場所なのだということをもっと多くの人たちに知ってもらうことが必要なのではないかと感じた。

その後、唐津・柏崎の藤見へ。

見事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月27日(土)の記

 

 

唐津城近くの早稲田佐賀中学校高等学校の体育祭に来賓として出席。保護者としては参加していたが、来賓としては初めて。今年は4月27日に体育祭が行われるようになったために大変よくなったことがある。

この学校の向かい側の駐車場が、この体育祭の日は満杯になるのだが、昨年までは4月29日に体育祭が行われることが多く、唐津城を訪れる人たちがこの駐車場を使おうとして、満車になっている表示を見て、順番待ちをされる。

ところが体育祭を見に来た保護者たちの車でいっぱいになっているわけだからほぼ半日、車が出ることがない。なので長い時間、駐車場のところで待っていただくことになっていて、そのことを大変申し訳なく思っていたところだ。

少なくとも今年はその問題は出てなさそうだった。

その後、片耳難聴の当事者と家族の方を交えての面談。

おたふくかぜの後遺症で片耳がまったく聞こえなくなってしまった人からのお話で、人工内耳手術をして聴力を回復することができたのだが、数年に1度、補聴器の更新を繰り返さなければならず、公的の支援が受けられないだろうかと言う相談だった。片目が機能喪失した場合には障害認定される場合があるのだが、片耳が機能喪失しても障害認定がなされないとの事。

いろんな行政機関に相談をしているが、なかなか事が前に進まないと言うことで相談にお見えになった。私がやるべき事と先方様に行っていただきたいことを整理して、引き続きやりとりをしていくこととなった。

医学的にも片耳難聴で人工内耳手術を実施したのはこの方のケースが初めてのようで、医療的な面での制度化も含めて行っていく必要がありそうだ。

 

 

 

2019年4月25日(木)の記

 

 

今日も大忙しの1日。というのも1日の真ん中にどかっと本会議が2時間半入っているから。

今朝は自民党高等専門学校小委員会からスタート。

地域と連携しながら高等専門学校の卒業生を地方創生に活かしていくという実例をヒアリングしたが、聞いているだけでも羨ましくなる。何とか理論と実践の双方が使える高等専門学校を佐賀県内に立地させたいと心から思う。

今日は地元ではJAからつの柑橘選果場の落成式。本会議が入ったため、行けずに本当に残念だった。

明日が整備新幹線西九州ルート検討委員会の佐賀県知事ヒアリング。明日に向けていろいろな記者の方から探りが入るが、そんなにいろいろ知っているわけでもなく、すべては明日の本番次第だ。

 

 

2019年4月23日(火)の記

 

 

今朝は自民党IT戦略特別委員会での提言のまとめの議論。特に自治体でのICT化をどう進めていくかについて白熱した議論が交わされた。ICT化と言わずにデジタル化という言葉をこの提言の中では使っている。

自治体のデジタル化を進めていくためにはトップの意識と議会の理解が欠かせないと思うと述べた。

会議の中では、自治体のシステムはクラウド化がずいぶん進んできたが、一方で国のシステムはオンプレミス(サーバーやソフトウェアなどの情報システムを使用者(ビジネス利用の場合は企業)が管理する設備内に設置し運用することを指します)でクラウド化されたシステムはほとんどない。国のシステムもクラウド化を進めていかなければならない、などといった意見が出された。

昼ごろに、トータル環境というテントの会社の方が来られた。「ノートルダム大聖堂の復旧のために当社のテントを使いませんか」という相談だった。世界で最大のテントを張ることのできるその会社は、例えば東京23区内のゴミ処理場の建て替えに際しては、周辺の住民の方々にご迷惑をかけないために解体する建物全体をテントで覆っている。その技術を使えば今回のノートルダム大聖堂の復旧に際して雨に濡れてはならないところをテントで覆うことができるという。

今日安倍総理がフランスに出かけマクロン大統領と会われることになっていたことを思い出したが時既に遅し。ただこうした技術を日本が持っていることをぜひ先方に伝えたいと思う。

知恵を絞ってみたい。

 

2019年4月21日(日)の記

 

 

今朝は唐津市相知町の町民運動会。晴れ渡る空の気持ちの良い中での開催となった。

45回目ということで昭和の時代から続いているこの大会も時代によって変化がある。例えば終了時間。かつては子供の数も多く参加者もまた多かったためお昼を挟んで午後2時か3時位まで行われていたと言うこの運動会も、昨今の人口減少により、午前中で終了することになっている。参加するだけで手一杯で、昼食の準備をするのが大変という事情もあるようだ。

他の地域でも例えば小学校の運動会で以前は地域別に大きなテントが張られていたのが、最近では個々の家庭が個別のテントを持ち込むことにしていることも多いとか。時代は変わっていくようだ。

 

この日は統一選後半の選挙の投票日。

私の選挙区内では、この日、伊万里市、鹿島市、江北町並びに大町町で議会議員選挙の投票が行われた。

 

どの地域も新人が多く乱立し、選挙の行く末が読めないという中でのものとなった。

 

 

2019年4月19日(金)の記

 

 

昨日の夕方、19日金曜日に行われるのではないかと思っていた衆議院法務委員会が行われないこととなり、急遽、朝の1便で地元に戻ることに。

佐賀空港周辺は麦秋の気持ちの良い天気。

その麦畑を抜けて激しい選挙が行われている市や町を回って激励を。どこも今回は票が読めないという話ばかり。

選挙戦の前半にはわが陣営を支持してくれると言ってくれた人や世帯も、後半になると切り崩されている、という話が日常的。

最近の佐賀県内の選挙は10票差だの7票差だの僅差のこともあり、本当に気が抜けないものとなっている。

そういう中でも地域の課題についていろいろ声を聞く。例えば、伊万里市の水道未給水地区問題。

まだ、水道の給水地区になっていないところでは、これから夏になると、水が少ししか使えなくなるという。平成の時代も終わろうかという時にあって、未だにそういう地区が残っているのは事実。この話を伺ってから、私が佐賀県や厚生労働省と調整して、伊万里市さえその気になれば水道事業に対して財政支援をする、というところまでこぎつけた。選挙が終わって落ち着いたらこうした声にきちんと応えていくようにしたい。

このような話がまだまだある。

政治のやるべきことは多い。

 

2019年4月16日(火)の記

 

 

国会の合間を縫って武蔵村山市議会議員選挙の応援へ。

自民党推薦の無所属で、私の姪が初出馬している。その応援に行ってきたのだった。

典型的な東京郊外の地域。その中で姪は子どもたちの支援のNPOでの活動を熱心に続けていたが、この度、勧めていただく人があって出馬にこぎつけたもの。

静かな住宅街に位置する選挙事務所にお邪魔してご挨拶させていただいた。

実は親戚縁者で選挙に出るのは彼女が初めて。

最終投票日は今週末の21日。

武蔵村山市に知り合いのある人、ぜひよろしくお願いしたい。

彼女は人のために役に立つのが好き。

政治の道にぴったりだと思う。

 

https://www.facebook.com/ayako.shimizu.522

 

 

 

2019年4月15日(月)の記

 

 

今日はただただ市議会議員選挙町議会議員選挙対応。

このうち多久市議会議員選挙は、結果的に無投票。多久市においては、市長選挙、県議会議員選挙に続いて市議会議員選挙も無投票になり、当選の決まった市議会議員の方々にご挨拶にまわっていても、喜びの声は半分で、市民が選択する権利を奪われているのではないかと言う声が高まり、議会定数の減少の議論につながることになりかねないと懸念を示す声も多く聞かれた。

また、議員自身としても自分の議員活動がどれだけ市民によって評価されているのかということを定量的に示すのが選挙であるだけに、自分の強さ弱さを図る唯一の機会がなくなったことについての残念な気持ちもあるようだ。

一方、まだ公示前だが、大町町や江北町の町議会議員選挙はベテランが辞めるなど地殻変動があったこともあって、多くの新人候補者が立候補する予定の激戦となっている。

比較的小規模な町の場合、新しい人が1人が立候補するだけでその人の地域、親戚、同級生、同窓生、業界などの投票行動が変化する可能性があり、それが2人3人と新人が出てくるとなると、全く票が読めないという大変な状況。

ご挨拶にお伺いした方々はどなたも必死のご様子だった。

今週も国会があるため、なかなか思うように応援に入ることができないのだが、いろんな形で支援していきたい。

 

2019年4月11日(木)の記

 

 

と言いつつ、10日の夜の会合の事から。

かつて佐賀県内で単身で勤務していた人たちの集まり「佐賀を語る会」というのがあって、金融関係や公務関係など幅広い人たちが数ヶ月に1度集まっておられる。人生が第二ステージに移られた方々も多く、毎回誠に愉快な話ばかり。

今回は趣向を変えて、そこに若手のベンチャーの経営者を何人か呼んで、簡単なプレゼンテーション(ピッチ)をしてもらうことになった。佐賀県出身または佐賀大学出身の若手の人たちの話は実にワクワクするものだったが、その中の1人の自己紹介の中で、「私は佐賀大学の時に、佐賀県庁からの派遣でアメリカ西海岸に行きました。それが私の人生を変えました。」と述べた。嬉しかった。

高校生に世界一周をさせ、大学生に米国西海岸を経験してもらうと言う事業を平成23年に実施した。その時の参加者の1人がこのようにして若手ベンチャー経営者として育っているのだ。先日、表参道で展覧会を行っていたアーチストの中村暖さんは、当時高校生として世界一周をした1人だし。

明治の初年に米国および欧州に派遣をした若手がその後の近代日本を作っていったように、これからの佐賀県も、こうした経験を積んだ人たちが作っていくに違いない。

 

11日は、いくつかの役所からの事業説明及び法律案について前もっての説明や読書バリアフリー法案についての今後の見通しについての意見交換。

 

 

2019年4月10日(水)の記

 

 

今日は天皇陛下と皇后陛下のご成婚の日。その良き日に天皇陛下御即位三十年奉祝感謝の集い が行われた。国会議員の集まりである議員連盟を始め経済界など様々な分野からの人が集まってのもので、ご挨拶をされる来賓の方も国主催のものとはちょっと違う。

安倍総理や大島衆議院議長のほか、たとえば、京都大学の山中伸弥先生、芸能界からは北野武さん、被災地でホテルを経営しておられる方や日系ブラジル人の高校生など、一人ひとりの話がユニークで極めて心を打つ。

その中で1つだけ紹介するとすると北野武さん。彼らしく、祝辞を始めるにあたり、お辞儀をした時にマイクに頭を当てる、というところからスタート。壇上に置いてあった衆議院議長の祝辞を間違って取るふりをしたり、挨拶の書いてある用紙を逆さまに読んでみたり。挨拶の内容も、かつてご成婚の時のパレードを親と一緒に見ようとして頭をあげちゃいけないと親から怒られた話など『たけしくん、ハイ!』の世界。

コンサートではMISIAや松任谷由実、そしてゆずが登場するなど、短い時間だったが心のこもったそしてセンスのある式典だった。

去ろうとしている平成の時代を改めて想い起こすことにつながったのと合わせて、その時代の間じゅう、象徴としてのお務めを果たしてこられた両陛下に改めて深い敬意を感じた。

 

2019年4月9日(火)の記

 

 

今日は与党整備新幹線PT西九州ルート検討委員会の長崎県からのヒアリング。

長崎県からの主張は兼ねてから一貫していてフル規格による整備ということ。山本委員長が「佐賀県の費用負担が大変なので一部長崎県が肩代わりする事はできないか」と尋ねられたところ、中村知事からは、なぜ西九州ルートだけそのようになるのかの説明が必要、と述べられた。

私が、知事に「かつて自分と金子議員がそれぞれ知事だった時に、並行在来線の維持管理コストについては延長距離按分ではなく時間短縮効果を勘案して長崎県側が佐賀県の2倍の負担を支払うことにした、ということがあった。このような実例があると思うがどうか」と尋ねたら、「並行在来線の問題は法律に規定がないが、整備新幹線の負担については、法律に明記されており、それに従いたい」と答えられた。

山本委員長が「では法律が変わったらどうしますか?」と聞かれたのには、中村知事は笑って答えられなかったが。

佐賀県の費用負担についての資料については再度議論した上で出来るだけ早く確定させることとなった。次回の佐賀県ヒアリングの際には、その資料を基に議論をしなければならない。

新幹線についての議論は、回を重ねてきている。

フルにするか、ミニにするのか、一定の時期に判断をしなければならない。

2019年4月8日(月)の記

 

 

昨夜遅く佐賀県議会議員選挙結果が確定。その日のうちにご挨拶できなかった事務所を回った。

そんな中で感じたのは、高齢者の投票環境の整備に関するご意見。投票率が思ったより低かったことが当選と言う結果を得られなかった理由の1つだと考えるある陣営は、「高齢者福祉に力を入れます、とどの候補者も一様に訴えるが、肝心の高齢者が投票する環境はむしろ悪化しているのではないか。経費削減のために投票所の箇所数が減り、期日前投票は遠くまで出かけなければならないなどこのままでいけばますます高齢者は投票がしにくくなる」と語っておられた。

こうした声はあちこちで聞かれた。私は、たとえば、移動投票所方式で日時を決めて近くの公民館まで臨時投票所を設置するようなことなどを考えた方が良いのではないかと思う。

また、ある陣営からは、「投票日当日、地域の人たちに、今日は投票日です、皆さん投票にいきましょう、と言う内容の呼びかけを地域の区長さんが有線放送を使ってやろうと思って、市の選管に相談したら、やめておいた方がいい、と言われたが、投票率を上げるためのことであり、特定の候補者への投票を呼びかけるものでは無いのだから問題ないのではないか」と言う指摘をいただいた。確かにそのようにも思う。

 

戦い済んで今にして感じること、がそれぞれの陣営にあることと思う。今回、できるだけの応援はさせていただいたつもりだがまだまだもっとやれたのではないかと言う思いも残っている。反省すべきは反省をして次の統一地方選挙の後半戦に臨みたい。

 

 

2019年4月7日(日)の記

 

 

いよいよ今日は佐賀県議会議員選挙の投票日。

私自身は期日前投票を済ませていたので既に投票そのものは終わっているのだが、それでもそわそわ。

今朝は選挙事務所回りではなく、

有田町下山谷の運動会へ。このような地域行事に参加するのは久しぶりのような気がした。

そして、相知町 町切の総会へ。

ここで松浦川中流の河川改修についての要望を改めて受けた。

この河川改修についてはずいぶん長い時間がかかっている。いくつかの機関との調整が必要だが、安心して梅雨の時期を過ごせるようにしていかなければ。

その後もいくつかの行事に出た後、いよいよ夜の開票待ち。

当選確実が出る順番が予想と違って、あちらこちらを回りながらになり、深夜までかかったが、何とか当選された皆様方にお会いするか電話でお祝いを申し上げることができた。

今回の選挙は特に唐津市、伊万里市が激戦だった。激しい選挙を勝ち抜かれた方も多かったが、伊万里市においては自民党の現職が落選。実績のずいぶんあった方だったが選挙の厳しさを感じた。

これからの4年間の佐賀県政を担っていただく方々の誕生。心から敬意を表し、かつ、期待を申し上げたい。

 

 

2019年4月6日(土)の記

 

 

統一地方選挙の前半戦、県議会議員選挙の投票日を明日に控え、本日も各事務所への激励に。

 

その後、予算関連の現場を訪問。

災害復旧の予算が確保された箇所については工事が進んでいたが、昨年の夏の豪雨の際の被災箇所については、まだまだ手つかずのところがあちこちにある。地元の方から「被害の小さい年の災害復旧は比較的スムーズに進むが、被害が大きい年は、市役所から我慢してくれと言われるのはおかしいのではないか」との声。

「時間がある程度かかるのはやむを得ないが、諦めろと言うのは納得できない」とも。なるほど。

国の予算はそれなりに確保しているのだが、現場での話を聞いてみると、市や町の災害復旧担当の技術者が不足しており、どうやらそこがネックになっているようだ。現場での人員不足は国の予算ではなかなか解決できるものではない。これからも市役所、町役場での技術者不足はしばらく続くことになる。何とか考えなければならない。

このほか、ガードマン問題も深刻のようだ。道路工事をするときに当たり前のように交通誘導員の人が配置されているが、今や警備業も人手不足。公共事業の交通誘導員の確保が難しく、中には交通誘導員が確保できない企業が多く、入札が不落になった、という話も聞く。

今、関係の機関に問い合わせをしているところだが、本気で問題解決のために取り組む必要がある。

 

 

 

 

2019年4月5日(金)の記

 

 

今日も県議選や市議会議員選挙の事務所へ。いわゆる三日戦争の火ぶたが切って落とされ、この三日間にどれだけ票を伸ばせるかがポイントとなる。

自民党本部の二階幹事長から、「選挙は、頼まれなければ入れてくれない。お願いされなければ行ってくれない。その一つ一つの積み上げしかない。」という言葉をいただいているが、まさにその通りだと思う。

先日の鳥栖市長選挙。勝った人は12744票で負けた人は12734票。その差わずか10票。最初からこうなるとわかっていたら、1人、2人と声をかけたことだろう。

今回の選挙はまさにそのような厳しい状況。

合間を縫って、地域の放課後デイサービスと就労継続支援B型の事業を行っておられるところにご挨拶。放課後デイは順調に事業展開されておられるが、長期休みの時に、寄宿舎に入っておられるお子さんが自宅に帰って来られ、自宅に長い時間一緒にいることになると、家族の就労に影響が出てくる場合があるので、長期休みの間だけ預かってもらえないかという要望があるとのこと。

制度的には必ずしもダメでは無いようだが、とても手続きがめんどくさそうなのですということらしい。

B型の悩みは販路開拓。原材料もう県産品や地元産品にこだわっておられるし、どこかいい販路がないものだろうか。

 

 

2019年4月4日(木)の記

 

 

新元号について。

令月という言葉、どっかで聞いたことがあると思って思い出した。

私が30歳位の時に出した年賀状に書いた文字だ。

当時、和漢朗詠集が好きだった。

その中に、「嘉辰令月歓無極」という言葉があり、「良い年、良い月、歓びは尽きず」というめでたい意味だから、というので、謹賀新年 の代わりに使ったのだった。

懐かしいし、なんか嬉しい。

 

令が発音しにくいという声もあるが、現代日本語にはラ行は存在してきるので、そんなにおかしくもないだろう。

 

今朝は書道。早速地元から、早めに書を仕上げてほしいと声があり、今月中には1つ作品を仕上げたい。

「令月風和」という四文字を書こうと思う。

 

今朝の書道は人数が少なかった。

党本部の会議も少ない。これだけでも焦ってしまうが用事が終わり次第、地元へ向かった。

 

2019年4月1日(月)の記

 

 

もう今朝からテレビをつけてもラジオを聴いてもネットを見ていても改元の情報ラッシュ。

今日は1日かけて統一地方選挙の応援のための事務所回りなので、その途中で11時30分を迎えることになると思っていたが、どうせならみんなと一緒に見ておきたいなと思っていたところちょうど、唐津市選挙区の富田候補の事務所にお邪魔していた時に官房長官の公表。

「令和」と聞いて、みんなどよめいた。

あちこちの事務所でこの元号の話が話題になった。

古川さん、どうね?と時々私にコメントを求められたが、「私が聞いとったのとは違いました」という答えが一番ウケた。

 

令和。

とても良いと思う。

令はちょっとびっくりする一文字だが、令は玲や麗に通じて、綺麗でスマートな印象。総理もおっしゃっていたようにご令嬢といった使い方など品もある。ただ、聞いたことがない事でもありドキドキするその感じを2文字目の和がうまく打ち消し、安心させていると思う。

新しい元号は落ち着くだけでなく次の時代を創造していく道標ともなるものでなければならないと思っていただけに、非常に良いセンスではなかろうかと思う。

 

夜、東京へ。

 

 

衆議院議員

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